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最強の竜騎士団長は、すべてが妹♡至上主義!  作者: 黒いたち
第二章 臣下とは王のために存在する
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エピローグ

「人間の仕事量じゃないだろ」


 四日ぶりに出勤(しゅっきん)したギルバートを迎えたのは、書類だらけの執務室(しつむしつ)だった。

 いまさら人間あつかいしろとは言わないが、机を埋めつくす紙山は異常だ。

 ちかづくと、死角になった床に、散らばった書類をみつけた。

 きっと山のひとつが崩壊したのだろう。


 見なかったことにして、そばの窓まで歩く。

 騎士団本部の三階、見上げる青空は、おだやかで平和だ。


「……帰りてぇ」


 やる気がないのはいつものこと、きのうまで寝込んでいたために、今週はアンジェリカからの「おしごとがんばってください」が(もら)えなかった。

 これでは何のために生きているのかわからない。

 事実、生きているだけで殺されそうになる毎日だ。

 休みといえば九割が療養(りょうよう)、休み明け、竜騎士団員からのあいさつは「生還おめでとうございまーす」が定番だ。


 着席しようとして、座面にも書類が雪崩(なだ)れていることに閉口する。

 げんなりと執務室をみわたせば、座れそうな場所は三人掛けのソファのみ。

 息を吐き、とりあえずそこに腰を下ろす。

 目の前のローテーブルにも、あたりまえのように書類の束がある。

 それを手にとったところで、とびらがノックされた。


「入れ」

「生還おめでとうございまーす」


 かるい口調で入室したレスターは、ソファのギルバートを見て、口元(くちもと)をゆるめた。


「団長。いまお手元にあるのは、『建国記念祭の警備草案(けいびそうあん)』ですか?」

「ん? ああ、そうだ」

「……さすがだな」


 レスターはつぶやき、昨夜のことを思い出す。

 書類だらけの執務室(しつむしつ)、重要書類の置き場所に迷っていたら、エリオットからローテーブルを指示された。

 首をかしげながら(したが)ったが、どうやら最速でギルバートの目に留まったようで、その知略(ちりゃく)に感心する。


 いぶかしげなギルバートに、レスターはにこりと笑う。

 

「何でもありません。それよりこちらの改定案(かいていあん)にサインをいただきたいのですが、一点、ご確認したいことが――」

 

 レスターが書類を差しだしたとき、とびらがガンとたたかれた。

 ノックというより、なにかがぶつかった音だ。

 

「すいませーん! あけてもらっていいですか」


 くぐもった声に、レスターはとびらをあける。

 乱雑に積みあがった箱が、危なっかしく揺れていた。


「たすかります! ついでに何個か持ってください」


 箱がしゃべる。

 上の数個を取ると、ゼノがでてきた。


「あ、レスター先輩でしたか」

「おまえ、団長を使うつもりだったのか」

「そんなことより聞いてくださいよ。荷物をもって歩いていたら、皆どんどん上に追加していくんですよ! しかも落とすか落とさないか()けてるし」


 ゼノは口をとがらせ、箱をローテーブルに置く。

 重い音とともに、ローテーブルがかすかに揺れた。


「下のふたつは書類です。それ以外は先輩方に置かれたので、いまから仕分(しわ)けしますね」


 ゼノは右肩をグルグルまわしてほぐす。

 そして人懐っこい笑顔を、ギルバートに向けた。


「団長、生還おめでとうございます」

「おまえらそれ言うけど、知らないだろ」

「え? 今回は死にかけた休みじゃないんですか?」

「……まあ……そうだが」

「ですよね! おどろかせないでくださいよ」


 ゼノは明るい声で、箱をあけていく。


「あたらしいインクは、デスク……のそばに置いておきますね。つぎの箱は……うわあ、団長宛てのプレゼントだ」


 ひときわ大きな箱からでてきたのは、長方形のギフトだ。

 きれいに包装され、赤色と水色のリボンで装飾(そうしょく)されている。


「きづかなくてすみません。差出人は書かれていないし、だれから受け取ったのかも、おぼえていないです」


 ゼノは肩をおとす。

 個人宛の贈り物は、受けとらないのが基本だ。

 とくに竜騎士団長であり、筆頭公爵家嫡男であるギルバートの立場を考慮すれば、受けとったことで、いらない騒動がおきる可能性が高い。


 レスターは苦笑して、ゼノをこづく。


「やられたな、ゼノ」

備品(びひん)の空き箱につめるのはずるいです……。そういえば去年も、この時期はすごかったですよね」

「あらゆるツテとコネを駆使(くし)するご令嬢方のたくましさには、目をみはるものがあったな。まあ、どうあがいても、団長がエスコートするのは妹さんだ」


 ギルバートの肩がゆれる。

 ゼノは、え、と声をあげた。


「今年の建国記念祭(けんこくきねんさい)は、出席なさるんですか」

「そりゃそうだろ。妹さんのデビュタント後の、はじめての公式行事だ。婚約者のいない女性は、兄弟がエスコートするのが基本だからな」

「へえ~、そうなんですね」

「ああ、それで確認ですけど、当日の警備(けいび)に、ギルバート団長のお名前がありました。代わりにエリオット副団長が抜けていますが、これ間違(まちが)いですよね」


 そのとき、とびらがノックされた。


「ギルバート団長、いらっしゃいますか」


 その声に、レスターが返事をする。


「エリオット副団長、ちょうどよかったです」


 にこやかに扉をあけて、エリオットをむかえる。


「警備の改定案に、間違いが――」


 レスターを押しのけ、ギルバートはいきなりエリオットの胸倉(むなぐら)をつかんだ。


「……どういうつもりだ」

「ご確認後は、早急にサインを」

「発表前だぞ。調子乗ってんのか」

「待てというなら従います」


 エリオットは淡々と告げ、ギルバートの手をひきはがす。

 その手を引き寄せ、よろめくギルバートの肩をつかんだ。

 

