反転するロジック
「若い冒険者が守るべき町民を殺す。これほどの悲劇があるとは思わなんだ」
「オレを無視するのも大概にしろ」
「ドワーフなど、この内海を開拓した礎になれただけまだマシじゃないか。それに比べて、あの町民はなんの力も無い、あの方の言葉が無ければ自己すら見失うほどのか弱い生物。そう、なにもしていないからこそ悲劇は深く、味わい深い物となる」
霊媒師は嗤いながらガラハの戦斧を避け、更にはなにやら目に見えない一撃で地面を砕き、礫で彼を下がらせる。
「スティンガー!」
「おっと! 『妖精の一刺し』などさせるものか!」
妖精が一直線に砕けた地面へと向かうが、霊媒師がなにかを退避させるような仕草を見せつつこちらも下がる。
「見えないからこそ、一つ一つの対策が遅くなる。私の連れている霊体には、たとえ妖精であったとしても触れることは出来ない」
アベリアの目があるからこそガラハの妖精は悪霊の姿を鱗粉によって露わにさせることが出来た。そして霊媒の言う『妖精の一刺し』が、ガラハが霊体を攻撃できるカラクリであるとするなら、アレウスたちは一刻も早く町民を退け、彼と合流し、そしてアベリアの目による支援を与えなければならない。
「やろうか」
「やろう」
「そうだ! その手で殺せ! 守るべき者を殺し! その手を穢せ!! 正義面した冒険者の悲壮なる顔をこの私に見せてくれ!」
アレウスはアベリアの速度に合わせて走る。
霊媒師がなにを勘違いしているかは知らないが、一人で盛り上がってくれていてありがたい。何故なら、それだけアレウスたちには時間が与えられるということだ。二人がなにをやるのかを見届けるまでは奴は本気では戦わない。その分、ガラハが助かる。霊体を使役してガラハを攻撃し続けていたのならば、もう少し焦燥感もあったのだろう。そこがこの霊媒師の取り返しの付かないほどの大きな大きな隙なのだ。
まず一人。男が包丁を振るって来る。剣で弾き、体をよろめかせたところでアベリアが前に出て、アレウスが後ろに下がる。
魔力を込めた杖による一撃が男へ打ち込まれ、その衝撃で憑依していた悪霊が男から剥がれ出た。
「なに?!」
驚く霊媒師を尻目に、未だ効力の消えていない魔法の炎を帯びた剣でアレウスは悪霊を切り払う。炎が体に燃え移り、霊体が焦げ落ちて行く。
「憑依した悪霊を追い出すには魔力が一番効果的。だったら、私の打撃で外には出せる」
「ただの魔法使い如きの魔力で私が憑依させた悪霊が外になど剥がれ落ちるものか!」
「私は魔法使いじゃないから」
風でアベリアの神官の外套が揺れる。
「杖には聖水も掛けてある。この町に入る前から、霊体と戦うのは分かり切っていたことだから対策済み」
「神官だけが生成出来る聖水は効率的に魔力が流れる。アベリアの魔力が浸透すれば、剥がれた悪霊の容姿は見えなくとも大まかな形は見えて来る」
これはシオンの情報があったからこその判断だ。呪言を浸透させればヴェインでも見えるようになると彼女は言っていた。ならば魔力であってもそれは可能なはずだ。ましてや、呪言は悪霊にとっては耐性のあるものだが聖水に濡れた杖による魔力の一撃にまで耐性は付いていない。
絶大な効果を与えつつ、浸透速度も呪言を凌駕する。そうしてアレウスは素早く悪霊の位置を把握し、切ることが出来る。
「貴様たちはさっき、なにを覚悟したというのだ……」
「アベリアを前に出す覚悟」
「アルフの足手纏いにならないように近接での戦いをする覚悟」
元より『殺す』という選択肢はない。そして二人は選択した。本来ならば絶対に取らない手段を選んだ。
「そんなものは選択などではない! 私たちの見たい悲劇とは程遠い!」
霊媒師の怒りに合わせ、一斉に悪霊が憑依した町民が攻め立てて来る。
「お前が先、僕がそのあと。順番は任せる」
「アルフが信じてくれるなら、やれることを私は全うする」
杖を右に左にと華麗に捌き、町民の武器を叩き落とし、そして腹部に叩き付けて悪霊を剥離させる。その剥離した悪霊をアレウスが次々と切り払う。再生を繰り返す悪霊の顔を見ることは出来ないが、恐らくは腕――そして爪で引っ掻いて来ようとしている。その一連の動作はアベリアが流し込んだ魔力によって見ることが出来る。だからこそ冷静に避け、剣で弾き、反撃を行い、少しずつ悪霊の数を減らして行く。
「下等な悪霊では相手にならんか。若輩者にしてはやるようだ」
妖精の突撃を霊媒師がかわし、ガラハの戦斧を見えないなにかで弾き返し、着地と同時に疾走する。
「だがそれも、導線を断てば良いだけのこと!」
ガラハでもなくアレウスでもなく、霊媒師はアベリアを狙う。
悪霊を剥離させられるのはアベリアだけ。アベリアの魔力が悪霊の大まかな形を顕在化させる。ガラハの妖精が動けるのもアベリアの目が悪霊を捉えられるため。
アレウスたちの全ての攻撃の導線はアベリアから始まる。そのことを霊媒師はすぐに察知し、そしてそれを断ち切ろうとしている。
「来ると思ったぞ、霊媒師」
