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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第2章 -大灯台とドワーフ-】
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右腕の封印

 これがただの休日の山登りであったならどれだけ良かっただろうか。そんな風に思いながらアレウスは斜面を登る。借家の近くには野生動物が住まう森林があり、あそこも多少は起伏のあるところだったので今回の山登りも似たようなものだろうと軽く考えていたが、休憩を挟んだものの思っていた以上に体力を消耗している。

 ピクニックと登山は別物である。それを体で分からされていた。


「あそこに蒸気が見える」

 シオンの声が耳に入り、アレウスは顔を上げる。煙か蒸気かの区別は自分には付けられない。しかし、そのどちらであろうと彼女が今も指差している方角になにかがあるのは確定した。

「アベリア、地図を再確認してくれ」

「うん」

 自分自身だけでは蒸気の先がドワーフの里と言い切りたくはなかった。地図でも確認はしたのだが、アベリアにもちゃんと調べてもらいたい。リスティに「山で遭難した際に、縋り付ける物があった方が望ましい」というアドバイスを受けたため、今回は何故か同行しているシオンを除いた三人が別々に地図を携帯している。アベリアが地図を見ている間にヴェインもまた地図を開き、辿って来た道筋を調べる。

「太陽の位置と、川の流れから方角を割り出して……合っていると思うよ、俺は」

「行く方向は間違っていないと思う」

「なら、このまま蒸気の出ている方向に行こう」


「臭う、臭うぞ。死者を冒涜した者の臭いだ」「死臭が漂う者が我らの山を侵すなど、認めてならん」「魔物の臭いもする。素材だけではこうも行くまい。彼奴(きゃつ)はロジックに獣すら怯えるなにかを潜ませておるぞ」「始末しても良いのだろうが、大長老の言葉無しにヒューマンを殺めてはならんからな」「しかし、我らを裏切ったのはヒューマン側であろう? なんの通告もせずに我らを騙しておいて、ヒューマンには情けを掛けねばならんのか?」「ヒューマンと同じ道理に立ってはならんからな。我らも血に飢えているわけではない」


山彦(やまびこ)みたいに、声が色んなところから……」

 アベリアが杖を手に取って、構えたが、敵意を見せてはならないためアレウスがすぐに杖を下げさせる。

「ドワーフたちの交流手段の一つだ。山中においては、妖精が彼らの声を運ぶ」

 ヴェインは言いつつ、アレウスと背中合わせになるように距離を詰める。シオンもまたアベリアと背を合わせて、背後を取られない形を取る。

「しかもドワーフは妖精を一人一匹――羽虫のように数えちゃ駄目だった。確か、一種ずつパートナーに選んでいるはず。あたしはそう教わった」


「怯えておるようだ」「怯えているのは我らの方であるというのに」「恩知らずのヒューマン共め」「追い返してどうこうなる者たちであれば良いのだが」「もう記憶したぞ。目に焼き付いておる」「いや、あの目を見てみろ」「なるほど、冒険者であったか」


「臭いやら目やら、見ただけでなんでもかんでも見抜かれるのはどうなっているんだ……」

「鉱石掘りの人種っていうイメージが付くくらいには目利きに優れているからねぇ。視覚は五感の中で最も情報を回収する器官だし」

「どこに居ると思います?」

「ドワーフの領域だよ? どこにでも居て、どこにでも居ない。妖精が全てを伝達しているから、あたしたちじゃ絶対に居場所を掴めない」

「仕方が無い……僕はこの山から近くにあるヒューマンの街から来た冒険者だ! どうかこちらの話を聞いて欲しい!」


「話? 話だと?」「どのようなものかぐらいは確かめても良いだろう」「彼奴らは我らの位置を掴めておらんようだからな」


「数日前にヒューマンの街とこちらのドワーフの里とを繋ぐゲートが壊された。僕たちヒューマンがなにをしでかしたのか、ギルドより依頼されてここまで来た。先に派遣された冒険者たちは一体どこに居る?」

