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最強の竜騎士団長は、すべてが妹♡至上主義!  作者: 黒いたち
第二章 臣下とは王のために存在する
13/33

討伐、おかわり!

 私室で昼食をとった国王は、執務室へとむかう。


 直通の廊下は、シンと静まりかえっている。

 人気(ひとけ)がないのはいつものこと。

 ここにはかぎられた人間しか入れない。


 窓からの陽だまりが、年季(ねんき)のはいった絨毯じゅうたんにぽつぽつとおちている。

 その合間を縫って、ひかえめな調度品(ちょうどひん)とせり出した柱が、等間隔(とうかんかく)にならぶ。


 昼下がり特有のぬるい風が、眠気をつれてやってくる。

 だれもいないのをいいことに、国王はおおきなあくびをした。


「ご機嫌うるわしゅう、国王陛下」


 死角から声をかけられ、あやうく飛び上がるところだった。


 壁に背中をあずけていた青年が、ゆっくりと体を起こす。

 国王の御前であることに、頓着(とんちゃく)するようすはない。


 青年を見据えた国王は、平常心を装って口を開く。

 

「なぜ、おぬしがここにいる」


 問われた青年――ギルバートは、ここでようやく、臣下の礼をとる。


「陛下から(たまわ)った、通行手形がございます」

(おど)しとった、の間違いであろう」

「とてもおもしろい冗談です。――話を進めても?」


 にっこりとギルバートがわらう。

 初対面の人間がみれば、愛想のいい青年に見えるだろう。

 しかし国王は、彼の目の奥が、わらっていないことを知っている。


休暇(きゅうか)の申請にまいりました。期間は、来月の二十日から二十六日」

「来月下旬だと? そのような時期に――」

「陛下」


 ギルバートが、不意(ふい)に国王との距離をつめる。

 

「単身討伐だった理由を、お聞かせ願えますか?」

「聞いてどうする」

「なぜブラットリー副所長が、私宛の命令書を持っていたのか」


 涼やかな碧眼が、おもしろそうに弧を描く。

 

密約(みつやく)でも交わされたのか――想像がはかどります」

「くだらんことを言うでない」


 国王がわらいぶくみに答える。

 そのふてぶてしい態度にも、ギルバートは笑顔をくずさなかった。


「魔獣対策費の横流し」


 国王が一瞬、ことばに詰まる。

 それを見逃すギルバートではなかった。


宰相閣下(さいしょうかっか)が聞いたら、どのように思われるでしょうか」


 追い打ちのようにたたみかける。

 のぞきこんだ国王の目は、わかりやすく泳いでいた。


 国のトップが情けない、とギルバートは胸中でため息をつく。

 おっさんをいじめて喜ぶ趣味はないので、早々に解決策を提示してやることにした。

 

「すべてが丸くおさまる方法を、ご存じですか?」

「……なんじゃ」

「この書類に、玉璽(ぎょくじ)を押すことです。親愛なる国王陛下」


 ギルバートは(ひざ)をつき、休暇申請書をうやうやしく献上する。

 国王はしばしギルバートと休暇申請書を見比べる。

 

 しぶしぶ手に取り、ざっと目を通して、国王は歩きだす。


「玉璽は執務室だ。押印後は、よきにはからえ」

「仰せのままに」


 年相応の笑顔を見せたギルバートに、国王はあきれたようなため息をついた。



 