霊媒師がアベリアを狙うことは百も承知である。敵側の男が気付いて、アベリアの大事なパートナーであるアレウスが導線の始まりを気付けないわけがない。アレウスは霊媒師との間にある微妙な距離、そしてその空間に対して剣を滑らせる。
「直感だけで私の悪霊に剣戟を浴びせるだと!?」
空間の一部が燃え、塵となる。アレウスの剣戟は霊媒師が従えている鬼のような悪霊の一部を切り裂いたのだ。
「僕がそんな物だけで、振り切れば大きな隙になる動きを取ると思うか?」
アレウスは不敵な笑みを浮かべながら、霊媒師を挑発する。
「……まさか」
霊媒師は足元を見る。
「『妖精の悪戯罠』……!! いつの間に、っ!」
既にガラハの妖精が作り上げた魔法の罠を踏み締めている。男が気付けなかったのは、単純にその霊媒体質と霊的な存在を見ることが出来る特異性のためだ。本人は霊的な存在を見ることが出来、従属させることも出来る。それが常態化しているからこそ、男にとって“見えること”は普遍的なことである。だから、アベリアはともかくとして、自分は見えていたとしてもアレウスやガラハには全く見えていないのだろうと、決め付けを行った。
だから、妖精の魔法罠を踏んでも気付かない。そもそも、男には見えることが普通なのだから踏んだところで大きく視界の中に収まっているなにかが変わるわけではない。。見えないと決め付けたその時から、男はもう自分自身の環境によって強い思い込みに陥る。客観的にして第三者の視点などは考えもしない。ましてや魔法罠を踏んで、アレウスとガラハにすら鬼の悪霊が見えているなど思いもしなかったことなのだ。
「さっきまで余裕な表情をしていたのに、随分と慌てているように見えるぞ」
アレウスは鬼の悪霊目掛けて剣戟を繰り出し、霊媒師はそれを避けさせるために悪霊を下がらせる。
「分が悪い……ようにも思えるが、それは私と貴様たちの力が拮抗していた場合のことだ。私が自身に憑かせている霊体を見えるようになっただけで戦況が大きく揺れるわけでもない」
「全部、町の人から弾き出した」
「でも僕の剣に掛けられていた付与魔法が解けた」
町民は守れたが、元凶であるスペクターの排除には至らない。また憑依されてしまっては同じことの繰り返しとなる。
「“迷える者に、鐘の音を”」
闇夜を照らすほのかな光と共に鐘の音が響く。
悪霊が動きを止める。アレウスにはアベリアが流し込んだ魔力でしか認識出来ないのではあるが、先ほどのような野蛮な動きは一切見えない。
「祓魔か。さすがにそれは、対応するのは難しい。生粋の僧侶、或いは神官の連れているとは思わなんだ」
毛嫌いするように言い、霊媒師がアレウスたちから大きく距離を取る。
「お待たせ、アルフ君」
「合流する場所がちょっとズレているようだけど、見た感じだと仕方が無さそうな感じか」
シオンとヴェインがアレウスの左右に展開する。
「仲間との合流ではしゃぐのは構わないが、これで私の役目も果たし終えた」
下がった霊媒師にガラハが力任せに戦斧を振るう。しかし、なにか強制的な力が働いたかのように斧の刃先は霊媒師の眼前で停止する。
「時間稼ぎとしては最高の評価をお与えしますよ。我らに牙を向ける冒険者連中はどうやらここに居る四人で全員のようですね」
教会の方角から神官モドキが靴の音を高く響かせて歩いて来て、霊媒師の男の肩を叩く。
「どうして刃を止めた?」
アレウスはガラハに問い掛ける。仇敵が間近に居るにも関わらず、ガラハの戦斧はピクリとも動かない。
「お忘れではないですかぁ、アルフレッド・コールズ君?」
ガラハは戦斧を持ち直し、霊媒師と神官にではなくアレウスたちに向き直る。
「このドワーフはこの町から里へと逃げ帰った者です。ですが、そんなことをすればドワーフから恨まれるのは必定。当然、逃がすという選択肢はあってはならないこと。なのに私は見逃した。見逃した方が、より多くの邪魔者を釣れると思ったからですよ。では、どうしてそのようなことを復讐しなければならないドワーフに任せることが出来たのかと申しますと、」
「ロジックを書き換えた……んだな?」
「大正解。これがどういう意味か分かりますか? 今、このドワーフは確かに私たちに対して復讐心を抱いています。しかし、ロジックの抵抗力がヒューマンよりも更に劣る彼では、書き換えられたことにすら気付けず、書き換えたテキストが元通りになるのも非常に遅い。だから、矛盾していると分かっているのに、理解しているのに、このドワーフは私たちに刃を向けても止めてしまう。そして、こうして仇敵たる私たちへおぞましいまでの殺意を胸にしつつ、それを発散するべき対象はあなたたちへと切り替わる! 私はそう書き換え、書き加えたんですよ!!」
ガラハがアベリアに向けた凶刃をアレウスが間に入り、剣で防ぐがあまりの力の差に押し負けて、弾き飛ばされる。
「ここまで最低なヒューマンは初めて見たわ」
「なんとでも仰って下さい。あなたたちはここで死ぬ。ああ、でも、死んでも甦るんでしたっけ? だとしても、この町は一時的であれ守られる。私たちには時間が与えられる。そうすればもう二度と会うこともないでしょう。散々、なじって下さい。負け犬の遠吠えとして耳にはしておいてあげますよ」




