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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第2章 -大灯台とドワーフ-】
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ヘイロンの問い

『ギガース』

 屍霊術士が戯れに行った実験で人為的に生まれた魔物。別名、『復讐鬼』。魔物の骸に人種の魂を込めることで、魔物にはない戦術と戦闘のセンス、人種にはない驚異的な筋力を得る。体躯は込めた人種に寄るため、どのような魔物であっても最終的には人型に落ち着く。しかし、ゴブリンに連なる魔物との相性が高いとされる。

 しかしながら、魔物の骸に魂を押し込むには魂を澱ませる必要があるため、人道的では無く、高位の屍霊術士の間でも禁忌に近いとされているが、そもそもにおいて魂を澱ませる術を持つ者自体が極めて珍しく、その大抵はギルドの手配によって捕縛されるためギガース自体を見る冒険者も少ない。人種を問わず、ギガースの存在を知る者はそれを目にした途端に激しい嫌悪感を示す。


 人種の魂に残っている記憶、技能、恨み辛み、魔物の骸に残る人種への強い復讐心が合わさり、魂を澱ませた者の囁きが引き金となり、ギガースは対象を魂が果てるまで追い続け、復讐を遂げようとする。痛覚を有しておらず、また血が流れようとも動き続けるアンデットである。そのため生き様は閉じているため、ロジックは開けない。

 止める方法は屍霊術士による魂魄の剥離、首を刎ねることでの機能停止、心臓を穿つことでの魂の開放のいずれかに限定される。

「嘘偽りはありません」

「こちらも、女神の審判に反応はありません」

 アレウスの断言に対して、二人が壮年の男性に向かって発言する。


「なるほど、死なせたくて死なせたわけではないと」

「死なせたいと思って、冒険者になるわけがありません」

「それもそうだな。しかし、だ……何故、『異端』に関わる者は異界に堕ちる? これからも『異端』が親しくした者から、異界に堕ちて行くのだろうか?」

「分かりません」

「……ふむ、女神の裁定も嘘偽りないものとしているか」

 壮年の男性は小さく「深掘りしてもなにも出て来ないと思うんだがな」と呟いていた。


「ギルド長様、一つ興味深い話があってねぇ」

「ヘイロン・カスピアーナ。発言はこちらが許可してからにしてもらいたい」

「アレウリス・ノールードとアベリア・アナリーゼは神官でもないのにロジックを開けるらしいよ」

「それはテストの時点で報告を受けている。今更、問い詰める内容でもない」

「本当にそうかねぇ……私は一つ、疑問を呈するよ? アレウリス・ノールード? どうしてお前は自分が“ロジックを開ける”と自覚していたんだい?」


「……どういう意味ですか?」


「いやなに、素直に疑問なのさ。神職に就いていたわけでもなく、教会で育ったわけではない。神官をパーティに入れない神官嫌いが、何故、どうして、一体どういう場面で、“自分はロジックを開ける”などと思えるようになるんだい? どこのどいつも考えないだろう? 試さないだろう? 試すのは神官を目指す者全般だ。お前は、その全般に含まれちゃいないだろうに」


 ヘイロンはまるでアレウスを追い込むかのように訊ねて来る。それはまさしくギルド長たちにとっての盲点であり、アレウスにとっては触れられたくなかった事実である。


「教会に訪れた際に、見よう見まねで『“開け”』と言って、」

「神官嫌いのお前がかい? 不可解だねぇ……それに、その発言もおかしいんだよ。お前はロジックを開く時に、“開け”という言霊を必要としていないはずだろう?」

 ドジを踏んだ、墓穴を掘ったとも言える。アレウスは必死に言葉を繕おうとするが、自分自身の組み立てた論理が通用しないようにしか思えない。


「女神の名の元において、断言します。アレウリス・ノールードは嘘を言いました」

「教会に訪れたことも、見よう見まねでロジックを開こうとしたことも嘘であります」

 更に咄嗟についた嘘によってアレウスは追い詰められる。


「『異端』よ、何故、虚偽の釈明をした?」

「……私には、語れない複雑な理由があります」

「ギルド長様にも語れない理由があるのかねぇ? 冒険者に、そのような理由があっては困るんじゃないでしょうか?」

「我々に語れないことがあると?」


「語るにしても」

 アレウスは膝に付けている両手で握り拳を作る。

「心の底から信じられる相手でなければ、明かすことは出来ません」


「これはまた面白いことを言う。私たち担当者だけならまだしも、ギルド長様方を信じられないとは大問題だろうよ」


「私の芯に関わる理由となります。そう多くに語れることでは、ありません。そしてその語れない事実が、異端審問会のように平穏に、平和に害なす集団と関わっているからというわけではありません」

 アレウスは強く、壮年の男性を見つめる。

「私にとって、神官は悪意の塊にしか見えないのです。ここにいらっしゃる、クルタニカ・カルメンにも神官の力があるというだけで、自身が内包する全てを語れない」


「どうしてそこまで神官を嫌う? 複雑な理由があることも分かった。そのことについては嘘偽りがないと我々も判断出来ている。しかし僅かでも良い。明かして欲しい。異端審問会の名も知っているのならば余計に気掛かりだ。何故、そこまで神官を憎み、恨み、嫌う?」

