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最強の竜騎士団長は、すべてが妹♡至上主義!  作者: 黒いたち
第二章 臣下とは王のために存在する
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情けは人のためならず

 本日二度目の転移室に入ったギルバートは、薄暗い室内にまばたきをして目を慣らす。

 いつもより騒がしい室内を見渡すと、大柄な騎士がモリスにつっかかっているところだった。


 その巨体は(いわお)のよう、はなれて見ると大人と子供のようだ。

 モリスが小柄で童顔なため、よけいにそう見える。


 騎士はものすごい剣幕だが、モリスはいつもどおり事務的な態度を貫いている。

 それが相手の神経を逆なでするだけだと、当の本人は気づいていない。


 彼が(から)まれているのは、よくある光景だ。

 しかしモリスには、まったく気にするようすがない。

 今も激昂している騎士を、顔色ひとつ変えずに見上げている。


 あれは(きも)()わっているのか、それとも鈍感なだけか。


 そう思いながら周囲を見ると、ほかの転移術士たちがあわてふためいている。

 ギルバートはクツクツと笑うと、壁際(かべぎわ)で途方に暮れたようにふたりを見比べている年かさの術士に近寄った。


「よお、ビルゴ」

「ギルバート団長! 大変なんです。あの騎士が――」


 ギルバートは壁によりかかると、ゆったりと腕を組んだ。


「どちらが勝つと思う?」

「は?」


 ギルバートの視線は騎士とモリスに注がれたまま、にやりと口角を上げて続ける。


「あれは第二騎士団か。体はでかいが、頭が悪い」

「しかし体格差が。騎士に殴られれば、モリスがケガをします」

「俺は――モリスに十万」

「騎士でしょう。騎士に三万」

「三万?」

「今月きつくて」

「転移術士も大変だな」

「わかってもらえます?」


「そこ! 賭けてんじゃねーよ!!」


 騎士に怒鳴られ、ギルバートは肩をすくめる。


「見苦しいな」

「ギルバート団長!?」

「弱い犬ほど、よく吠える」 


 ギルバートの存在にたじろいでいた騎士が、ピクリと頬を引きつらせた。


「――弱い? 俺がか?」

「理解できないのか? 頭まで弱いとは、哀れだな」

「なんだと!?」


 それに怖気づいたのは、ビルゴだった。

 ギルバートの服を引っ張り、小声で話す。


「やめましょうよ、団長」

「なぜだ? ――俺が勝つ方に、一億だ」

「勝負になりませんって。私も団長に一億ですもん」


「いい加減にしろっつてんだろ!!」


 騎士の大声が、空気をビリビリとふるわせた。

 ひえっと短い悲鳴をあげて、ビルゴがその場から逃げるように離れた。

 

 ギルバートが壁から背中を浮かせると、騎士が不躾(ぶしつけ)にちかづく。


「なぁ団長さん。あんた、ここが魔術を使えない場所だと、お忘れじゃないか?」 

「忘れる? 第二の騎士じゃあるまいし」

「んだと!? ……なにが稀代(きだい)魔人(まじん)だ。魔術が無ければ、ただの役立たずのくせに。そのおキレイな面を、二度と見れなくしてやろうか?」

「ご自由に。――できるものなら」


 あごを上げて挑発するギルバートに、騎士が殴りかかる。

 ワァとうわついた歓声が上がり、転移室の熱気が増す。


 ギルバートは、騎士の手首をはじいて攻撃の軌道を変える。

 騎士は目を見開くが、体重を乗せた攻撃だったために、すぐには止まれない。


 身を反転させたギルバートが、騎士の二の腕を両手でつかむ。

 彼の攻撃の勢いを利用して、自分の肩を支点に、相手を背中から地面にたたき落とした。


 ダンッと小気味いい音がして、周りの幾人かが痛そうに目をつぶる。


「どうした? 俺はまだ無傷だぞ」

 

