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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第2章 -大灯台とドワーフ-】
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思考ではなく行動で示せ

「間に合ったかしら?」

 ニィナが屋根の上からアレウスに声を掛けて来る。

「ガルムとコボルトの数の把握と、他の冒険者が襲撃に備えての準備。そういうのを色々していたら、鏑矢を遅くなってしまったわ。御免なさい」

「念には念を入れてくれているんなら、僕は……いや、僕たちはその遅さを悪いとは思わない。他の冒険者はなんやかんや言って来るだろうけど、気にしなくて良いよ。自分が正しいと思っていることをやったのなら、その正しさにだけ焦点を合わせ続ければ良いんだから」

 アレウスは短弓から剣に持ち替える。


「ラッシュを掛ける。一匹は仕留めてやる自信がある。二匹倒せるかは分からない」

「普段言わないことを言っているから、アレウスを信じて良いと思う」

 アベリアが即座に迎合して来る。

「俺も信じるよ」

「オーガの時より確実ならやってやるわ。って言うか、なにかしろって言うんならもうやる気だけど」

「見せてよ、アレウス君。なにをやり遂げるのか、このあたしに」


「シオンさんは呪いを解いて、そのあとでニィナは矢を射掛けてオークの進行を遅らせろ。アベリアは“沼”の言霊を準備」

「解くの?」

「掛け直しは出来ます?」

「罠みたいなものだから、やれると言えばやれるけど」

「だったら、解いて下さい。そして、ここから一つ脇道がある地点までアベリアたちと一緒に後退して、掛け直す準備をして下さい。多分ですけど、二十秒は稼げます。この通路が狭くて助かりました。二匹が同時に襲い掛かるにしては狭過ぎるので、僕は避けやすく相手は動きにくい」


 息を整える。


「二十秒で、準備を完了させて下さい。それ以上は僕とニィナも稼げないですから」

「りょーかい。じゃ、解くわよ?」

 シオンがアレウスに同意を求めて来るので、肯く。オークたちに掛けられていた呪いが解かれ、急激に足が軽くなったことで前のめりになりつつも、決して倒れることはなくそこから体勢を立て直し、吠えながらアレウスに迫って来る。


 ヴェイン、アベリア、シオンが後退したことを感じ取りつつ、アレウスは剣を構えたまま右に左にと身を揺らし、まず一匹目のオークの一撃をかわす。そこにニィナの矢が何本も射掛けられ、それに気を取られている内に足元へと入り込む。二匹目のオークがアレウスを攻撃しようとしているが、その石の剣を振るえば己の横に居る同胞に当たってしまう。それを知っているためか、振った一撃は緩やかで避けやすいものだった。足元で攪乱するアレウスに苛立ち、蹴り飛ばそうとして来たため、剣の平で受け止める。衝撃を吸収し切れずに剣諸共、弾き飛ばされる。石畳で体を打ち付けながらも立ち上がり、即座に振るわれた鋭い一撃を左に跳ねて避ける。

 ニィナの矢が再び降り掛かる。吠えて、一匹がニィナ目掛けて石の剣を投げる。彼女は跳躍してそれをかわし、宙返りをしつつ矢でオークの喉元を射抜きつつ、別の屋根に着地する。

「どれだけ肥え太って、脂肪を溜め込んでいるのよ。ちゃんと刺さってんのよ? 死になさいよね!」

「苛立つなよ。苛立つと、避けられないぞ」

「あんた、さっきの足蹴りを受けて筋肉が千切れたんじゃないの?」

「よく分かるな。握ることは出来ても、右腕で物は振れないな」

 石の剣なんて武器を持っていなくとも、オークの膂力(りょりょく)そのものが兇器であることを思い知らされつつも、アレウスは苦々しい表情を浮かべてはいても回避に専念する。ニィナの援護もあって、回避するのはそう難しくはない。しかし、足元には長居しては行けない。もう一度、足蹴りを受ければ今度こそ動けなくなってしまう。

「もう二十秒経つわよ!」

「そうだな」

 オークが適度に怒りを露わにし、突撃を開始したのを見届けてアレウスが全速力で背中を見せて逃げる。逃げて、一つ地点を移動する。


「我が名において宣告する。“走ること(あた)わず”」


 短刀のラインを越える。再びオークたちは緩やかに走る速度を落とし、歩くことしか出来なくなる。

「アベリア!」

「“沼に、沈め”!」

 合わせて、アベリアの魔法が発動する。ただし、ここで想定外のことが起こった。オークを一匹、泥沼から逃れ出たのだ。反応したわけでもなく、アベリアの魔法に対抗したわけでもない。歩く力だけで抜け出てしまった。


