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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第2章 -大灯台とドワーフ-】
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経験を積み重ねること

「アレウスさんは、楽しそうではありませんね」

「宴は嫌いじゃないですけど、僕とアベリアは酒場とか……そういうお酒を嗜む場所は苦手なんですよ」

「……そう言えば、そうでしたね」

 リスティはその言葉で察し、自身のグラスに注がれていた麦酒を飲む。

「ああ、失礼。まだ乾杯をしていませんでした」

 そう言って、飲み掛けの麦酒を残し、リスティはグラスをこちらに寄せて来る。アレウスは水の入ったグラスをぶつけ、小さく「乾杯」と言い、それからヴェインやニィナ、アベリアのグラスにも同じようにぶつけて「乾杯」と言い合った。


「ニィナさんはお酒を飲める年齢なのかい?」

「女性に年齢を訊くのはマナー違反よ、ヴェイン。けれど、私はまだ二十歳を越えていないとだけ言っておくわ。だからお酒はまだ飲めない」

「そうかい。不躾なことを言ってしまってすまない。でも、さっきから俺のところに運ばれた葡萄酒を飲みたそうにしていたから、ひょっとしてと思ったんだよ」

「二十歳未満にはお酒をなるべく勧めるべきではない。誰が言い出したかは分かりませんが、肝臓の機能が十二分に発揮できるのがそれぐらいの年齢ということなのでしょう。けれど、勧めたからと言って罰せられるわけでもありませんし、飲んだとしても責められるわけではありません。どうです、飲んでみます?」

 リスティは未成年にとんでもない囁きをしているが、それはアレウスが持っているモラルであって、この世界で普通に産まれた彼女たちには無い物である。なので、ガミガミと文句を言うのは不自然になってしまう。全てを明かしたリスティならば、それでも納得はしてくれるかも知れないのだが、そこにこれからも何度も甘えるようなことが正しいことではない。

「遠慮しておきます。けど! 匂いだけは嗅がせてもらえますか?」

「お前、匂いで酔うつもりだろ?」

「違うわよ。お酒の匂いってどういうものか、嗅いでおきたいだけ」

「いや、だから匂いで酔いたいだけ、」

「うるさいわね」

 未成年の飲酒はアレウスの産まれ直す前の国では厳禁だった。それどころか酒場のような飲みの席に未成年を連れ歩くことも場合によっては許されない。そして未成年と理解してお酒を提供する店側にも問題があるという判断さえされる。ただし、お酒の匂いを嗅ぐだけならばどうだったのだろうかとニィナの言葉から思うところがあった。

 ヴェインが葡萄酒をニィナに差し出す。

「飲もうとしたら止めるよ。匂いを嗅ぐぐらいなら良いんじゃないかと思って」

 アレウスの視線からなにかを感じ取ったらしく、ヴェインが言う。ニィナも「飲むわけじゃないし」と自身の発言の正当性を訴えている。

「そんなに飲みたい物なのかな」

「さぁ? 知らない」

 アベリアの疑問にアレウスは呆れ気味に答える。

「大体、ニィナは『狩人』だから、鼻が利く。だからさっきも言っていたようにお酒の匂いを嗅いだらまず間違いなく、酔う」

 しかし、匂いを嗅ぎたいと言ったのはニィナ本人である。意思表示をしたのがニィナであるのなら、飲酒をしない限りはとやかく言う筋合いをアレウスは持っていない。そして、アレウスも冒険者の職業病として鼻が利く方であるので、あまりお酒が自身の前をチラつけば、酔ってしまうかも知れない。


「そういや、あの時も記憶が曖昧だったけど」


 ニィナの村で開かれた宴のことを思い出す。次の日の朝に目を覚ますとアレウスはとんでもない状況に追いやられていたが、どうしてそうなったかの記憶が不鮮明だった。もしかするとあれは、必死に断ってはいたものの自身のテーブルに置かれて行った麦酒の匂いにやられた結果だったのではないだろうか。