「調査のためと言ってやって来たヒューマンのことか?」

「そうだ」

「彼奴らならもう既に追い払った。今頃、街へと帰っていることだろう」

「その保証はどこにある?」

「殺さず帰した。我らは二度、山を侵略しない者を無闇に殺しはしない」

「なら、どうしてゲートは壊された? どうしてヒューマンを里から追い払う? 何故、門を開いてはくれない?」


「我らとの関係に重大な亀裂が生じた」「先に全てを反故にしたのはそちらだろう」「そうやってまた我らに取り入る気だな?」


「僕たちヒューマンがどのような問題を起こしたのか、それを詳細に話してはくれないだろうか? 関係改善、修復の余地は無いのか?」


「この者たち、本気で知らないようだ」「知らないのであれば、大長老に話を通すべきか?」「死臭の漂うような者をどうして?」「それは大長老に不遜な態度を取るようなものだ」


「場合によっては僕はこのまま下山する。ここに居る三名になら話をしてもらえるのか?」


「ああ言っておるぞ?」「信用してはならん。ヒューマンは嘘をつくのが上手い」「ならば、他の手を考えるしかあるまい」「大長老の元へ案内するのか?」「先の冒険者共は揃いも揃って礼儀のなっていない連中だった。山中で火を起こし、動物たちを手に掛け、木々の枝を折って、遭難対策をしていた」「自然を脅かす者たちに比べ、彼奴らは一人を除いて随分とまともなようだ」「大長老の話を聞けば、我らの怒りの理由も分かることだろう」「しかし、あの小僧だけはあのまま合わせるわけには行かん」


 頭上から大きな岩が降って来る。アレウスたちは互いの背を押し飛ばし、落ちて来た岩を辛うじて避ける。


「捉えた」「捉えたぞ」「もう逃がさない」


 アレウスの足元に魔法陣が浮かび上がる。

「魔法の罠!?」

 すぐさま飛び退こうとしたが、アレウスの体から力が抜けて行き、叶わない。

「我らを甘く見過ぎたな、ヒューマンの小僧」「智慧無しなどと罵る者も少なくはない。我らは確かに魔法の叡智に触れることは叶わん」「しかし、我らは妖精の助けを得ることが出来る」

 木霊するドワーフの声を聞きながら、力無く膝を折ったアレウスの右腕に茨が巻き付く。

「なにをする気……だ?」

「その不遜な“右腕”をしばし、封じさせてもらう」

 茨が何重にも巻き付き、アレウスの右腕を覆い尽くすと尋常では無い力で絞め上げられる。巡っていた血液の全てが断絶するような圧迫と、激痛にアレウスが叫ぶ。アベリアが駆け寄ろうとしたが、それを複数の光が遮り、同時に地面を揺れ動かすほどの物音を立て、毛皮を纏った者たちが現れる。

「千切るわけでも、機能を永遠に閉ざすわけではない。しかし、なにをするか分からんこの死臭を放つ男の、この右腕だけはこのままにしておくことは出来んのだ」「故に我らが妖精の魔法で封印する」「ロジックに刻まれているであろう、その力を」

 右腕を絞め付けていた茨が枯れて行き、全てが地面に落ちる。アレウスの右腕には茨の棘が刺さり、その痕が浮かび上がる。明らかに人肌とは程遠い色合いになっている右腕に恐る恐るアレウスは力を込める。腕の曲げ伸ばし、手と指の関節。それらは正常に動く。だが、違和感を拭い去れない。

「封印って……そうか、そういうことか」


 アーティファクトの『オーガの右腕』がドワーフの妖精によって仕掛けられた魔法の罠で一時的に封印されているのだ。つまり、筋力のボーナスを失っている。だから、いつもの加減で脳が動くように命じても、普段と同じ腕力と握力が出なくなってしまった。それが違和感の正体だ。


「あたしたちはまだなんにもしてないのに、罠にハメるなんて酷くない?」

「いや……良い。もぎ取られるよりはマシだ。それに、これで僕も大長老様の話を聞くことが出来る……そうだな?」


「我らはヒューマンのように狡猾ではない」「我らが話し合い、判断したことだ」「連れて行きはする。しかし自由と言うわけでは無い」「我らが連行する」「そして、己たちが行った非道を知り、後悔すると良い」

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