 しろい(とびら)を、ギルバートがひらいておさえる。

 献身的な彼の態度を横目に、国王は執務室にはいる。


 南向きのおおきな窓が、ひろい室内に陽光をとりこんでいる。

 壁には金の装飾、豪奢な調度品は絶妙な塩梅で配置されている。

 天井のシャンデリアは、大粒のクリスタルが幾重(いくえ)にも連なり、うつくしい曲線を描く。


 暖炉の上には、天井まで届くおおきな鏡がはめこまれている。

 それが映し出すのは、対面の壁のタペストリーだ。

 四百年前に織られたとされる、宗教画のタペストリーは歴史的価値が高い。


 国王が執務をするのは、深い飴色(あめいろ)のアンティークデスクだ。

 天板(てんばん)はルビーレッド、四方を金で縁取(ふちど)りし、引き出しをなぞるように装飾がつづく。

 (はば)は、大人が三人ならんで座れるほどもある。


 四本の足には、金で高彫りされた兵士がひかえる。

 (かぶと)をかぶった勇ましい表情の兵士が、まるで守護神のようににらみをきかせている。


 アンティークデスクをはさむように、イスが一脚と二脚に分かれて置いてある。

 政務の些細(ささい)な相談などは、ここで行われている。

 国王が使用しているのは一脚の方で、背もたれはゆるやかな半円だ。


 ほかにもローテーブルは二脚あり、いかにも座り心地がよさそうなソファやイスが周囲をかざる。

 ひじ掛けや足は金でつくられ、厚い座面は白地、金糸で刺繍(ししゅう)がほどこされている。


 それだけ置かれていても、窮屈(きゅうくつ)な感じは一切しない。

 これぐらいの家具がないと、殺風景になってしまうだろう。

 そう思わせるほどの広さが、この執務室にはあった。


 国王はアンティークデスクに着席する。

 離れた場所で待機する、ギルバートの視線を、痛いほど感じる。


 玉璽(ぎょくじ)は左の引き出しの中、特殊な魔術がかかっており、国王以外が開けることはできない。

 その取っ手に指をかけたとき、正面の扉がひらいた。


「いらっしゃいましたか。よかったです」


 安堵の色を前面に押し出した優男が、数枚の書類を持ってあらわれた。


宰相(さいしょう)! あ、いや、これはその」


 国王が言葉を探している間に、宰相がアンティークデスクにたどりつく。

 そうして、彼はゆっくりはっきりと発音した。


国立公園(こくりつこうえん)で、魔獣の大量発生が確認されました」

「なんじゃと!?」


 驚きのあまりイスから立ち上がった国王に、宰相はうなずく。


「至急、対策を講じましょう。まずはお座りください。――ギルバートくんも」


 そう言って、傍観者(ぼうかんしゃ)よろしく、成り行きを見守っていたギルバートに顔をむけた。




 指名されたギルバートは、宰相を見据(みす)えて口角を上げる。


「けっこうです。用が済めば、すぐに退出いたします」


 視線を国王に移す。

 かちあったダークグレーの瞳が、余計なことをいうな、と訴えてきたが無視をした。


「ではなおさら座りなさい。君の用は、いま済むことはない」

「どういうことでしょうか」

玉璽(ぎょくじ)はメンテナンス中なので、ここには無いですよ」


 にっこりと宰相が笑う。

 その笑顔のまま、デスクの休暇申請書を手にとった。


「なるほど。時期以外(じきいがい)の問題はありませんね」

「宰相閣下。玉璽のメンテナンスなど、聞いたことがございません」


 低い声のギルバートにも、宰相はからりと答える。


「それはそうでしょう。君は国王になったことがないのだから」

「陛下は玉璽(ぎょくじ)を取り出そうとしていました。陛下以外が、玉璽を持ち出すのは不可能なはず」

「ええ。ですから今朝、陛下からお預かりいたしました。そうですよね、陛下」

「お、おお、そうじゃったな。すっかり忘れておったわ」


 安堵したように笑う国王に、ギルバートは侮蔑(ぶべつ)の視線をむける。


「自身の行動を記憶していないとは、認知症ではございませんか? 病状が進行するまえに、臣下として、退位(たいい)をお勧めします」


 ギルバートは、威圧的に国王をにらむ。

 早くそこの引き出しを開けろと、目線で(おど)す。

 国王の額に、汗がにじむ。


 宰相はパンッと手をたたいた。


「はいそこまで。魔獣対策会議まじゅうたいさくかいぎをはじめます。必要でしたら、本会議の招集命令書を作成しますが、どうしますかギルバートくん」

「……必要ありません。時間の無駄です。さっさと始めましょう」

 

 不遜(ふそん)な態度で着席するギルバートに、宰相がうなずく。

 その表情は、ものわかりのいい生徒を褒める、教師のようだった。


「『影』からの報告があったのは、本日昼前。わかっているだけで、牛型魔獣ヘビーモスが一頭と、狼型魔獣ダイアウルフが二十頭ほどの群れです」


 国立公園の地図を広げ、宰相がペン先でだいたいの位置を示す。


「ダイアウルフは行動範囲がひろい。そこで機動力の高い竜騎士団に、出撃していただきたい」

「了承いたしました」


 なげやりに快諾(かいだく)したギルバートに、宰相が(はか)るような目を向ける。

 不審げに見返す彼に、決定事項を口にする。


「国立公園を立入禁止区画に指定しました。付近の住民の避難は完了しています。悪魔との融合も許可しますので、今日中に殲滅(せんめつ)してください」

「今日中!?」


 身を乗り出したギルバートの、両肩を手で押さえる。

 彼が立ち上がるのを阻止しながら、宰相は言い聞かせるように説明する。

 

