妹は、完璧に俺が守る
「さがっていろ、アンジェリカ」
少女は、兄の言葉に素直にしたがう。
直後、三頭の竜の上から、連続で矢が放たれた。
それを剣で切り捨て、ギルバートがさけぶ。
「ふざけるな! アンジェリカに当たったらどうする!」
「そこまで腕は悪くありません。ですが、心配ならさっさと投降したらどうですか?」
「断る。妹は、完璧に俺が守る」
「それ以外の人間は、どうなってもいいとの、お考えですか?」
「は?」
「今日の入団式は、国防のために志願した只人を、騎士として育て上げると国が誓約する式典です。国を、民を守ることは、ひいては、貴方の妹を守ることにつながりませんか。入団式にお戻りください、ギルバート団長」
ギルバートが、奥歯を噛みしめる。
「……俺が、一度でも団長になりたいと言ったか」
しぼりだすような声音に、エリオットは答えない。
「国がなんだ! 妹に手を出さないことを条件に、俺を騎士団にしばりつけておいて、よくそんなことが言えるもんだなあ!?」
ギルバートから、黒い魔力が噴きあがる。
天まで届く黒い柱は、蒼天を禍々しい朱に変えた。
その中から、陶器のような白い腕があらわれた。
ギルバートの背後から伸びて、手の平で彼の瞳をふさぐ。
もう片腕は、彼の首に優しくすがりついた。
『ギル、おちついて』
にゅるり、と現世にあらわれたのは、背に漆黒の翼を持つ少年だった。
その特徴的な見た目に、周囲から声がもれる。
「あ、悪魔……っ」
「あの人、魔人だったの!?」
「逃げろ、わああ!!」
悲鳴が交錯し、生徒たちが逃げまどう。
悪魔の召喚主は、莫大な魔力の消費に耐えられる人間だ。
彼らは、畏怖を込めて、魔人と呼ばれていた。
悪魔は、周囲の喧騒など気にも留めずに、ただひたすらに主を慈しむ。
犬のように荒い呼吸をくりかえすギルバートの、瞳をふさいだまま、耳元でささやく。
『かわいそうに。僕だけが、ギルの味方だ』
「……イブリース」
『だから、命じてよ。ギルの名で、ギルの望みを!』
イブリースが嗤いながら手を離す。
ギルバートの碧眼が、ぎらつく金に染まっていた。
「ギルバート・ブレイデンの名において要求する。俺と融合し、やつらを蹴散らせ。報酬は、俺の魔力だ」
『あはは! やっぱりギルは最高だ!』
イブリースが舌なめずりをして、ギルバートの背中に抱きつく。
その背に溶け込む瞬間、上空の竜騎士にむけて、つぶやいた。
『ギルをいじめていいのは、僕だけだ』