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最強の竜騎士団長は、すべてが妹♡至上主義!  作者: 黒いたち
第二章 臣下とは王のために存在する
32/33

前進あるのみ

 ギルバートは一命をとりとめたが、反動で寝込んだ。

 ケガによる高熱と貧血のせいだが、心痛があったのは否定できない。


 まどろみ、現実感がうすい中、かたわらには常にイブリースの気配があった。

 うわごとのように何かを言った記憶はある。

 視界も聴覚も水面で(へだ)てたよう、イブリースの冷たい手が髪を()いた。

 ぬれたタオルを目元にあてがわれ、きもちよさに息をつき、また眠ったのを覚えている。


 次にギルバートが目覚めたとき、あたりはすっかり明るくなっていた。

 光が目にしみて、まばたきをくりかえす。

 寝すぎたのか、目元が()れぼったい。

 それなのにまだ、まどろむような眠気があった。


 ギルバートは寝返りをうち、室内に視線をめぐらせる。

 ちかくにイブリースの気配はなく、彼の姿もない。


 ギルバートはちいさく息を吐く。

 おもったより落ち着いている。

 胸はしめつけられるほどに痛いが、兄妹(きょうだい)の関係は変わらない。

 兄として、アンジェリカに愛情を注ぐ。

 それはもう決めたこと、いまさら何があろうと揺らぐことはない。


 だから今は、今後のことを考える。


――今回の事件、さっさと事後処理を終わらせて、長期休暇を確実なものにする。


 正当防衛とはいえ、相手は王族。

 裁判でも起こされたら、外聞が悪い。

 そのせいでアンジェリカが肩身の狭い思いをするなど、耐えきれない。

 その不安を払拭(ふっしょく)し、心おきなく彼女と別荘に行くためには――。


「……背に腹は代えられん」


 ギルバートは腕を伸ばし、サイドテーブルの呼び鈴を鳴らした。






「――ギルバート」


 呼ばれて、ギルバートは覚醒する。

 ロベルトに用件を伝え、待っているうちに寝てしまったようだ。


「……ちちうえ」


 半身を起こすだけで、めまいに襲われる。

 きつく目を閉じたギルバートに、後方に控えていた使用人(メイド)が、ヘッドボードにクッションを敷きつめる。

 背中をあずけ、息をついたギルバートの寝具を手早くととのえ、サッと後方へと退()がる。

 目の前にいるのに、あいかわらず人としての気配が薄い。

 だが彼女もれっきとした人間、今から話す内容を聞かれていい相手ではない。


「――今回の事件について、詳細をお話しします。人払(ひとばら)いを」


 ディビットはギルバートの言葉に軽くうなずく。

 それだけで彼女たちは速やかに退室した。


 ディビットはベッド脇の椅子に腰を下ろす。


「聞こうか」

「結論から言います。俺はブラットリー・マクスウェルを殺しました」


 ディビットは目を見開いたが、無言でつづきをうながした。


 ギルバートは事件の詳細を語る。

 魔術剣を座標(ざひょう)に転移し、触手の魔術陣につかまり、白銀の枷で拘束(こうそく)されたこと。ブラットリーの魔人生成実験、白銀の小刀での拷問、争乱を止めるための戦い――その結末。


 聞き終わったディビットは、うなる。


「にわかには信じられん。ブラットリー副所長は悪魔だったのか?」

「いいえ。彼は人間ですが、体内に悪魔が居ました」

「そんなことが? 知られざる王族の能力か……」

(おおやけ)にできる内容ではありませんね」


 ギルバートは目をほそめた。


「どうせ異形(いぎょう)はすぐに焼却され、証拠は残らない。つまりこの情報は利用期限つき――()かし方はおまかせします」

「……留意(りゅうい)しておく。――それで?」

「現場は、王都魔術研究所おうとまじゅつけんきゅうじょの地下」

「……なぜ、そう言い切れる」


 ディビットの歯切れの悪さに、ギルバートは首をかしげた。


「彼の権威(けんい)が通用し、念入りな実験準備ができる場所が他にありますか?」

「あるかもしれないだろう」

「地下に死体がある。調べればすぐにわかることです」

「いいか、ギルバート。王都魔術研究所は、王家主体(・・・・)の研究機関だ。仮定で捜査(そうさ)ができるほど、開放的な施設ではない」

「は? ……ああ、なるほど。王家に不利な情報は、にぎりつぶされるわけか。 ――では、こういうのはいかがでしょう」


 ギルバートはうすく笑う。


「俺はあの日、仕事ではなかった。つまり王族が、ブレイデン公爵家嫡男に対して殺人未遂(さつじんみすい)を起こした――」

「――待て。それはいささか強引ではないか」

「いいえ? 俺が瀕死(ひんし)であったことは、聖騎士エリオット・ローガンの証言からも明らかです。魔術陣、白銀の枷、白銀の小刀を用意する周到(しゅうとう)さからみて、計画犯罪に間違いありません」


