次の手
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―アレウスのパーティがドワーフの里を出た直後―
「……なんだい? さっきから呪い殺しそうな目で私を睨んでいるじゃないか」
「先輩から聞いています。あなたが疑惑を強めさせたからアレウスさんは無茶な依頼を押し付けられたと」
「おやおや、それはちょっと語弊が過ぎるんじゃないかい? 私みたいなちっぽけな担当者がなにを言ったところで、ギルド長たちはあのガキに無理難題を押し付けていただろうさ」
「そういうものですかね……それにしては、里への調査のはずなのに山から離れてしまっていますが」
「なにかに巻き込まれたのかも知れないね。冒険者ならよくあることさ。パーティを崩壊させた過去があるからって、無事に生きて戻って来ることさえ信じて待てないようなら担当者なんて辞めちまいな」
「一部は同意しますけど、言い方はもう少しどうにか……?」
リスティの休んでいるテーブルの上に包み紙が落ちる。
「……なんです?」
「おや、“風の便り”じゃないか。まさか、知らないとでも?」
「私にも知らないことはあります。それで、“風の便り”とはなんですか?」
「魔法の一つさ。ただ、冒険者のほとんどは習得しちゃいないね。なにせ戦いじゃこれっぽっちも役に立たない。包み紙くらいの小さなメモを特定の人物まで届ける風属性の魔法だよ。私も久方振りに目にするよ」
「あ、ちょっと……私のところに届いたメモなんですけど!」
リスティより先にヘイロンが包み紙を手に取り、広げて中身を読む。それからリスティのテーブルに広げたまま置き直す。
「目を瞑るわけにも行かないねぇ」
「『ドワーフの大長老より、港町の『異端審問会』に所属する者の捕縛或いは討伐を命じられ移動中。俺たちのパーティだけでは手に負えません。救援を求めます』」
「デルハルト」
「なんです? ヘイロンとはあんまり話をするなとクルタニカが口を酸っぱくして言っていたんですが」
「あんたの馬は他の品種よりも足が速いだろう?」
「頼まれたってくれてやりませんよ。他を当たって下さい」
「クルタニカか。なら、このドワーフの一件も耳にしているだろう?」
「嫌がっても聞かせて来ますからね、あいつは」
「その一件には『異端審問会』が絡んでいるらしい。あんたの担当者ではないけど命じるよ。アレウリス・ノールード一行を援護しに行きな。『影踏』、あんたもだよ。隠れているつもりだろうが、私には居るのが分かるんだからねぇ」
デルハルトの傍から黒衣の男が現れる。
「はっ、なにかつまんねぇことを頼まれんじゃねぇかと思っていたんだが、それならそうと早く言って下さいよ。ルーファスんとこの神官様の事情を知ってんのに、『異端審問会』という言葉を耳にして動かねぇわけには行かない。でなきゃ俺の運気もここで尽きるってもんだ」
「『影宵』の補佐をする。それだけで構わないな?」
「ゴチャゴチャ言ってないで行った行った。事態は急を要するよ。ま、あのガキが早々にくたばっちまうことはないだろうから、その点は安心して良いだろう」
「で? 行き先は?」
「このドワーフの里より少し遠くの内海にある港町です」
「なるほど、ここか。なら、里のゲートが使えないんなら一番の近場はこの村か。ゲートを貸してくれるんですよね、ヘイロン?」
デルハルトはリスティが広げていた地図を見る。
「馬も通せるように五分だけ“小人化”も掛けてあげるよ」
「そんなら話が早い。馬を連れて来るまでの間に『影踏』も支度を済ませておけ」
「無論だ」
「あの……よろしくお願いします」
リスティが頭を下げると、デルハルトと『影踏』は僅かな会釈をしたのちギルドから足早に出る。
「ありがとうございます、と言っておきます。けれど、どうして手を貸すようなことを?」
「私も冒険者を大事にしたいって気持ちはあるんだ。あと、私も腐っても担当者だ。『悪』を討つためなら、反りが合わない担当者にだって手を貸すさ。それがあとで借りになるんだからねぇ」
「腐っても、という部分を強く頭に刻み付けつつ、恐らくは借りになるだろうこの話は記憶しておきます」
「ああ。楽しみだねぇ、どんな風に借りが返って来るのか。クックックックッ」
*
「意気揚々と潜入した割には得られた情報は少ないな」
アレウスが先に町から脱出したシオンと合流し、キャンプしている地点まで戻って来るとガラハは鼻で笑いながらそう言った。
「これでは仇敵に漁船を使って逃げられてしまう」
