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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第2章 -大灯台とドワーフ-】
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酔ってはいないはず

 運ばれて来た料理もほとんど食べ終えて、談笑の時間がやって来たが、変わらずアレウスとアベリアは座ったところからは動こうとはせず、代わりにヴェインとリスティが応対することが多くなって来た。申し訳なさそうな顔を向けていたら「酔っ払いを一番上手くあしらえるのは酔っ払いなんだよ」と気にしていなさそうな、かなり酔いが回って来ているヴェインの言葉で罪悪感めいた物はマシになった。


「ちょっとアレウス~、なんか物凄く眠くなって来たわ~」

「寝るにはまだ早い。あと酔うのが早い、勘弁してくれ」

 隣ではニィナがお酒を飲んでもいないのにほぼ酔っていた。両腕を枕にして寝ようとしている。匂いを嗅いだだけでここまで酔っ払えるとは思いもしなかった。

「大体ねぇ~私は~」

「寝ないのか」

「寝るなって言ったのはアレウスでしょ~」

 お酒を飲んでもいないのに絡み酒のようなニィナの様子にアレウスは話すだけ無駄だと判断して、そこから始まるニィナの愚痴の多くを相槌を打つだけで済ませて行く。聞き上手ではない。聞き流しているだけである。もし重要なことをこの時にニィナが喋っていたのだとしても、アレウスはきっと思い出せない。


「頭がクラクラしている……」

 アレウスもまた匂いだけで酔う前兆が出始めた。記憶が飛ぶ前に、目の前のお酒は全て片付けてもらいたいところだ。

「どうです? アレウスさんも飲みませんか?」

「なんで誘って来るんですか」

「ですよね~♪」

 リスティは既にいつもの調子が崩れている。常ににこやかな笑みを浮かべている。些細な言葉の端々で小さく笑うのだ。ひょっとすると笑い上戸なのかも知れない。もうギルドで働いている時も適度にお酒を飲めば良いのではと思うくらいに綺麗な笑顔を作っている。しかし、酒場の熱気も増して、その暑さで服を着崩し始めている。目に毒なのでやめてもらいたい。

 隣に絡み酒、前方にほぼただの酔っ払い、斜め前方に笑い上戸となると八方塞がりという言葉が脳裏をよぎる。


「どうだい、『異端』のアリス?」

 ルーファスが麦酒の入ったジョッキを片手にテーブルに訪れる。

「雰囲気に慣れるという点では、良い経験にはなっています」

「そうだろうそうだろう。私の言ったことはやはり間違ってはいなかったようだね」

 本当にそうなのだろうか。そんな疑問を抱くほどにルーファスも酔っている。


 新人歓迎会などと聞こえの良いことを口走っていたが、ひょっとすると冒険者の面々は堂々と稼業を休み、気持ち良くお酒が飲みたかっただけなのではないだろうか。つまり、アレウスたちのような『初級』や『中級』はダシに使われたのだ。

 嫌な感覚は無いが、妙な呆れみたいなものを感じてしまう。


「命を賭ける人間は、どこかネジが外れやすいのさ。賭け事やお酒を求めるようになるのもそのせいだ」

「お酒を飲んでいることに正当な理由があるみたいな言い方はやめて下さい」

 命懸けで生きて来たアレウスにとって、お酒などは現実逃避として使われる道具のような物でしかない。それを良い物、正当性を持って飲んでいると主張されるとさすがに我慢ならないものがあった。

「君は本当に変わり者だ。けれど、世の中はそういった変わり者や偏屈な者たちが変えて行く。時折、混じるんだ。『至高』に登る輩がね」

 そんな風に言いつつ、ルーファスはアレウスの怒気をこれ以上高めたくはないのかテーブルから退散して行った。


「あんまりなこと言うと、破門されちゃうよ?」

「言ってから思ったよ……なんだろうな。いつもなら冷静になれるのに、歯止めを掛けられなくなっているような……」

「ルーファスさんは居るのは分かっていたけど、クルタニカやあの鎗と盾の人と、あと『影踏』って冒険者も居ない」

「『影踏』さん? は、もしかしたら居るのかも知れないけど僕たちが感知出来ていないだけか……ひょっとしたら蜂蜜酒が無いから、参加していないのかもな。クルタニカは……止められたんじゃないか? えーっと……デルハルトさんだったっけ」

