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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第2章 -大灯台とドワーフ-】
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コツは掴んだ

 稽古場は街に幾つもある広場の一つだ。そこは借りている家の近くらしく、師匠の負担を軽減する意味もあった。ルーファスはそこで待ちぼうけを喰らわされ、丸太を半分に割って作られた簡易な腰掛けに座り、ボーッと空を眺めていた。

「遅れて申し訳ありません」

 我に返ったかのようにルーファスがアレウスを見つめる。

「弟子に遅刻されるとは、師匠として舐められているんではないかと思ってしまうね」

「いやあの、ギルドの方で……審問を受け、まして」

「嘘を言っては行けないよ」

「嘘じゃありませんから」

「……なるほど、なら今日は大目に見よう」

 アレウスは胸を撫で下ろす。

「と言うと思ったかい?」


 次にルーファスは眼前まで距離を詰め切っていた。反射的に短剣を抜き、それを確かめた上で振るわれるルーファスの剣を受け止める。


「君の言葉の端々から読み取れる物があったよ。どうやら、私との稽古をコロッと忘れていたようだ」

「ここのところ、悩み事や、抱え込んでいることが沢山ありまして……その、申し訳ないとは思っているんです」

「では忘れていたことは真実だということだな」

 まさかの誘導尋問にアレウスは動揺し、短剣ごと押し飛ばされてしまう。

「ルーファスさんも、僕がここに来るまでは上の空だったように見えましたが」

「待っている間、考え事をしてなにか悪いとでも?」

「物思いに(ふけ)っていて、一瞬、僕を認識できていなかったじゃないですか」

 誰かのことを想っているような、さながら恋仲の相手について考えているような雰囲気だった。ヴェインのそういう顔を何度か見たことがあるので、ようやくアレウスもその手の表情についてはなんとなく察せられるようになって来たところだ。そしてルーファスはそんな拙く学んですぐのアレウスにも分かるほどの表情だった。


「この歳にもなると、婚姻を考えたくもなるものだ」

「何歳ですか?」

「二十七だよ」

 ルーファスの振るう剣に短剣を合わせるようにしながらアレウスは思う。とてもその歳には見えない、あと五歳は若く見える、と。


「それとも、師匠が恋心を抱いていては行けないかな?」

「別にそういうわけでは――」

 短剣を左手の篭手で打ち飛ばされた。すかさず剣を抜いて後退するが、“間を盗まれてしまい”、再び接近を許し、ルーファスの明らかに手加減をした剣戟にアレウスは必死に抵抗する。力の差は歴然としているため、ルーファスが手を抜いてくれなければアレウスはここまでの剣戟のやり取りの間に三回は死んでいる。


 それはつまり、三回は死を見たということになる。


「振り方が以前よりも良くなった。ギガースでの戦いが経験になったか?」

「お陰様で、死ぬのか死なないのかの区別が付くようにはなりました」

 ギガースと戦った際に味わわされた死の恐怖によって、アレウスは自身を殺すか否か、その刃や牙の区別が本能的に、そして直感的に得られるようになった。


 だが、この男の太刀筋の前では誤作動を起こす。命を取らないと分かっていても取りに来ているような錯覚を起こしてしまう。まだまだ鋭く磨き上げなければ信用し切れない技能ではある。

 単純にルーファスの剣の冴えとして、そういった現象をどんな人物を前にしても引き起こしているのではとも考えてはいるのだが、そんな手の内をこの男は訊ねても晒してくれないことはもう知っているので、ひたすら剣戟に付き合わされる。


「守りに強くとも、攻めに弱いのは相変わらずか。ギガースとやり合った際には懐に入り込めたそうだけど」

「“間を盗む”ことのコツは少し分かったつもりでいるんですが、人種を想定してはまだ『盗歩』は完成していません」

「そうか」

 強い一撃がアレウスを弾く。

「ギガースに対し偶然か、必然かはともかく“間を盗む”ことが出来たのなら一ヶ月という短期間においては合格だよ。これからそのコツを高めて行けば、いずれは人種にも通用するものとなる。割と意地悪な期間の設定をしたつもりなんだが、合格されてしまったか」

