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最強の竜騎士団長は、すべてが妹♡至上主義!  作者: 黒いたち
第二章 臣下とは王のために存在する
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矜持のお値段


 ブレイデン公爵家の馬車は豪奢(ごうしゃ)だ。

 ひとり一台以上所有しており、当主のディビットともなれば保有数は五台にものぼる。

 車輪(しゃりん)はどれも四つ、屋根の有無や客室(きゃくしつ)の形状、外装や内装がそれぞれ差別化されている。

 二頭立てと四頭立てがあるが、ディビットひとりならば二頭立てで事足(ことた)りる。

 それでも、客室はおとなが四人座れるほどの広さがあった。


 登城(とうじょう)するときは、いっとう華美なものを選ぶ。

 家の紋章(もんしょう)がはいった馬車は、威厳と財力をしらしめる。

 あえて紋章をつけずに、おしのびの用途で使われるものもあるが、馬車自体が高価なために、貴人(きじん)が乗っていることには違いない。


 国内三大公爵家の筆頭であるブレイデン公爵家ともなれば、馬車の造作(ぞうさく)や装飾はもちろん、馭者(ぎょしゃ)の人格や技量、()(うま)の能力や容姿にいたるまで妥協(だきょう)はゆるされない。

 最新のスプリングを搭載(とうさい)した馬車は乗りごこちがよく、座面のかたさや材質にもこだわり、長時間すわっていても疲れない。


 どの馬車も一級品だと自負しているが、使用されるのはもっぱらディビットの馬車だ。

 夜会(やかい)ではクリスティーナを同乗させ、アンジェリカの送迎は、都合をつけてディビットが自分の馬車で向かうのが(つね)だ。

 ギルバートに至っては、転移魔術(てんいまじゅつ)か、馬の方が速いと単身で()けていってしまう。  

 本人も不要だと言いはってはいるが、公爵家嫡男の馬車が無いなど体面が悪い。

 そういう事情でりっぱな馬車を仕立てあげたが、彼が馬車を使ったのはここ数年で数えるほどしかない。

 じっとしていられない性分(しょうぶん)のギルバートに、馬車は相性が悪いようだった。


 ディビットを乗せた馬車は、整備された大通りを――貴族街(きぞくがい)を走る。

 等間隔にならんだ外灯(がいとう)が、ぼやけては遠のいていく。


 洗練(せんれん)された貴族街はうつくしい。

 さまざまな策略や陰謀(いんぼう)がふくざつにからみあう混沌を、綺麗な街並みが(おお)(かく)している――あたかも腹黒い人間しか、うつくしく飾られた馬車に乗ることができない証左のように。 


 そんなことを思いながら、ディビットは向かいに座る少年を見やる。

 行儀よく(ひざ)をそろえ、窓の外にひかえめに視線を向けている。

 こちらの視線に気づき、彼が居住(いず)まいを正した。


旦那様(だんなさま)。このたびはすばらしい馬車に同乗させていただき、ありがとうございます」


 年に似合わぬ落ち着いた態度と、しっかりとした言葉遣(ことばづか)いに、ディビットは感心する。

 庭師見習(にわしみなら)いにしては、礼儀がともなってる。 


「馬車ははじめてかね」

「いいえ。ですが、このような乗りごこちが良い馬車ははじめてです」

「そうか。家人は皆、馬車に興味がなくてね。君だけでも、わかってくれて嬉しいよ」


 アルデがひかえめに笑う。


「ギルバートに助けられたと言ったね。よければ、話を聞かせてくれないか」


 アルデは明朗(めいろう)な返事をして、いきさつを語る。

 国立公園で魔獣に遭遇(そうぐう)したこと、ギルバートがあらわれて魔獣を倒したこと、金の腕輪(うでわ)を借りたこと――。


「その腕輪で転移したあと――」


 いきなり見知らぬ子供があらわれ、転移室(てんいしつ)は騒然となった。

 ――なぜ、こどもが。

 ――どうやって侵入した。

 ――まさか、帝国の間者。

 怖い顔の大人に囲まれ、アルデは床に座ったまま、知らず帰還の腕輪にすがる。

 そのとき、人の輪のむこうから、おっとりとした声が聞こえた。

 ――おや、その腕輪は術具かい?

 年かさの術士が、にこやかにアルデを見つめた。

 この人なら、自分の話を聞いてくれる。

 そう判断したアルデは、右手首――金の腕輪をかかげて叫ぶ。

 ――ギルバート・ブレイデンより貸与(たいよ)いただいたものです! 私はブレイデン公爵家の使用人、庭師見習いのアルデと申します!  

