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最強の竜騎士団長は、すべてが妹♡至上主義!  作者: 黒いたち
第二章 臣下とは王のために存在する
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答えあわせは、またあした

「――ぅう……」


 くるしそうなうめき声が聞こえて、エリオットは書類から目を上げた。

 夜半の医務室(いむしつ)は薄暗く、エリオットがいる一角だけが煌々(こうこう)と明るい。

 その対角線上――もっとも暗い場所に、カーテンに()ざされた一台のベッドがある。


 カーテンを開けると、ギルバートが玉のような汗をうかべて、うなされていた。

 荒い息と眉間(みけん)に刻まれた深いしわが、苦痛をあらわしている。 


「ギルバート団長」


 起こした方がいいかと肩を()するが、かたく閉じた(まぶた)はそのままに、彼はうわごとだけを繰りかえす。

 (ひたい)に手をやると、想像以上に熱い。


「リオくん、どうかした?」


 のんびりとした足音に、エリオットはふりかえる。

 晴れやかな顔をしたブラットリーが、帰還(きかん)腕輪(うでわ)を手に、ちかづいてくるところだった。

 腕輪の調整をしていた彼だが、どうやらうまくいったらしい。


「ギルバートが高熱です」

「うわ、汗びっしょり! 採取管(さいしゅかん)持ってこなきゃ!」


 (きびす)をかえすブラットリーの襟首(えりくび)を、エリオットは間髪入れずにつかむ。


「治療後に、お好きなだけどうぞ」

「えーん。リオくんの顔がこわいよー」


 雑な嘘泣きをしたブラットリーが、すぐにへらりと笑顔を見せる。


解熱鎮痛剤(げねつちんつうざい)を点滴するから、さきに清拭(せいしき)しよっか」


 清拭とは、からだをふき清めて、着替えさせることだ。

 ギルバートの体液を採取したいブラットリーが、それを提案したということは――。


「いまギルくんが着ている服は、ぼくが(もら)うから」


 宣言するブラットリーに、想定内だとエリオットはうなずいた。




 現在ギルバートが着ているのは、エリオットの騎士服だ。


 治療後、血みどろの服を再度着せるわけにはいかず、エリオットが自身のロッカーから持ってきた。

 ギルバートには大きいが、ブレイデン公爵家に送るまでなら事足りるだろうと判断したが――鎮静剤(ちんせいざい)の使用で、けっきょく長時間着せたままだ。


「ギルバート団長、着替えさせますね」


 一声かけて、処置にうつる。

 汗で濡れた包帯にはさみを入れ、横向きにして服を脱がした。 

 ギルバートはゆるく眉根を寄せただけ、起きる気配もなく、熱いからだはぐったりとしている。

 

 その間、ブラットリーはというと、ギルバートの傷をひとつずつ確認しては、奇声をあげていた。


「側頭部の裂傷が治癒(ちゆ)してる! 背中の爪痕(つめあと)は薄皮が張っているし、さっすが稀代の魔人(ギルくん)!!」


 魔力量が多い人間は、自己治癒力が高い。

 稀代(きだい)魔人(まじん)と呼ばれるギルバートに(いた)っては、常人の数倍の回復能力を持つ。


 ゆえにギルバートは、自身の怪我に無頓着(むとんちゃく)だ。

 その結果が現状だが、進言したところで聞く耳を持たないため、それとなく見張るよりほかはない。

 それでも、好戦的で無謀な彼は、生傷が()えない。

 いくら治りが早くても、深手を負えば傷跡は残ったまま――それがいくつも刻まれた体を、エリオットはタオルで拭いていく。


 ただ眠っているだけならば、この時点で目覚めてもおかしくはない。

 あいかわらず()を閉ざしたままのギルバートに、エリオットはとなりでうきうきとカルテにペンを走らせているブラットリーに問う。


鎮痛剤(ちんつうざい)の効果は、いつごろ切れますか」

「明朝かな」

「それは……効きすぎではありませんか?」

静脈麻酔(じょうみゃくますい)調節性(ちょうせつせい)に欠けるからねぇ」

「麻酔?」

「投与したのは、鎮静作用(ちんせいさよう)のある全身麻酔剤(ぜんしんますいざい)。27針を再縫合するには、必要だから」


 患者(ギルバート)を思いやる心があったのか、とエリオットは意外な気持ちでブラットリーを見やる。

 カルテを置いた彼が、ギルバートの腕を持ちあげた。 


「こんなおおきな傷、つぎいつ縫えるかわからないでしょ? やるからには、万全の態勢で挑みたいよね!」


 満面の笑みを見せるブラットリーは、やはりいつもの彼だった。

 再確認したエリオットは、無言で作業にもどる。


 対照的に、ブラットリーは饒舌(じょうぜつ)だ。

 

