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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第2章 -大灯台とドワーフ-】
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引き返すことは出来ない

【ドワーフ】

 山に住まう人種。数ある山々のどこにでも居るとされているが、里を形成して暮らしているドワーフは余り見掛けられず、山と山を渡る。背は低く、髭を生やし、怪力持ちではあるが、それらは成長と共に培われて行くものであり、幼少期はヒューマンの子供と大差無い容姿をしている。ドワーフたちは同胞を家族同然としているためにファミリーネームを持たず、ファーストネームだけで呼び合う。

 専用の職業として『山の守り人』があるが、ギルドではあまり知られておらず、また登録している者も居ない。種族の適正職業のほとんどは前衛職となる。

 魔法の叡智には触れられないために、蒸気機関や機械技術の発展が見られる。エルフよりは他人種に理解を持つが、関わりは控えめである。

 一人が一種、必ず妖精をパートナーとしている。ドワーフが選定するのではなく妖精がドワーフを選ぶ。彼らは魔法を扱えないドワーフの代わりに小さくとも確かな魔法を用いる。しかしながら、それらの魔法の多くは妖精の魔法陣――フェアリーサークルが必須となる。

「安請け合いをしてしまって大丈夫なのかい?」

 ヴェインがアレウスに囁く。

「だったら、無理だと突き放せることか?」

「……いいや。請け負うのは構わない。けれど、安全策を取らなければ俺たちはギガースと戦った時の二の舞になるよ。君の義憤は正しい。だからこそ、このことはギルドにも連絡を入れておくべきだ」

「それは難しいんじゃないか? 僕たちはこのまま直接、港町に向かわせられる。ギルドのある村や街に立ち寄れる保証は無いし、そんなことを大長老が許すとは思えない」

「俺に考えがある。この件は任せてもらって良いか?」

「頼む。僕の頭は、港町の攻略のことしか考えられていないから」

 異端審問会も一枚岩ではないだろう。尻尾を掴んだとは到底、言えない。しかし、それでも異端審問会に所属する者を捕らえることも殺すことも出来るチャンスが巡って来た。これは他の誰にも譲りたくはない。


「ガラハは開拓に向かった同胞の一人だ。魔物の襲撃当時、港町から遠出をしておった。そして帰り道に見上げた、いつもは光を放っているはずの大灯台の異変に気付き、そこからは急いで町へと帰ったのじゃ。しかし、時既に遅し。牢屋のドワーフは皆、死んでおった。ヒューマン共を八つ裂きにしようにも足取りが掴めず、なにもかもを喪って彼奴はこの里へと戻って来た」

「町は破壊されていなかったのですか?」

「聞いた限りでは、さほどの破壊も無かったようじゃ。これをどう見る? 若造よ」

「……異端審問会が魔物の襲撃に見せ掛けて、ドワーフを断罪したか……或いは、悪霊の仕業か」

「私は後者が怪しいと睨んでおる。ヒューマン共に抵抗出来ずに死ぬような同胞ではない。ヒューマン如きに断罪されるのならば、(しかばね)には同胞だけでなくヒューマンのものもあっておかしくはない。スペクターに憑り殺されたのであれば、魔法の叡智に触れられん我らが抵抗出来なかった部分にも合点が行く」

「妖精が感知するのでは?」

「我らがパートナーである妖精は、自意識での判断を行わず、ドワーフの指示にしか従わん。つまり、我らが気付かなければ妖精も気付けないということ。パートナーを喪った妖精は、悲しみに暮れてやがて精霊の元へと消えて行く。故に妖精の協力は得られんぞ」

「スペクター……」

 魂が魔物の死骸から放出される魔力に触れたことで歪んでしまった結果、生じた悪霊である。魔の素養が無ければ目には見えず、そして見えたとしても触れることも切り裂くことも出来ない。しかし、見えるのならばその攻撃から身を守る術は得られる。

 アレウスにはその肝心な魔の素養が無い。ロジックを開くことは出来る。そして、異界では死んだ人種の魂が人の形を成して活動していた様も見ている。しかし、この世界においてはてんでその手の物を見たことはない。更に、見ることが出来ないのはアレウスだけでなくヴェインもである。

「シオンさんは、ギガースのことを知っていたので見える側、ですよね?」

「一応は。え、なに? アレウス君は見えないの?」

「俺もですよ。悪霊退治は、初めてです」

 アレウスばかりが貶されるのを防ぐためにヴェインは自ら公表する。相変わらず、彼もお人好しが過ぎる。だからこそ人が良過ぎないアレウスが騙されないように見張らなければならない。

「町には霊媒師――俗に言うシャーマンもおった。神官と共に、神の御心を信心深き者たちに聞かせるためじゃ」

「交信と降霊の技能を持っているのなら、悪霊も手駒に加えられる」

 屍霊術師は名前の通り、生きる屍や骸を領分とするが、霊媒師は浮遊する悪霊を領分とする。物体であるか霊体であるかの違いであるが、どちらにせよタチが悪い。その職業に就いている冒険者も滅多に出て来ないらしい。それは能力として発言しにくいというわけではなく、魂に触れるに連れて死に魅せられ、徐々に狂気へと堕ちて行く者が多いからだとアレウスは聞いている。


