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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第2章 -大灯台とドワーフ-】
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前衛としての正しさとは、後衛の見る景色とは

 村の正門まで戻ると、死体は大型の手押し車にもうほとんど乗せられていた。ヴェインに「みんなは休みなよ」と言われたので座り込む。彼はアレウスの代わりに死体を積み込む作業に加わる。休めと言われたので、仕方無くと言った具合にアベリアとニィナ、シオンも座ってその様を見届けた。


 積み込みが終わるまでのおよそ五分ほどの休憩だったが、戦闘のために張り詰めていた緊張の糸が切れ、余計な力は抜くことが出来た。その後、来た道と同じ手順で引き返し、無事にキャラバンのキャンプ地点に到着する。森に隠れていた村人はキャンプ地点で休んでいたが、アレウスたちが戻って来たことで一気に詰め掛けて来る。


「まだ少し時間が掛かりましてよ? ゆっくりとお休みになられて下さいませ」


 これから手押し車から死体を降ろす作業がある。一人ずつ広い街道に並べて行かなければならない。瞼を閉じさせなければならない上に場合によっては布を掛け、損壊の酷い部分を隠す必要も出て来る。だからクルタニカは素早く、村人たちを手押し車から遠ざけるように割って入る。


「元はと言えば冒険者が私たちを守ってくれないから!」

「助けに来るのが遅すぎるんだ」

「俺たちの大切な娘が、娘が……」

「息子を返してくれ! どうしてもっと早く来なかったんだ!」


 帰って来て早々に、散々な言葉を浴びせられる。死体の回収という、精神的にも肉体的にも疲労する仕事を終えた直後にこれは堪える。誰のために、なんのためにこのような過酷な依頼を受けたのかさえ曖昧になってしまいそうだった。


 物乞いや浮浪者と同じ理屈である。助けてもらった瞬間に、謙虚さは失われて傲慢さが生じる。

 人種に潜む醜い部分をアレウスは見て、思わずなにかを言い掛けたのだが、アベリアに口を手で塞がれ、押さえ込まれた。


「わたくし!! クルタニカ・カルメンの話はまだ終わっていませんことよ!!」

 杖が空間を裂き、吹き荒れる風が村人を押し退ける。彼女の衣装全てが風を受けて揺らめき、金の瞳は悲しみと怒りの両方を秘めた輝きを見せる。

「冒険者のせいだと言い切るのは構いませんことよ? それがあなた方の卑しさから出て来る象徴のような台詞ですもの。わたくしは何度も耳にしていますわ。冒険者が遅い、冒険者のせい、冒険者が悪い……ええ、どれもこれも否定は致しませんわ。なにせ現状がこうであるのですから。けれど、冒険者の精神までもが特別であるなどと思ってもらわれては困りますわ」

 言いたいことをクルタニカが代弁してくれたので、アレウスは抵抗をやめ、アベリアは手を()ける。

「わたくしは冒険者として後衛を務めております。これがどういうことかお分かりになります?」

 クルタニカは村人に近付き答えを待つが、その者がなにかを語ることはない。

「仲間の死、ですわ」


「仲間……の、死……か」

 反芻するようにアレウスは小さく呟いた。想像していなかったわけではないのだが、ここまで力強く言い切られると前衛として思うことが沢山、生じる。


「前衛がわたくしたち後衛を守るために死んで行くのですわ。確かに冒険者は甦る。甦ることは分かっていますのよ? けれど、仲間の死体をわたくしたちは間近で見なければならない。たった一つ、たった一度の歯車の噛み合わせの悪さ。それだけで、冒険者は死にますの。これは前衛の冒険者の皆様方にも言いたいことですから言わせてもらいますが、死して後衛の仲間を守ったなどということを英雄譚のように語るのはおやめなさい。そんなことをされてしまっては、わたくしたちは前衛の仲間が死に様を見てから死ぬか生きるかの瀬戸際に立つ。潰れた仲間の死体を、切り裂かれた仲間の死体を、焼け焦げた仲間の死体を、何度も何度も何度も見る! 甦ると分かっていても、見なければならない!」

 手を震わせ、言葉の力を強く伝えるためにクルタニカは続ける。

「とは言え、後衛もたまには先に死にますわ。わたくしも何度も先に死にましたもの。けれど前衛の皆様方は後衛のわたくしたちよりも、とても精神面が貧弱で、わたくしたちの死を見て、耐え切れなくなり冒険者を辞めてしまう……! なのに己を省みず、前衛の皆様方は死んで行く! 後衛のわたくしたちが先に気付き、先に死ねば激しく怒りますのに、わたくしたちには怒る権利すら与えられていない!」