 ただ、とギルバートはディビットを見据える。


「これは“事件”なのか、“事故”なのか……建国記念祭をひかえた今、国王陛下はどのようなご判断を(くだ)すと思いますか?」


 ディビットは(しぶ)い顔で、あごに手をあてた。


「……陛下への(おど)しはさておき、公爵家としても、王家と()めるのは本意ではない。――国の捜査に、公爵家の調査員を同行させる。ただし人選は、私に一任(いちにん)してもらうぞ」

「かまいません。地下に死体もありますし、早急に調査を開始させたほうが、おたがいのためかと」


 ディビットはあきらめたように立ちあがる。

 首を横に振り、複雑な色をのせた目で、ギルバートを見やる。


「おまえとブラットリー副所長は、友人だと思っていたよ」

「……まさか。俺の周囲には、稀代の魔人に()せられた人間しかいません」


 ギルバートは冷笑し、目を()らす。


「寝ます。明日には全快していることでしょう」


 ディビットに背をむけ、ベッドにもぐりこむ。

 背後のため息と、遠ざかる足音を聞きながら、ギルバートは目をつぶった。






 ブレイデン公爵家からの報告は、王家に衝撃を与えた。

 箝口令(かんこうれい)が敷かれ、調査は諜報機関(ちょうほうきかん)(かげ)」によって、極秘裏に行われた。

 ブレイデン公爵家からの調査人を同行させ、入手した情報は当主のみに開示することを条件に、今回の出来事は“事故”として処理されることとなる。


 その捜査の途中、ディビットは思いがけない事実を知る。






 アルデは緊張していた。

 本邸(ほんてい)に入るのも初めてなのに、案内人の洗練された背中は、奥へ奥へと進んでいく。

 こんな深部まで、庭師見習(にわしみなら)いが足を踏み入れても良いものだろうか。

 呼び出しを受け、すぐに湯を()び、最低限の身なりを整えてはきたが。


 冷や汗をかきながら後を追っていると、りっぱな扉のまえで案内人――執事長のロベルトが立ち止まった。


旦那様(だんなさま)がお待ちです。くれぐれも、失礼のなきよう」 

「はい」


 ロベルトが扉を開けてくれるのに恐縮しながら、背筋(せすじ)を伸ばして入室する。


「失礼します」

「やあ、アルデ。座って待っていてくれ」


 黒壇(こくだん)のデスクで書類をまくりながら、ディビットがやわらかく告げる。

 アルデは明朗な返事をして、指定されたソファに腰を下ろす。

 重厚感あふれるソファは、しっかりとした座り心地だ。


――さすが公爵家御用達の逸品だ。


 ロベルトは、部屋の隅でティーセットを扱っている。

 こちらを見ていないことを確認し、アルデは座面にそっと手のひらを()わせる。

 肌に吸いつく(なめ)らかな質感は、しなやかな弾力がある。


――何の(かわ)だろう。良くなめされているが、元は硬そうだ。


 一部だけ、色合いがちがう箇所を見つけた。