 不敵に笑うギルバートを見て、騎士の目の色が変わった。


「ぶっ殺してやる!!」


 跳ね起きた騎士が抜刀(ばっとう)し、転移室に非難をふくんだ悲鳴があがる。


 ギルバートは、一瞬で騎士のふところに入り込む。

 その早業に、相手が目を見開くのを(わら)いながら、剣の(はら)めがけて、帰還の腕輪をたたきつけた。


 にぶく反響する金属音が、全員の耳に届く。

 折れた刃先が、勢いよく床に突き刺さった。


 驚愕する騎士の足を、ギルバートが(かかと)で払う。

 騎士の手から剣が抜け、飛んでくるのを難なくつかみ取る。

 同時に、巨体があおむけに倒れた。


「あーあ。おまえこれ備品だろ」


 騎士の腹を、左足で押さえつける。

 体重をかけて靴底をめりこませると、騎士が苦しそうにうめいた。


 それを見下ろし、ギルバートはにっこりと笑う。


「破損理由に、ちゃんと書いとけよ。『ギルバート団長にケンカを売って、折られました』って」


 騎士の上に折れた剣を投げ捨て、ようやく足をどけてやる。

 騎士はくやしそうに起きあがり、剣を拾って逃げるようにとびらにむかう。


「おーい、わすれもの」


 床に刺さった剣先を、靴底(ソール)で蹴り飛ばす。

 騎士の背中に命中し、バチンと痛そうな音がした。


 騎士は、ギリギリと歯をかみしめながらそれを拾い、こんどこそ転移室を出て行った。


「人助けは、最高の気分だな」


 ギルバートは不敵な笑みを浮かべる。

 転移術士たちから、指笛と拍手がわきおこった。






「転移の準備が整うまで、お茶でもどうぞ」


 ビルゴに(うなが)され、(すみ)のテーブルに腰をおろす。

 テーブルには何に使うかわからない雑貨がすきまなく積みあがっていたが、ビルゴはそれを一顧だにせずに腕で払いおとした。


 似たような光景を自分の執務室で見たことを思いだし、ギルバートはあきれたように問う。


「術士といい、研究者といい。必要なものではないのかそれは」 

「落としたぐらいじゃ壊れません」

「合理性を突きつめすぎだ」

「いわゆる職業病です。――よろしければ、お食べください」


 ギルバートの前に、地味な包装紙で密閉された食品がどさりと置かれる。

 平べったいか細長いかの違いはあるが、どれも四角だ。

 見覚えがありすぎるそれを、ギルバートは()まみあげて、表裏を見やる。


「茶菓子に、騎士団の携行食(けいこうしょく)は無いだろ」

「栄養バランスは完璧です」


 ビルゴがあたりまえのように言うから、あたりまえの事実を教えてやる。


(あじ)に重大な欠陥(けっかん)ありだ。――つまり死ぬほどクソまずい」


 げんなりするギルバートに、ビルゴは首をかたむけた。


「皆、よろこんで食べていますよ」

「よろこんで……!? おまえらだいじょうぶか? 味覚と気が狂ってるぞ!」

「ベストパフォーマンスを発揮するのに、これ以上最適な食品はありません」

「騎士団にも合理主義者が何人かいるが……好んで食べるところは、見たことがない」


 食べることの意義と必要性を正しく理解している騎士ですら、携行食は苦行(くぎょう)の域だ。

 味と質の改善を求めて、毎年、全騎士団から強い要望が寄せられている。


 珍獣を見るようなギルバートの視線を、ビルゴはさらりと受けながす。

 携行食のひとつを開封して、躊躇(ちゅうちょ)なくかじりついた。


 咀嚼(そしゃく)し、さらにもう一口。

 顔色を変えずに、一個まるまるきれいに食べ終えたビルゴは、携行食の山をギルバートの方へと押しやった。


「こんなもんでしょ。というかこれ、竜騎士団からの差し入れですよ」

「……は?」

「ギルバート団長が、いつも転移室を利用させてもらってるお礼だとか。定期的にエリオット副団長が持ってきてくれるんです。なんでも、気が向いたら団長に食べさせてくれって……あ」


 ビルゴが小さな声をあげて、口をおさえる。


「後半、ないしょでした。忘れてください」


 まったく悪びれない態度で微笑みながら、蒸らしおわった紅茶をカップに注ぐ。

 上質な香りから推測するに、一介の転移術士が手に入れられる価格帯ではない。


「その紅茶で買収されたか」

「私、紅茶派ですから」

「俺は、珈琲派だ」

「知っています。上質な豆もいただいたんですが、コーヒーミルが迷子です」

「この部屋じゃなぁ」

「転移術士は、いそがしいんです」


 ギルバートの前に、紅茶が置かれる。

 琥珀色の液体が揺れるのをながめながら、あきらめて携行食を開封した。

 覚悟してかじるが、クソまずいことこの上ない。

 まずいのをごまかそうとして、へんな甘味がついているのが、ほんとうに最悪だ。


「どいつもこいつも、人をダシにしやがって」


 ギルバートは咀嚼(そしゃく)もそこそこに、口内に広がる人工的な甘味を、上質な紅茶で流しこんだ。


「お待たせしました。転移魔術陣の上にお乗りください」


 モリスに呼ばれ、ギルバートは立ちあがる。


「ちゃんと食ったからな。エリオットが破産するほどの高級茶葉をねだってこい」

「ええ、もちろん。いってらっしゃいませ、ギルバート団長」


 ギルバートの背中を見送り、ビルゴは笑いをかみ殺す。


「あれでけっこう、根は素直」


 好戦的で口は悪いが、権力を振りかざすこともなく、話してみれば案外気さく。

 なんだかんだ言いながら、クソまずい携行食を食べていくところなど、好感が持てる。

 

 モリスとはよく言い合いをしているが――なんなら今もなにかを言い合っているが、彼が転移術士に危害を加えたことは一度も無い。

 