 クルタニカの主張はあまりにも胸に刺さり、他の冒険者もアレウスと同じように顔を俯かせていた。


「村の方々も同じですわ! 冒険者が近付くなと言ったのに近付き、魔物に襲われて死に! 止めたにも関わらず勝手に付いて来て、やはり死ぬ! 村の方々から話を聞きましたわよ? 傷付いたガルムを弄ぶように狩りの玩具にしていらしたと! 何故、そこで魔物から顰蹙(ひんしゅく)を買うだろうと思わなかったんですの!? 素直に帰していれば、少なくともコボルトまでもが揃ってやって来ることも無かった! 目撃情報として口にされた魔物――オークが村にまで足を運ぶことだって無かった! それら全ての責任を、わたくしたち冒険者にまで押し付けられてはたまったものではありませんわ!」

「村を守ってくれるのが冒険者の役目だろう?」

 村人の一人がそう口にした。

「冒険者は無条件でなんでも言うことを利いてくれる者たちではありませんわ。魔物の脅威をよく知り、理解し、手を出さず、ギルドに報告する。たったこれだけのことが、どうしてどこの村でも、どこの街でも住まう方々は出来ないんですの?! 自己防衛としての知識を持ってからそのようなことは仰って欲しいですわね!」

 クルタニカは村人の言葉を一蹴する。

「しかもあなた方は甦らない! その死体を見て、また冒険者は責められ傷付き、心を病んで辞めて行く! わたくしたちはこの肩にどれだけの死を積み重ねて行けば、あなた方に認めてもらえるんですの? この肩に、どれだけの死を積み重ねれば、わたくしたち冒険者は安らぎを得ることが出来るんですの? 死を前にしたその時から、もう安らぎなどわたくしたちには与えられないと言うのに!」


「クルタニカがあんなに怒っているところ、初めて見た」

「自分に反感を集中させるためだ」

「え?」

「ああやって、村人の文句を言って、自分自身に怒りの矛先を向けてもらう。そうすることで自分にだけ罵声が飛ぶようにしているんだ。死体運びに参加しなかったことで溜まっていただろう冒険者たちに対しても無礼を承知で物言いをして、怒りを集中させてガス抜きをする。自分自身を恨み、憎んでもらうためだけに感情を吐露して叫ぶ」

「……そんなの、ズルい。ありがとうしか、言えなくなる」

「全ての村人が恨んでいるわけじゃない。全ての冒険者が恨むわけでもない。だから、僕たちは心の中でクルタニカの真意を知った上で、ちゃんとその言葉を胸に留めておかなきゃならない」


「村人や街人の死体も、冒険者の死体も、魔物の死体も、そして自らの死すらも積み重ねて、このクルタニカ・カルメンは立っていますのよ。わたくしに暴言を吐くならばお好きになさってもらって構いませんわ。けれど、そのような愚鈍なことをしている暇などあなた方にあるとは思えませんけれど……それでもと仰るのなら、わたくしはあなた方に選択を求めますわ。ここで、わたくしに怒りをぶち撒けるか、それとも再びその手に希望を掴み、人としての道を歩むか。さっさと決めなくては明日になってしまいますわ。勝手にお決めなさい。『御霊送り』もありますのよ? わたくしに答えを待っている暇など、ありはしませんの」


 クルタニカは手押し車に乗って、積み上げられた死体の一つ一つを降ろす。その姿を見て、最初にシオンが動き出し、それに続いて冒険者たちが死体の積み降ろしを始めて行く。アレウスたちもなにも言わず、手伝った。

 日が沈む頃にはその作業は完了し、続いて村人が死体の確認を始めた。


 各々が明日を迎える準備をする中で夕食の支度が済み、アレウスは皿に盛り付けられた料理を手に仲間の輪へと戻る。


「アレウス? 君はまだ沐浴を済ませていないのかい?」

「順番待ちだっただろう? なるべく最後の方で良いと言ったら、夕食後になってしまった」

「悪臭を漂わせながら食事しようなんてよく思えるわね」

 沐浴と着替えを済ませたニィナはイヤミなことを言って来る。

「とは言え、私たちはある意味で死に掛けのところから助かったことがあるから、どんな臭いを発してようと耐えられるけど。あの時もちょっと気が狂い掛けるくらいに自分の臭いが酷かったし」

