俺の妹への想いが、その程度だとでも思ったか!
悪魔と融合を果たしたギルバートは、その背に骨ばった翼を生やす。
陶器のような白い肌に、深い黄金の瞳は、人間離れした妖しさを秘める。
漆黒に染まった剣をかまえ、彼は一気に飛翔した。
竜が威嚇し、騎乗するエリオットが、白銀の槍で迎え撃つ。
高い金属音が、なんども空中でこだました。
ふりはらわれる穂先が、ギルバートの頬に傷をつける。
浅いはずの傷が、焼けるように熱くなり、血が噴きだした。
白銀の武器は、魔のモノに高い攻撃力を発揮する。
エリオットは槍をかまえ、再度、訴える。
「お戻りください。これ以上、傷を負わせたくはない」
「見くびるなエリオット!」
鮮血がしたたる頬で、ギルバートが嗤う。
「俺の妹への想いが、その程度だとでも思ったか!」
ギルバートが消えた。
ちがう、人の目に追えなくなっただけだ。
エリオットがそう判断できたのは、目に見えぬ黒刃を、武人の勘で受け止めた時だった。
ヒビが入ったのは、白銀の槍だった。
折れないよう、力を受け流すことに集中しすぎて、防御がおろそかになる。
その隙をねらい、黒剣がせまるのが見えた。
白熱する空中戦をながめながら、蚊帳の外の竜騎士――レスターとゼノが、のんきに会話する。
「レスター先輩。言われたとおりに持ってきた大量の聖水、こむぎが飲みたそうにしてるんで、あげてもいいですか?」
ゼノが、乗騎する竜の耳裏を掻いてやりながら問う。
小麦色の竜が、きもちよさそうに喉を鳴らす。
その一人と一頭を見て、レスターは片眉を上げた。
「ダメに決まっているだろ。一滴残らず団長にぶっかけてこい」
「ですよねー。ごめんな、こむぎ。あとでまた汲んできてやるから」
竜の首筋をたたき、ゼノが天を仰ぐ。
快晴の空はどこまでもつきぬけるような青で、ここちよい風が、ゼノの栗色の毛先を揺らした。
「……死にたくないなぁ」
「聖水をぶっかけるだけの簡単なお仕事だろ」
「見てください、あのキレッキレの剣技。割り入った瞬間、こむぎもろとも三枚に下ろされます」
確信したように、ゼノがうなずく。
レスターが、軽い調子で口をひらく。
「エリオット副団長のえげつない煽りに、ギルバート団長がキレて悪魔と融合。すべて副団長の策略どおりだな」
「俺、いまだに団長がキレた理由がわからないんですけど」
ゼノの言葉に、レスターがまたたく。
「ゼノ。団長の事情、どこまで知ってる?」
「どこまでって……さっき、妹さんを人質に取られてるみたいなこと言ってましたけど、事実なんですか?」
「ああ、うん。去年入団だと、そんなもんか」
レスターが首をかしげて、ゼノを見た。
「そもそもな、副団長と団長は幼馴染だ。誰よりも団長の事情にあかるい副団長が、わざわざ団長職の意義を語るなんて、煽り以外のなにものでもないだろ」
「……たしかに」
「直前で逃げられると困るから、先に融合させて魔力切れを起こさせるって作戦もエグい。徹底的に退路を断つ構えだ」
レスターの説明に、ゼノは言葉を失う。
命令どおりに行動していただけだが、ちょっとして自分は、知らない間に無慈悲の仲間入りを果たしてはいないか。
「あ、副団長やばそうじゃん! 準備しろ、ゼノ!」
「こんな話のあとに、団長にとどめ刺しに行くんですか!? 闇の深さに手が震えて、それどころじゃないんですけど!」
手どころか全身を震わせているゼノを見て、レスターが苦笑する。
「じゃ、一個いい話するわ」
「……おねがいします」
「副団長がこうまでして団長を連れ帰りたいのは、魔人反対派の連中から団長を守るためだ」
「それって……」
レスターが笑う。
「援護はしてやる。あきらめて職務を全うしろ」
「人生も全うしたかったです」
「終わったら、美人ぞろいの店に連れて行ってやるよ」
「えー。それより焼肉食べ放題がいいです」
「おまえ、変わってるな」
「美人で腹はふくれません」
「さすが成長期。食べた分、身長にいけばいいな」
「言外にチビって言っています?」
目を見合わせて、笑う。
ゼノの手の震えは、止まっていた。
「じゃ、とりあえず」
「行きますか」
手綱を短く持ち直した二人は、同時に竜の腹を蹴った。