 周囲の術士に(さと)され、ギルバートがむくれる。

 しばらくして、彼がしぶしぶ転移魔術陣に入り、おとなしく転移していくのを見て、ビルゴは耐え切れずにふきだした。






 ギルバートが転移したのは、足場から三十センチほど上空だった。

 固い下草が生えた場所に着地すると、地面が揺れてバランスをくずす。

 こんなときに地震か、と手をついた地面はなぜか生温かい。

 地響きのような野太い咆哮(ほうこう)が、真下から聞こえた。


「またかよ……!」


 牛型魔獣ヘビーモスの背中で、ギルバートは天をあおぐ。

 一面に広がるすがすがしい青空は、絶好の乗馬日和だ。

 乗っているのは、ヘビーモスだけど。

 

 遠い目をするギルバートの下で、ヘビーモスが身震いをする。

 背中に乗る、ギルバートの存在に気付いたようだ。


 現実逃避をしている場合ではないことを思い出し、ギルバートはちらりと地面までの距離をはかる。


 高い。

 

 おっさんの頭どころではない。

 騎士団本部三階の、執務室から見える高さに、近いような気がする。


「しかたない。イブリースを召喚して――」


 ふと目をやった先に、子供がいた。


「は!? なぜ人がいる!」


 おもわず叫ぶ。

 大声にヘビーモスが興奮し、あばれだした。

 魔獣の足が子供に向いて、考える間もなく抜刀した。


 かざす剣に、一気に魔力をそそぐ。

 魔術剣は、実体よりはるかに巨大で、凶悪な形状に変わる。


 角のあいだ、ヘビーモスの(ひたい)をめがけて、勢いよく剣を突き立てた。


()ぜろ!」


 くぐもった爆発音がひびき、ヘビーモスの体が(かし)ぐ。

 角につかまり、ヘビーモスが横倒しになる直前、地面に飛びおりた。


 土埃(つちぼこり)をあげて、巨体が地面にたおれる。

 その額から生えた(つか)をにぎり、ギルバートは魔術剣を引き抜いた。


 魔力を放出し切ったことで、いまは通常の剣だ。

 刃には、脂ぎった血肉がこびりついている。

 その臭気と気味悪さに、ギルバートは顔をしかめた。


「あとで丸洗いだな」

「ギルバート様!」


 名を呼ばれ、ギルバートは駆け寄ってくる子供を見やる。


「おまえは……庭師のアルデ」

「はい。まだ見習いですが。助けていただき、ありがとうございます」

「ここは立入禁止区画だ。ロベルトにバレる前に帰れ」

「……ふっ、ははは、そ、そうですね」


 笑うアルデにケガが無いことを見て、ギルバートの表情が(やわ)らぐ。


「そうだ。腕輪の外しかたを知らないか」


 ギルバートは、剣を左手に持ち替える。

 アルデに向けて、右手の腕輪を差し出した。


「触ってもいいですか?」

「ああ」


 指一本分ぐらいの余裕はあるが、つなぎ目のない金の腕輪は固い。

 

「せっけんや油など、ぬめりのある液体を使えば、取れると聞いたことがあります」

「ぬめり……」


 ギルバートは、抜き身のままの剣を見やる。

 その刃は光を反射し、いかにもギトギトでヌメヌメだ。


「ためしてみるか」


 腕輪に刃をすべらせ、(あぶら)()りこむ。

 引っ張ってみると、外れそうな気配はするがそれだけだった。

 自分でやるより、人にやってもらった方が、上手くいくような気がした。


「アルデ。おまえが抜いてくれ」


 右腕を差し出すが、反応がない。

 アルデを見ると、あっけにとられたようにポカンとしていた。


「金の腕輪が……魔獣の脂まみれに……」

牛脂(ぎゅうし)のようなものだろ」

「牛脂でも、問題ありですよ」


 正気に戻ったアルデが、帰還の腕輪に指をかける。

 そのとき、ギルバートの背後で、ヘビーモスが目を開けた。


「ギルバート様、後ろ!!」


 振りかえるギルバートの前で、ヘビーモスが体を起こす。

 舌打ちをしたギルバートは、左手のまま剣を構える。


「アルデ! 腕輪をはやく抜け!」


 ギルバートは、背後のアルデに右手をつきだす。

 説明をするひまが無かったが、アルデは素直に従った。


 ギルバートの手首をつかみ、腕輪を回しながら抜いていく。

 ぬめりに助けられ、するりと外れた。


「腕にはめろ」


 ギルバートが、右手首をふって、脂を飛ばす。


「はめました!」


 利き手で剣を構えなおすと同時に、ヘビーモスが前足を高くかかげた。


「くりかえせ。『帰還する』」

「き、『帰還する』」


 フッと後方の気配が消え、ギルバートは笑う。

 うまく逃がせた――これで遠慮なく戦える。


 魔術剣に一気に魔力を注ぐ。

 色は漆黒、巨大で凶悪な形状に変化する。


 ギルバートは、飛び込んでくる太い前足を、ギリギリでかわす。

 お返しとばかりに、渾身の力で魔術剣を振り払った。

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