俺と妹を引き離そうとは、万死に値する!
晴天にめぐまれた朝は、希望に満ちていた。
色づいた満開の並木道は、舞い散る花びらを、ふわりふわりと優しく風にのせていく。
ぬけるような青空の下、真新しい制服の群れが、錫色の門をめざして歩く。
そのなかに、同じ制服を着た少女と、背の高い礼装の青年がいた。
見送りだろうか。
整った顔立ちの二人に、生徒からはチラチラと視線が送られる。
石畳のわずかな段差に、青年が手を差しのべる。
少女が白い手を重ねる光景は、まるで一枚の絵画のようだ。
姫と騎士のような情景に、周囲から感嘆のため息がもれる。
門に着いた少女が、足を止めた。
宝石のような碧眼で、青年を仰ぎ見る。
「お兄様、ここまでで結構です。ありがとうございました」
期待を裏切らない澄み切った声は、耳に心地良い。
兄と呼ばれた青年――ギルバートは、騎士団の人間が二度見するような、やわらかい表情を浮かべた。
「会場まで送ろう、アンジェリカ。式典を後方で見学しているから、なにかあればすぐに来るんだ。いいね?」
アンジェリカが、小首をかしげる。
入学する国立魔術学院は、生徒の自立心を育む一環として、保護者の立ち入りは原則許可されていない。
入学式も、保護者は出席できないと聞いて、父がヤケ酒をあおっていたのは、先月のことだ。
めずらしく兄がディナーに間に合った日だから、知らないはずはない、と思うが。
アンジェリカの疑問を体現するかのように、守衛が近づいてきた。
年の頃は五十ほど。
厚みのある体格の男だ。
彼は、これまでにさまざまな人間を見てきた。
その経験から、自分は守衛のプロだという自負があった。
人好きのする笑顔をうかべ、おだやかに口をひらく。
「保護者の方ですか?」
まずは一声かけ、相手の出方をうかがう。
あとは、頭に入った膨大な対人データから、最適なものを選びとるだけだ。
長年、無数の苦情に対応しながら、会得した技だ。
青年は、二十の始めといったところ。
恐るべき相手ではない、と慢心した彼の眼前に、一枚の上質な紙がつきつけられた。
でかでかと押された朱印は、一目で高貴な印影だとわかる。
朱印の文字を読んだ守衛は、視線が流れるように定まらず、何度も何度も確認する。
「先月、ぐうぜんにも玉璽のある通行手形を下賜された。これがあれば、国内で入れない場所は無い」
追い打ちのような青年のセリフに、守衛の顔が、青を通り越して白になる。
彼の矜持が音を立てて砕け、やけくそのように頭を下げて、声を張り上げた。
「失礼いたしました! どうぞ、お通りください!!」
守衛は緊張がピークに達し、耳鳴りがした。
まるで、遠くから怒声が追いかけてくるようだ。
周囲が大きくざわめいて、やっとそれが現実の音だと気付く。
じょじょに近づいてくる複数の野太い声は、口々におなじ単語を吠えるように叫んでいる。
「上だ!」
誰かが空をゆびさす。
つられて、空を見あげた。
巨大な影が、次々と通過した。
学び舎ギリギリの高さで旋回する姿に大きな歓声があがり、講堂からも、やじうまが身を乗りだす。
その数、三騎。
鳥よりもはるかに大きい、天駆ける竜の上から叫ばれる言葉が、人名だと理解できる距離までせまった瞬間であった。
吹きすさぶ風から守るように、ギルバートがアンジェリカの盾になる。
猛禽類のようなするどい目つきで、頭上をにらんだ。
「俺と妹を引き離そうとは、万死に値する!」
流れるように抜刀する青年を見て、守衛は思った。
なにこの危険人物。
玉璽手形なんか、ぜったい持たせちゃいけない人種でしょ。
国王様は、脅されでもしたの?
ちなみに、大正解である。