5.王専属
王の用意してくれた宴は2時間程で終了し、各令嬢達に部屋が割り当てられた。
(王宮は本当に潤ってる)
だらしなくソファへ手足を投げだしながら、エマは王宮の壮大さに感心していた。
100人もの令嬢を一度に迎えられる王宮の経済力は計り知れない。
用意された部屋は庶民が家族で暮らせる程の大きさで、洗練された家具や調度品が品よく飾られていた。
さらに、各令嬢には着替えや食事など身の回りの世話をする侍女が数人付けられ、まさに至れり尽くせりな環境に身を置く事となった。
エマに与えられた部屋は王宮の東側にある棟で、他の棟へ赴くことはおろか、許可なく外出する事は出来ない。
(やはり側室とはいえ外部の人間、王も警戒しておられるのだろう)
王妃は王と共に本棟に住まわれており、その他の令嬢達は東、北、西と本棟を囲むように建てられた棟へと割り振られた。本棟の入り口は厳重な警備体制が敷かれており、王の許可なくして立ち入る事が禁じられている。
王妃様と王の間には未だに子がいない。王位継承者が存在しない今、王の子を産んだ者こそがこの王宮内で最高の権力者となれる状況だ。
さすがに淑女としての教育を受けてきた者達なので夜這いをかける事はないと思うが、野心家な令嬢が正妃である王妃様に危害を加える可能性も否めない。
王や王妃からの信頼を勝ち得ない限り、本棟に住まう事は出来ないのだろう。
(しかし・・・暇だ)
部屋を与えられてから3日ほど経つが何のお声掛けも貰えていない。他の令嬢は各棟に一つ設けれているサロンに集まりお茶会をしていると侍女から聞いたのだが、必要性を感じない集まりに参加する予定はなかった。
(商人相手ならともかく・・・商売に携わりもしないご令嬢と会話した所で、領地の利となる情報は得られないだろう、むしろ反感を買って領主様にチクられでもしたら面倒だ)
コンコン・・・
する事もないのでソファの上でゴロゴロと時間を潰していると、扉を叩くをする音が聞こえた。
「どうぞ」
どうせ侍女が紅茶でも持って来たのだろうと思い、立ち上がりもせずに入室を許可した。
「失礼いたします」
しかし、そこに居たのは女騎士。いや女と見間違われるほど麗しいお手洗いの騎士が(失礼)困り顔をしながら立っていた。
っば!!
騎士の姿を確認して1秒で体制を整えたが、恐らく怠惰な姿を見られたのだろう。騎士が顔をそらし口元を抑えながら肩を震わせている。
(この人の前では恥ばかりかくな・・・)
「なにか?」
笑いが中々止まらない騎士に少々ムっとしながら、要件を尋ねた。
「っ申し訳ございません。私は国王様の使いで参りました王専属騎士でございます。カールソン嬢、王の元へご案内致します」
膝を着きながら仰々しく礼を取り部屋から連れ出そうとするが、唐突な誘いである。通常、王族などの高位な方の目に触れる場合は、ドレスを新調し、アクセサリーを選び、髪や体を侍女に整えさせてから望むのが礼儀だ。それも準備だけで3日は掛ける。
それを今すぐと命令されて少々不審には思ったが、王の招待を断るという選択肢はなく、軽く身支度を整えただけで部屋を出る事となった。
東棟から本館へと繋がる通路は、花びら1枚落ちていない整備された石畳で、周囲は庭師が精魂込めたであろう美しい花々で囲まれていた。
道幅も広く、見通しの良い通路だが、庭師の姿はおろか、使用人の姿すら見当たらない。
(令嬢専用の通り道か・・・一体どこまで贅を尽くすのか)
王宮の豊かさに度々驚かされながらも、折角独占出来るのならと、久しぶりの外出を楽しむ事にした。
ふと前方を見ると美しい水色の髪が太陽に照らされ、キラキラと輝いている姿が目に映る。背丈はやはり高く、全体的に線は細いのだが、腕や足など服の上からでも筋肉が付いている事が窺える。
(冷静に観察すれば男だとわかったのだが、まさか王専属騎士とはな)
王専属騎士とは他の騎士と比べ少々特殊で、親子代々王家に仕え、従える主は一生涯で一人と決められている。基本は現国王、また時期国王候補に付けられる騎士達で、その忠誠心は誰よりも強く、例え王族であっても主人に牙を剥く者は容赦なく切り捨てるという。
長年に渡る信頼と、重すぎる程の忠誠心が必要となるため、新参者が就く事が不可能な立場であり、王専属騎士の家系に生まれた男子は王専属騎士として生きていく事が定められている。
(この容姿で騎士とか、苦労しただろうな・・・)
「あの」
勝手に人の人生に同情していた所に前方から声が掛けられた。
「はい」
エマの返事とともに騎士の足がぴたりと止まり、女神のような優しく美しい笑みを浮かべながらこちらを振り返った。
(本当にもったいない・・・)
「何もお聞きにならないのですか?」
「何も、とは?」
(この前お手洗いを訪ねた事・・・ではなさそうだな)
各国の領地から王命で呼び込んだ令嬢に対し、なぜ行き成り呼びつけるなどと無礼な行いをするのか、という事だ。貴族の娘はプライドが高く、今回の命令に眉をひそめた令嬢も多いのだろう。
「国王様のご命令とあらば従うのみです。それが非常識だと捉えられる事だとしても、国王様のお考えは凡人には測り知れません。そして、貴方に王の意向を尋ねたところで返答が頂けるとは思いません。なぜなら貴方は王の専属騎士様、王の思惑の邪魔になる事などなさらないのでは?」
正直、王から反感を買わずに帰りたいので、極力従順でいようと思っている。また、常日ごろから農作業ばかりしていたエマにとって、何日もかけて着飾る方が嫌なので、突然の訪問に驚きはしたが不快には感じていないのだ。
エマの率直な意見を聞いた騎士はきょとんとした顔で数秒固まってから、人懐っこい笑顔で笑った。
「いえ、下らない質問をしてしまい、申し訳ありません。他のご令嬢の方からは色々と根掘り葉掘り聞かれましたもので・・・他の騎士には、それ程執拗ではないのですが・・・私は舐められやすい様で」
(だろうな、王に対する不満と・・・・この騎士に近付きたいという邪な気持ちからだろう)
困ったように眉を下げ笑う騎士の姿は、年齢性別問わず魅了されるのだろうなぁっと思える程美しかった。