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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第2章 -大灯台とドワーフ-】
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朝はやって来る


 早朝、外で寝ていたアレウスはヴェインに起こされて、村人たちを近くの街へと送り届けるキャラバンが到着したことを知らされた。共に小川に行き、髪を整えたり歯を磨いたりと支度を済ませる。馬車に戻る前にアレウスは例の悩みを打ち明ける。


「…………娼館に行くのはどうだろう? 俺は行ったことが伝わったらエイミーに殺されるから歓楽区には近付くことさえ出来ないけれど」

「そう言うだろうなと思った」

 冗談抜きで、その回答が来ることは想定していた。


「でも、アレウスがそんなことで悩むなんて思わなかった。もっと性に関しては奔放で良くないかい?」

「ヴェインがそう言っていたと今度、あの村に立ち寄ることがあったならエイミーさんに伝えてやる」

「俺の冒険が終わってしまうけど、それで君は満足なのかい?」

「満足じゃない。冗談を言っただけだ」

「女性とは縁が多いじゃないか。俺みたいに婚約者が居るわけでもないんだから、それほど悩むことなのかい? 貞操観念が堅過ぎるよ」

「そうだろうか?」


 言われてみれば、確かに自分自身の考え方は一つ前の人生に大きく引っ張られている。この世界はあの世界に比べて性に奔放である。ならばアレウスもまた、この世界に染まってしまった方が良いのではないだろうか。


「ただ、沢山の女性と関係を持つと、修復不可能になる話はよく聞くから気を付けるようにね」

「まずその段階に至れていないのにどうしてその心配をされなければならない?」

 もしも、仮に自分がその立場に置かれるようなことがあれば、その時にヴェインに相談している。

「あとは病気にも気を付けなよ? 特に娼館を利用する場合は」

「……なんだろうな。根本的な解決に至れていない気がしてならない」

 関心事を別のことに向ける。そうすることで自身を律する。その方向で考えていたのだが、敬虔なる僧侶であるはずのヴェインによってアレウスは性を解き放たれてしまいそうである。


「でも、結局、そんなのはアレウスが抑える抑えられないって話じゃないと思うよ。色んな要素が絡まり合ったら、どう頑張ったって律せないと思う。むしろそうやって律することに集中してしまうと、余計にふしだらなことを考えるようになってしまう。君は女性との経験を経て、馬鹿になりそうなタイプでもないだろう?」


「いや、分からない。ひょっとしたら、駄目な男になってしまうかも知れない」

 そこのところは前世であっても未経験だった、はず。アレウスは記憶というよりも夢の世界のようになってしまっているそれを必死に思い出しながら、不安げに呟く。

「なにもかもを否定すると、俺はなにも助言してあげることは出来ない。娼館をそこまで駄目だと言うのなら、条件を決めてしまえば良い」

「条件?」


「自分自身が定めた条件を満たす女性を見つける。或いは、条件を達成したのなら、アレウスも覚悟を決めるってことだよ。その方が気持ちとしては楽だろう?」

 言い方の一部がアベリアやニィナを気遣っているような物だった。しかし、考えてみれば自身がこんな相談を持ち掛けるということは、ヴェインは必然的にアレウスの周囲の女性について想像するはずである。なのでその二人を意識した発言をするのは不思議なことではなかった。


「不安ではあるけど、無いよりはマシか」

「そうそう。後ろ向きより前向きに考えた方が良い。君は女性から見れば……性格を除けば、頼れるところがあるんだから」

「今なんか、物凄く気を遣われた気がするんだが」

「いやだって、アレウスの要求するレベルって割と高いから……ああ、違うよ? 女性の容姿のレベルの話じゃないよ? 冒険者として、求めるレベルのことだよ?」

「なにを必死に訂正しているんだよ」

「性格が捻くれているから変な意味に捉えられると困るから」

「困っているのは僕の方だ……まぁでも、なんだろう。こんな変な相談に乗ってくれただけでもありがたい」

「もっと深刻な話をされると思っていたから、意外で面白かったよ」

「面白いとか言うな」

「女性経験が豊富だからって冒険者の資質が上がるわけでもないからね。そこのところは見誤っちゃ駄目だ。俺は相談してくれたのなら、この手の話題でもうそれを(けな)さない」

「これからも何度か相談するかも知れない」

「だから、それくらいの相談なら幾らでも乗れるよ。俺はてっきり……いや、これは話さない方が良いな。またリスティさんに下世話なことは話すなと怒られてしまう」

 なにか本当にどうしようもないことを考えていたんだろうなとアレウスは言葉の端々から察する。

「僧侶のクセに、そういう話が好きなんだな」

「冒険者の職業としての僧侶だからね。冒険者じゃない本物の僧侶のようにはなれないよ」


「早くに許嫁を決めてしまって後悔している?」

「してはいない。選んだことへの後悔なんてあるはずもない。ただね、娼館は一度でも良いから経験してみたかったよ」

 それはギリギリ後悔しているのではないのだろうかともアレウスは思ったのだが、本人がしていないと言い張るのならそれを尊重するべきなのだろう。変に茶化して、本当に娼館に行かれでもしたらアレウスはエイミーにどう釈明したら良いか分からなくなってしまう。


