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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第2章 -大灯台とドワーフ-】
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忘れていた

【ミーディアム】

 主にヒューマンと他の人種が交わって産まれた者たちを指す蔑称。『半端者』の意味があり、混血であることを罵る場合に用いられる。ハーフエルフやハーフドワーフが該当するが、他の少数人種のハーフを総称する際にも遣われるため、口に出した相手が“蔑む意味で遣っている時”と“分類として呼ぶために遣っている時”の二通りがあり、多くの人種はその場の雰囲気で読み取っている。


 ハーフエルフはまだ社会に溶け込んでいるが、ハーフドワーフやその他のハーフはどちらのコミュニティにおいても排除の傾向にあるため、受け入れられにくく、また本人もどちらにも該当しない自分自身に悩むことが多い。


 ヒューマンとの間に限ってミーディアムは産まれるが、ヒューマンの染色体は他人種との染色体とも強く結合するためである。よって、たとえばエルフとドワーフの間では子供は産まれない。


 染色体についての研究は進んではいないが、他人種の間ではヒューマンと交わればミーディアムを宿す可能性があることは事実認識されているため、掟を作り、血が混じることを禁じていることが多い。

///


「復讐のチャンスを与えたと言うのに、無様なものだ」

「体と魂が違うんじゃ、どちらにせよ限界があるだろうに」

「しかし、あと一歩だったのではないかと思っている。『異端』であるが故に、成長もまた著しく速いのだ。実に、実に遺憾であるぞ」

「屍霊術士は痕跡をほぼ残さないから便利ではあると思うけれど、ぼくとしては見ていてつまらないとしか言いようがないな」

 神官の外套を纏った男がブツブツと「異端であるぞ、異端であるぞ」と呟いているところにそう告げつつ、返事を待たずして男は近場の草むらを探る。

「血を見つけた」

「そんな物を見つけたところで、なんになる?」

 渇き切った血の欠片を手に取り、男が口に含む。


「く……くくくく、くくくくっ!」


「また無意味に嗤うか」


「無意味な物か。この血の味は知っている!」

 男はニヤリと笑みを零す。

「ようやくだ。ようやく見つけられたよ、イプロシア・ナーツェに連なる血統! その子孫の手掛かりを!」



 『影踏』に連れられ、アレウスとクルタニカはギルドの廊下を歩く。

「ミーディアム……って呼ばれていましたよね?」

「蔑称ですわよ、あまりお遣いににはならない方が良いですわ」

「すみません」

「……ヒューマン、エルフ、ドワーフはご存知でしょう? そこに加えて、少数の人種がおりますのよ。ミーディアムとは、ヒューマンと交わった他人種との間に産まれた子供を指しますの。いわゆるハーフですわね。ハーフエルフやハーフドワーフは聞いたことがありまして?」

「見たことはありませんけど、ギルドではたまに話題に挙がっているみたいですね。盗み聞きした程度の知識しかありませんけど」

「ハーフエルフはまだ地位を確立していますわ。なにせ、人柄はヒューマンに似て容姿はエルフに似ているんですもの。それで地位を確立出来ないわけがありませんわね」

「混血よりも純血が望ましい?」

「エルフはエルフ同士、ドワーフはドワーフ同士。そのように有れと教えられはしますが、ヒューマンは奔放で自由が過ぎますのよ。その生き方に魅力を感じ、森から、そして里から飛び出した者たちが交わり、ハーフは産まれる。その先にある現実を知らないままに」

「つまり、虐げられる……と」

「純血を高望みする街では特に酷い扱いを受けます。この街はエルフやドワーフの行商が来ている分、まだ偏見が少ない方ですわ。ただ、あの方のようにカッとなってなじって来る輩はおりますわ。混血は、受け入れ難い上に、本人も悩むんですの。ヒューマンなのか、それともガルダなのか。そして、ヒューマンでもなくガルダでもないわたくしには居場所などあるのか。どちらにも()れないということは、どちらでも()れない。だから、そういった混血の人種――半端者のことをミーディアムと呼びますの」

「クルタニカさんは」

「ちゃん様」

「クルタニカちゃん様は、ガルダとの混血なんですか?」

「わたくしは先ほどからそう言っていましてよ?」

 ガルダのことはよく知らないが、クルタニカのどこをどう見てもヒューマンにしか見えない。


「本来、ガルダは剣術に長ける種族だ。剣に形を変える機械人形を連れ、背中には翼を持つ。だが、クルタニカは産まれてすぐに魔の素養に目覚め、剣ではなく杖を取った」

「昔の話をする必要がありまして?」

 『影踏』にクルタニカは訊ねる。

「独り言だ。お前たちに話したつもりはない」

 一切の隙を見せずに言葉を続ける。

「そこまではハーフであっても、さして咎める者も居なかった。だが、生えて来た翼が問題だ。母親は純白の翼を持つ一族だったが、クルタニカの翼の色は(からす)の如き、漆黒だった。ヒューマンと交わったからだと罵られ、なじられ、疲れ果てたクルタニカの母親は、」