「ギルくんの体は、いつみても(うす)いねぇ」


 なにがたのしいのか、眠っているギルバートに向かって、一方的に話しかけている。


「いちおう全身に筋肉がついているけど、片手でつかめるよ」


 ブラットリーがギルバートの(こし)をわしづかみ、うれしそうに笑う。


「ふふふ、ギルくんの魔術回路はどうなっているのかな? ひらいてみたいなぁ……」


 不穏なセリフとともに、ギルバートの腹を人差し指でなぞる。

 それがどうみてもメスを入れる動きで、ついには開腹手術の真似になったので、見かねたエリオットが釘を刺す。


「現実を()て、点滴の準備をしてください」

「現実を……それって、実現可能な検査のススメ!?」

「そうではなく、点滴の」

「――たしかに。ギルくんがふだんやらせてくれない検査をおこなう、千載一遇の好機!!」

「……」


 こうなったブラットリーに、もはや言葉は届かない。

 やるべきことをやろうと、エリオットはギルバートの清拭にもどる。

 からだを拭きおえ、新しい騎士服を手にとる。

 これもエリオットの夏服だが、(そで)がギルバートの(ひじ)まであるので、この時期でも問題ないだろう。


 エリオットがそう結論づけたとき、ぶつぶつとつぶやいていたブラットリーが、いきなりこちらに顔を向けた。


「ギルくんの体重測定をしよう!」

「――は?」

「リオくんがギルくんを持って、体重計に乗るでしょ? で、次にリオくんだけ乗って引き算すれば――」

「そうではなく、いま必要ですか?」


 ブラットリーのあそびに付き合うつもりはない。

 そういう意図をこめたエリオットの声音はつめたく、ブラットリーがしゅんとうなだれた。


「ギルくんが測らせてくれないから、半年前の数値しかない……」


 カルテに目をやり、いかにも切なそうにつぶやく。


「体重が減少していたら、食事を抜かないでって、医者の立場から忠告しようと思ったんだけど……」

「服を着せるまでお待ちください」

「そうこなくっちゃ! ぼくもおてつだいするね!」


 ブラットリーが、パッと笑顔になる。 

 なにを手伝うのかと思いきや、ギルバートの右手首に帰還の腕輪をはめて、彼が着ていた服を回収し、ご満悦だ。

 まあそういう人だよな、という感想しかない。


 そしておこなった体重測定。

 予想以上に減少したギルバートの体重に、エリオットは彼が食事を抜かない方法を確立させると決意し、ブラットリーは爆笑しながらカルテに数値を記入して、空欄が埋まったことに満足気にうなずいた。



 ひとまず気が済んだらしいブラットリーが、上機嫌のまま点滴を準備していく。

 慣れた手つきでギルバートの左腕に針を刺し、テープで固定したところで、小首をかしげた。


「ぼく、看病は管轄外(かんかつがい)なんだよね。リオくんはさぁ、発熱したとき、おうちでどんなことされた?」

「……記憶にありません」

「そうなの? ローガン侯爵家も(やみ)が深いねぇ」

「いえ。発熱した記憶がありません」

「健康体にもほどがあるね! やることないから、ギルくんのうわごとでも記録しようかな」


 カルテに手をのばすブラットリーに、エリオットが問う。


「頭部を冷却できるものはありますか?」

「あ! 去年開発したのがあるよ」


 得意げなブラットリーが、壁際に設置された保冷機(ほれいき)に近づく。

 白い箱型の装置は、魔石と魔術陣が内蔵されており、庫内は指定された温度に保たれる。

 ブラットリーがとびらをあけると、そこからひやりとした冷気が室内に流れた。


 保冷機に両腕をつっこみ、ブラットリーは庫内をあさる。

 しばらくして、黒いなにかをひっぱりだした。


「じゃーん! 断熱性の高い素材で、不凍ジェルと凍結保冷剤を包んだ保冷(ほれい)まくら! やわらかさと長時間冷たいのが特徴で、夏に抱きつくのにぴったり!」


 保冷まくらを抱きしめながら、ブラットリーがもどってくる。


「うーん。いまの時期は仲良くできない」


 顔をしかめ、ブラットリーが、保冷まくらをエリオットに差しだした。

 エリオットがそれを受けとった時。


『……ェ、リオ……』


 左の鼓膜に、(じか)に声がとどいた。

 彼を見やるが、瞳はきつく閉じたまま、(ゆめ)(うつつ)か、通信術具に魔力をながしたようだ。


『はい』


 応答しながら、保冷まくらを使うため、ギルバートの頭を持ちあげる。

 彼の眉間のしわが深くなり、表情に険しさが増す。


『――それが、きさまの本心か』


――なにがだ。


 おもった瞬間、ブラットリーがふきだした。

 背中をバシバシとたたいてくる彼にはかまわず、ギルバートの頭を保冷まくらの上にゆっくりとおろす。


「ちょっとリオくん、うらぎってるよ!」

「知りませんよ」


 さすがに夢の中までは責任をもてない。

 そう流そうとして、エリオットはギルバートの寝言に、ちいさな引っかかりをおぼえる。

 しばし考え、笑いすぎて目元をぬぐっているブラットリーに目を向けた。


「――鎮静剤(ちんせいざい)を投与した直後、彼が眠ったのはたしかですか?」


 きょとんとしたブラットリーが、すぐに真意を()()り、口角を上げる。


「『眠る』の定義(ていぎ)があいまいだけど――五感のうち、最後まで残るのは聴覚(ちょうかく)だよ」

「……なるほど」


 めんどうなことになった。

 いや、説明の手間が省けたと思えばいいのか。

 なんにせよ、彼が目覚めたら、早急に話をしなければならない。 

 どこまで耳にして、どこまで理解したか――それによって、今後の対応が変わってくる。


 ギルバートが、無意識に保冷まくらに頬を擦りつける。

 いくぶん表情がやわらぎ、彼の不調がうすれたことに、かすかに肩の力が抜ける。


「どうやらギルくんを苦痛から解放するのは、リオくんの役目みたい」


 ギルバートの寝顔に見入るブラットリーが、気楽に言ってわらう。 

 主治医としては無責任な発言だが、ある意味、的を得ている。


 解熱鎮痛剤が効いてくれば、ギルバートはさらに快方へと向かうだろう。

 そうして彼が目覚めたとき――どういう結論になろうとも、エリオットは()(したが)うのみ。

 なぜなら、ギルバートはお膳立てされた偽善まみれの幸せを、素直に甘受するような男ではない。

 それが存外、嫌な気分で無いことにエリオットは目を細めて、人知れず薄く笑みを浮かべた。

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