 年かさの術士はうなずき、しゃがみこむとアルデと目をあわせた。

 ――君は運がいい。ブレイデン卿が、このあと転移室を視察される。

 やわらかい笑顔でアルデに告げて、手をさしだす。

 ――彼が来るまで、お茶でもいかがかな?

 アルデは目をまたたかせる。

 ――はい。ありがとうございます。

 つかんだその手は、あたたかかった。


「そうして、旦那様にお目通(めどお)りが叶った次第(しだい)です」


 ディビットがうなずく。

 それから短くない時間、彼を転移室に待機させたことに思い至る。


「ずいぶん、待たせてしまったね」

「いいえ。あの、それより……ギルバート様の容態は……」


 迷いながら、アルデが口をひらく。

 彼が待たされることになった原因――ディビットを追ってきた宰相が、ギルバートが重傷で医務室に運ばれたと耳打ちしてきたとき、近くにいたので聞こえているだろうとは思っていたが。

 彼の本心から心配している様子に、ディビットはめずらしい気持ちをおぼえる。

 ついまじまじとアルデを観察してしまった。


「もうしわけありません。庭師見習いの分際(ぶんざい)で、出過ぎたことをお聞きしました」


 ディビットの無言を拒絶と受け取ったのか、アルデはきっちりと頭を下げる。


「……息子を心配してくれてありがとう。さいわい、命に別状は無い」

「……そうですか」


 安堵が混じる声音に、ディビットはこの少年ともっと話がしてみたい気になった。


「アルデ、だったね」

「はい」

「年はいくつだ?」

「十二になります」

「ギルバートとは、前からよく話すのか?」

「いいえ。今朝、はじめてお会いしました」 


 ディビットは首をかしげる。

 息子はそんなに情が厚い人間だっただろうか。

 それとも、竜騎士団長という立場から、一般人を救出しただけか。


 ふしぎそうなディビットに、アルデは考えるそぶりをみせ、説明を付け加える。


「私が執事長(しつじちょう)に追及されているときに、ギルバート様がいらっしゃいました。それを覚えていらしたのだと――」

「つまり――いっしょにロベルトに(しか)られた仲というわけか」

「え!? それは、ちがっ……うとも、いいきれませんが……」

 