「そこまでで、勘弁なさって下さいます?」

「独り言だと言ったはずだが」

「独り言であっても、わたくしの耳障りな言葉を並べられるのは我慢なりませんわ」

「ならば、黙るとしよう」

 アレウスは話の先が聞きたくて仕方が無かったが、クルタニカの顔を見るにこれ以上、『影踏』が語ることはなさそうだ。


 それから沈黙が続いたのち、アレウスたちはギルドのフロントまでやって来て、ようやく『影踏』から解放される。

「なにかされなかった?」

 アベリアはアレウスが戻って来るのをずっと待っていたらしい。

「彼女に声を掛けて来る冒険者の何人かには睨み付けられてしまったよ。とは言え、リーダーの君が戻って来るまではアベリアさんを守るのは俺の役目だからどうってことなかったけれど」

「嫌な思いをさせてしまってすまない」

 ヴェインには軽く頭を下げる。

「本当になにもされなかった?」

「なにもされてはいないよ。難しい依頼を押し付けられてしまったけれど」

「依頼……?」

 リスティがやや首を横に傾げる。

「多分ですけど、今日中に呼び出されて依頼内容を告げられると思います」

「そうですか……その程度で済んで良かった、と思うべきなのでしょう」

「クルタニカちゃん様が途中で詰問責めから逃がしてくれましたので」


「わたくしは別にそのようなつもりで喋ったわけではありませんわ。下賤な輩をそこまで危険人物扱いしているギルド長の面々に、言ってやりたかっただけですもの」

「ありがとう、クルタニカ」

「あなたに感謝される謂れはそれこそ無くってよ、アベリア・アナリーゼ」

「それでクルタニカ? 私、お願いがあるんだけど」

「弟子の話でしたら、お断りですわよ」

「む~」

 その話はアレウスも持ち掛けようとしていたことだ。ここまで縁があるのなら、それを利用してアベリアの魔法の知識を高めるために、クルタニカに協力してもらおうと考えていた。だが、それは不発に終わってしまったらしい。

「ですけれど、詠唱のコツやその他諸々の知識を教えるくらいは出来ますわ。魔法職の弟子というのは、とてもややこしいんですのよ」

「ややこしい?」

 アベリアはそれこそ理解できないかのように疑問符を付けた鸚鵡返(おうむがえ)しをする。

「わたくしは風属性については熟知していますし、神官や僧侶が扱う魔法の中で必要と思ったものは習得していますわ。けれど、風をよく知るわたくしでも火と水は得意ではないんですの。あなたは火と水を扱い、土と木を不得意とする。魔法職の師匠と弟子は基本的に、得意な属性が合っていることが前提になりますのよ。でないと、教えたいことも教えられないですもの」

「アベリアの魔法は泥が残るんで、土にも関わっていると思っているんですけど」

「それはアベリア・アナリーゼの魔法が本質的に土属性向きのせいですわ。けれど本人は土の精霊を嫌っているために、残滓の部分だけで表面化するんですのよ。『沼』を唱えて『泥沼』になるのも、土の精霊が加護を与えたがっているため。どうせなら土属性に鞍替えするのも手だとは思いますわよ?」

「土は嫌」

 一言で拒否を示したが、土の精霊に好かれていてもアベリア自身が土の精霊を嫌っている。理解できていないのではなく、最初から理解しようとしていなかったのだとこの会話でアレウスは知った。

 だからと言って、ここで投げ掛ける言葉も無い。異界での五年の経験のせいで本人が嫌だと言っているのだ。「土の精霊と仲良くしろ」は無頓着にも程がある。自身に喩えるのなら、「初めて会った神官と仲良くしろ」と言われているようなものだ。それはアレウスも承服しかねる。

「どうしてそこまで土を嫌うかは措いておくとして、わたくしが教えるのは基礎に絡めた応用ですわ。魔法の数が増えれば戦略の幅も広がりましてよ? けれど、属性が合わないためにお互い、話が噛み合わなかったり、口論することもあるかも知れませんわ。それでもよろしくて?」

「クルタニカとはいつも口論しているようなものだから大丈夫」

「わたくしとしてはその発言が大丈夫ではありませんわ」

 恐らくだが、クルタニカはアベリアの中で自分という存在は尊敬され、更に目標としている冒険者と定義されていたに違いない。だが、アベリアは敬ってはいても(たっと)ぶまでは至っていなかった。だからクルタニカは肩を落とし、項垂れた。


 アベリアの尊敬する相手、目標とする冒険者はこれからもずっと変わらない。それは彼女が羽織っている神官の外套の持ち主である。物乞いだった時に生きることの大切さを語り、自らを犠牲にしてでも異界から外へと出させてくれた人物。その目標は揺らがない。


「思うところはあるかも知れませんが、アベリアをよろしくお願いします」

「忙しい身の上ですので、毎日とまでは行きませんわ」

「……毎日……?」

 アレウスはふと思い出す。

「今日……ルーファスさんとの稽古がある日だった」

 クルタニカがクスクスと笑う。

「まぁ、あの方はわたくしと組んでいる時に、待つのが嫌いではないと仰っていましたし、多少の遅れは許してはくれますわ。ただ、その分、飴と鞭で表現するならば今日は鞭の日になりますわね」

「アベリアを借家まで頼む。僕はルーファスさんとの稽古場所に行くから」

 ヴェインにそう告げ、リスティとクルタニカに会釈をしたのち、アレウスはギルドの扉を乱暴に開けて、大通りを駆け抜ける。

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