「国立公園は王都のとなり。城壁で区切られているとはいえ、魔獣が王都に入って来ないとは限りません。早急な討伐が必要なことぐらい、竜騎士団長のあなたが、わからないはずはありませんよね」


 ギルバートが、奥歯をかみしめる。


「さきほど、グリズリーを討伐したばかりです」


 うなるような声音に、宰相は同意する。


「すばらしい手際(てぎわ)だったと、聞き及んでいます。その調子で、いちはやく国民に安心をもたらしてください」


 お願いの(てい)で言っているが、竜騎士団に王命が下れば、ギルバートが従うよりほかはない。

 この会議で決定したことは、すぐに王命として発令されるだろう。

 それはここにいる全員が、わかっていることだ。


 耐えるように目を伏せるギルバートを見て、宰相はわずかに良心が痛むのを感じる。

 昨夜の褒章授与式に加え、午前中の単身討伐。

 その直前で、一度倒れたとの報告も上がってきている。

 それなのに単身討伐の王命を下したのか、と竜騎士団から抗議がきていた。

 そこまで酷使(こくし)される彼が、少々不憫(ふびん)に思えた。


 宰相はわざと明るい声を出す。

 

「ねえ、陛下。今日中に達成できたら、認めてあげてもいいんじゃないですか? 彼の長期休暇」

「そ、そうじゃな」


 いきなり振られた国王が、どもりながら答える。

 肯定にとれる返事にも、ギルバートの顔が晴れることは無かった。


「宰相閣下。さきほど国王の私室に、(こころよ)く通していただいた理由がわかりました。結局はあなたの手の内だ」


 仄暗い瞳を向けられ、相互理解がなしえなかったことに、宰相にはすこしばかり残念な気分が残る。

 だがすぐに気持ちを切り替える。

 はなから他人とは、わかりあえるとは思っていない。

 かるく息を吐いて、いつも通りにほほえんだ。


「そのようなつもりは」

「どのようなつもりだろうと、かまいません。休暇を確約していただけるなら、派手に踊ってみせましょう」


 彼の碧眼が、スッと細まる。

 宰相はそれを(なが)めるにとどめた。


「頼もしいことです。では仮に陛下が渋っても、私がなんとかするとお約束いたします」


 ギルバートがイスから立ち上がる。

 こんどはそれを止めなかった。


「国王陛下ならびに宰相閣下。御前を失礼いたします」


 見惚れるような優美な礼をとって、ギルバートは振り返らずに退室した。

 



