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最強の竜騎士団長は、すべてが妹♡至上主義!  作者: 黒いたち
第二章 臣下とは王のために存在する
31/33

命運を賭す

 騎士団本部の竜舎(りゅうしゃ)は立派だ。

 針葉樹(シダー)の丸太を積み重ねた構造は、耐久性に優れている。

 天井はたかく、風通しはいい。

 日光浴を好む竜のため、屋根は魔術で開閉できる。


 竜の巨躯に合わせ、竜房(りゅうぼう)はゆったりとした造りだ。

 ここには清潔な(わら)と新鮮なエサが、豊富に用意されている。

 あかるくのどかな雰囲気のなか、竜はのんびりと寝て過ごす。


 厩務員(きゅうむいん)が雇われてはいるが、基本的に竜騎士たちは、自分の竜の世話をする。

 常日頃から信頼関係を築くことで、有事(ゆうじ)の際に息の合った動きができるからだ。

 それでなくとも、竜騎士は竜好きだ。

 ひまさえあれば竜にかまいに来るものがおおく、ゼノもそのうちのひとりだった。


 陽射しがふりそそぐ竜舎を、ゼノはのんびりと歩く。

 日光で干された(わら)は、いいにおいがする。

 それが竜の臭気と混じったにおいが、ゼノは好きだった。


「こむぎ、げんきか?」


 声をかけ、竜房(りゅうぼう)に入る。

 小麦色の竜が、よろこび(いさ)んで、じゃれついてきた。

 首筋(くびすじ)をたたいて落ち着かせ、耳の後ろを()いてやる。

 こむぎは嬉しそうに、キュルリと喉を鳴らした。


「ゼノ、ようやく事務仕事が終わったのか」


 となりの竜房から、レスターが顔をのぞかせて笑う。

 揶揄(やゆ)するような響きは、昨晩遅くまでレスターが手伝ったにもかかわらず、今日まで繰り越したからだ。


「その(せつ)は、おせわになりました」

「おまえは数字に弱いな」

「数字なんて十種類の記号のくせに、なんであんなに強敵なんでしょう」


 遠い目をしたゼノの顔を、こむぎが肉厚な舌で舐める。

 

「くすぐったいよ、こむぎ」


 こちらの感情を機敏(きびん)に察知する愛竜のかしこさと優しさに、ゼノはおもわず破顔した。


 蹴爪(けづめ)の硬質な音に、ゼノはこむぎの足元を見る。

 ()(わら)が片寄り、石床が露出していた。

 

「こむぎ、おいで」


 竜房の(すみ)にこむぎを誘導する。

 うきうきと着いてくる愛らしさに目を細め、首筋をたたいて褒めた。


 竜の動きで、藁はどうしても壁際(かべぎわ)に寄りがちになる。

 丸い瞳が見つめるなか、ゼノはていねいに藁を中央に集める。

 こむぎの寝心地がいいように、分厚く均等にととのえ、ゼノは満足気にうなずいた。

 

 水を換えてやろう、とバケツを手にしたとき、あわただしい足音が聞こえた。

 通路に目をやると、エリオットが早足で歩いてくるところだった。

 聖剣の装備に、ただごとではないと声を張る。


「エリオット副団長! なにかありましたか!?」


 彼はゼノを横目に、真向いの竜房に入る。

 エリオットの竜――ベルが身を起こし、低く喉を鳴らした。

 手早く鞍を乗せ、乗騎したエリオットが、竜ごとゼノの方を向く。


「不審な通信を最後に、ギルバートと連絡が取れない。ブレイデン公爵家に確認に行く」


 かさねて問おうとしたゼノにかまわず、エリオットは竜を飛翔させた。

 風圧で、ゼノの手からバケツが飛ばされる。

 すがめた目で見上げた蒼天、竜影はみるみる遠ざかり、あっというまに消え失せた。


「ええ……」


 なにひとつ理解できず、立ち尽くすゼノの背中を、こむぎがつつく。

 振り返ったゼノが見たのは、ふきとんだ(わら)にまみれた竜房だった。

 ゼノは唖然(あぜん)とする。

 レスターは笑いながら、竜房の入口をふさいだ棒をまたぐ。

 転がるバケツをひろったついでに、ゼノの首筋をたたいてなだめた。


 




 竜は蒼天を飛翔する。

 流れる綿雲(わたぐも)を追い越し、鳥の群れをよけながら、王都を東に翔けていく。

 エリオットは手綱を握りながら、通信術具に魔力を流す。


「――ギルバート団長、応答(おうとう)願います」


 幾度(いくど)となく繰り返した科白(せりふ)に、応える声はない。

 

