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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

誰も知らない物語

作者: 飴之ゆう

私は嫌われていた。

家族から、そして最愛の婚約者から。

それでよかった。

それを望んでいた。

この時のために、私は自らこの状況を作り出したのだ。


これは誰も知らない、誰も知らなくていい物語。



私ことララティア・レーヴ・プレシサイトは、珍しく恋愛結婚をした公爵家の長女で、三つ下には弟がいた。


皆きらきらと輝く金髪で、父は晴天の空を映したような澄んだ青、母と弟は若葉を宿したようなやわらかい黄緑の瞳をしており、3人ともたいそう容姿が優れていた。また朗らかで公爵家とは思えぬほどおっとりとした雰囲気をまとった家族だった。


そんな両親から産まれたはずの私は闇夜を閉じ込めたような黒紫の髪に、曇り空のようなぼんやりとした薄灰の瞳。つり上がった目元は猫を連想させ、薄い唇はほがらかに弧を描くこともない。

家族の誰とも似つかない私は、いわゆる先祖返りというやつだった。父方の高祖母が同じような色味だったらしい。

色味の違う私でも、両親は精一杯愛してくれたし、弟も私を慕ってくれた。


私が、それを知るまでは。


私がそれを知ったのは、後に最愛の婚約者となる公爵家の嫡男、ギルヴェーム・レアリテ・デーフェクリアを見かけたある夜のことだった。


その日は、私の社交界デビューで、はじめて夜会に参加した日でもある。ギルヴェームは1つ年上で、去年から夜会に参加し始めていたのでその日も会場で見かけたのだ。毛先にいくにつれ赤が濃くなる不思議なマホガニーの髪が印象的だった。その時はまだ知り合ってすらいなかったが、彼は既に人気者で大勢の人に囲まれていたのを覚えている。


見かけただけ。ただそれだけ。

目が合ったわけでもましてや会話をしたわけでもない。


その夜会の日の夜。

とある予知夢を見たのだ。


これも先祖返りの1つ。我がプレシサイト家にはたまに、予知夢を見ることができる、夢見の才を持った子が産まれる。ご先祖様が夢を司る神様と仲が良かったと伝わっているが実際のところは分からない。そのご先祖様に似た子にその力は宿るらしい。高祖母も明日の天気が分かる、くらいの弱い力を持っていたと聞く。どうやらこの色味を持つ者が才も持つことが多いらしいのだ。

この夢は予知夢だと感覚的に分かる。他の夢とは何かが違った。


そして何故だか私が見る予知夢は不幸の予知が多かった。

例えば、雨が降り滑りやすくなった廊下で転ぶ使用人だとか、数日後に行う予定のお茶会で人が自分にぶつかり怪我をするだとか…。


だから私は夢が嫌いだった。


この夢も、予知夢だという確信を持ってしまったが故に、私は覚悟を決めざるを得なかった。

そこに出てきたのは私と、ギルヴェーム様と、それから私の弟であるライアック。


私たちは今よりもいくらか成長していて、十六~十八歳ほどであった。

私はギルヴェーム様の婚約者になったようだった。何を考えているのか分からない私に、それでも優しく微笑みかけるギルヴェーム様。仲良さげに話すギルヴェーム様とライアック。

