妹に贈呈しよう
せまる黒刃がエリオットを切るより早く、竜の尾がギルバートを強打した。
いきおいで飛ばされたギルバートが、翼を拡張させて止まる。
金の瞳が竜をとらえ、ギルバートの姿がかき消えた。
息をのむ間に、いきなり血飛沫が舞った。
咆哮した竜が暴れ、その体に視線をすばやくめぐらせる。
腹と足に一太刀ずつ。
いずれも軽傷だが、固い竜の鱗を、やすやすと斬られるとは思わなかった。
集中するが、速すぎる気配に対応できず、エリオットは歯噛みする。
竜が悲鳴のような声をあげ、また血が飛び散った。
「やめてくれ!」
エリオットがさけぶ。
ギルバートが、返り血に彩られた、残忍な顔で嗤う。
竜の心臓部に、ピタリと照準を合わせた。
「竜の心臓は、不老の妙薬。妹に贈呈しよう」
これから起こるであろう惨劇に、エリオットは動悸が止まらない。
傷だらけの竜が、この攻撃をよけられるはずがない。
地上までの目測は、五階建ての騎士団本部と同等か。
凶刃に貫かれるか、落ちるかの二択だが、運が良ければ生きている。
長いような一瞬の間に、エリオットは刺し違える覚悟を決める。
愛竜が惨殺されるくらいなら、己が盾になることで竜が逃げのびられるという、万に一つの可能性に賭けたかった。
エリオットは、手綱を離し、ひび入った槍をかまえる。
ギルバートが動いたと同時に、竜の背から飛びだした。
重力をしたがえ加速した勢いのまま、つきだされる黒刃を、上段からたたきおとす。
あまりに軽い音を立て、白銀の槍がへし折れた。
ちらばる破片が、雪のように白く舞う。
ギルバートの手から剣がこぼれ、目を見開いた彼の動きが止まる。
その一瞬に、エリオットはすべてを賭ける。
割れとがった槍を、ギルバートの翼に向けて、渾身の力で投擲した。
槍が、ギルバートの片翼を大破させたのを見届けて、エリオットは目を閉じた。
直後に背中を打ちつけ、エリオットはその感覚に不審をおぼえる。
あの高さにしては、軽いうえに、早すぎる。
目を開けたエリオットが見たのは、乗り慣れた愛竜の背中だった。
竜はグルグルと低く唸りながら、高度が下がるたびに飛翔を試み、その場に留まろうともがいている。
「おまえ……俺を、助け……」
主を背に受けとめた竜は、ひたむきに次の指示を待っていた。
待機の姿勢に、エリオットの目頭が熱くなる。
一度は離した手綱を握り、首をたたいてねぎらうと、竜はキュルリと喉を鳴らした。
直後、別の竜の咆哮が聞こえた。
見上げると、ギルバートの残った片翼に喰らいついている。
ギルバートは牙をむきだしに、するどい爪をふるう。
騎乗するレスターが、必死で対抗していた。
もがくギルバートの上に、最後の竜の影が降る。
「団長、申し訳ありませーーん!!」
ゼノが聖水をかかげて、上空から襲いかかる。
限界まで目を見開き、ギルバートめがけて、バケツごと聖水をたたきつけた。
噴煙のような蒸気が上がり、鎧が、翼が、またたく間に溶解していく。
ギルバートの背中より、黒い影が離脱した。
浮遊力を失ったギルバートは、落下をはじめる。
「確保!」
エリオットの指示に、レスターとゼノがあわてて竜首を転ずるが、それよりも先に、エリオットの竜がバクリとギルバートを食んだ。
「えらいぞ! かじってもいいが食うなよ。腹を壊す」
ねぎらいの言葉に、竜は得意げに喉を鳴らした。