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最強の竜騎士団長は、すべてが妹♡至上主義!  作者: 黒いたち
第二章 臣下とは王のために存在する
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張りぼての信頼

 剣圧が衝撃波となり、周囲の木をなぎ(たお)す。

 ヘビーモスが驚異(きょうい)の反射力で後退するが、前脚(まえあし)からは血が噴きだした。


 ギルバートは、魔術剣片手に追撃(ついげき)する。


 (むか)()つヘビーモスは、頭を低くして突撃(とつげき)の体勢をとった。 


 するどい(つの)が、ギルバートに向かって突き出される。

 横に()んで回避し、ヘビーモスの直進する勢いを利用して脇腹(わきばら)を斬り裂けば、怒りの咆哮が響いた。


 振りかえったのはほぼ同時。

 赤眼(せきがん)碧眼(へきがん)がかち合うのを合図に、たがいに地を()った。


 せまる(つめ)をかいくぐり、ヘビーモスのヒジを踏み台に、ギルバートが跳躍(ちょうやく)する。

 ヘビーモスが咆哮(ほうこう)し、ギルバートが()えた。


「うおおおお!!」


 ヘビーモスの(くび)をめがけて、魔術剣をたたきつける。

 すさまじい音と火花が散って、刃が肉に()まると焦げくさい匂いがした。


 悲鳴(ひめい)をあげたヘビーモスが、首を振りまわす。

 力の入った魔獣の肉は固い。

 すさまじい切れ味を(ほこ)る魔術剣だが、首に埋まったまま進退(しんたい)きわまり、ギルバートは刹那(せつな)迷う。


 ひときわおおきくヘビーモスが()ねた。


 右手に残るわずかな(あぶら)が、ギルバートの手を滑らせる。

 あっと思った時には上空に投げられ、受け身をとって着地したのは、ヘビーモスの背中だった。


「どんな確率だ!」

 

 吐き捨てながら、ギルバートはたてがみを(つか)んで体勢をたてなおす。

 狂ったように暴れるヘビーモスが、とつじょ走りだした。

 おりしも王都の方向で、ギルバートはとっさに術を放つ。


火焔(かえん)(おり)!」


 ヘビーモスの四方に、高温の炎の壁が現れた。

 ひるんだヘビーモスの足が止まる。 

 周囲を見渡し、警戒のうなりごえを上げた。


「次はとどめを刺す」


 太ももでヘビーモスの背骨をはさみこみ、ギルバートは上体を起こす。

 脳裏(のうり)に浮かぶ術式があった。


「――地下の落書(らくが)き」


 入団したての頃、城の地下通路(ちかつうろ)に、だまし落されたことがある。

 わずかに発動する魔術で、いらだちまかせに(かべ)を壊しながら直進していると、(こけ)むしてくずれかけた壁に、書きなぐったような術式を見つけた。


 黒ずんだ線はどうみても血で、せっかく思いついたのに書くものが無かったのかと笑えた。

 それだけ必死になるのが共感できるほど(たぎ)る術式で、夢中になって()()いたのを覚えている。


 あの複雑に(から)みあった美しい術式を、この手で再現できたら。


構築(こうちく)――」


 気付くと、力ある言葉がすべりでていた。

 

「――追加構築、魔力凝縮。弾倉(だんそう)装填(そうてん)


 ヴンと空気が(うな)り、巨大な魔術陣がヘビーモスの真上に出現(しゅつげん)した。

 円形の輪郭が光に()けて、古代文字が銀にかがやく。

 いくつもの小さい魔術陣(まじゅつじん)が、虹のように色彩を散乱(さんらん)させながら、つぎつぎと組み合わさっていく。


照準(しょうじゅん)、ヘビーモス」


 十字の入った魔術陣が、ギルバートの瞳と連動(れんどう)し、(まと)(しぼ)る。

 高濃度の魔力を察知(さっち)したヘビーモスが、逃走をはじめた。

 その背にまたがるギルバートは、タイミングを(はか)って目をすがめる。


――獣の本能で逃げるなら、つぎの行動は決まっている。


 突き進む先には、高温の炎の壁。

 ヘビーモスが体を縮ませ、渾身(こんしん)の力で跳躍(ちょうやく)した。


 ヘビーモスが火焔の檻を越える。

 ギルバートの耳元で、カチリと全てが噛みあう音がした。


「つらぬけ、閃光銃(せんこうじゅう)!!」


 濃縮(のうしゅく)した魔力が、一直線の光となって突き抜ける。

 ヘビーモスの胴体を易々(やすやす)貫通(かんつう)し、光はそのまま前方の山に直撃する。

 破壊音が山びことなって、あたりに反響した。


 すさまじい爆風が、ヘビーモスから離脱したギルバートを巻きあげる。

 空たかく投げだされながら、凄絶(せいぜつ)たる魔術の軌道を視界にとらえ、全身を駆ける(しび)れに身を震わせた。

 急激な魔力消費のために起こる反応であったが、ギルバートはそれを感動に打ち震える心情(しんじょう)の反射のように感じた。 


 地面にたたきつけられる前に、ギルバートはありったけの風魔術を展開させて落下の勢いを殺す。

 万全(ばんぜん)とはいかないが、無様(ぶざま)に潰れることはないだろう。

 楽観的に考え、受け身の体勢をとろうとした体が、いきなり浮上した。


「――まったく、貴方(あなた)という人は」

「エリオット!」


 ギルバートを片腕で(すく)いあげたたくましい腕の持ち主は、あきれたような口調で竜の手綱を(あやつ)る。


 空を旋回(せんかい)しながら、強い力でギルバートを竜のうえに引きあげた。

 

