出席
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ギガースの一件から一週間ほど経って、ギルドから呼び出しを受けた。リスティの顔色は良いとは言えるものではなかった。
「まもなく、ギルド長による審問が行われます。アレウスさんはそこに出席することを求められています」
「どういうことですか?」
「ギガースの一件が、アレウスさんを狙ったものでしたので、正しき者が冒険者になったのか、それともギルドに不幸をもたらす疫病神であるのかを問いたいそうです。ここのところ、あなたが関わるとなにかと規模が大きくなってしまっていることを不審に思っていらっしゃるのです。第三者の意見が尊重されるため、あなたたちを担当している私の口添えは却下されます。その代わり、ヘイロン・カスピアーナが証言に立つでしょう。彼女はこの街の担当者を全てを管轄する権利を与えられていますので」
「あまり印象は良くはないんですが」
「ですが、決して反抗してはなりません。虚偽の答弁も許されません。ギルド長の中には『審判神の眷属』がいらっしゃいます。僅かでも嘘を交えれば、怪しまれるのは必定。ありのままを、ありのままに話して下さい。生い立ちについて聞かれることがあっても反抗してはなりません。私に話した通りに、話して下さい。今回はクルタニカ・カルメンも審問に呼ばれています。あの方は……嘘偽りないことを口にするとは思いますが、口裏合わせも目線でのやり取りで策略を練ろうとしても、『影踏』が見逃さないでしょう。ですので……冒険者としての資格を剥奪されないよう、重々、自身の発言に責任をもって、乗り切って下さい」
「なんでアレウスだけ……私も一緒に」
「アレウスさんを狙ったギガース。この部分が特に重要となっているのです。アベリアさんは入る余地がありません。耐えて下さい」
「……アレウス」
「そんな心配そうな目で見るな。確かに、審問は嫌いだよ……そのまま裁判にでも掛けられるんなら、もっと嫌になる」
「裁判沙汰にはならないでしょう。あなたが、故意に罪を犯すわけがないと私は信じて疑っていませんから」
「それでも異端者裁判では、問答無用で死刑になる」
「……ギルドは異端審問会のように、有無を言わさない機関ではありませんし異端者裁判などギルドが創設されてから行われた記録は一度だってありません」
リスティは強い眼差しでアレウスに理解を求めるよう訴えて来る。これほどまでに「信じて欲しい」という目で見つめられてしまっては、アレウスも疑うことなど出来ない。
「まぁ……口裏を合わせるもなにも、クルタニカさんとそこまでの意思疎通は取れませんし、言われた通り、質問されたことには全て答えるだけです」
「それでは、ご同行をお願い致します」
アレウスはリスティがその後に手配したギルド関係者に連れられて、会議室のプレートがはめ込まれた部屋に通される。
「あら? ごきげんよう、下賤な輩」
会議室では既にクルタニカが椅子に座らされていた。アレウスも着席を求められ、その隣に座る。表向きは会議室として使われることもあるのだろうが、今の机の並びは明らかに裁判所を意識した物となっている。コの字になっている机と椅子。そして七人のギルド長が腰掛けて、二人がクルタニカとアレウスの後方に立ったまま動かない。どうやらこの二人はアレウスたちが逃走を企てた場合に即座に捕らえるために用意された警備の者らしい。そして、その内の一人はリスティの言っていたように黒衣の男――『影踏』であることも入った時点で把握出来た。ギルド長と同じように腰掛けているのは、煙草の煙を燻らせている担当者――ヘイロン・カスピアーナである。合わせて十人。
この十人が、真偽はともかくとして審問を行うようだ。
「『影踏』さんは仲間なんじゃないんですか?」
「パーティを組む上では仲間ですわね。ただ、冒険者以外の仕事となれば関係性は変化するものですわ」
「私語は慎め、『風巫女』と『異端』。それ以上の会話はこの審問が終わってからにすることだ。無実であることを証明できれば、だが」
「またまた御冗談を仰いますのね。わたくしが一体、どのような利益を求めて罪に抵触するようなことをするんですの?」
『影踏』はクルタニカの質問には答えない。
「これより、審問を開始する」
アレウスから見て中央。全てのギルド長よりも先に宣言をした壮年の男性が、この中では最も発言力のある人物と見て間違いないだろう。
「まずは簡潔に済ませられるであろう、クルタニカ・カルメンから。称号は『風巫女』。ランクとレベル共々『上級』の彼女から始めさせてもらおう」
「今回の依頼で、おかしな点は見られたか?」
「どこにもありませんでしたわ」
「本当か?」
「審判神の名の元に、間違いありませんと言いますわ」
壮年の男性は視線を左右に送る。どうやらその二人がリスティの言っていた『審判女神の眷属』であるらしい。
「その言葉に嘘は無い」
「嘘を言っているようには見えません」
「そうか。では次に、『風巫女』? 村へ向かうまでの道中でなにか気付いたことはあっただろうか?」
「気付いたこと……特にありませんわね。いつもと同じように、死者の魂を昇天させるための一手間と考えておりましたわ。気掛かりであったのは存命である村人が、わたくしたちの到着までに死なないかどうか。それでも馬も人種も休ませなければ最大限の力を発揮することは出来ませんわ。日数を意識して延ばしたつもりもありません。わたくしが、必要だと思ったから一日掛かりの往路となりました」
