心が休まらない
開催の二十分前に酒場に着き、中に入る。予約でもなく、未成年でもあるのでウェイターやウェイトレスに声を掛けるのも憚れていたのだが、のちに到着したルーファスによって冒険者としての確認が取られ、アレウスたちは奥の隅の方の席に腰掛ける。
「ここは、もしもの時、逃げられないんじゃ?」
「いや、裏口が近い」
アベリアの不安をアレウスは近場に見つけた裏口を指差しながら解消させる。トイレも裏口よりも離れた位置――そもそもお酒だけでなく食事も提供する場であるため、備えてあるテーブルの多くから比較的、離れた位置に見つける。
「席の予約をしていたわけでもないから、気を遣ってくれたんじゃないかい?」
そうだと嬉しいが、これで裏口の扉に鍵でも掛けられていたのなら、絶対に逃がさないという強い意思表示になる。アレウスは恐る恐る裏口の扉に手を掛ける。鍵は掛けられていない。どうやらなにもかもが杞憂であったらしい。
「あの人、私たちがテストを受けた時の責任者だった冒険者よね? アレウスはそのあと、目を付けられているの?」
「目を付けられているというか、気に掛けてくれている。だからあの人に言われたら今回の歓迎会も断れなかった」
「ここまで優しくしてもらっているのに断る気があったってところがアレウスらしいわよね」
何故、こうもニィナはすぐに悪口を言うのだろうか。本人が勝気な性格であることはもう分かり切っているが、それでも言わなくても良いことを言って良いわけではない、とアレウスは思う。しかしながら、自分自身も打ち解けた相手には結構な頻度で聞き心地の良いことを言ってはいないという自覚もある。自分は良くて相手は良くないなどというワガママを口には出せはしない。
「他の人にも同じような感じで喋っているのか?」
「え、ううん。あなた以外にこんなこと言うわけないじゃない」
「……頭が痛くなって来た」
特別扱いであるようには受け取れない。だが、ニィナは悪気があって言っているようには決して見えないのだ。冗談を言うヴェインと同じである。歯に衣着せぬ発言は、ひょっとしたら信頼の証であるのかも知れない。それでも、もう少し表現の仕方があるだろうとアレウスは思えて仕方が無い。詰まる所、このように勝気な態度で接してもらっても全く嬉しくないのである。
「大体、なんで僕の隣に座っているんだ」
「アベリアが隣に座っているんだから良いじゃない別に」
それは逆に言えば、アレウスの両側を女性二人によって塞がれていることになる。ヴェインはアレウスの対面に座っていた。こういうことが起きないように彼は最後に座るようにしていたのだろう。幼馴染みで許嫁のエイミーに怒られないためにも、仲が良くなっても一定の距離を取っている。褒めるべき点なのだろうが、今のアレウスからしてみれば事前に面倒事を避けようとしたようにも見える。或いは分かっていて、対面に座ったか。
だが、酒場に入る前にアベリアにお酒を勧めるような冒険者が居た場合は二人で止めに入るという話をしている。両側を塞がれているよりは自由に動ける席を選んだ可能性だってある。
気が張っている。アベリアを守るためならば必要不可欠だが、ヴェインの行動に様々な推測を立てるのは行き過ぎている。仲間の着席にすら一々、思考を巡らせていても意味がない。
「右を向いても左を向いても落ち着かないってのは困ったもんだな」
「どういう意味?」
「喧嘩売ってんの?」
これだから嫌なのだ、とアレウスは心の中で呟きつつ運ばれて来た水の入ったコップを手に取り、口の中を潤す。
「それにしても、酒場のウェイターはともかくウェイトレスは胸を強調し過ぎよね」
「誰に向かって言ってんだ?」
「即座に反応するあんたに言っていることにするわ」
そうは言っても、ヴェインがニィナと会話しようとするとお互いに身構えるのはこの前のキャラバンで知っている。ニィナは警戒し、ヴェインは脳裏にエイミーがよぎっている。会話が出来ないわけではないのだが、今のようなウェイトレスについての呟きにはヴェインではなくアレウスしか反応することが難しかった。
「一攫千金を狙うなら、少しばかり強調するんだろ。女の武器ってやつだ」
「体が女の武器なら男の武器は一体なんになるのかしらって話よ。まぁ、体で金持ちを落とせるのならそのやり方を強く否定することも出来ないか……」