「そうなると僕はとんでもなくお酒に弱いことになる……」

 頭を抱えたくなる事実を見つけてしまうものの、アベリアのことを思って気を引き締め直す。ここで記憶が曖昧になるようなことがあれば、アベリアを守れない。ヴェインは割と飲み慣れているのは知っている。リスティがどこまで飲めるかは分からないが、このお酒を飲める年齢の二人がアルコールにやられずにしっかりと彼女のことを気遣ってくれるのなら、アレウスも一心地置くことが出来そうではある。

 だが、そのような他力本願はアベリアに悪い気がする。そんな思いがアレウスの中にはあった。完全な自己満足に過ぎないのだが、どうしてか自身は彼女に頼られたい存在で見られておきたいのだ。そして自身もまた彼女を頼る存在のままで居たい。


「食事、ましてや歓迎会でそのような悩んだ表情をするのは場違いですよ」

「すみません」

「また力の差を思い知って、打ちのめされているんですか?」

「それは……まぁ、あるんですけど」

 この場で悩んでいたこととはまた別に、ずっと頭の中に残り続けていることをリスティに指摘される。

 オークはニィナとシオンがパーティに居たから、二匹を同時に相手取っても倒すことが出来た。しかし、その二人が居なかったなら果たして一匹だけでも倒すことが出来ていただろうか。

 そしてギガース。シオンから人工の魔物であることを教えてもらい、気を付けろと言われていたにも関わらず、パーティは半壊した。アベリアのことで激昂したことで死を追い払ったことが勝因として挙げられるが、そもそも彼女が危険に晒されないためにアレウスが居る。役割を果たせなかっただけでなく、彼女には一瞬でも生活においても冒険においても大事なパートナーを喪うのではと思わせてしまった。だからこそ、ずっと謝ろうとは思っているのだが、なかなか切り出せない。彼女の方からはなにも言って来ないため、それにずっと甘えている。

 反省はしているのだ。もっと考えて行動するべきだということも、もっとパーティとしての連携を高めるべきだということも……そして、危険な魔物だったからこそより慎重な対処を取らなければならなかったことも、なにもかも。あの時に足りなかったことをずっと省みて、次に活かそうと考えている。だが、謝罪をさしおいてそれらを先に考え続けているのは、あまりにも彼女への礼儀がなっていない。

「アベリア……は、この前のこと、怒っているか?」

「この前?」

「ギガースで死に掛けたこと」

「……怒ってはいないけど……怒ってはいない。でも、悲しくなった。私はもっとアレウスをサポートできるはずだって思っていたのに、なんにも出来なかった。それどころか危うく死に掛けた。回復魔法でしか役に立てなかった。アレウスに怒られるかも、って……考えた」

「……そうじゃないんだ。僕が浅はかだっただけだ。だから、御免」

 甘え続けていたことを見つめ直し、今、思い立ったからこそずっと引きずっていたことを謝罪する。

「死なないで居てくれるなら、怒らない」

「死んだら怒ってもらえないけどな」

「だから、絶対に死なないで」

「分かった」


「気持ちの一段落は付きましたか?」

 グラスの麦酒を飲み干し、おかわりを頼んだリスティがアレウスとアベリアに続けて目線を送る。

「アレウスさんは未だに『祝福知らず』です。当面、それを続けて行くのでしたら『身代わりの人形』は必要不可欠でしょう。異界云々を通り越して、この世界ですら死に掛けることがあると分かったのなら、尚更、手元に置いておかなければなりません」

 そう言ってリスティは小洒落た鞄から包みをテーブルに置き、アレウスの前へと手で滑らせて送る。

「なんですか?」

「『身代わりの人形』ですよ。経費で落ちるわけありませんので、私からの餞別です」

「……え、いや、これって『栞』と同じくらい高価なんじゃ」

「ですので、これからそう何度も命を喪いそうになるような場面に出くわさないで下さい。私の担当するパーティにとって必要不可欠な代物であるのなら、多少は自費でも揃えようとは思います。これもその内の一つと考えて下さい」