壮年の男性は再び左右のギルド長を見る。反応が無いことを確認し、両腕の肘を机に着け、顔の前で手を組む。
「何故、あの村は滅んだ?」
「ギルドのゲートが無い村であったことと、村人が弱った魔物を弄んだことで反感を買ってしまったのです。特に群れとしての意識が強いガルムであったことと、その飼い主のコボルト、そしてそれらを束ねるオークが近場に潜んでいたこと。これらが連鎖し、全ての不運は崖から転がり落ちるが如く、止まらなかった。そう、自分の中で結論付けておりますが」
「では、村を意図的に襲わせようと企てる者が、村の内部に居なかったと言い切れるか?」
「不可能ですわ。全ての村人が正直に全てを白状したとは考えておりません。あくまでわたくしの見解であり、わたくしが纏めた結論です。それに、そのような輩は魔物が村を襲撃したその時には、既に村から出ていると考えられます。自分自身まで襲われてしまっては、元も子もありませんもの」
「魔物の構成に違和感はあったか?」
「いいえ。オークによく飼い慣らされるのはコボルトの特徴ですわ。そしてそのコボルトは外見が似ているためか、ガルムのような狼型の魔物を飼い、そして扱うことが多くあります。これにゴブリンが混じっていたのなら、少しばかり気掛かりになっていましたわね。オークとゴブリンは仲が良いように見えて、悪いんですもの。とは言え、場合によっては群れることもあります。ですが、ゴブリンとコボルトが仲良く同じテリトリーを管理することはあり得ません。よって、ゴブリンが出て来なかったのですから、魔物の構成に違和感を覚えることは無かったと言えます」
「良いだろう。では復路について問う。馭者は三名ほど死んだ。死ななければならない運命にあっただろうか?」
「運命などという言葉を軽く用いることは好みませんわ。ですが、致し方の無い犠牲であったかどうかと訊ねられたならば、わたくしがもう少し後方に注意を向けているべきでしたと猛省しております。死体の管理、確認、そして埋葬。疲れ果て、復路においては魔物が出て来ないと決めて掛かりました。なにより、将来を有望視された多くの冒険者が後方の馬車には乗っている。彼らが僅かの異変も感知しないわけがないと思い、気を抜いてしまいました。それ故に、冒険者でもない馭者が三名、命を落としてしまった。これに動揺し、わたくしは全ての馬車が安全圏へと離れるまでの指揮を行いました。冒険者は甦る。けれど、馭者は甦らない。犠牲者を出したくないあまりに『異端』、『泥花』、『純愛』、『影宵』への加勢が自身でも怖ろしいほどまでに遅れてしまったと思っております」
「遅いとはどれくらい?」
「十五分ほどでしたわ」
「十分だと女神は仰っておりますが? 何故、五分余計に申告したのです? 自身でも十分程度と把握しているのでしょう?」
クルタニカが僅かに表情を曇らせる。
「長く申告し、自身の罪悪感から逃れようとしたために、勝手に口から出てしまいました。申し訳ありません」
「即ち、もっと早くギガースの元に駆け付けることは出来たのだな?」
壮年の男性が話を詰めて来る。
「はい」
「何故、そうしなかった?」
「何故……何故と問われれば、答えは一つしかありません。わたくしは、襲撃時において仮眠を取っておりました」
「どうして黙っていた?」
「そう質問されてはいなかったためです」
「キャラバンにおいて、全てを統括するリーダーが、肝心な時に眠っているとは」「そして問われなかったからと隠し通そうとした」「五分を余分に盛ったのは、起きてすぐに対処が出来なかったためか」
「静まれ」
その一言で、全員が口を閉ざす。
「『御霊送り』も行っている。『風巫女』は統率する者としての役目を十二分に果たしていた。往路は、街へと帰る道。一度通った道であるのだから、気が緩むのも仕方が無いことだ。冒険者もまた人種なのだ。いつまでも起きていることも出来ん。いつまでも緊張の糸を張ることも出来ん。睡眠を罰しては全ての冒険者から非難を浴びるのは我々だ。だが、眠っていたことを恥じたのもまた事実か……」
「眠っていたことを明かすなど、わたくしのプライドが許しませんでした。申し訳ありません」
「難儀な物だな、プライドとは……審問の結果は言うまでも無い。『風巫女』、クルタニカ・カルメン。以前より『御霊送り』が必要となる依頼を優先的に受けている功労も含め、慢心せずに高みを目指すことを誓うのであれば、今回の一部キャラバンの崩壊についてはこれ以上の詮索を無いものとする」
「神聖なる女神の眷属として、誓いますわ」
どうやらクルタニカのキャラバンにおけるリーダーの質やギガースの襲撃における半壊については、不問とされたらしい。
「では……こちらは長くなりそうだな、『異端』よ」
アレウスは睨みの利いた視線を浴び、息を呑む。
「冒険者になる前のテストにて捨てられた異界で生存、冒険者になってから捨てられた異界から冒険者を救出。そして異界獣の住まう異界で死なずに救援が来るまで耐え忍んだ。初級において、計三回の渡りを行っている。クエストも中級に上がる前に二回……こちらも無難にこなしている。優秀であることは言うまでも無い。しかし、これら全てが作られた結果であると疑う者もいる。やっかみの一つであるとも言えるが、今一度問う。『異端』、アレウリス・ノールード。自らの功績のために異界を利用し、罪無き人々を巻き込み、死なせたのではあるまいな?」
「絶対にありません」