 不審な通信があったのは本日昼過ぎ。

 騎士団本部で書類をかたづけていると、とつぜん左の鼓膜がふるえた。

 ここ最近で慣れた感覚は、通信術具だ。


 聞こえたのは、人の息遣い。

 とおくかすかに別人の声。


 耳を澄ますうちに途切れて、エリオットは眉をひそめる。

 すぐに通信術具に魔力を流すが、応答はなかった。

 エリオットは書類を置いて立ちあがる。


 あつらえたばかりのピアスが、多少のことで落ちるはずはない。つまり――。


「あいつ……なぜ問題ばかり起こす!」


 確信を抱き、竜を飛翔させ、今に至る。




 王都特有の、無味乾燥な建物群を飛び越すと、見下ろす景色はがらりと変わる。

 緑豊かな巨大庭園が、空からの来訪者をもてなす。

 上からの眺めはみごとだが、鑑賞しているひまはない。


「ベル、()えろ」


 大気をゆるがす竜の咆哮に、地上の人間が一斉にこちらを見上げた。

 彼が庭園内にいるならば、すぐに何らかの反応があるはずだ。

 滑空し、屋敷の真正面に竜を着地させる。

 周囲を見渡し、怒声も攻撃も飛んでこないことに眉をひそめながら、エリオットは屋敷に足を踏み入れた。



 なにかが聞こえた気がした。

 書斎(しょさい)にいたアンジェリカは、文字から目を離し、首をかしげる。

 壁一面が本棚になっているこの部屋は、本好きのディビットが収集した希少本がずらりとならぶ。

 座りごこちの良いソファとちいさなテーブル。家具はそれだけで、この部屋の主役は本であった。


 アンジェリカはながめていた詩集『会えない時間が愛を育てる』を閉じる。

 別段、熱心に読んでいたわけではない。

 大人の恋愛観を綴った内容は、アンジェリカにはすこし難しい。

 背伸びをしたのは、すばらしい婚約者ができた高揚感からだ。


 ただ目をすべらせて気持ちにひたっていただけ。

 だからすぐに異変に気付いた――なにやら屋敷が騒がしい。


 本を置いて、席を立つ。

 屋敷の中であろうと無防備になってはいけない、と兄から言われていたので、扉をわずかに開けて耳を澄ます。


 喧騒(けんそう)は、遠くから聞こえた。

 もうすこしだけ扉をあけ、顔をだして左右を確認する。

 廊下に人気(ひとけ)はない。騒ぎは階下で起きているようだ。


 好奇心が頭をもたげる。 

 アンジェリカは暇だった。

 両親は忙しく、やさしい兄は姿が見えない――傷が痛むといっていたから、私室でやすんでいるのだろう。


 ちょっとだけ、とアンジェリカは書斎を出る。

 廊下から、エントラスホールを見下ろすことができた。

 手すりにちかづき、そっとのぞきこむと、騎士服を着た男性が階段に足をかけたところだった。


「エリオット様!?」


 はしたなく大声をあげたのは、来訪者が(くだん)の婚約者だからだ。

 エリオットは顔を上げる。

 理知的な翠瞳(すいがん)が、アンジェリカをとらえた。


「――アンジェリカ!」


 エリオットはすぐに階段をのぼり、アンジェリカに駆け寄る。

 アンジェリカは信じられない気持ちで彼を見つめた。

 エリオットはアンジェリカの背後をのぞきみる。


「一緒ではないのか」

「あの……?」

「アンジェリカ。ギルバートを知らないか」


 エリオットにつめよられ、アンジェリカは息をのむ。

 騎士団の制服が良く似合う、大柄な体躯。

 精悍(せいかん)で凛々しい顔つき。

 真摯(しんし)な翠瞳が、アンジェリカをじっと見つめる。

 彼につかまれた二の腕が、燃えるように熱い。


「お、お兄様でしたら、私室にいらっしゃるかと……」 

「そうか。ありがとう」 

 

 パッと手を離し、エリオットはアンジェリカとすれ違う。

 清涼な香りに、アンジェリカはひざの力が抜けた。

 壁にすがりつき、ぼうっとしたまま、彼の背中を見送る。

 ドクドクと心臓は早く、頬に熱が溜まる。


「――お嬢様!」


 使用人(メイド)が、顔色を変えて駆け寄ってくる。

 彼女の手に支えられ、アンジェリカはなんとか座り込まずに済んだ。


「どうなさいました!?」

「……か」

「はい?」

「かっこいい……」


 使用人が何事かを言っていたが、アンジェリカの耳には届かない。

 二の腕に、彼の温度が残っている。

 五感はしばらく(ほう)けたまま、エリオットの手の余韻に、熱いためいきをついた。






 エリオットは廊下を突きすすみ、ギルバートの私室にたどりつく。

 飴色(あめいろ)の扉を開け放ち、するどく室内を見渡す。

 いない。

 きびすを返そうとして、異様な気配にとっさに振りかえる。


『――エリオット!』


 エリオットは目を見開く。

 空間転移したイブリース。その腕の中。


「ギルバート!!」


 エリオットは駆けよる。

 血まみれで横たわる彼はぐったりとしていて、青白い顔に息をのんだ。

 頬をさわり、首筋の脈をたしかめる。

 傷を検分する手がふるえるほど、彼は重傷だった。

 

