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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第2章 -大灯台とドワーフ-】
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最初にするべきことは潜入と偵察

 ガラハは里を出る前に身だしなみを整え、伸び切った髭も剃っており、随分と彫りの深い顔をしていた。ドワーフとは土や泥を好み、身なりについてはあまり考えたりはしないものなのだろうと、これまた勝手なイメージを持っていたのだが、それが覆された。

 しかしながら、身だしなみを整えたからといってアレウスたちへの対応が紳士的な物になったわけではなく、里を出るタイミングから食料の全てまで、どれもこれもガラハが勝手に決めて、勝手に出発することになった。


 下山し切ったのは夕方を過ぎた頃だった。ガラハは「夜になる前に下りることが出来て良かったな」とぶっきらぼうに言っていた。里には照明があっても、山の奥深くにはその手の物は一切無い。道を外れればそのまま遭難の憂き目に遭う。そうならずに済んで良かったなという意味合いで受け取ったが、彼自身からはちっともアレウスたちへの会話のやり取りを行おうという意思は見えなかった。なのでその呟きも恐らくは自分自身に言い放ったことであり、そして今、山から少し離れたところで野営の準備を勝手に始めたのも、自分自身がそうしたいからそうしただけという、こちらの意思などまるで介在しない行動原則を突き付けて来た。


「態度が悪いよ、ドワーフ」


 野営については、ともかくも案内人であるガラハが支度を始めたために、アレウスたちも足を止めてその準備に入らなければならなくなった。なにせアレウスたちは内海までの道筋を知ってはいても、どの辺りから港町の見張りが出向いているかまでは判断出来ない。街道を進む全ての人種を疑って掛かるわけにも行かない。内情を知っているだろうガラハが動かなければ動けないのだ。

 だからこそシオンが攻撃的な台詞を吐く。本来はアレウスがしなければならないところを、彼女はヒューマンでは注意し辛いからという理由で嫌われ役を選んだ。彼女がヒューマンでないことは薄々勘付いてはいた。大長老が一切、シオンについては言及しなかったことと、崩壊した村までの道のり。そこから語られたあらゆる面がヒューマンの価値観からは遠いものだった。しかし、本人は自身の種族についてなにも語らない。語りたくない事情があるのだろうと汲み取り、ヴェインやアベリアもまた決して訊ねはしなかった。

 アレウスはシオンを恐らくはエルフ、或いはそこに近しいハーフエルフと踏んでいる。ドワーフに臆せず口を出せている点も、その可能性の高さを浮き彫りにする。それでも彼女が明かさない限りは、決して話題を振ろうとは思ってはいない。

「ヒューマンとつるんでいるとは……矜持を捨てたか」

「捨てちゃいない。こうして接するのが楽しいからあたしはそうしているだけ」

「ならオレとお前の考え方は重ならない。平行線にあるのなら、話すだけ無駄だ」

「無駄であっても、自己中心的な行動を取って良いことにはならないよ。案内役を任されたからって、一番偉いわけじゃない。足並みを揃えなきゃ大長老様の言葉すらも叶えることは出来ないとあたしは思う」


「貴様たちと、足並みを揃える? 揃えてなんになると言うのだ? 所詮、戦いとは孤独なもの。手と手を取り合ったところで、命の取り合いをするのは常に自分自身と敵対する者。援護も補助もなにもかも、オレにとっては邪魔な物になりかねない。横槍を入れられては、果たせる復讐も果たせなくなる」


「慎重に慎重を重ねて、互いの力を重ね合わせた結果に得られる勝利だってあるはずだよ」

「非力である者が束になることを否定はしない。だが、オレに共闘を求めるな。場合によっては、先に切り殺すことになるかも知れんからな」

 殺意に満ちた目は未だ揺るがない。

「あのねぇ、ドワーフ? あたしたちはあなたのところの大長老様に頼まれて、港町を簒奪した者たちに一泡吹かせるために付いて行っているのよ? その横柄な態度は、やめてもらいたいわ」

