6.合格です
リアム王は悪政から解放された民に仕事を与え、教育を施し、血筋や身分関係なく自らの努力で豊かさを手に入れられる環境を与えた。
誰もが新しい王の君臨を喜び、自由を求めて王都へ人が流れる一方で、領地を持つ貴族達の中には不満を募らせる者が増えていった。
民が減ればその分徴収できる税も減り、贅沢どころか家族を守る事すら困難になると若き王への怒りを募らせていた矢先、『王宮に娘を献上するように』との命令が下った。
民の流出を抑える事が出来ない領主達は、『残虐王から怒りを買うのはまずい』という恐怖と、『もしかしたら娘が王の心を射止め、子を成すかもしれない』という期待を胸に娘たちを送り出したのだった。
リアム王との初めての顔合わせは、息をつく暇もない程あっさりと終わった。
「おう!来たか!」
「こちらエマ・カールソン嬢でございます」
「エマ・カ「よし!わかった!帰ってよし!!」
名乗ろうとしたエマの声は、快活なリアム王の声に遮られたため、自己紹介は出来なかった。
通された部屋は執務室のようで、机の上に乗った大量の資料に目を通しているリアム王の顔は険しく、声を掛けられる様な雰囲気ではなかった。
「・・・はい、失礼致します。」
呆気には取られたが、帰りの許可を頂いたので早々に退室の挨拶をすると、リアム王は弾かれた様に顔を上げ、そして、先程とは一転した満面の笑みをエマへ向けた。
「おう!また来い」
笑顔で見送ったリアム王に初見で感じた威圧感は感じられなかった。王の意図は未だに不明だが、一応は反感を持たれずに済んだのだろう。
緊張感から解放され、軽い足取りで帰り道を歩いていると、前を歩く騎士がまた足を止め、こちらを振り返った。
「やはり、なにも聞かないのですね」
「聞いたら答えて頂けますか?」
エマの返答にくすくすと口に手を当てながら笑い、回答のないまま前を向いて歩きだした。
(どうせ答えるつもりもないのだろう)
王の突然の呼び出し、短い顔合わせ、執務室という令嬢を招くには相応しくない場所、疑問を抱いていない訳ではないが、王との繋がりを求めていないエマが言及する事はない。
それから騎士がこちらを振り返る事はなく、行きと同じく美しく整備された人気のない通路を抜け、東の棟にあるエマの部屋へと辿り着いた。
「本日は私のために時間を割いて頂き感謝しております。と王へお伝え下さい。では、」
社交辞令の謝辞を伝え、自室の扉を閉めようとした時、騎士にその扉を押さえられた。王専属騎士であろうと、紳士的でないその行動に思わず厳しい視線を向ける。
「あなたは合格です」
「へ?」
嫌味の一つでも口にしようと思ったが、突然の告知に間の抜けた声が漏れる。
「私はノア・ロックウェル、王専属の第一騎士団団長です。どうぞ今後ともよろしくお願い致します。」
何が『合格』であるかを言及する事はなく、ノアは一方的に自己紹介を始めた。
(第一騎士団団長!?この女の人が!?・・・いや男だけど!)
先程のノアの発言も理解不能だが、明かされたノア自身の身分に衝撃を受け、口を開けた状態で固まってしまった。
表情の乏しいエマが、驚愕の表情で固まった状態を暫く興味深そうに観察していたノアだったか、それに気付いたエマに睨まれたため、押さえていた扉から手を離し身を引いた。
「何かございましたらお声掛け下さい、・・・あ、お手洗いの場所が知りたい時でもいいですよ」
パタン
ノアの女神の様な美しい笑顔が、扉の向こうへと消えていった。
「お・・・・」
(覚えてたーー!!!)
声にならない声を上げ、羞恥で熱を帯びる体を定位置のソファへと沈めた。