「……公式発表は本日正午。それまでに、竜騎士団員への根回しを」

「――は?」

「無用な混乱は抑止(よくし)すべきです。目的をはき違えば、守れるものも守れない。いいかげん、割り切ってお考えください」


 エリオットは低くささやく。

 言葉につまるギルバートを解放し、わずかにあごを上げる。


「先が思いやられますね」


 ギルバートは奥歯をかみしめ、エリオットから顔をそむける。

 (きびす)を返してレスターに近づき、その手から書類をひったくる。

 たちつくすゼノとすれちがい、ソファに乱暴にすわる。


 静まった執務室に、筆記音がおおきく響く。


 ギルバートはレスターに書類を突きだす。

 そこには、ギルバート・ブレイデンのサインがあった。


 レスターはまたたき、あわててそれを受けとる。

 当惑しながら書類に目をやり、ハッと顔をあげた。


「――そうなんですか!?」

 

 目を丸くして、ギルバートとエリオットをはげしく見比べる。

 事態をまったく把握できないゼノが、レスターのうでをひっぱる。


「なにが、どうなってるんですか?」

「それは……」


 レスターは首のうしろをかく。

 ギルバートはふてくされて床をにらんだまま、許可なくレスターが口にしていいことではない。


 エリオットはためいきをつく。

 

「ギルバート団長」

「……」

「お気持ちはわかりますが――」

「ふざけるな!」


 ギルバートはたちあがる。


「俺の気持ちが――」


 手近な箱をわしづかみ、


「――わかってたまるか!!」


 振りかぶった瞬間、箱が破裂音をあげて発火した。

 とっさに手をはなしたギルバートは、目を見張る。

 炎は漆黒、床に落ちた箱は、溶けながら燃えていく。


「ギルバート団長!」


 真横から腕を引かれる。

 ふりむくと、エリオットに右手をとられた。


「ケガは!?」


 返事をするまえに、表裏をたしかめられる。

 ピリッとした刺激に、反射的に手をふりはらう。


「はなせ!」

「やけどをしています」

「すぐに治る」 

「ゼノ、くすりを――」


 言いさして、エリオットは止まる。

 不審に思い、ふりかえったギルバートは、彼らの目線の先――床をみて絶句する。


 燃え尽きた箱から現れたのは、一振りの剣。

 折れた刃に、見慣れた剣柄(つか)――特注の魔石と、うつくしい装飾のような古代文字。


「……魔術剣」


 ギルバートはぼうぜんとつぶやく。


「本物ですか?」


 ゼノの問いに、ギルバートはうなずく。

 さきほどの爆発は、怒りで濃縮された魔力が、魔術剣に一気に流れこんだために起きたものだ。


「ひろった人は、なぜ贈り物にしたのでしょう」


 レスターの問いの答えを、ギルバートは持っていない。


「どこに置きわすれたんですか」


 ギルバートはぎこちなくエリオットを見やる。


「……地下室に決まっているだろ」

「地下室?」

「すべて焼けたと聞いた……火をつけたのは、王家ではないのか」

「何のはなしですか」

「黒焦げ死体では判別がつかない! だからブラットリーだと――異形(いぎょう)の証拠を隠滅(いんめつ)したから、口裏を合わせろ(・・・・・・・)という王命だとばかり」


 ――現場は火災により、一切が焼失。()(あと)から、男性の遺体を発見。ブラットリーの生存確認がとれていないことから、彼であると断定。これは事故(・・)のため、ギルバートは証拠不十分で不起訴――。

 王家からの通達は、いつもどおり一方的、便宜(べんぎ)(はか)らえという意味にしか思えなかった。

 

 ギルバートは融合(ゆうごう)解離(かいり)――イブリースと分離したときのことを思い出す。

 魔獣の爪跡はすべて本体(ギルバート)に残り、イブリースは無傷。


 ではあのとき呼吸を止めたのは――死んだのは、だれだ。


 知らず、こぶしをにぎりしめる。

 やけどの痛みが、ギルバートを(さいな)む。

 みつめる魔術剣は、なにも語らない。







 緑の匂いが濃い林を、二頭の馬が駆ける。

 みじかい下草が生えた道は、遠乗りに最適だ。

 木々を追いこし、こもれびを突っ切り、山のふもとにたどりつく。


 眼前にそびえるのは国境の山、これを越えれば帝国領(ていこくりょう)だ。

 

 男は馬の足をゆるめる。

 後続(こうぞく)の栗毛の馬がならんだ。

 乗騎する青年は笑みをうかべており、つかれたようすはない。


「休憩、いるか?」

「どっちでもいいよ」

「ならば登りきる。迎えが来ているはずだ」

「はーい」


 かるすぎる返事をして、栗毛の馬がゆるやかな勾配(こうばい)を登りはじめる。


 男は目をほそめる。

 いまから向かうのは帝国領、男にとっては故郷だが、青年にとっては敵国だ。

 客人の(てい)で迎え入れるが、仲間がどういう反応をしめすのかはわからない。

 

「いいのか? 想い人がいると聞いたが」


 皮肉気に笑えば、青年がふと空を見上げた。

 つられて目をやった先、初夏にむかう空は、涼やかな碧色(あおいろ)だ。


「いいんだ。――かならず、また会えるから」

 

 歌うように告げて、青年がふりかえる。

 笑う青年の瞳は、血のように赤い。

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