「さっさと逃げ帰ってくればいいものを。(おご)るのも大概(たいがい)にしていただきたい」


 背中から聞こえる不服そうな科白(せりふ)に、ギルバートは笑いながら寄りかかる。


「えらく不機嫌(ふきげん)だな。ダイアウルフに逃げられでもしたか?」


 体重をかけようが、(きた)えぬかれた体幹はビクともせず、ただそこにある翠眼がギルバートを見下ろす。


「ご命令どおり、一頭残らず殲滅(せんめつ)いたしました。それより」


 ついと動くエリオットの視線(しせん)が、魔術で(けず)れた山をかすめる。

 いびつな稜線(りょうせん)が西日に染まり、いつの間にか日が暮れかけていることを知る。


「さきほどの魔術は何ですか。はじめて見ました」

「俺もだ。すばらしく美しい術式だった」

(えつ)に入るのは結構ですが、国立公園を焦土に変えるおつもりか」

「おっと、わすれていた」


 ギルバートが手を払うと、眼下の火焔(かえん)(おり)が消え失せた。

 あとにはヘビーモスの丸焼きが残り、ギルバートはたまらず笑いだす。


「上々だな」

「どこがですか。成果(せいか)に対して、被害(ひがい)がいちじるしい」

「イブリースとの融合許可が出ている。――あるていどは目をつぶるということだ」

融合(ゆうごう)の事実が無ければ、被害の(せき)を問われるのでは?」


 ギルバートが、いぶかしげにエリオットを(あお)ぐ。


「いまさら融合しろとでも? ダイアウルフは残っていないのだろう?」

「ご安心ください。さきほど大型魔鳥(おおがたまちょう)、イクティノスの群れを発見しました。貴方の得意な空中戦です。よかったですね」


 (ほお)をひきつらせたギルバートが、くやしまぎれにエリオットの胸に後頭部をぶつける。

 揺らぎもしない、強靭(きょうじん)体幹(たいかん)が憎らしかった。


「さっさと現場(げんば)に案内しろ! お望みどおり、融合してやるよ!」

「……貴方の自己犠牲にも困ったものだ」

「は? あ、そのまえに魔術剣を回収するから、ヘビーモスの近くに下ろせ」


 返事はおおきなため息がひとつ。

 最短距離で降下した竜が、体重を感じさせない動きで着地した。




 ヘビーモスは胸腹部(きょうふくぶ)に風穴があき、いまにも千切(ちぎ)れそうなありさまだ。

 それでも凄惨(せいさん)な光景にみえないのは、黒一色に焦げているからか。

 

 焦げ臭いなかに、食欲をそそる匂いが混じる。

 刺さったままの魔術剣からは(けむり)があがり、肉汁が刀身を伝って(したた)る。


「焼きたてローストビーフ」

「空腹ですか? 携行食(けいこうしょく)を持参していますが」

「いらん! ビルゴに食わされたばかりだ。おまえのせいでな」

「それはなによりです」


 そっぽを向いたギルバートが、何事かをつぶやく。

 魔術剣に水の(かたまり)が落ちて、ジュッと蒸発する音がした。

 

 (つか)を握り、魔術剣を引き抜いたギルバートが、刃をかざして首をかしげる。

 歩いてヘビーモスの下半身にたどりつくと、スパン、と長い尾を切った。

 あらわになった切断部を見て、ギルバートがうなずく。


「A5ランク」

「ふざけている場合ですか」

「切れ味を確かめただけだ」


 ギルバートは剣を(さや)に戻した。 


「イブリースを召喚(しょうかん)するから、離れていろ」

「ひとつよろしいですか」

「ん?」

「その耳の飾りは、いったい何のためにあるのですか」


 ギルバートが、一拍(いっぱく)おいて、あ、と口にした。

 目を伏せ、しばらくしてから喋りだす。


『完全に忘れていた』

『……この距離でお使いになるとは』

『二重に聞こえる』

『そうですね』


 魔力を切って、ギルバートが目だけで笑う。


「おまえに助けを求める時に重宝(ちょうほう)しそうだ」

「……それで機嫌(きげん)をとったつもりですか」

「どういう意味だ?」

「わからなければ結構です。それより」


 エリオットが空をにらむ。


「日が落ちると厄介(やっかい)だ。お急ぎください」

「人使いが荒い」

「――貴方がひとこと、疲れたと泣き言を言うならば、話は別ですが」


 ギルバートが肩をすくめ、無造作(むぞうさ)に歩きだす。

 夕日に染まる彼の背中を、エリオットはまぶしく見つめ、思う。


――彼が俺に助けを求める未来など、欠片(かけら)も見いだせない。


 それでも、(ふた)のできない思いがあふれて、口から(こぼ)れた。


「なぜ人を頼らない。貴方ひとりで事足(ことた)りるなら、何のための竜騎士団だ」


 充分(じゅうぶん)な距離をとって、ギルバートが振りかえる。

 このどうしようもない現実を、彼はあっけなく笑いとばす。


「頼りにしているぞ、エリオット副団長(・・・)


 言い切り、集中するように目を閉じたギルバートは、場違いなほど気高(けだか)い。

 唯一無二の孤高(ここう)の存在はあまりにも遠く、明確な線引きにエリオットはこぶしをにぎる。


――俺ができることなど、限られている。


 今だって彼が身を(けず)るのを、(だま)って見ている(ほか)はない。

  

「召喚、イブリース!!」


 茜色(あかねいろ)の空に向かって、漆黒(しっこく)の魔力が噴きあがる。

 陶器(とうき)のような白い腕が現れるのを視界(しかい)の中央にとらえ、エリオットは奥歯を噛みしめた。


――足手まといにしかなれないのなら、竜騎士団の意義(いぎ)とは何だ。

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