「いや、そんなにすぐには動かない」
アレウスはアベリアから預けていた剣を受け取りつつ言う。
「あの町においては教会所属が絶大なる権力を持っている」
「それが逃げ出さない理由となるか?」
「なる。奴らはあの町に密告という制度を作り、そして密告した者が正しい行いをしているのだという感覚を植え付けた。結果的に町民のほとんどが盲目的なまでの信徒と化している。そうなるとすぐには町からは出られない」
「信徒を増やし過ぎたから行動が制限されてしまっているんだよ。神官様はこの町を見離すことはない。そうみんなが信じて疑わない。そうなって来ると逆に信徒があの神官や、隣にいた霊媒師を監視するようになる。つまり、町を出るような決断をしたら、町民が暴徒化する。信頼を裏切った彼らは実力を行使するだろうけど、船で安全に脱出できる保証はない」
「船に先に潜んでいる信者が虚を突いて神官モドキを殺すことだって考えられる」
権力は大き過ぎれば枷へと変わる。尊敬されていればされているほど、たった一つの浅ましい行動によって信者は真逆の暴徒へと変わりやすい。
「ならば、今から襲撃を掛けるか?」
「いや、襲撃は午前二時から三時頃を狙う」
「夜襲はオレにメリットがあるようには思えない」
「僕は逃げ出す時に『数時間後にまた会いましょう』と言った。僕たちはあの町で沢山の嘘をついたけれど、嘘を看破したつもりでいるあいつらはこの捨て台詞を本物と誤認する。負け犬の遠吠えではなく、本当にドワーフからの差し金と信じ、厳戒態勢を取る。悪霊の束縛を僕は打ち払っても見せた。気を抜けば怪我だけでは済まない相手と思われているならばありがたいが、恐らくは命を狙われているという危機感を植え付けるだけに留まっている。ただ、そう感じているからこそ教会での絶対的地位に胡坐を掻いていたことで、安心して眠ることは出来ない。夜通し起きていることは確実だ。ただ、徹夜は出来ても奴らの脳は普段とは違う生活サイクルを求められる以上、眠気と戦うことになる」
「今すぐに襲うよりは隙が生じやすいというわけか」
「ただ、夜襲を掛けるってことは朝や昼よりも霊的な存在が活発になる」
心霊現象は夜中に起きやすい。この世界でも常識である。日中にも活動できる悪霊は他の悪霊よりもより高位である。そんな低位から高位の悪霊全てが跳梁跋扈する時間帯に町へと攻勢を掛けるのは危険を伴うのも事実だ。
「そして、一点からの襲撃は混乱を招くのではなく団結力を高めてしまう。だから、パーティを分ける。少なくとも二ヶ所からの襲撃が無ければ、信者にすら僕たちは取り押さえられてしまいかねない」
「僧侶という冒険者の職業柄、祓う術については心得はあるよ。でも、前にも言ったように俺は見えない側。アレウスとは一緒には動けない」
ヴェインは真っ先にアレウスとは別行動を取ることを宣言する。
「私は……見える、けど……アレウスと一緒が良い」
「ならあたしがヴェイン君の方に行く。ドワーフはどうする?」
「手を組んだつもりはない。オレは一人で行かせてもらう」
「仇敵に辿り着く前に死ぬぞ?」
ガラハを心配しつつも挑発する。
「妖精はドワーフが感知しなければ悪霊を見ることさえ出来ないと大長老様は言っていた。でも、それってつまりお前が感知出来れば妖精によって悪霊を晒すことが出来るってことだ」
「そんな都合の良い方法があるとでも? 確かに妖精の鱗粉は魔力を帯びている。悪霊は人種の恨み辛みを受け、魔物の死骸から零れた魔力を浴びたことで狂った存在。その身に宿している魔力と反応して、姿形が鱗粉で見えるだろう。だが、妖精も万能ではない。町全体に鱗粉を撒くなど出来はしないぞ」
「アベリアは見えるんだ。だから、アベリアが場所を指定して、お前が妖精に指示を出せば接近している悪霊の姿形を晒すことは出来る」
「こっちもあたしが呪言を使えば、少しは見えるようになるかもね。呪いは悪霊にとっては利き辛くても、浸透するところは見えるだろうから」
「シオンさんとヴェイン、僕とアベリアとお前の二手で動く。拒否権は無い。お前を仇敵の元に辿り着かせるために、どんな手を使ってでも連れて行く」
「……良いだろう。スティンガーがいつになくやる気だ。特別に、話と策略にだけは乗ってやろう」
「ただ分かれるだけじゃないでしょ、アレウス?」
「それじゃ戦力を分散させて、負けの一手を取るだけになってしまうよ」
「ちゃんと夜襲の掛け方について熟考しましょう。奴らにとっては足りない時間でも、あたしたちにとってはありがたいほどの時間があるんだから」