 革に転写された漆黒は、まるで焦げたような――。


「また待たせてしまったね」


 アルデはハッと顔を上げ、手を(ひざ)にもどす。

 ディビットは数枚の書類を手に、アルデの向かいに腰を下ろした。

 姿勢を正したアルデに、ディビットは表情をやわらげる。


「そう固くなる必要はない」

「……はい」

「今日は、フェニクス商会のご令息と話がしたい。――いきなりで申し訳ないね」


 アルデは首をかしげた。


「それはよろしいのですが、私でお役に立てるでしょうか」


 なにせフェニクス商会は倒産済み。

 従業員もバラバラになってしまい、所在(しょざい)を聞かれてもわからない。

 販路(はんろ)や取引先への融通(ゆうづう)は、アルデの顔では通用しない。


 アルデの疑問に、ディビットはしっかりとうなずいた。


海竜堂(かいりゅうどう)の名に聞き覚えは?」

「あります」 


 海街(うみまち)にある商家で、貿易業を営んでいる。

 多人種が在籍しており、どの国のどんな品でも輸入してくることで有名だ。


「フェニクス商会とは、なにか確執(かくしつ)が?」


 問われ、アルデは思い出す。

 あまり人のことを悪く言わない父親が、彼らのことを「海賊(かいぞく)」と呼び、毛嫌いしていたことを。

 しかしアルデの知るかぎり、海竜堂とのおおきな()め事は起きていない。


「……そのような記憶はありませんが、同業者なので、競合する機会はあったかと思います」


 ふむ、とディビットはあごに手をあてる。

 次いで、アルデをまっすぐに見た。


「フェニクス商会の倒産原因は彼らだ」

「……え?」

「だからこそ、借金(しゃっきん)を帳消しにする方法が見つかった。――いっしょに戦う覚悟はあるかい?」


 アルデはぽかんとディビットを見つめた。

 言われた内容のせいでもあったし、夢か(うつつ)か聞きまちがいか、衝撃がおおきすぎて、すぐに理解することができなかった。

 厳しいはずの現実が急に手のひらを返したよう、そんな都合のいいことがこの身に起きるとは信じられない。


 ディビットは鷹揚(おうよう)にうなずく。

 それでアルデは、これが現実であることを知る。


「もちろんです!」


 いきおいよく立ち上がったアルデに、ディビットはおだやかに微笑んだ。




 テーブルに紅茶が置かれた。

 給仕はロベルト、ちらりと視線を向けられ、アルデはあわてて着席した。

 ディビットがゆったりとティーカップを傾けるのを見て、アルデも紅茶を口にする。

 フルーティーな香気が鼻に抜けた。

 芳醇な味わいとすっきりとしたのど越しに、アルデは目を見張る。


――さすが公爵家御用達の銘茶(めいちゃ)


 感動とともに紅茶を見つめる。ティーカップの中で輝くふかい紅色に、アルデはハッとする。


――これはもしや、夏摘み紅茶(セカンド・フラッシュ)では?


