決して嫌ってはいなかった
/// ガラハが開拓者であった頃 ///
産まれた頃は色々なことに疑問を抱いた。ドワーフとして産まれたこともそうであるが、どうして山で暮らしているのか、外の世界はどうなっているのか、大長老の掟を守らなければ一体どうなってしまうのか。子供ながらにやんちゃなこともした。妖精と出会ってからは、歳の近い同胞と一緒に里全体を悩ませるような下らないことだってやった。それを含めて、大長老に限らず里の大人たちに大目玉を喰らわされることだって沢山あった。しかし、そんな日々も成長に従い、自らの糧となり、また知識となり、なによりも大切な想い出へと変わって行った。
ガラハはドワーフとして産まれたことを誇り高く思い、里で生きることは何物にも変え難いほどの幸福であった。同胞に囲まれ、大長老を敬い、山を駆ける。侵入者に対しては里の掟に従い、魔物に追われて仕方無く山へと逃げ込んで来た者たちは保護し、魔物を倒す。そして二度と来ない方が良いと忠告し、下山させる。大長老は随分と甘いことばかりを言っていると思いつつも、命拾いした者たちが揃って同胞と自身に向かって口にする「ありがとう」の言葉を聞けば、そんな不満など雲散霧消する。だからこそ、里の同胞たちが他人種を嫌っていようとも、きっと外の世界には自身や同胞たちが語るような者ばかりではないのだろうと、思いを馳せた。
大長老の内海への想いを聞いた時、真っ先にその開拓に対して手を挙げたのはガラハである。
他人種への興味。そしてなにより、里の外へ出ることへの強い強い好奇心。年甲斐もなく、心は踊っていた。ガラハが挙手したことで、歳の近い――幼い頃にやんちゃをした同胞も仕方無いなとばかりに手を挙げてくれた。
ヒューマンは狡猾な人種である。そのように教わった。だからこそ最初は警戒心を抱いていた。同胞たちも心を開くことはなかった。しかし、狡猾と呼ぶには子供たちは驚くほどに無垢であり、大人たちは力仕事や建築に関しては驚くほど素直に自分たちを頼って来た。こちらが心を閉じていても、頼み込んで来るその潔さ、そして同時に感謝の言葉。関わることを控えていた同胞たちも、徐々に徐々にヒューマンとの交流を増やして行った。ガラハもまた酒を酌み交わし、他愛も無いこと、互いの生き方の違いを語り明かしたこともあった。
ヒューマンの生き方は自由に満ち溢れており、山々で暮らすドワーフのように堅牢な里を構え、外界と接することを極力控えるようなことはしていないらしく、絶対に魔物や他国の軍に攻められてはならない都市以外は壁を構えず、比較的多くが外からやって来た者たちを丁寧に迎え入れるのだと言う。勿論、ドワーフの里のように外から来た者を強く拒むところも少なからずあるようではあったが、それでも様々なところに村や町、街や都市を作り上げる彼らの精神には学ぶべきこともあったのだ。
しかし、それも束の間だった。ヒューマンは徐々に傲慢さを表に出し始めた。その変化はあまりにも極端であった。昨日は普通に話していた者が、今日は突如として話し掛けても返事は無く、それどころか明らかに自分と同胞を避けるようになった。それは一人に限らず、開拓していた町全体に広がっていた。あらゆる店がドワーフを拒み、レストランでさえ入ることを拒まれる。それどころか、一部の同胞は複数のヒューマンによって酷く虐げられるようにさえなっていた。子供にすらなじられる。
どうしてこうも変貌したのか。やはりヒューマンは狡猾だったのだろうか。酒を酌み交わしたあの日も、開拓、建築における様々な協力関係もなにもかも、成熟期に至れば手の平を返すのがこの人種の特徴であったのだろうか。だが、語り明かしたあの日に聞いた言葉は嘘には思えなかった。手を貸している時も、手を貸されている時も、言葉を交わす。そこにはなんの嘘も無かったはずなのだ。疑り深く、そして心を出来る限り開かないように気を付けていた日々を考えてみれば、ヒューマンの見え透いた嘘をすぐに見抜けないほど平和ボケしていたわけでもない。嘘か真実か。それを見抜くための目利きの技能も弱ってはいなかった。
では何故、こうも虐げられなければならないのか。どうしてこんなにも、罵声を浴びせられなければならないのか。
一部の同胞は声を上げた。こんな扱いは間違っている。共にこの町を開拓していた頃の、あの言葉では言い表せないほどの素晴らしい日々を思い出して欲しい、と。
次の日、声を上げた同胞は牢屋へと入れられた。ガラハは面会という形で牢屋の同胞と話をした。このままでは共に開拓した町の全てをヒューマンに奪われる。そうなる前に、自分たちの手で全てを壊し、里へと戻り、なにもかもを大長老へと報告した方が良いのではないだろうか。そうガラハは言った。