「なぜ……」


 右腕と右足に、深い刺し傷がある。

 彼の右足首に、白い輪がはまっているのを見つけた。

 無理に断ち切った(くさり)の残片――これは。


「白銀!」


 この大怪我に白銀の枷は、まずい。

 生命維持にかかせない体内の魔力を、相殺してしまう。


 エリオットは抜刀する。

 祝福を受けた聖剣、その切っ先を白銀に当て、自身の魔力を同調させる。


「――(くだ)けろ」


 聖騎士に命じられた白銀は、その身を粉々に散らせた。


『エリオット! はやくギルを治して!』


 イブリースの懇願に、エリオットは首をかすかに横に振る。

 

「いまのギルバートに、俺の治癒魔術は猛毒(もうどく)だ」

『――泣き言をいうな! 僕が聖魔術の残滓(ざんし)を取りのぞく。はやくしろ!!』


 強硬たるイブリースに、エリオットは迷っているひまがないことを悟る。

 返事のかわりにギルバートの傷に手を当て、治癒魔術を発動させた。 




 聖騎士の治癒魔術は特級(とっきゅう)だ。

 深手の傷はあっというまに完治し――魔人の生命力は大幅に削られた。


 イブリースが取り除けるのは、聖魔術の残滓(・・)

 いったんギルバートの体内を経由しなければ、消すことはできない。

 いくら迅速に行ったところで、いまのギルバートには(こく)でしかない。


『ギルの魔力が弱い! このままじゃ……』


 さきほどエリオットを叱咤(しった)した口で、イブリースは泣き言をいう。

 

「何か無いのか。ギルバートの魔力を上げる方法は!」

『そんなこと言ったって――ギル!』


 ギルバートがむせて、朱い液体を吐瀉(としゃ)する。


 エリオットは目を見開く。

 もはや自分にできることは、なにもない。

 あとはギルバートの生命力しだい、だがあまりに希望は薄い。

 これではもう、奇跡でも起きないかぎり彼は――。


「俺が聖騎士なばかりに、おまえを殺してしまうのか」

『ちょっとこんな時に闇堕(やみお)ちしないでよ!? めんどくさい!』

「だが他人の手ではなく、俺の手で終わらせたことは僥倖(ぎょうこう)……」

『あー! ほら別の悪魔が来ちゃったじゃん! だめだめ、お帰りくださーい! この聖騎士は僕の獲物でーす! ……って興味も執着もないけど』


 イブリースはシッシッと手をふりはらう。

 異空間から現れた中位悪魔が、肩を落として帰って行った。


「――お兄様!」


 金の風が吹いた。

 ギルバートに駆けよる少女が、周囲の空気を浄化する。

 アンジェリカは(ひざ)をつき、投げ出されたギルバートの手をすくって、両手で握りしめる。


 ギルバートのまぶたが震える。

 うっすらと開いた目は、もうろうとしながら、アンジェリカをとらえた。


「ア……ジェ……」

「お兄様! どうか、お気をたしかに」


 ギルバートはおおきく息をはく。

 愛おしげにアンジェリカを見つめ、頬をゆるめた。


「わら、って……おれの、ゆいいつ……」

「お兄様……」


 アンジェリカの声がふるえる。

 目に涙をため、アンジェリカは笑顔をつくる。

 イブリースはあわてて兄妹のあいだに割り込んだ。


『だめだよ、アンジェリカ! ギルの心残りは、むしろ作っていかないと! 死んだら嫌いになるとか、不幸になってやるとか、なんかこう……とにかく(おど)そう!』


 アンジェリカに顔をちかづけ、必死で言いつのる。

 イブリースの腕を、ガシリとつかむ手があった。


「ち……かい……ぞ」


 死にかけていたギルバートが、わずかに身を起こしている。

 怒りをたたえた碧眼(へきがん)に、イブリースは唐突(とうとつ)にひらめいた。

 

『エリオット! アンジェリカにキスをして!』

「――は?」

「――え!?」


 ふたりの声がかぶる。


『ギルを怒らせるんだ! はやく!』


 イブリースの腕をつかむ手に、力が増した。


「ふざ……け……」

『ほらほらほら! ギルが元気になってきた!』

「いや、しかし」

『別の方法をさがす猶予(ゆうよ)が無いことぐらい、わかっているだろ!』


 イブリースは燃える目をエリオットにぶつける。

 エリオットは息をのみ、覚悟を決めた顔でうなずいた。


「――すまない、アンジェリカ」

「エリオット様!?」


 エリオットはアンジェリカをひきよせる。

 宝石のような碧眼を見開いた少女に、エリオットは顔をよせて――。




 その日、ブレイデン公爵家の邸宅から、漆黒の魔力が噴きだした。

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