 別名「紅茶の女王」。

 フェニクス商会でも取り扱いはあったが、アルデが口にするのは初めてだった。


「――そんなに気に入ったなら、あとで茶葉を届けよう」


 笑いを(こら)えたディビットに、アルデは我に返る。


「い、いいえ、めっそうもありません! 失礼いたしました」 


 顔を赤らめ、ティーカップをもどす。

 珠玉の品に、はしゃいでしまうのは、昔からのクセだ。

 もう子供ではないのだから、とアルデは自分に言い聞かせる。


「それで、旦那様。俺は――いえ、私は、どうすればよろしいのでしょうか」


 動揺が口調にあらわれ、アルデは天を仰ぎたい気持ちになる。

 礼を欠いていきなり話しかけたことも、その内容も、あまりにお粗末だ。

 しかしディビットは、こだわりなくうなずいた。


「まずは話を聞いてほしい。内容は他言無用だ」

「わかりました」

「王都魔術研究所の副所長は、ブラットリー・マクスウェルという人物だ。彼は先日、事故で亡くなった」

「マクスウェル……伯爵家(はくしゃくけ)の方ですか?」


 アルデの問いに、ディビットは感心したようにうなずく。


「よく知っているね」

「マクスウェル領の港町(みなとまち)は、貿易の(かなめ)ですから」

「そうだったね。――そして海竜堂の本拠地(ほんきょち)だ」


 ディビットの言葉に、アルデは背筋(せすじ)を正す。


「事故調査のため、副所長室の資料が押収(おうしゅう)された。そのなかから、ブラットリー副所長と海竜堂が交わした違法取引(いほうとりひき)の証拠が見つかった」

「違法取引……」


 ディビットはうなずく。


「“希少金属(レアメタル)30キロとひきかえに、フェニクス商会の顧問弁護士、ピーター・スミスに、海竜堂に従属するよう王族命令を下す”と」

「……え?」

「海竜堂の目的は、フェニクス商会をつぶすことだ。手始めにピーター弁護士を取り込み、フェニクス商会の不正をにぎろうとしたが、どれだけ調べても出てこなかったらしい」

「うちの経営理念は『公正・明朗』でしたから」


 ディビットはかすかに笑う。


「それを実行できていたのが素晴らしい。――()れた海竜堂は実力行使に出る。発見された犯行計画書と、フェニクス商会の倒産(とうさん)の流れが一致した」


 アルデは目をみひらく。

 フェニクス商会が倒産したのは、大口(おおぐち)の取引先があいついで倒産(とうさん)し、億単位の売掛金(うりかけきん)が回収できなかったからだ。

 偶然にしては不運すぎると思っていたが、それが仕組まれたことならば、話は変わってくる。


「ええと、つまり、ジュエリーショップの強盗事件は……」

「海竜堂のしわざだ」

「医薬品を(おろ)していた病院が、たてつづけに放火された事件は」

「海竜堂のしわざだ」

「では牧場の(さく)がこわれ、馬がすべて脱走したのも!」

「それはただの事故だ」

「あ、そうですか」


 ディビットは書類を一枚めくった。


「だが先のジュエリーショップと病院の法律相談に、ピーター弁護士が買って出た。フェニクス商会の大事な取引先だから力になりたい、ともっともらしい理由を言いながら、彼の目的は裁判に負けること――つまり、海竜堂の隠蔽工作(いんぺいこうさく)に一枚かんでいたというわけだ」

「……思い出しました。どれも犯人は『心神喪失(しんしんそうしつ)』で無罪。盗品は行方不明で、火災の賠償(ばいしょう)もされず、泣き寝入りのような形になったと」 


 だからフェニクス商会は、売掛金(うりかけきん)を回収できなかった。


「さらにピーター弁護士は、お母さまを言いくるめて自己破産を阻止。結果として、お母さまは精神病を(わずら)った」

「……はい」


 ことばにすると、ピーター弁護士の非情ぐあいが浮き彫りになる。

 アルデには、それが意外に思えた。

 ピーター弁護士は、進んで悪事に手を染めるようには見えなかった。

 彼の細い目には、やさしい印象しかない。

 いつもフェニクス商会のために尽力し、アルデのつたない疑問にも親切に答えてくれる、善良な男性。だから――。


「……王族命令には、それほどの強制力があるのですね」


 日常生活で、王族の威光(いこう)を感じることは少ないが、弁護士が太刀打ちできないほどだ。

 きっと彼はどこにも相談できず、しかたなく従ったにちがいない。


「王族命令の強制力は、継承順位(けいしょうじゅんい)と比例する」

「では――」

「――ブラットリー副所長は第二十六位。断ったところで、職すら失わない」

「……え」

「ピーター弁護士は、多額の報酬を受け取っていた。彼は自分の意思で、フェニクス商会の敵になった」


 言葉を失うアルデに、ディビットは(さと)す。


(かね)というのは魔物だ。人を変える魔力がある。そして金の奴隷(どれい)になった人間には、破滅(はめつ)の道しか残らない」


 アルデはうつむく。

 こぶしがふるえているのを、どこか他人事のようにおもった。


「金の主人になりなさい。金を制御し、正しく動かす。君のお父さまがされていたのは、そういうことだ」


 父の話に、アルデはハッと息をのむ。

 いますべきことは、落胆ではない。

 アルデが守るべきは家族。

 そのために、公爵家の当主が力を貸してくれると言っている。


 アルデは顔をあげ、背筋を伸ばす。


「私はなにをすればよろしいでしょうか」


 アルデはしっかりと問う。

 ディビットは太い笑みを浮かべた。


「ピーター弁護士を告訴(こくそ)する。アルデ・フェニクス。君はフェニクス商会の代表だ」

「はい!」

「公爵家の顧問弁護士をつけよう。あとは彼の指示に従い、その手で勝利をもぎとってこい」


 アルデは起立する。

 庭師見習いではなく、フェニクス商会の代表として、きっちりと礼をする。

 