「言っていたことと、やっていることが一致していないんですが」

 一ヶ月の間に『盗歩』を得なければ、弟子として取ったことを人生の汚点になるだろうと。そのようなことを言っていたようにアレウスは記憶している。だが、今の言い分ではまるで自分が一ヶ月では『盗歩』は掴み取れないだろうと決め付けていたことになってしまう。


「今日、どこまで足運びが上達しているかを見るつもりだったのさ。要するに、今日が私の設定していた合格のレベルまで達していなかったなら、師弟関係は終わりにするつもりだったんだよ。それは別に『盗歩』のコツを掴めているか掴めていないか、ってことじゃなく、そこに至るために必要な、純粋な技術の域に達しているか否かって話さ。けれど、君はあまりにも簡単に飛び越えてしまった」

 ルーファスは剣を納める。

「契約を更新しよう。師弟関係はこのまま継続し、剣術の方をこれからも見させてもらう。ただ、優秀すぎる弟子は逆に怖ろしい。私の域にまで触れそうになれば、そこで終わりだ」


「……僕は剣術を学んでいますけど、ルーファスさんは剣術を独学で高めることが出来ます。契約更新はありがたいですけど、絶対に彼我の差は埋まらないと思いますけど」

「君は割と鋭いことを言う。確かに、深く心配はしていない」

「では、なにが怖ろしいんですか?」

「剣術を真似られることだ。教える以上は型が似て来るのは仕方が無いが、私の生き写しのような剣術になってしまって欲しくはないからね」


 やんわりとは言っているが、ルーファスは“自分自身の剣術を研究され、自分自身を真似た剣術で負けること”が怖ろしく、そして嫌なのだろう。弟子が師匠の剣術を真似して勝つのは、色々な意味で関係を崩壊させる。


「僕が僕自身の剣術と戦法で勝つのは構わないと?」

「ああ、出来るものならやってごらんよ。ただし、絶対に不可能だと先に言っておこう」

 なんとも自身満々に言われてしまったので、アレウスはいつかは越えてやろうと思ってしまった。そう思わせることもまた、ルーファスの教えなのかも知れない。


「今日はこれまで……とは言いたいところだけど、まだもう少し見てあげよう。それより、夕食の時間は空いているかな?」

「まぁ、次の依頼に行くまでは用意とかあるので、今日と明日ぐらいは街に居ると思いますけど」

「近頃の新人冒険者は勤勉過ぎて困る。物騒なことも相まって、ここ数ヶ月、いつものことが出来ていなかったんだがようやく予定が付いてね、良かった良かった」

「なにがですか?」

「初級と中級辺りを掻き集めて、近々、歓迎会を開かなければと思っていたんだ。これは先輩の冒険者からずっと続いていることだから、君たちも拒否は出来ない」

「そういうのは、気を遣ってしまって行きたくないんですけど」

「君は師匠の顔に泥を塗るつもりかな?」


 アレウスはパワハラに屈する。


「そう重く受け取る必要は無い。一人で、二人で抱え込んでいることが明かせないのだとしても、それらに巻き付いているストレスという名の(つる)を取り払う場として利用すれば良いんだ。人の縁を無為にしては行けないよ。いつかそれが、自分を助けてくれることだってある。まぁ、君たちはあんまり人と話すのが苦手だろうから、軽く挨拶をするぐらいが丁度良い」

「それじゃ不参加となにも変わらないじゃないですか」

「不参加だと心象は悪いし顔も覚えてはくれないし、君たちも新人たちの顔を覚えられはしないだろう? 先輩風を吹かしたいわけではないんだ。見知った間柄で集まって話していたって構わない。とにかく、その場に居たという事実がなにより今後、大きくなるんだよ」

「屁理屈で参加が正しいことのように言うのやめて下さい」

「最近の若者は冷め過ぎていて困る……おや? こんなことを言うのでは、私もおじさんだな」

「どこがですか……」

「それでは『異端』のアリス。続いて、剣を振り続けてもらおうか。良くはなっているが見た限り、要らない動きが混じっている。そこを修正したい」

「……お願いします」

 いつまでもルーファスのペースである。しかし、弟子がペースを掴めるわけもない。アレウスは剣を構えて、なにもないところに魔物が居ることを想定しての剣戟を繰り出した。

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