だが、同胞は肯かなかった。ヒューマンとの間にはなんの軋轢も無かった。彼らはなにか勘違いをしているか、嘘に踊らされているのではないだろうか。人間性を疑うのはまだ早い、と。
そうこうしている内に牢屋に入れられる同胞の数は日に日に増えて行った。町はあっと言う間にヒューマンが我が物顔で闊歩するようになったが、それでもガラハは同胞の言葉を信じ、自らの目利きを信じた。いつか絶対に分かり合える時が来る。いつか絶対に、分かち合える日が来る。それまで耐え忍ぶのだと。それこそがドワーフとしての気高さの象徴になるだろう、と。
その日、ガラハは町の外へと出ていた。牢屋に居る同胞に、里の味を食べさせてやりたいと思ったのだ。そのために鹿肉を調達したかった。
町の大灯台はドワーフとヒューマンが共に築き上げた絆の結晶である。どのような思いを抱いても、どのような不当な扱いを受けるようなことがあっても、夕陽が沈んだ頃に光が灯る、その大灯台の輝きこそが、ガラハに限らず、町で慎ましやかに暮らさざるを得なくなっていた同胞たちにとっての心の支えであった。
しかし、鹿肉を調達したその日、大灯台に光は灯らなかった。
魔物による襲撃。周期ではなく、人種が開拓してすぐの土地は狙われやすい。開拓とは、精霊から土地を借りる行いである。そのため、伐採から建築に至るまで、あらゆる場面で土地にある精霊の加護が溢れ出す。魔物はそれに惹かれ、奇しくもガラハが町を離れたその時に襲撃したのだ。
急いで帰った時にはもう遅かった。だが、あれだけヒューマンが練り歩いていたはずなのに町のどこにもその姿は見えない。事前に魔物の襲撃を読んで、逃げ出したのだろうか。ならば同胞もまたきっと無事であるのだろう。
牢屋で亡骸を見た。町は魔物に襲われたにしては綺麗なままで、しかし牢屋に捕らえられていたドワーフは一人残らず死んでいた。妖精からはスピリットの類による襲撃だったのだろうと言われた。
慎ましやかに、密やかに暮らしていた町のドワーフも死んでいた。なのにヒューマンの死体は一つとして見当たらない。フラフラになりながらガラハが閑散とした町を隅々まで歩き、そして疲れ果てた末に街門に体を預けるように座り込んでいると、町の外からヒューマンたちが戻って来ていた。
「なんだ、まだ死んでいなかったのですか」
ガラハにヒューマンはそう声を掛けて来た。そして同時に、目利きの技能によってガラハは、あらゆる事実を把握した。
町のヒューマンが急に冷たくなったのは、急にドワーフを排除するような行動を取り始めたのはこの男――この神官が居たからだ、と。
ドワーフには敬虔なる僧侶も神官も居ない。魔法の叡智に触れられないためだ。だからこそドワーフにとっての信仰は、自分たちが住まう山そのものであり、里一つを束ねる大長老こそが崇め奉る存在である。
しかし、ヒューマンは違うのだ。信心深く、且つ信仰に厚い。神官が正しいと言えば正しく思い、間違いだと言えばそれを間違いだと思う。信じ過ぎるが故に、信心深いが故に、町のヒューマンはこの神官の言葉全てを神の御心、神の御言葉と信じて疑わず、無垢なる感情をどす黒く染め上げて、ドワーフを弾圧したのだ。
酒を酌み交わしたあの時も、力を合わせたあの時も、あらゆる時も、ヒューマンは嘘をついてなどいなかった。だが、このたった一人の神官が信仰心を利用したのだ。
こんなことが断じて許されるわけがない。ガラハは怒り狂い、剛腕でもってその神官を殺そうとした。
「生き残られては、ドワーフの大長老に気付かれてしまう。計算が狂ってしまった…………いや、あなたを利用すればひょっとすれば、なんとかなるやも知れませんね?」
神官は嗤い、その横に立っていた男が腕を振るった直後、ガラハの体はなにかに拘束され、宙に浮く。
「この町は私たちの拠点となる。しかし、ドワーフが仇討ちに来るやも知れない。こんな状況では碌に動くことさえ出来はしません。だから、迎え撃つことで安全策を打つこととしましょう。あなたが生き残ってしまった以上は隠れなければならない。しかし、すぐには隠れられない。ならどうすれば良いのか……簡単な話なんですよ、私たちには生き様すら変えることの出来る神の御技が――“それ”が与えられているんですから。そして、全てが片付いたあとに一時的であれ姿を隠せれば、この町に私たちは再び舞い戻ることが出来ます。あなたにはその礎となってもらいます。さぁ、“開け”」
そこからガラハの記憶は途切れている。
次に気が付いた時には、ガラハは里への道を歩いていた。




