気が重い
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「酒場ってあんまり良いイメージがない」
「そうは言っても、ルーファスさんの厚意を無碍には出来ない」
「アレウスが断り切れなかっただけじゃないの?」
「それは……否定は難しいな」
結局、ルーファスに稽古を付けてもらっている間に断ることは出来なかった。そもそも、なにかを言おうとすれば稽古と称して説明や、剣の振り方についての説明を入れて来ていたので、アレウスに断る権利を与える気は無かったのだ。稽古を忘れていたことによる、ルーファスなりの鞭であり罰であるのなら、素直に受け入れるしかない。
「こういう服、あんまり着たことないし」
借家には外行きの衣服と呼べる物は少ない。ドレスには程遠いが、それでも見栄えが良い物を選んだ。アベリアは普段は髪を結んではいないが、着ている服に合わせるためにアレウスがポニーテールに結った。
「似合っているんだから良いだろ」
「似合ってる?」
「ああ」
「それなら、ちょっと行く気になった」
「なんでだよ」
そもそも、冒険者が見栄えの良い悪いを考えて衣服を選ぶのもおかしな話である。しかし、酒場はグレードとしては低いが紳士淑女の社交場でもある。どこかの城や貴族の館に呼ばれることは今後も変わらず一生、訪れないとも思うのだが、もしもを考えるのなら慣れておかなければならない。
「お酒を飲める歳でもないのに」
だが、ルーファスが言っていたように雰囲気を知るのは大事なことだ。テーブルマナーなど無いに等しい酒場では粗相が許される。衣服の指定もされないのだから、壁としては低い。
「やぁ、アレウス、アベリアさん」
待ち合わせ場所でヴェインが声を掛けて来る。僧侶の装備ではなく、ヴェインもそれなりに見栄えの良い服装を選んでいた。ただし、高価な物を身に付けているわけではなさそうだ。
「次期家長がそんな恰好で大丈夫なのか?」
「場所に合わせるのは大事なんだよ。着飾り過ぎたら浮いてしまう。それに、村ならともかくこの街じゃまだ名も無い一介の中級冒険者だよ。中堅や上級に目を付けられても困ってしまう。親から仕送りはされているけど服まで送られちゃいないし、これぐらいが精一杯だね」
「出る杭は打たれるってやつか」
「その通り。俺は目立ちたがり屋じゃない。まぁ、目立てば目立つほど声を掛けてもらえるかも知れないから、自分自身を売り込むチャンスなのかも知れないけど……酒場でそれをやっても、むしろ怖い人たちに目を付けられてしまいそうだ」
「それは思う」
アベリアは即座に同意する。ここのところ、彼女の容姿に惚れ込んでいる冒険者が多いのはアレウスも知っている。今回も声を掛けられるかも知れないが、なんとかして追い払わなきゃならない。その場合、恨みを買うのは自身である。別にそれは構わないのだが、闇討ちでもされて命を落としたくはない。なるべく穏便に済ませるような言葉を選ばなければならない。
だが、アベリアを酷く困らせるような輩を前にしたら、これらの前提は全てアレウスの頭から吹き飛んでしまう。怒りっぽいわけではないはずなのだが、自身について罵られるよりも彼女が傷付いたり、危機が迫るとさながら自分のことのように怒りに火が灯るのだ。
「髪を結ったのは間違いだったかな」
アレウスはアベリアをジッと見つめてから、ボソッと独り言を零す。
「二人にはお酒を勧めないように言わなきゃならない。アルコールの入っていない飲み物と称して、飲ませて来るような輩は……居ないと良いね」
「冒険者の品位に賭けるしかないな」
「でも、酒場は冒険者だけの溜まり場ではないから。新人の歓迎会ではあるけど、貸し切りではないだろうし」
「新人に出すお金を最低限まで削ったからだろ。芽として育っても、花が咲くかどうかまでは分からない。自分たちともレベルとランクも違うのだから、パーティを組むことも無い。歓迎会という、冒険者の間でのしきたりには従っても、お金までは出したくないってのが本音なんだろう」
「本当にその気があるのなら、もっと大きな飲食店を選んだり、貸し切りにするはずだから?」
「ああ」
ルーファスさんは歓迎会を催すとは言っていたが、主催者ではない。結局のところ、催し事というのは金銭が大きく関わる。収益云々を考えないのならば、開催したことが自身の今後の活動において有利になるか否か程度しかない。そうなると初級や中級に敬われたところで旨味はほとんど無い。だからお金をそれほど掛けたくはない。そういう部分が見えて来てしまう。
「おっと、やっぱりここに居ると思った」
村からやって来たのであろうニィナが早足でアレウスたちに合流する。
「なんでそう思ったんだ?」
「だってここ、全ての通路への基点になるところでしょ? いわゆる街の中心部。知っている人が居るならここかなって」
その予測は当たっていたのだと言わんばかりに得意げに語られる。ニィナもそれなりにめかし込んではいるが、やはり悪目立ちを避けるためにドレスは身に纏っていない。新人として、当たり障りなく、しかしながら女性としての華やかさを残す服装に、普段とは違う彼女の美しさを垣間見たような気がしてアレウスは耐えられずに目を逸らす。
いよいよ、女性の魅力に男としての本能が目覚めそうになっている。慣れるにはまだまだ時間が掛かるだろう。
「神官は見つかったのか?」
「そりゃ勿論。リスティさんと話をしたし、審査もしてもらったから、どうにかこうにか。今日は彼女は来られないみたいだから、紹介は出来ないわ」
「別に紹介までする必要は無い。ようやく出発点って感じなら良かった」
「そこまで気に掛けてもらっているなんて思わなかった。アレウスのことだから、自分以外のパーティなんてどうでも良いって言いそうだし」
「ギガースが襲い掛かって来た時でさえ、ニィナの馬車が巻き込まれなかったか心配したんだぞ」
「あー……あれは助けに行けなくて御免。馭者さんが前の馬車の動きに従うって言って、私は降ろさせてもらえなかったから」
「謝られることじゃない。巻き込まなくて良かったと思ったくらいだ」
「アレウスはほんっと、損しているのか得しているのか分かんない性格と人間関係を作っているわよね」
どういう意味なのか。そう問おうとしたがニィナはもう既にアベリアと手を繋いで酒場の方へと歩いて行ってしまった。
「国によっては一夫多妻制もあるそうだよ」
「冗談でも怖いことを言うな」
「なんなら愛人って方向もあるらしい」
「だから怖いことを言うな」
なにを思ってそんなことを言うのか。冗談にしてもタチが悪い。それでもヴェインはアレウスの人間関係や、心の中にあるモヤモヤを少しでも解消させようと馬鹿げたことを言っているのだと思うと、強く責める気にもなれない。
「なにもかも成人してからだ」
「それは言えているかも知れないね」
結婚が可能になる年齢は国ごとにバラバラである。アレウスたちが住んでいるこの国では二十歳以上となっている。この点に関してだけは、産まれ直す前の世界よりは規則が厳しくある。そのクセ、風紀はあまりよろしくないのだからバランスが取れているのか取れていないのか、たまに困惑する。
「行こうか」
「あんまり気乗りしていないように見えるけど?」
「実際、気乗りしていないんだから仕方が無い」
アレウスは愚痴と溜め息を零し、そんな自分を見てヴェインが「やれやれ」と言いつつ肩を叩く。先に行ってしまった二人を追い掛けるように重い足取りで酒場に向かった。