「アベリアやニィナ、あとシオンさんにはこういう話はするなよ?」

「するわけないじゃないか。俺はそこまで場を弁えないわけじゃない。男同士でしか話さない」

「お前の視点からだとアベリアとニィナは、あとシオンさんはどう映る?」

「アベリアさんはどこからどう見ても美人だよね。ニィナさんは体が引き締まっている。シオンさんはあの黒衣の下に一体、どんな体を隠しているのか、興味があるよ」

「手、出すなよ?」

「だから出さないって……はぁ、君も俺のこういうところは貶さないで欲しいな」

「……そうだな、しないように努める」

「俺が話したからにはアレウスにも個人的な意見を聞きたいな。彼女たちをどう思っている? 体型についてでも良いし性格でも良いし、なんなら好意を寄せているのか否かの話でも良いよ」

 開けっ広げに話されてしまったのでアレウスも白状するしかないようだ。


「アベリアはずっと一緒に居たから、体付きとかを意識したことはないけど美人だとは思っている。ニィナは冒険者として良い体をしているし良い性格をしていると思う。シオンさんは、なんか独特の雰囲気があるからあんまり近付きたいとは思わない……って言うか、こういう評価ってさ、していることがバレたらドン引きされるんじゃないか?」

「そうは言ってもさ、アレウス? 男がこんな風に話すんだから、女性の間でも絶対に評価されていると思うよ。俺は臆病者だとか、婚約者が居るから手を出して来ないだろうから安心して眠れるとか、アレウスは性格が捻じ曲がっているけど言うことはしっかりしているし、頼れるところがあるとか」


「暗に僕の性格の悪さを言うな」

「アレウスのは性格が悪いんじゃないんだよ。性格が悪いって言うのは、もっと人を陥れようとしたり、平気で嘘をついたり騙したりするような輩だと思うから。それで悩みに悩んで、捻じ曲がっているとか捻くれているってみんな言うんじゃないか?」

「それでもちっとも褒められている気はしないけどな」


 話すだけ話したところで丁度、焚き火のところまで辿り着いた。アベリアたちも起きて、髪はまだ完全には整え切れてはいないようだが温かいスープを飲んでいた。


「おはよう、アレウス」

「ああ、おはよう」

 アレウスは微かに感じた視線に反応し、辺りを見回す。

「さっき、何人かの冒険者がアベリアに話し掛けに来ていたのよ」

 その視線の正体についてニィナが語る。

「昨日の御霊送りが綺麗で可愛かったからね。名前だけでも覚えておいて下さいってみんな言っていたよ」

「なんて答えたんだ?」

「当たり障りない感じで……ハッキリ断ると、冒険者同士で波風が立ってしまうから……リスティさんに言われた通りの対応をしたけど」

「あれは完璧な言い方だったよ。肯くでもなく首を横に振るでもなく、まさに風でも掴むかの如く、みんなはアベリアちゃんへの手応えは全く感じていなかったと思う」


 シオンが言う上にニィナまで「うんうん」と肯いている。ならばアレウスもあまり邪推してはならないだろう。


「これからもそういう感じで頼む」

「アレウス君も誰かに言い寄られたりしていないの?」

「されていたらどうしろと言うんです?」

「アベリアちゃんに訊ねるんだから、ちゃんとアレウス君も報告はしないと平等じゃないなって」

 理屈としては通っているのだが、クルタニカとの一連のやり取りについて語る勇気はアレウスにはない。

「この僕にわざわざ自分から声を掛けて来るような人は居なかったよ。居たとしても、僕は疑うところから始めるからそんなすぐにどこかの誰かと語らえる仲にはならないし、なれない」

 そう言ってみせると、アベリアは安心したかのように息をつく。


「外見は良いのに中身が捻くれているからかしら」

「どういう意味だ?」

「あなたとパーティを組んだり、仲良くできる女性は大変だなって話よ。もっと私たちに感謝しなさい。特にアベリアに」

「感謝はいつもしているし……え、伝わっていないのか?」

 アベリアとニィナが首を縦に振る。シオンが「クククッ」と必死に笑いを堪えていた。

「こんな僕に付き合ってくれていてどうもありがとうございます」

「心がこもっていないわ」

「もっと気持ちを込めて欲しい」

「調子に乗り過ぎなんだよ」

 ヴェインがスープの入った皿をアレウスの分も持って来て、手渡して来る。感謝の言葉を述べ、アレウスはそれをゆっくりと飲む。


「あとは帰るだけだね」

「そうですね」

 アレウスはシオンに相槌を打つ。

「正直、オークと出くわした時にはさすがに死ぬんじゃないかしらって思ったけど」

「アレウスとヴェインが居てくれて良かった」

「特にヴェインは真正面から受け止めていたからな。あれは戦士を経験した僧侶じゃなきゃ無理だろうな」

「担ぎ上げたところでなんにも出ないよ」


 ヴェインは大げさなリアクションを取ってみせる。そうして全員がスープを飲み終えて、馬車に乗り込み、馭者の準備も整ったため、キャラバンは街へ向かって出発する。

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