「そこまでで構いませんよ、シオンさん」

「……だって、ドワーフとの友好関係が修復されないとアレウス君は」

 そこでシオンは言い淀む。やはりギルドで行われた審問をシオンは知っているらしい。


「協力というのは、互いに手を貸そうという気持ちがあって成り立つものです。相手方にその気持ちが無いのなら、どれだけ言っても、どれだけ聞かせても形にはなりません」

「死臭の香りを放つ者と意見が合うとは思わなんだ」

「なのでこういう輩は野垂れ死んでから、大いに笑ってやりましょう。それまでは好きにさせておけば良いんです」

 ガラハは明らかに荷物として置いていた戦斧へと手を伸ばしていたが、アレウスは臆せずに続ける。

「好き勝手に言われるのは我慢ならないとは言ってくれるなよ、ドワーフ? 僕たちだって好き勝手言われているんだからやり返す権利は当然ある。そして好き勝手にやると宣言しているのなら、僕たちだって好き勝手にやらせてもらう。それは互いにあるべき当然の権利。そうだろう?」

「ここまで馬鹿にされるとは思わなかったぞ」

「良いか? 僕とお前は事情は違えど、互いに背水の陣を敷いている。言ってしまったことを取り消せないし、取り繕うことさえ許されていない。目の前のことに全身全霊で突き進むしか出来ない。足を引っ張り合うのは御免だ。港町に着く前も、着いたあとでも、妙なことをしでかしてなにもかもをパァにするようなことをしたら、大長老様に筒抜けだろうとなんだろうとお前を切り殺す覚悟はある」

 不遜な態度で接し、ガラハに眼光だけで殺されそうな圧力を受けるが、戦斧に伸ばしていた手を下げ、彼は一人分の野営の支度を済ませるとその場から離れて行った。


「明らかにパーティの雰囲気が悪くなっているんだけど」

「あれで良いの」

「え? アベリアさんにはこれが良いように思えるのかい?」

「ガラハさんは群れるのを好まない。一人……妖精と二人切りの方が落ち着くんだと思う。だからアレウスはわざと突き放した。それに、なんだかんだ言いながらガラハさんは自分だけ遠くに寝るつもりもないみたいだし」

 ヴェインはアベリアが指差したガラハが簡易的に用意した彼自身の寝床を見る。パーティとしてはちぐはぐな面は見受けられるが、寝る場所が極端に離れているわけではない。

「無理に協力するなっていう宣言でもあるの。かなり挑発的だったけど、あれでガラハさんは自分らしい動きと判断力を取り戻せる」

「代わりにアレウス君への殺意は信じられないくらい高くなっちゃったじゃない?」

「アレウスも独りぼっちが長かった。私も独りぼっちが長かった。無理して群れるのを、私たちは求めない。その意思表示のためならアレウスはどう思われたって気にしない。私は、ハラハラするけど」

「そうやって一々、僕の言動を解説するのはやめて欲しい……」


「さすがアレウス。嫌われることをするなら随一だ」

「本気で言っていたら殴るぞ、ヴェイン」

 全く本気で言っていないと知りつつアレウスは拳を握る。

「アレウス君、かっこいー」

「気持ちが込められていないんですが……」

「アレウスは凄い」

「なんでお前だけ本気で褒めているんだよ」

 ここはこのまま褒めない貶し方をするのが流れってものだ。そう思っていたが、アベリアの爛々とした尊敬の輝きに満ちた瞳を見て脱力し、握り拳を解く。


 人種は誰だって独りぼっちではいられない。誰かと関わらなければ、思考がマイナスへと寄って行く。胸中にある不安は外に吐き出すことで発散されることもある。しかし、ガラハが孤独を願い、妖精以外との語らいを拒んでいる。


「心の扉は閉じられているんなら()じ開ければ良いじゃないか、と言う輩は結構居るけどさぁ、あれって間違いだよね。閉ざし切っているのに無理に開こうとすれば、より意固地になるだけなんだよ。結局、向こうが自分から開いていてくれなきゃあたしたちもまた心の扉を開いて受け入れることが出来ない」

「まともなことを言うこともあるんですね」

「あたしが今までまともじゃなかったみたいに言ってくれるじゃないの」

 興味本位で付いて来ている時点で、シオンはまともではない。一応はギルドの方で『影宵』と呼ばれていたので、冒険者であることは確かなのだが。


「で、どうやって港町は攻略するんだい? 霊的な物を俺とアレウスは見ることが出来ない。そして実態を持たないから、アレウスと俺の剣も鉄棍も当てられない。アベリアさんとシオンさんの魔法頼りになるけれど、魔力が尽きたら詰んでしまう」

「シオンさんは短剣を呼ぶ魔法を使えましたよね?」

「効果は五分だよ。五分経つと影も形も無くなっちゃう」

「それでも魔法で生み出した以上は、霊的な存在にも攻撃することは出来るはず。ただ、それだと五分経つたびに魔法を唱えてもらっていたんじゃ効率が悪いだけじゃなく、隙まで生んでしまう。だから一番なのは」