「ガラハを連れて参りました」「妖精のスティンガーも一緒です」


 足枷と手錠を掛けられた汚れた衣服と、死んだ目をしたドワーフがアレウスたちの前――大長老の間近に跪かされる。


「ガラハよ、貴様にとっての吉報を伝えよう」

「吉報……? 同胞を守れず、救えず、惨めに里へと戻って来たこのオレに、今やどんな言葉も届きはしません」

「私がしでかしてしまったことの尻拭いとなるが、あの漁村に蔓延るヒューマン共に一泡吹かせる算段が整った」

 ドワーフの瞳が僅かに揺れる。

「それは、事実ですか? そうやって、オレに期待させて踏み躙るのではありませんか?」

「そこに居るヒューマンが漁村に行き、共に戦ってくれると言っておる」

「ヒューマン……? オレたちを弾圧し、あろうことか全ての利益を掠め取ろうとしただけに留まらず、道具のように捨て置いた、こんな人種をオレが手を取り合わなければならないと? それはもはや、拷問ではありませんか!」

「では、そこの死臭の香りを放つヒューマンの目を見よ」

「どのようなヒューマンであってもオレは…………」

 振り返り、ガラハと呼ばれたドワーフがアレウスの目を見て、それから声色を変える。

「貴様、一体どれだけの(ごう)を背負っている? 見るに堪えない。あまりにも醜い」

 アベリアが思わず反応し掛けたが、シオンが止める。

「この醜さは、正しさを押し付け、(かた)り、更にはありもしない罪を背負わされ、異界に堕ちた結果だ。そしてその恨みを晴らすための足掛かりを、掴めそうにある。あなた方が恨み、憎んでいる漁村を牛耳るヒューマン……もしくは、ヒューマンを煽動した人種。僕はそれを確かめるために、この件に関わらせてもらう」

「関わる……? 貴様に出来ることなど無い」


「出来なければ、やらんと言うのか?」

 大長老が訊ねる。

「やらんと言うのであれば強制はせん。そのまま自らが望み、牢に入ったように再びその足で牢へ向かい、死ぬまで永遠に……惨めに自分を責め続けると良い。このヒューマンの若造は少なくとも、死ぬまで立ち止まるということを選択しておらん。ガラハよ? 私の顔を立てるという意味でも、そしてドワーフが臆病者などと流布されることを防ぐためにも、この者と共に復讐を果たせ」

「……いずれは朽ちる。それはどの人種においても同じこと。しかし、朽ちる前から朽ち果てていては、それは生きていないも同じことか。ならば、最期にこの命で、あの狡猾で驕り高ぶったヒューマンを殺してみせましょう。それが引いては、我らがドワーフの誇りとなると仰るのであれば、尚のこと。しかし、慣れ合うことは救われることがあったとて、無いでしょう」

「ガラハを案内人にする。構わんな?」

「どこがお人好しなんだか。寝首でも掻かれたらたまったものじゃないよ」


 この里の主である大長老がお人好しだったのは過去のことだ。ヒューマンへの信頼など無く、いつアレウスたちを怨恨とばかりに殺しに掛かるか分からないドワーフを案内人とした。だからシオンも不満そうに呟いたのだ。しかし、大長老の人選について異議を唱えられる権利などあるわけが無く、アレウスたちはただ(うべな)うしかない。


「準備が整い次第、下山し、向かえ。ヒューマンの生死に興味は無い。しかし、我らが妖精に行動の全ては筒抜けであることを忘れるな。ガラハに刃を向けるようなことがあれば、貴様たちの暮らす街に我らは攻め落としに行く。それで死に絶えるのだとしても、その衝動が、その破壊が我らの本懐であると知れ」


「ギルドだったら上級冒険者辺りを遣わせるような事態に膨らんじゃったけど、引き返す気は?」

「ない」


 シオンの問いにハッキリと答える。リスティが聞いたなら卒倒しそうな大事(おおごと)になってしまったが、そもそも大長老はアレウスたちに選択肢など与えてはいなかった。やると言えば案内人を寄越し、やらないと答えれば牢にぶち込まれるか、殺されるか。事情を知らないままに中級冒険者は追い返されたが、アレウスたちは事情を大長老の口から直接、聞いてしまった。大長老に恥を掻かせるようなことは山の守り人が許さない。


「オレはオレで支度を進める。殺されたくなければ里の出口で待つことだ」

「食料を気にしている」

「用意する。貴様たちヒューマンは一切、里の中を歩くな」

 ガラハの明確な殺意が込められた視線には敵わない。アレウスは唇を小さく噛み、首を縦に振った。

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