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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第2章 -大灯台とドワーフ-】
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山登り


「ドワーフはエルフと同じくらいヒューマン嫌いが多いんだ。でも、エルフは聖域としている神樹に近付いたヒューマンを容赦なく殺すけど、ドワーフはまだ話は聞いてくれるらしいよ」

 馬車の中でヴェインにドワーフについて訊ねたところ、饒舌に説明される。

「聞いてくれるだけか……」

「酷い拷問はしないだろうけどね。口答えするようだったらきっと殺される。素直に従えば、里の外に追い出される程度で済むみたいだ。冒険者であろうとなかろうと、里に入れば彼らの掟が全てになる。あと、ドワーフと言えば鉱山で採掘ばかりをしていて気難しい鍛冶屋なんかをしているってイメージがヒューマンの間では定着しているんだけど、実際はその限りじゃないらしい」

「僕が思っている以上に詳しいな」

 アレウスは彼の言うことを出来る限り頭の中へと叩き込んで行く。

「行商のドワーフとは魔物の素材での交渉をするからね。ついでに世間話もするし、懇意になれば忠告もしてくれる。力自慢ばかりの頭の悪い人種じゃないんだ。特に記憶力に優れている。だから一度追い返されたあとに再度、里に無断で入るようなことがあれば、絶対に身元は割れるし、ついでに忠告を破ったってことで殺される。そういうことが繰り返されるとドワーフ側も、ヒューマンと関わるのを拒むようになる」

「法や掟が一番大事なのはヒューマンと変わらないってことか?」

 知らないことは知るために疑問をぶつける。そんなアレウスにヴェインもしっかりと答える。

「その辺りは里によって変わって来るかも知れないけど、関わりを求める里ならきっとアレウスの言うように法や掟が絶対ってところになると思う。ヒューマンと街とドワーフの里で築いた関係性は、国同士で言うところの条約みたいなものだからね。表面上は仲良くしていても裏ではどちらもしたたかだ。ヒューマンは特に強欲というイメージをドワーフには持たれている。行商のドワーフはほとんどが密偵や間諜に近いらしい」

「どこでそこまでの知識を?」

「懇意になったドワーフは純粋に人との関わりを楽しむタイプなんだ。その点では運が良かったと思っている。ごく少数ではあれ、そういうドワーフも居るから……最初から敵意を剥き出しにして『話し合いをしに来た』なんて言ったところで、聞く耳を持ってはくれないよ」


 ヒューマンの中にも変わり者は居る。ドワーフもまた人種なのだから、そのような周りとは違う感性や価値観を持った者も居るということらしい。


「神樹に近付けば、問答無用で射殺すエルフの方がよっぽど野蛮だよねぇ」


「……敢えて今まで訊かなかったんですけど、なんで居るんですか?」

 ドワーフの里に向かう馬車が出発する直前にシオンが馭者を呼び止めて、中へと入って来たのだ。彼女の行く先がアレウスたちの向かっているドワーフの里と近いところにでもあるんだろうと最初は思っていたが、二日経った現在もまだ馬車に乗っているため、さすがに訊ねなければならなくなってしまった。

「勿論、あたしもドワーフの里に行こうかなーって」

「ギガースの一件で僕があなたが考えているほど強くないって分かったんじゃないですか?」

「強いか弱いかで決めているんじゃなくて、単純にアレウス君に興味があるから付いて行くだけ。それとも、そんな危ない臭いを漂わせた状態でドワーフと交渉が出来ると思っているのかな?」


 『死者への冒涜』とアーティファクトの『オーガの右腕』のことを言っているのだろう。アベリアやヴェイン、それどころかニィナやリスティですらなにも言っては来ないが、何故かシオンだけは「臭う」と言う。


「『影踏』さんはなにも言っていなかったと思う……」

 あの黒衣の男から発せられる雰囲気は、どうにもヒューマンのそれではない。どちらかと言えば、シオンの雰囲気に近しいものを感じるので人種が同一なのではないかと思っているのだが、審問の際に『影踏』はなにも言っては来なかった。