「私の付与魔法?」

「確か、クルタニカさんに習得しろと言われていただろ?」

「基礎は出来ているからあとは唱えるだけって、言ってくれていたけど使うの初めてだし、失敗するかも」

「なら今日の寝る前か明日の朝にでも軽く実験してみよう。火か水の魔力を帯びた剣や鉄棍での攻撃なら通る……と思う。正直、悪霊の類と戦うのはイメージし辛くて、確証が得られない」

「うん、練習せずにぶっつけ本番なんて嫌だから」

 そもそも霊的な存在に魔法が効果的であるという言葉はどこまでが真実であるかも定かじゃない。今までの魔物は肉体を持っていた。実体があるからこそ、同じく実体のある的やカカシを使っての弓術、剣術の練習が出来た。霊体は文字通り、肉体が無い。つまり、アレウスは不可視の存在に剣戟を浴びせるという訓練も練習もしてはいないのだ。

「アベリアの魔力なら、付与魔法が使えたならどれくらい持つ?」

「二人を一度になら、三十分くらい。上限になると……五回。残りは回復と、攻撃魔法に残したいかな」

「時間にして二時間半。二時間半で攻略は……かなり厳しいよねぇ」

 これにはシオンもお手上げとばかりに言って、項垂れる。

「一日で全てを終わらせようとすればそうなりますけど、時間を掛けられるのならその限りじゃないと思います」

「どういうこと?」

「町の中に居る霊媒師と神官モドキが厄介なんです。この頭を叩くんです。そのためには、町の人々を観察しなきゃなりません」

「つまり、敵中視察、偵察かぁ。それはあたしの得意分野。でも、さすがに顔の特定までは出来ないかな。だって悪霊を利用して町で一番の地位を築き上げているのなら気を抜くことはあっても、見張りは常に付けているはずだし、顔見せだってしないかも知れない」

「ガラハは見ているんですよね……」

 現場のことを知っているのはガラハだけだが、それが今回においてはなによりも大切な情報源となる。

「……ああ、そっか。あのドワーフの記憶力を頼れば、特徴を割り出せる。ただ、協力してくれないでしょ、あの感じ」

「ここまでの言動を見るに、感情に任せて暴れ回ることは無いと思います。冷静に状況を見極められるのなら、ガラハは自身のことを知っている可能性を踏まえて、すぐに町へ入りはしないと、信じましょう」

 なにも記憶力が良いのはドワーフだけの特権では無い。ヒューマンの中にだって顔と名前を一度見ただけで記憶できる輩は居る。そういう方向に脳が発達していたり技能を身に付けている。あとは印象深い相手――今回ならばガラハのような復讐を仕掛けて来そうなドワーフのことを霊媒師も神官モドキも片時も忘れるはずはない。

「なんにせよ、まずは偵察? シオンさん以外に、適任は?」

 アベリアは言いつつも視線をアレウスに向けている。


「いや、お前と離れると僕は、」

「アレウス君とならあたしもボロを出さずに済みそう。アレウス君って上辺だけの台詞だけなら幾らでも用意できそうだし、性格捻くれているし、職業の『猟兵』としての技能でも偵察する際に使える物はあるはずだし」


「有無を言わさず決定しないで下さい」

「でも実際、シオンさんに次いで偵察出来るのは君ぐらいだよ。俺とアベリアさんは明らかに魔法職って出で立ちだからね。悪霊を祓いに来たと思われたら、それだけでアウトなんだから」

「アレウスなら出来る。アレウスが頑張るなら私もちょっと離れるくらいなら我慢する」

 社交性が上がっているのか下がっているのか分からないアベリアの応援に戸惑い、そしてつい先ほどのシオンのようにアレウスは項垂れる。

「こういうリスクのあることは一番、やりたくなかったのに……」

「リスクのあることを提案した本人が言う台詞じゃないのと、あたしならどうでも良いみたいな言い方、やめてくれる?」

「だって顔を隠している女性と歩いていたら不審人物も良いところですよ」

「でもこれを外したらもっと不審がられちゃうからなぁ。諦めて?」

「ならどうにか誤魔化せるように嘘でもなんでも良いですから理由を用意しておいて下さい」

「あたしには冷たいなぁ、アレウス君は」

 可愛らしく言ったつもりなのだろうが、捕まれば悪霊に憑りつかれて殺されかねないところに潜入するのだから、そんなことでは気を紛らわせることなど出来るわけがなかった。

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