「……時期は明かせませんが、私は全てを奪われました……人並みに受けるべき愛情も、人並みに感じる日常も、人並みに行う交流も、なにもかも……! けれど、私は憎み、そして恨んではいてもその全てを神官にぶつけたいなどとは思っていません。何故なら……私には、果たすべき約束があるから。その約束こそが、私が神官を嫌ってはいても決して復讐を果たそうなどと考えない、全てなのです。その約束を交わした相手のことを思えば、そのような復讐心は薄らぎ、鎮まるのです」

「虚偽の無い、真摯たる者の発言であることを女神に誓って証言します」

 壮年の男性は肘を机から離し、背もたれに軽くもたれ掛かる。


「それがギルドに反旗を翻す要因にならないと言えるのかい、お前は?」

「グチグチグチグチ、人の心を痛め付ける悪癖をわたくしの前で晒さないで欲しいですわ。冒険者は誰もが一癖も二癖もある御仁ばかり。そして、語ることの出来ないほどの強い信念を抱き、登る者。善であるか悪であるかも審問で見抜けず、数々の悪の冒険者が蔓延(はびこ)るこの世において、何故、こんな麦酒も飲めない子供をそこまで危険視するのか。わたくしには理解出来ませんわ」

 隣で我慢ならないといった具合でクルタニカが席を立ち、ヘイロンを睨む。


「発言の許可は出ていないよ、『風巫女』」

「あなたこそ、許可が出ていませんのにお喋りになられましたわ。だったらわたくしだって喋りたいことを喋らせて頂きますわよ。『上級』の冒険者を幾つも抱えているからと言って天狗にならないで欲しいですわ、ヘイロン・カスピアーナ」

「私の優秀さが気に喰わない輩は幾らでも居る。クルタニカ・カルメン、お前もまた危険な人物だと自分から証明していることを理解しているのかねぇ」

「冒険者が優秀だからと言って担当者が優秀とは限りませんわ。毎日毎日、ギルドの奥で煙草の煙を(くゆ)らせているあなたに、いかほどの価値があるのか、ここで証明して頂きたいものです」


「口が過ぎるんだよ! ヒューマンにもガルダにもなれない、この半端者(ミーディアム)め!」


「ガルダではありませんわ。迦楼羅(かるら)金翅鳥(こんじちょう)と呼んで欲しいですわね」

「どちらも同じだろう。翼をもがれたガルダのミーディアムに、誇りなど語らないでもらいたいねぇ。ついでにヒューマンのように振る舞うのもやめな!」


「ここは口汚く相手を罵る場ではないぞ! ヘイロン・カスピアーナ! クルタニカ・カルメン!」


 壮年の男性が檄を飛ばす。鶴の一声が如く、二人は睨み合いながらも口を閉ざす。


「国家の垣根を越えて、全ての冒険者は平等である。そのように教えたはずだ、ヘイロン。魔物の脅威を取り払うまでの例外的な協力体制であったとしても、冒険者を導くべき担当者がヒューマンとのハーフをミーディアムなどと罵ってはならない」

 委縮して、ヘイロンは黙ってその言葉を聞いているだけに留まっている。

「しかし、『風巫女』はともかく『異端』が敵か味方か、悪か善か。それを判断する材料が不足しているが故に、自らが挑発することで心の奥底を引きずり出そうとする精神を叱ることが難しいこともまた事実だ」

 あくまでもヘイロンはギルドのことを思ってアレウスを挑発していた、と壮年の男性は結論付けたようだ。アレウスもその見立てに不満を持つことはない。


 どんな世界にも嫌われ者、嫌われ役というのは存在する。ヘイロンは自らその地位に身を置いているのだ。そうすることで、見えなかったことも見えるようになり、隠されていた真実が表面化することもある。そういった損な役回りを選ぶのは、クルタニカが村人からの不平不満を一挙に背負おうとしたことと同一と捉えられる。アレウスがヘイロンのペースに呑まれずにどうにか自我を抑えられたのも、隣で居直っている彼女の存在が大きかった。

 同族嫌悪のようなものだろうか。クルタニカもヘイロンも似ている部分があるからこそ反りが合わないのである。


「悪いのだが、『異端』よ。我々は君を心の底から信用することは出来ないでいる」

 アレウスは目を逸らさず、言葉を待つ。

「だから今一度、試させて欲しい。敵ではないこと、そして悪に染まってはいないこと。それを確かめる方法は、とても簡単だ」

「簡単……?」

「昨日、ここより二日掛かった先にあるドワーフの里のゲートを何者かに壊された。すぐさま中堅冒険者が調査に向かったが、ドワーフは里の門を決して開いてはくれなかった。この問題について、中堅冒険者から調査を引き継いでもらいたい。我々、ヒューマンとドワーフの親交の証こそがイプロシア・ナーツェの残したゲートだった。それが壊されたということは、友好の拒絶を意味する。今までも何度かあったことだが、里に入れてもらえないことはこれが初めてだ。知っての通り、ドワーフはエルフと同等かそれ以上に他の種族を嫌う。その者たちから信用されることがあれば、『異端』は善であり、そして敵ではないという証明にもなる。だが、この事態はなにせ初めてのことだ。調査を途中で断念しても、我々はなにも問わない。しかし、この街の近くに住まうドワーフたちの信用を更に損ねるような事態となったならば……その時は再度、審問を開き、その胸に刻んでいる物を洗いざらい白状してもらう。出来るな?」

「出来ないと言っても、やらせるのでしょう?」

「その通りだ。『異端』の審問は、その結果でもって決定しよう。以上だ」

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