「展望があるだろう冒険者を前に死臭がするなんて言わないじゃん? それを言っちゃえば、アレウス君の審問は更にマズいことになっていたと思うし」

「なんで知っているんですか」

「んー? 内緒ー」

 『影踏』ほどではないにせよ、シオンもまた気配を消せる。気配どころか姿すらも見えなくなるほどに、五感で掴めなくなるほどだ。ひょっとしたら、審問の様子をどこかで盗み聞きしていたのかも知れない。しかし、それなら『影踏』が許さないようにも思える。それとも、『影踏』とシオンには繋がりがあるために、彼女に気付いていてもわざと知らないフリをしていたのだろうか。


 ただし、これらは『影踏』とシオンになんの関係性も無いと分かった途端に破綻する。


「知り合いなんですか?」

「さぁ? どうだろうねぇ?」

 やはり、なにも語ってはくれないらしい。訊ねただけ損である。

「アベリア……は、勉強中か」

「……ん? どうかしたの?」

 出発の前日にアベリアはクルタニカの指導を受けた。フラフラで家に帰って来たのだが、それは彼女が有している膨大な魔法の知識にアベリアの脳が付いて行けなくなったためらしい。魔の素養においては絶対的な才能を持ち、魔術書を読み耽っていたアベリアをも「勉強不足ですわ」と一蹴してしまったクルタニカをどうにかしてギャフンと言わせたいらしい。ドワーフの里へと向かってからは齧り付くようにクルタニカから借りた魔術書を読み続けている。あんまり集中力を削いでは行けないだろうとヴェインと話し合い、静かな旅路であったのだが目的地が近付いてくれば声を掛けざるを得ない。

「もう少しで馬車を降りるから。馭者のことも考えて、里からは二時間ほど離れたところで降ろしてもらう」

 ヴェインの言っていたことが確かであるのなら、馭者がアレウスたちのせいで迷惑を(こうむ)る可能性もゼロでは無い。顔を記憶されないように、馭者にとって安全なところで降りるのだ。

「分かった」

 アベリアが魔術書を閉じて、鞄に入れて目頭を押さえる。疲れるほど読書に専念されるのも、それはそれで心配になってしまう。


「優しいよねぇ、アレウス君は」

 そんな心中を見抜いたかのようにシオンが言う。

「アベリアちゃんにだけ」

 しかし、余計な一言が付け足された。そのことについては触れないでおく。


 程なくして馬車が停止し、アレウスたちは降りて馭者にお金を払ってお礼を言い、街へと馬車が帰って行く様を見届けた。


「ここから二時間か」

「念には念を入れ過ぎたかもな」

「ああ、御免。愚痴じゃないよ。二時間とはいえ、道中は気を付けなきゃなって思って口に出したんだ。エルフは目が良いから監視を置いて森を守るけど、ドワーフは聞いた限りだと鳴子(なるこ)を仕掛けたりするらしいから」

「それは出発した最初の頃に言ってくれるとありがたかったな……まぁ、ここから気を付ければどうにでもなるけど」

 馬車が鳴子には引っ掛からなかった。街道沿いにはドワーフも罠は張らないようだ。向こうも行商人が行き交うような街道で死人を出したくはないだろうし、望んで人殺しをするわけでもない。

「山に入るの?」

「ああ。リスティさんから貰った地図で、まず川を探す。見つけたら、それに沿って登って行く。里も川を登った先にある」

 水が無ければほぼ全ての生物は生きて行けない。アレウスたちが住む街には河川があり、井戸がある。ドワーフの里も川と井戸を併用しているに違いない。

「山の天気は変わりやすいから、途中で休憩を挟むとしても川から離れた森林部になる。氾濫して、川に流されたりしたらたまったものじゃないからな。だから雲って来たら早急に水は調達した方が良い」