 国王が待っていたかのようにため息をつく。


「宰相。あのような時期の休暇を確約するとは、いささか悪手ではないのか」

「なにをおっしゃいます。魔獣に国を荒らされれば、建国記念祭どころではございませんよ」


 そういって数枚の書類を差し出す。

 それはいまから国王が作成すべき、魔獣討伐命令書だった。


「さあ陛下。口ではなく手を動かしましょう。今日中に終わらないと困るのは、私ではなく陛下です」

「おぬしまさか、明日はそのまま休むつもりか!?」

「あたりまえじゃないですか」

「こんな大変なときにか!?」

「おおげさな。魔獣は今日中に殲滅されるのですから、問題はありません」


 国王は、あっけにとられて絶句する。

 そんな彼にかまわず、宰相はすらすらと言葉をならべる。


「今の時代、ワークライフバランスを整えるのは基本ですよ。貴重な人材を過労で失うのは、惜しいと思いませんか?」

「言いたいことはわかるがな」


 不服そうな国王に、宰相は首をかしげた。


「どうなさいました? まだなにか?」

「よりにもよって、あやつを私室に通すことはなかろう」


 ぼやいた国王に、宰相は明朗な笑い声をあげる。

 彼に脅されたことが、よっぽどのストレスだったらしい。

 だが宰相には、その苦情を受け付けるつもりはない。


「勘違いなさいますな。彼を通したのは、玉璽のある通行手形――陛下のご威光の、賜物ではございませんか」


 一片の曇りもない笑顔で告げられ、国王は降参するように羽ペンを手に取った。








「アルデじゃないか! ひさしぶりだな!」


 病院を出たところで名前を呼ばれ、アルデはふりかえる。


「おまえ、どうしてたんだよ! だまって引っ越すなんて、みずくさいじゃないか」


 駆け寄ってくるのは、おさななじみの少年だった。


「リネ、ひさしぶり」


 リネは歯をみせて笑った。


「時間あるか? ちょっと話そうぜ」

「うん。午後から休みだから、だいじょうぶ」

「やすみ……? 働いてんのか?」


 声のトーンを落としたリネに、アルデはわらってみせる。

 ちょうど昼時でもあったため、屋台で軽食を買って、ちかくの公園のベンチに座ることにした。


 肉増しのラップサンドをかじりながら、だいたいのあらましを話しおえる。

 リネを見ると、まばたきも忘れてこちらを凝視していた。


「いや、おまえ、それって……」

「うん。前よりいいもの食ってるわ。ブレイデン公爵家の(まかな)い、すげーうまいよ」

「え、うらやまし……くはない、こともないけど」

「どっちだよ」


 アルデは笑う。

 破産したとはいえ、穏やかな日々をすごしている。

 

「庭師もやりがいあるし。まだ見習いだけど」


 最近では人目に付きにくい場所の、花壇や樹木の選定を任されるようになった。

 あるていど好きにしてもいいので、自分の作品が形になっていく高揚感がある。


「ただ、まあ」

「なんだ?」

「金が足りない」


 さきほど病院から発行された、請求書の金額をおもいだす。

 支払期限はまだ先だとはいえ、一か月の給金よりも入院費のほうが高い。

 

「ふたりぶんの入院費は、子供が稼げる額じゃないしな」


 アルデは自分に言い聞かせる。

 軽く吐いたはずの息が、ため息になった。


 父親は、意識不明のまま。

 母親は、意識をとりもどしたが、精神を病んで精神病棟に移った。


 なんとかしなくてはいけないが、どうすればいいのかわからない。

 

「帰りに職業斡旋所しょくぎょうあっせんじょに寄って、単発バイトでも探してみる」


 勤務に影響がでない範囲で、休日に働くことは許可をもらっている。

 できることをやるしかないと肩をすくめると、リネが真剣な顔をしていた。


「あのさ、国立公園で魔獣が目撃されたの、知ってるか?」

「しらない。そうなんだ」


 国立公園は、王都のすぐそばだ。

 しかし王都は城壁で囲まれており、魔獣が侵入してくる心配はない。


「俺のにーちゃん、薬師(やくし)なんだ。国立公園って薬草の群生地らしくて。立入禁止令が出たから、薬草の値段が軒並みあがったって愚痴ってて」

「ふうん。たいへんだね」


 アルデはおもいっきり他人事(ひとごと)相槌(あいづち)をうつ。

 リネがちらりとアルデを見た。

 なにかを言いよどんでいるようすに、アルデは軽く笑う。


「なに?」

「いや、その……」

「なんなの? 言ってよ」

「うん……薬草があったら、高値で買い取るって」

「ん? それ俺と関係ある?」


 意味がわからなくて、聞きかえす。

 リネが意を決したように、顔をあげた。


「薬草、取りに行ってみたらいいんじゃね?」

「取りに行く? え、国立公園に?」

「そう」

「だって、立入禁止だろ?」

「そうだけど……それってさ、魔獣に会う可能性があるからだろ? でも会う可能性なんて、めちゃくちゃ低くないか?」

「俺に聞かれても」

「パッと取ってパッと帰ってくればいいんだよ。短時間で稼げるぜ」


 アルデはしばし考える。

 リネはよかれと思って提案してくれている。

 危険はともなうが、たしかに魔獣なんてめずらしいものに会う確率は、たかが知れている。

 

 脳裏(のうり)をよぎるのは、高額の医療費の請求書。

 薬草が手に入れば、支払えるかもしれない。


 さいわいなことに、アルデは庭師の見習いだ。

 薬草の形状や生息地、採取方法は頭に入っている。


「もし取れたら、リネの家にもっていけばいい?」


 リネがうれしそうにうなずいた。

 それから、すこしばかりバツの悪そうな顔をする。

 

「たきつけといてなんだけど。無理はするなよ、アルデ」

「わかってる。行ってみて、みつからなかったらすぐ帰るよ」


 こぶしを軽くぶつけて、リネに別れを告げる。

 アルデは散歩に行くような軽い気持ちで、国立公園にむかって歩きだした。 

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