「これは、その……あまりにも都合が良過ぎると、思うんで……受け取れないです」

 そう、自分の判断ミスで招いた消費を担当者が(まかな)ってしまっては、都合が良いにも程がある。


「私は一度、パーティを崩壊させました。リーダーと、私自身の判断ミスが招いた結末です。私はそのせいで喪うことを怖れ、担当者よりも更に裏方の事務へと引っ込んでいました。けれどアレウスさん? あなたは、慎重派の私の意見をなにかと尊重して下さいます。大きな目標を掲げつつも、積み重ねる努力を怠らない。異常事態には、結局、首を突っ込んでしまうところは問題ではありますが……あなたを軸となっています。それは絶対に喪ってはならない軸です。だから、受け取ることで私に覚悟を見せて下さい。次こそは、死ぬような戦いには挑まない、と」


「は……い」

 アレウスは包みを受け取り、首を縦に振る。


「俺もまだまだ先を見据えて動けていなかった。反省しているのは君だけじゃない。自分本位な言い方にはなってしまうけれど、共に歩んで行こう」

「そうだな……でも、もう葡萄酒を三杯も飲んで、大丈夫なのか?」

「飲むだけ飲んで、食べるだけ食べて、騒ぐだけ騒ぐ。そのあとになにをすると思う?」

「さぁ?」

「吐くだけ吐くんだよ」

 名言のように言うのだけは勘弁してもらいたかった。

「食事中に食欲が失せるようなことを真顔で言うな」

「これは割と真理なんだよ。お酒の混じる席では」

「飲み過ぎていたら、注意するから」

「いやいや、これぐらいじゃ酔わないんだよ俺は」

「絶対に嘘だ」

 アベリアは不快感を露わにしつつ、運ばれて来た料理を大きく口を開いて美味しそうに食べている。

「うんん~? まだ嗅ぎ足りないわ~」

「お前はもう酔い掛けているようにしか見えない」

 ニィナの表情はいかにも『ほろ酔い』を示している。目は虚ろであるし、(しな)を作っている。女性はお酒を飲むと色気が増すなどと言う噂話を耳にして、そんなわけないだろと心の中で思っていたアレウスだったのだが、こうも間近で色っぽい表情をされると戸惑いを隠せないどころか、目が泳いでしまう。

「なんか目付きがヤバいんだよな」

 そんな風に冗談めいて言って、ニィナから視線を逸らした理由を作る。


 ずっと話し続けていても料理が勿体無いのでアレウスはアベリアと同じように口に運び始める。


「良い食べっぷりですね」

「そうでしょう? アレウスもアベリアさんも見ていて気持ちが良いくらいに美味しそうに料理を食べるんですよ」

「見られながらだと食べ辛いんだが」

「私も」

「そうですね。でも、食べているところだけは年相応の子供っぽさが見えて、よろしいんじゃないですか?」

 なにがよろしいのかサッパリであった。語尾に小さく「うふふ」と微笑みが混じるようになっているので、リスティも程良くお酒が回り始めたのではないだろうか。逆に言えば、お酒が入ればリスティも自然に笑えるのだ。それこそ彼女の言葉を借りるのであれば、年相応の愛嬌の良さが出ているようにすら見える。


 この世界は非常に沢山の難題を抱えている。だが、そんな中でも、僅かであれ笑うことの出来る時間があることを忘れてはならない。不幸ばかりが襲うわけじゃない、きっと幸福もアレウスの気付かないところでやって来ているのだ。見えないからと不満を言わず、不幸ばかりが続くからと諦めず、歩を進める。リスティに言われた通り、しっかりと積み重ねるのだ。


 経験は無駄にはならない。少なくとも、この異世界では。

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