 登っている最中は重いために革袋の水以外には持ち込んでいない。休憩となればそれ以上の水分を必要とするため、山の天気は常々に気を配る。


「それじゃ、誰かが天気を見ていた方が良いんじゃない? あたし、そういうの得意だよ?」


「だったらお願いします」

「お願いされましたー」

 シオンが天気を読むのが得意と進言してくれたことはありがたい。彼女以外の三人は知識はあるが、天気を読むような技能も無ければ、ずっと空を眺めて歩けるわけでもない。

「空を見上げずにどうやったら天気が変わるのか予測できるんですか?」

「空気の湿り気かな。この二日間は雨が降っていないでしょ? 木々が含んでいる水分の含有量は低いはず。周辺が湿地帯ってわけでもないし。だから、湿った空気が肌に触れたらそれは川からの水気ぐらいになって来る。で、川の匂いさえ分かればあとは嗅ぎ分けることで天気の変化は予測できるよ」

「言われても出来そうにないです」

「これは森で暮らす……なに、アレウス君? 誘導尋問が得意なの?」

「なんで(いぶか)しまれなきゃならないんですか」

 まるで乙女の秘密でも盗み見したかのような白い目をシオンがアレウスに向けて来たので、率直に反抗する。


 山に入り、地図を眺めながら山道のようなところを歩き、時には獣道のようにしか思えない急な斜面を登る。アベリアとヴェインに手を貸しつつ、予定通り、まずは川へと出た。


「魔物を見ないのはありがたいよ。ここじゃ足を滑らせたら大変だ」

「ドワーフが山全体を守っているんじゃないか?」

「だろうね。さっきも言ったように、足を滑らせる以外にも足元には注意して」

「ああ」

 この山がドワーフの庇護下にあるのなら、そこを荒らすような魔物は彼らが排除するだろう。森を守るエルフが居るように、里を守るドワーフだって居るはずだ。ヒューマンでさえ街には守衛を用意する。「ゲートが壊された」とギルド長が言っていたため、ドワーフの冒険者がその役割を担っている可能性だってある。

 なんにせよ、問答無用で殺しに掛かって来る戦闘民族でも、外界との繋がりを断ち切っているわけでもない。まずその決め付けてしまっているイメージを取り払うことがアレウスには求められている。しかし、右も左も分からない、地図だけを頼りに山を登るというのは想定していた以上に精神的な負担が大きい。自然と周囲のあらゆるところに気を張って、身構えてしまうのだけはやめられそうにはなかった。


 三十分ほど経って、川の近くで休息を取る。シオンの許可を得て川に降り、そこで水を汲んで休息地点にすぐに戻る。焚き火は起こしたかったが、地面という地面が腐葉土に近かった。それらを押し退けて土の上で火を起こそうかとも考えたが、四人で相談し、ドワーフが煙を見て包囲して来るかも知れないということで控えることになった。ドライフルーツと乾パンを合わせて食べ、水で胃に流し込む。寄生虫の可能性については全員が食事を終えてからヴェインに“解毒”を唱えてもらって排除する。


「雨雲の気配無し。この調子だと今日はずっと好天に恵まれそう」

「それならそれでありがたい限りですけど」

「ドワーフの里に長く滞在する場合、今日という括りはあんまり意味を成さない?」

「僕が言おうとしたことなんですけど」

「依頼が依頼だからね。今日だけで全てが丸く収まるようにはあたしにも思えないし、みんなも同感だと思うけどねぇ」

「……到着するまでの間に雨が降らないなら、登る苦労も二割ぐらいは減りますから、今日だけ好天っていうのも別に悪いことではありませんよ」

 アレウスの意見に同意するようにシオンは「そうだねぇ」と相槌を打った。

「襲われる心配は無くても、拘束されるかもとは考えた方が良い?」

「考えるのは構わないが、結局、拘束される時に反抗的な態度を取れば殺される可能性に傾く。だから、囲まれたら素直に武器は捨てよう」

 ドワーフの神経を逆撫ですればするほど危険が増す。アレウスたちに出来るのは穏便に物事を進めることだけである。それ以外のことが起こった場合は、敵意も殺意も無いことを証明することで、どうにか命を拾うことしか今のところは思い付かなかった。

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