 酔うと脱ぐらしいから、と言おうとした直後に唐突に彼女の全裸を思い出し、頭をテーブルに打ち付けて消し去る。

「なに、どうしたの? アレウスらしくないけど」

 アベリアが明らかな戸惑いを見せていた。

「大丈夫。酔ってないはずだから、」


「アベリア・アナリーゼさん、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか? これを機会として、お話をしたいと思っていたんですけど」


 ヴェインが先ほどから必死に止めていたのだが、複数人になったために制止を振り切られてしまったらしい。酔っ払っていても責務はちゃんと頭の片隅にあったのだから、失態ではない。ただ、アベリアに複数人で話し掛ければきっと色好(いろよ)い返事を返してくれるだろうと踏んだこの冒険者たちの悪知恵には腹立たしさばかりが募る。


「あの、私はあんまりこういう場には慣れていなくて」

「それなら俺と話をしませんか?」「ずっと隅っこで眺めているだけじゃつまらないでしょう?」「もっと話をすれば俺らときっと馬が合うと思うんです」


 そこから怒涛の質問が飛んで行く。アベリアはどの質問にもハッキリとした返事は出さず、リスティも加勢に入るが冒険者たちの熱は冷めそうにない。


「酒場は料理とお酒を食べる場所であって、盛り場じゃないと思うんですけど」

 何気なく、なにも考えずに、溜まりに溜まった冒険者たちへの不満が、勝手に口から出てしまっていた。だが、言ってしまったことに対してアレウスは後悔は微塵も湧き起こっては来なかった。

「アベリアさんといつもパーティを組んでいるからと言って図に乗るなよ」


「彼女はパーティの要であり、僕の大切な人です。彼女に声を掛けると言うのなら、まず僕を通してくれないと困ります。人の女に手を出すような不埒な輩が冒険者を名乗るのはどうかと思いま……?」

 とても重要なことが抜け落ちていたような気がする。考え無しに発言してしまったことを自分自身で反芻する。

「っ!? へ!? っあ!?」

 狼狽し、思わず立ち上がって両膝をテーブルにぶつけて、痛みに悶える。置いていたグラスが割れたり水が零れたりしなかっただけまだ良かった。その内に冒険者たちはテーブルから離れ、そして別のテーブルへと向かっていた。


「大胆なことを言っていましたね、アレウスさん」

「ちがっ! わ……ないですけど、色々と必要な単語を素っ飛ばしました……」


「まぁ、アベリアさんなら分かって……アベリアさん?」

 リスティがアベリアの目の前で手を振る。

「心ここに在らずのようです」

「いや諦めないで下さいよ」

「諦めるもなにも、発言には責任が伴うことは承知の上ではないんですか? それともあなたは、どんな女性にもそのような甘い言葉を囁いていらっしゃると?」

「……勘弁して下さい」

 笑顔ではあっても口調はいつも通りである。そして何故だか付随する微かな笑い声に怖さが混じっている。


「場に酔っているのか、お酒に酔っているのか……」

「つまりアレウスは酔うと女性への紳士的な態度が強く出てしまうわけだ」

「そんなはずはない」

「アベリアさんへの想いを語りながらなにを言っているんだい?」

「……いや、」

「今のはアベリアさんが困っていたから助けようと思ったから必要な単語を欠落させた発言をした。だったら、君は酔うと困っている女性を助けるために躍起になればなるほど、必要な単語を欠落させて女性を落としてしまいかねない」

「それは…………死にたくなるな」

 酔っ払っているヴェインの冗談半分の発言を、どういうわけか強く受け入れてしまう。

「言ってみただけなのに、そこまで深刻な顔をされても困るんだけど……やっぱり君、酔っていないかい?」

「酔っていない……とは言い切れない」


 取り敢えず、今のアレウスが思うことはアベリアが我に返った際にどういった言葉を投げ掛ければ良いか、である。普通に接してしまえば済む話ではない。だが、なにか先ほどの発言に対して言葉足らずだったことを説明すれば良いものでもない。説明するとそれはそれでアベリアの機嫌を損ねるような気がしてならないのだ。

 沈黙を決め込もう。もし彼女がこの場で言ったことの真意を問うて来た時も、なにも語らない方が良い。黙して語らず。この態度であれば、いずれはアベリアも諦めるだろう。

 もし諦めなかったなら、とは考えない。お酒の匂いに酔ったのか、場の雰囲気に酔ってしまったのか、ともかくアレウスはグラスの水を一気に飲む。


「それ、私のなんですが?」

 リスティの呟きに、アレウスは俯き加減に「ホント、御免なさい」と普段ではあり得ないほどの素直さを見せ、そして歓迎会が終わるまでもう一言もなにかを発することは無かった。

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