この国でも有名な薔薇園に来ているらしく、綺麗な薔薇がところ狭しと咲き乱れていた。

私のあまり変わらない表情でさえ優しく見える、和やかな昼下がり。


しかし、そこで終わる夢ではない。

私の予知夢は、不幸の予知。


穏やかに流れていたはずの時間が、突如あがった悲鳴にかき消される。

見えたのはこちらに向かって走ってくる異様な顔つきの男性。

夜会で何度かお会いしたことのあるストーカー男だ、という情報が混乱する頭に冷静に響く。

彼の手にはきらめく刃物。

何故俺を選ばなかったんだ!!と、私への、的外れな怨み言を叫びながら、こちらに、私の方に、突っ込んでくる。

動けないでいる私の前に、見覚えのあるマホガニーが広がった。その直後ライアックに引っ張られ、いつの間にか私は彼の腕の中にいた。

それに気付いたときには、すでに全てが遅かった。


ギルヴェームに突き刺さる銀色と、薔薇に溶け込むような、鮮烈な、赤。

彼が私を庇って刺されたのだと、理解すると同時に私は目を覚ました。


起きた時の恐怖と安堵は今でも忘れない。

あれが、予知夢でよかった。

予知夢であるのなら、現実でないのなら、まだ変えようは、ある。


私が変われば、未来なんてすぐに変わる。

クッキーをぶちまける夢の時だって、スコーンにしたらその未来は起きなかった。

ささいなことで変わるのだ。

私は分岐の1つを見ているだけ。

そう言い聞かせた。


しかし、こんなに先の未来を見たのは初めてだったので、何から変えていいものか分からなかった。だから、私がやりそうなこと、やらなそうなこと、それこそ他の予知夢の改変だって、色々やってみた。でも、何故かその予知夢だけは変わらず、何度も何度も夢に見た。


ある日、私はライアックとちょっとしたことで喧嘩してしまった。

その日の夜、またあの夢を見た。でも、そこにいたライアックは、私たちの半歩後ろを歩き、ギルヴェームとはそこまで話をしていなかった。ふてくされている用な雰囲気だ。


ようやく、ようやく変わった。

私の中に小さな喜びが浮かんだ。


次の日。いつもだったらすぐにする仲直りをしないでみた。


夢の中のライアックは、ご機嫌斜めのようで、渋々私たちに付いてきていると言った風になった。


ああ、私が仲良くしなければ、ライアックの安全は保証出来るのか。

変に変えると、ライアックに刃物が刺さる可能性も出てくる。この方向性で変えればいいのだと、明確な指針ができ、私は嬉しかった。


そして、人が変わったようだ、そう評価を受けるほど私はライアックに冷たくなった。


ついに夢の中の薔薇園にライアックが現れなくなった。

同時に、現実でもライアック、そして弟に冷たい態度をとる私に不信感を覚えた両親は、私から離れていった。


そのままの関係を続けていけばいくほど、夢の中のギルヴェーム様も冷たくなっていく。

何度も私を庇ってくれた、知り合ってもいない優しく微笑む男性に、いつしか恋に落ちていたらしい私は、まだ見ぬ愛しい婚約者に嫌われたのだ。


婚約が決まったのはちょうどその頃だった。

夢の中であれほど優しく微笑み愛情を向けてくれた彼は、その面影すら見えぬほど冷たい瞳で私を見下ろしていた。


同じ派閥の、同じ公爵家。長女で夢見の才を持つが跡継ぎにはなれない私と、次期公爵の彼。

紛れもない、政略結婚だった。


致命傷にも見えるほど、深く刺された刃物を思い出す。私は、私を庇ってくれた彼を、傷付けたくなかった。

嫌われて、薔薇園にも行かなくなれば、と。


しかし、嫌われても嫌われても、薔薇園に行く未来は変わらない。

婚約者の義務と言うべきか、最低限の交流はなくならないのかもしれない。


薔薇園に行く未来を変えなくても大丈夫かも知れないと気付いたのは、私がライアックの剣術の稽古を遠目に見た時だった。

刃物を向けられて動けないほどの恐怖を覚える、という令嬢として当たり前な感覚が、夢に見すぎたせいで欠如していればあるいは…と。


その日見た予知夢で、刺されたのは、


紛れもなく、私だった。


私は予知夢を変えることが出来た。

ギルヴェーム様も、ライアックも、危険にさらされない。私にとってこれ以上ない改変だった。


二人が傷付かなければなんでもいい。




そしてついに、約束の日。

予知夢どおり、ライアックはお留守番だ。

素っ気ない態度のギルヴェーム様にも安堵する。


何回も何回も夢に見て、ちゃんと予習した。

大丈夫。大丈夫。


最初の夢で見た談笑とは程遠いけど。

彼を守れる喜びに比べたら、安いものだ。


悲鳴があがる。

こちらに向かって走ってくる異様な顔つきの男性。

でも、私の体は恐怖で動かなくなったりしない。弟もここにはいない。私を嫌いな婚約者は、咄嗟に私を守るなんて選択肢をとらない。



私は、一歩、足を前に、踏み出した。



刺される、そう思った時、たしかに私の唇は、弧を描いた。









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