 しどろもどろになりながら言葉をさがすアルデに、ディビットは笑い声をあげる。


「君のおもいやりを無駄(むだ)にするのは心苦しいが、あれはおとなしく美談に仕立てあげられるような息子ではない」

「……まぎらわしい言い方をして、すみません」


 すなおに謝罪(しゃざい)するアルデに、ディビットは笑みをたたえながらうなずく。


「ところで、国立公園で何をしていたんだい?」

「ええと、職探しの一環といいますか――」

「うん? 君はうちの庭師だろう?」


 ディビットの視線をうけとめたアルデが、姿勢を正して口をひらく。


「はい、まだ見習いですが。――休日に働くことに関しては、特別許可をいただいております」


 その言葉に、ディビットは内心で驚愕する。

 使用人を管理するのは、執事長だ。

 あのロベルトから特別許可を引き出したのか、となかば感心してアルデを見やる。

 通常、貴族の使用人は、他で働くことは許されない。

 家の財力が疑われ、外聞が悪いからだ。 

 公爵家の筆頭であるブレイデン家の使用人ならば、なおのこと。

 だれよりも――それこそ当主のディビットよりも、公爵家の名誉に神経をとがらせている御仁が、いったいどのような経緯で、この少年の副業をみとめたのか。

 ただ単に気に入っているだけではありえない。

 深い事情があるはずだ。

 相手が少年だろうが、そこに土足で踏みいるべきではない。


「――そうか」


 それゆえ、ディビットは言葉少なに、それとなく視線を逸らす。


「はい。医療費が高額で」


 あっさりと告白するアルデを、ディビットはおもわず見やる。


「どこか悪いのか?」


 聞いてから、しまったと思う。

 公爵家当主が、援助(えんじょ)のつもりなく聞くべき話ではない。

 期待させるだけ残酷であり、ましてやこの(すき)につけこまれ、彼が金の無心をするようになれば、ディビットがロベルトに叱られてしまう。

 かすかな緊張とともにアルデを見やるが、彼からはなんのこだわりも見受けられなかった。


「俺ではなく、両親です」


 聞かれたことに対して、返答する。

 それ以上でも、以下でもない。

 その態度に、ディビットは腹を決めた。

 途中で止めるには、いささか気持ちが悪い。


「おふたりとも、ご病気で?」

「いえ。事業に失敗して、自殺未遂を起こして――ああ、でも母は精神病棟に移ったから、病気といえば病気なのかな」


 アルデが首をかたむける。

 彼の口調には、負の感情がまったく混じっていない。

 ごくあたりまえの事実を話すように、淡々としている。


「――いくらだ」

「はい?」

「その、医療費は」

「ああ。今月の請求書をもらったばかりです」


 アルデがポケットから病院の請求書をとりだす。


「約150万です」 

「150万……君が支払うのか?」


 ディビットは、平民の月給が30万ほどだと記憶している。

 その(じつ)に五倍もの金額を、このこどもはどのように稼いでいるのか。

 推し量るようなディビットの視線に、アルデがきょとんとまたたいた。


「いえ、支払えてはいないです。特別に分割払(ぶんかつばら)いにしてもらっていますが、減っていくどころか、増えていく一方なので――そういう意味では、退院が待ち遠しいですね。両親がすぐに働いてくれればいいんですけど。一億五千万の借金(しゃっきん)もありますし――」


 絶句するディビットに、アルデがなにかに気づいたような顔をした。


「うち、破産(はさん)したんです。大口(おおぐち)の取引先が相次(あいつ)いで倒産し、億単位の売掛金(うりかけきん)が回収できなくて。いわゆる連鎖倒産(れんさとうさん)です」


 話したほうが早いと、迅速(じんそく)に判断を(くだ)したところは評価しよう――彼の長所を見つけることに尽力(じんりょく)したディビットは、戸惑(とまど)いを(かく)して、会話をつづける。

 

「破産ならば、負債(ふさい)は清算されるはずだが」

「会社は父の名義(めいぎ)でしたが、母が債務(さいむ)の連帯保証人になっていました。その場合、支払(しはら)義務(ぎむ)が発生するみたいで。屋敷ごと資産を手放したんですけど、どうしても一億五千万だけ足りなかったんです」


 十二歳の少年が語る事実にしては、いささか返答に困る内容だ。

 それでも、ディビットには引っかかることがあった。


「お母様は、自己破産(じこはさん)なされなかったのか?」

顧問弁護士(こもんべんごし)協議(きょうぎ)したとき、それだけは人としてやってはいけない、と強く反対されたみたいです」

「……そんなことが?」


 財産を整理し、再出発できるだけの金が残るならば、それもありかもしれない。

 だが現状は、莫大な借金をかかえ、未来を悲観し、自殺未遂を起こしてしまった。


 どうかんがえても、おかしい。

 その顧問弁護士とやらを、調べたほうがいいのかもしれない。


 そう思う反面、ブレイデン公爵家としてやる義理(ぎり)は無く、ディビット個人の興味本位で調査するには、手間も金もかかりすぎると算段してしまう。


 ディビットの心情を知ってか知らずか、アルデが辟易(へきえき)するような笑みをみせた。


「金にもならない矜持(きょうじ)など、あるだけ無駄だと強く(うった)えましたが、しょせん子供の言うことだと、まともに取り合ってもらえなくて」


 さすが商売屋の息子だ、とディビットはなかば感心する。

 アルデの意見は(すじ)(とお)っており、会社が存続していれば、彼の手腕(しゅわん)を発揮する未来があったかもしれない、と少しばかり残念な気持ちを覚える。


「ちなみに屋号(やごう)は」

「フェニクス商会です」

不死鳥(ふしちょう)が商標の?」

「よくご存知ですね」


 それでディビットは()()ちた。

 アルデの言動は、貴族を相手にする商会の息子のそれだ。

 しかもフェニクス商会といえば、堅実な商売をする店であり、従業員の(しつけ)が行き届いていることで有名だった。

 

「知り合いが懇意(こんい)にしていた。――最近見ないとも聞いたが、それでか」

「ご不便をおかけして、もうしわけありません」

「私に謝ることはない」

「……そうですね」


 アルデはクスリと笑って、また車窓に視線を向ける。

 いくぶん肩の力が抜けて、たのしそうに景色をながめる姿は、十二歳の少年だ。


 大人でも逃げだすほどの逆境に、アンジェリカよりもおさないこどもが、ひとり静かに(あらが)っている。

 慈悲(じひ)など求めず、ひたむきに努力を重ねる姿。

 そういうところがロベルトの心を動かしたのか、とディビットは納得するとともに、貴族としての義務――ノブレス・オブリージュの一環として、この件の調査をロベルトに相談してみようとも思った。

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