「結局、自分が幸せになるための過程とするか、それとも屈辱と考えるかだからな」
「アレウスは好きそうよね、ああ言う格好」
どんな格好だと思い、アレウスがニィナの指差した方向を見る。
「バニーガールは違うだろ」
「でも酒場に最低二人くらいは居るわよね、バニーガール。好きでしょ? バニーガール?」
「お酒を飲めない歳でなんでああいう格好に対しての意見を言わなきゃならないんだよ」
「巷じゃバニーガールのことをヴォーパルバニーに喩えたりもするらしいわよ?」
「なんで一々、こっちの顔を確認して来るんだ」
そしてアベリアの視線がアレウスに刺さっている。軋む音は立っていないのだが、動かし辛いことを表すようにアレウスはギギギッと顔を彼女に向ける。
「好きなの?」
「好きじゃない」
あらぬ誤解が掛けられた。審問を受けたりと、ただでさえ誤解を受けやすい生き方をしているというのにアベリアにまで誤解されてはたまったものではない。
「アレウス? 君ってたまに心の中で思っていることと言っていることが逆になることがあるけど、今回もそれなんじゃ?」
「僕を陥れるのが好きだよな、ヴェインは。バニーガールに鼻の下を伸ばしていたとエイミーに報告することも出来るが」
「君だって俺をそのやり方で脅すのが好きだよね」
やられたらやり返す。アレウスとヴェインの間に信頼が成り立っているからこそ言いたいことは言う。別にそれをアレウスは迷惑だとは思わない。腹の内も、心の裏表もなにもかもを曝け出してくれていないとパーティは組めない。だからヴェインの発言そのものを強く否定することもない。ただし、今回に関してだけは両者痛み分けでは済まされない。
「ヴェインさん、お隣に座ってもよろしいですか?」
言い合う前にやって来たリスティが声を掛けて来た。ヴェインは「どうぞ」と言いつつ、彼女から大きめに距離を開ける。どんな時でも女性に対して気を付けている。気配りが出来ているようにも見えるが、やはりエイミーがチラついているようにしか思えなかった。
「今日はギルドの仕事は?」
「アレウスさんたちだけですから、出席するように言われました」
そう言うリスティはギルドでよく見掛ける制服ではなく、彼女が休暇中に使っていると思われる私服姿だった。物珍しいので、アレウスは思わず二度見してしまった。
「そんなに素敵な格好でしたか?」
しっかりと見破られた。
「珍しい格好をしているなと思っただけですよ。他意はありません」
「ええ、そんなつもりで言ったわけじゃありませんので」
ルーファスに気を遣ってもらってなるべく大勢の冒険者と関わらない奥の方に座らせてもらったはずなのだが、アレウスはすぐにでもこの場から立ち去りたいくらいの重圧を感じ始める。
「ヴェイン」
「そんな目で見られたって困るよ」
どうして自分の身の回りの女性は揃って一癖も二癖もあるのか。最近になってからアベリアも借家ではない場所では鋭い視線を向けて来ることがあるので、このままでは気を休めることさえままならない。
「自業自得です。逆に言えば、さほど警戒する必要が無い男性とも取れますが」
「絶対に褒めていませんよね?」
「リスティさん、アレウスがバニーガールに見惚れていました」
「へぇ?」
さも見惚れていたかのように言い切ったアベリアにアレウスは絶句し、そして大した反応も示さないリスティに途方も無く軽蔑されたような気持ちになる。
「まぁ、あんまり悩まないで下さい。露出が多い服装が好きですから、男性は」
その視線はアレウスだけでなくヴェインにも向けられていた。対岸の火事だと決めて掛かっていたヴェインは思わぬ火の粉を被り、飲んでいた水が気管支に入り込み、盛大に咳き込んでいた。
そんなこんなで時間を潰していると、酒場の中も段々と混み合って来る。全員が冒険者という風には見えないが、主催者であろう一人が大声を出して店内に一度、静寂を与える。長々とした話が進む間に各テーブルに麦酒や葡萄酒、そして料理が配膳され、それでも話を続ける冒険者を見兼ねてルーファスが麦酒の入ったジョッキを手に、彼をスゴスゴと椅子に座らせる。
「それではベテランの冒険者の皆様、ご唱和下さい。新人冒険者には?」
――酒を飲ませろ!
一斉に発した言葉のあとにグラスやジョッキをぶつけ合って、綺麗な音色が辺りから次々と響き渡った。