「ありがとうございます。このご恩は忘れません」

「そう頑固(がんこ)に思い込む必要はない」

「――え?」

「ノブレス・オブリージュ。これは筆頭公爵家としての義務だ。――朗報を待っているよ、アルデ」


 ディビットの温和な笑みに、アルデは目頭が熱くなる。

 感謝の念を込めて、もういちどしっかりと頭を下げた。




 アルデが退室し、ディビットは感心してうなずく。


「……素直ないい子じゃないか、ロベルト」

左様(さよう)ですか」

「息子にも、あれぐらいの可愛げがあればな……」

「おや、ご存じありませんか」

「なにがだ?」

「ギルバート様は素直でございますよ。先日も私の助言をまっすぐに受け取っておいででした」

「――なぜ父親の私ではなく、おまえに相談を!?」

「アンジェリカ様のことでしたので」

「う……む……」


 とたんに勢いを無くすディビットに、ロベルトは涼しい顔で紅茶を入れ直す。


「旦那様。私からもお礼を申し上げます」

「……言うな。私には王族を訴える度胸は無い」


 一介の弁護士ごとき、筆頭公爵家の相手ではない。

 しかし王族の罪を白日のもとにさらすことはできず、それは海賊の罪ごと葬り去ることを意味する。

  

「それでも、私は旦那様を誇りに思います」

「王家に腹をみせる犬でもか」

「筆頭公爵家の使用人に借金があるなど外聞が悪い。……それでよろしゅうございましょう」


 ディビットは無言で紅茶を口にする。

 香り高い夏摘み紅茶(セカンド・フラッシュ)は、胸のしこりをすこしだけ溶かした。






 事はディビットの目論見(もくろみ)どおりに進んだ。

 裁判でピーター弁護士の有罪が確定、母親の自己破産が認められ、フェニクス商会の負債は免責(めんせき)

 もぎとった慰謝料(いしゃりょう)は病院の支払いに()てられ、フェニクス家の借金は完済(かんさい)された。




「ほんとうですか!?」


 歓声をあげたアルデは、ここが病室であることを思い出す。

 集まった視線にペコペコと謝ると、同室の患者たちは気安い笑みを浮かべた。


 医者はうなずき、アルデの肩をたたいて、退室した。

 アルデは、ベッドで眠る父親を見つめる。

 以前より顔色がよく見えるのは、医者の言うとおり、容態が安定したからか。

 ちかいうちに意識がもどるだろうと告げられ、アルデは待ち遠しい気持ちでいっぱいだ。

 父親が目覚めたら話したいことがたくさんある。

 その最たることが、希望にあふれた現状だ。


「アルデちゃん、よかったなぁ」


 話しかけてきたのは、真向いのベッドにすわる高齢女性だ。


「はい! おかげさまで、これからの入院費も免除されることになりました」


 アルデの報告に、あかるい声があがる。

 気のいい同室患者たちは、いつもアルデを気にかけてくれる。

 口々によかった、よかった、と言いながら、ひまな入院生活につきものの、おしゃべりに移行する。


「こんな小さい子に支払わせるなんて、おかしいと思っていたんだよ」

「いい助成制度が見つかったのかい?」

「はい。勤め先の旦那様にご助力いただき、裁判で権利をもぎとってきました!」


 胸を張るアルデに、患者たちが拍手を送る。

 

「よくがんばったねぇ」

「りっぱな子だよ」

「寝てばかりいないで、息子を褒めてやったらどうだい」


 父親に冗談をとばす、その口調はあたたかい。

 病室に、あかるい笑い声が満ちる。

 さわやかな風がはいってきて、アルデはひらいた窓に寄る。

 快晴つづきの空は、涼やかな(あお)だ。

 遠くまでからりと晴れわたっている。


 半年前、見上げた空はぶあつい雲におおわれ、一筋の光も見いだせなかった。

 フェニクス商会は破産し、両親は自殺未遂で入院。かけこんだ職業斡旋所でロベルトに拾われ、ブレイデン公爵家の庭師見習いとなった。魔獣におそわれかけたところをギルバートに救われ、馬車の中でディビットに身の上を語った。それから一ヶ月。異例の速さで開かれた裁判で、借金は免責、入院費は免除されることになった。


 その怒涛の日々。

 助けてくれた人々に、感謝せずにはいられない。


「……ありがとうございます」


 みあげる空のまぶしさに、アルデは目をすがめる。

 初夏の陽光はやわらかく、視界に入りきらないほど降りそそぐ。


「――アルデちゃん! こっちにきて、お菓子でも食べな」

「はい!」


 アルデは笑顔でふりかえる。

 おなじく笑顔で手招きをする、あたたかい人の輪に駆け寄った。

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