「どんな臭いの中でもお腹は空くんだから驚いたものだよ。食事が喉を通らないなんてよく言うけれど、俺には無縁かな。繊細なんじゃなくて、鈍感なだけだろうけど」

 しかし、ニィナもヴェインも自身の主張を最後まで言い切り、輪から離れようとはしない。


「あたしも食後になっちゃったんだよね」

「譲るのも礼儀だろうけど、たまには欲張った方が良いですよ」

 ヴェインはシオンに言いながら野菜を口に入れる。

「特にアレウスは」

 食べていた物を飲み込み、付け足して来た。

「まぁ、そうする」

 肉厚で油の垂れる肉を頬張り、その美味しさに舌鼓を打つ。これまで肉はほとんどを保存食にして来た。調理の仕方もアベリアと合わせて芸が無かったため、これだけ下処理と味付けのされた肉を食べるのは久方振りである。

「ヴェインの家では肉が出て来なかったな」

「あれはたまたまだよ。職業としては僧侶をやっているけど、エルフやドワーフには申し訳ないけど食事制限は掛けていないからね。教会育ちじゃなければヒューマンの神官もほとんどが肉を食べているんじゃないかな」

「だからヒューマンよりドワーフ、ドワーフよりエルフの方が魔力の質が高くなる。獣肉(けものにく)は魂を穢す要因らしいよ」

 言いながらシオンも肉に齧り付いていた。


「死体を見たあとでよく肉が喰えるな」「あいつらには人の血が流れていないんじゃないか?」「冒険者としての資質を疑うわ」


 なにやら心無い言葉がぶつけられる。ニィナとヴェインが心配そうにアレウスとシオンを見つめて来る。目線だけで大丈夫であることを告げて、肉を食べる。

「他人の発言で自分の本質を捻じ曲げちゃ駄目だよ。アレウス君はそのまんまが良いんだから」

 そう言って、シオンも同じ調子で肉を食べていた。

「言わせるだけ言わせておいたら良いのよ。肉を食べることが悪いんだったらそもそも料理として振る舞われないし、死体のせいで肉を見たら胃に来る冒険者なんて、肝っ玉が小さすぎるわ……と、肉を食べられないでいる私が言っておくわよ」

 小さな声でニィナはフォローを入れようとして来る。

「衝突は避けたいからな。ここは聞き流すよ。耐えられるし、乱闘騒ぎにはならないよ。そんなことが起こったら死者に失礼だ」

 強がって見せる。しかし、本当に強がりなのかどうかは怪しい。こうして肉を食べている時に死体のことを思い出しても全く吐き気を催さないし、先ほどの心無い言葉を浴びせられてもちっとも心が震えなかった。


 重要な部分が欠けているのかも知れない。人種らしい考え方を五年間、培って来なかった弊害だろうか。だが、それを考え始めてはキリが無い。こんなことは何度も考えて来た。その度に答えは出なかった。だったら、考えない方が楽なのだ。

 なにより、難しいことを考える時はアベリアが傍に居てくれる方が良い。いつも二人で考えて、そうして答えを出して来た。分からないことは互いに最終的に分からないと言って、有耶無耶にして来た。そうすることで、難しいことへの思考を負担し続けて来たのだ。


「……ちゃんと考えているはずなのに、いつもアベリアが居ないと落ち着かない……か」

 アレウスは呟きつつ、料理を胃に収めて行く。

「そう言えば、アベリアはどこに居るの?」

「『御霊送り』でクルタニカの手伝いをさせられるとかなんとか。本人がやる気だったし、僕に断る権利は無い。上級が僕たちを気に掛けてくれているだけでありがたい話だし、そんな人から頼まれたらそもそも断りようも無いだろう」

 気に掛けている、という言葉を遣う際には少しばかり戸惑いがあった。ルーファスであったならそれを口にすることは容易かったのだが、果たしてクルタニカはアレウスたちをそのように捉えているのか、まるで分からないのだ。


 戦闘においては心強く、冒険者としてもアレウスが知る限りではこれ以上無いほどの魔法の使い手だろう。しかし、日常面においてはアホの子というイメージが強い。どちらが演技でどちらが素なのか、それともどちらとも素であるのか。なんとも掴み辛い相手で仕方が無い。


「始まるのは午後十時だ。まだ時間もあるし、食べ終えたから沐浴をして来るよ」

「一人で大丈夫かい?」

「これだけ冒険者が居るんだ。なにかあった時は叫べば助けには来てくれるだろ。ちゃんと『身代わりの人形』も持って行く。死にはしない」

 そう言って仲間の輪から抜けて、アレウスは料理を平らげた皿を配膳してくれた馭者の方々にお礼を言いつつ手渡し、衣服の着替えを馬車から取って、小川へと向かう。


 日が落ちてもまだ穏やかな温もりが空気には宿っている。これからどんどんと暑くなる。沐浴は冷え込む季節に入るまでは問題無く続けられるだろう。

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