「どうするんだい?」

 ヴェインはもう自身のやるべきことを把握しているようだったが、切迫した状況になってしまったためにアレウスに判断を求めて来た。

「構わない、やれ」


「“空気よ、二方より集まり給え”!」

 オークへとヴェインの補助魔法が掛かる。水中ではない以上、オークに掛かるのは自身の体重の二倍の負荷である。肥え太ったオークにとって、これ以上無いほどの重量が圧し掛かり、やがて一匹は泥沼に膝を降り、前のめりに倒れた。


「やれるか?」

 屋根の上に居るニィナにアレウスが問い掛ける。

「やるわよ。そっちをどうにかしなさい」

「あたしも手伝う。泥で動けなくなった方は確実に仕留める」

 シオンも屋根に登って、高所からの攻撃を開始する。


「二倍の負荷を受けつつ、呪いも掛けられているのに動く……か」

 アベリアとヴェインには魔法を使ってもらっている。回復を求めるのはタイミングが悪すぎる。その間にオークに距離を詰められれば、回復が意味を成さないほどの一撃を受け、死にかねない。

 右腕の違和感は拭い切れないが、それは体に負荷が掛かって思うように動けないオークもまた同じである。魔物と同等の土俵に立つのは冒険者らしくない。魔物を倒すためならばあらゆる優位を利用する。


 だが、下がれない。下がればアベリアとヴェインに石の剣が振るわれる。


「前衛は、死ぬ気で死なないように考えて動け……」

 己に言い聞かせながら、剣を向ける。


 オークが吠えながら一撃を振り下ろす。避けて、足元に行く。それを読み取っていたかのように足が動く。蹴り飛ばされる寸前で石畳の上を滑るようにして股を抜ける。背後を取り、その踵を切り裂く。腱まで切ったつもりだったが、脂肪に阻止されてしまった。

 だが、この時、アレウスは一番大事なことを忘れていた。前衛としての責務を、股を抜けたことで放棄してしまった。オークを間に挟む形となり、場合によってはアベリアに向かってしまう。ヴェインはそれを早急に察知したため、彼女より前に出て魔法に魔力を注ぎながらも身構えた。


 一人で戦っているのではないことを改めて自覚し、自身に向けて舌打ちをしつつ、振り返り様に撃ち込んで来る攻撃をかわす。石畳が割れて、礫が体を打つ。しかし構わず、再び股の間を抜けて、背後を取る。振り返った際に振るわれる剣を紙一重でかわす。これで再び、前衛の務めを果たすことが出来る。だが同時に、背後を取るなどの不意討ちは不可能になってしまった。

 真正面からオークと対峙しなければならない。それはアレウスにはやや不得意な分野である。


「不要な動きだったな……今のは……」

 汗が頬を伝って、その場に落ちる。思った以上に焦っている。同時に、寒気が走った。今の失敗は精神的に来るものがある。基礎中の基礎をないがしろにしたのだ。アベリアとヴェインが死んでいたなら、立ち直れないレベルの凡ミスである。

 自らの落ち度に猛省をする。だが、そのおかげで真正面から戦うことへの苦手意識が和らぐ。


 絶対に引き下がってはならない。強い意志でもって、オークに立ち塞がる。


「ミスはミスと思い続ける限り、誘発する……」

 リスティの言葉を思い出し、そして口にして調子を整え直す。

「お前にとって一番大切なのは、なんだ?」

 豚の魔物に問い掛けるが、返事は吠えるだけであって読み取れない。しかし、豚特有の動きを見せた。アレウスは不敵な笑みを浮かべて走り出す。


 オークはなにも考えていない。考えていないが、常に気があちらこちらに向いている。つまり、間を盗むのは造作も無い。人種を前にすれば全く成功していない『盗歩』でもって、アレウスはオークの集中力の合間を盗むようにして接近し、剣でやや斜め上、腹を切り裂く。迸る魔物の血を浴びつつも、アレウスの目はオークの石の剣を捉えている。急に接近されたことで、反射的な攻撃に出た。それを見抜いたからこそアレウスは最小限の動きで一撃を凌ぐ。礫が再び体を打ち、額から血が流れるが構ってはいられない。それ以上にチャンスを掴んでいる。


 剣を振るう。オークは腹を守るために腕で防ごうとする。瞬間、剣を手放して跳躍し、自らを守るために不意に出てしまった魔物の腕に飛び乗る。短剣を引き抜き、視線が交わる中で、緩やかにも思える時の流れを断絶するべく跳ねて、オークの鼻を下から上へと切り裂いて、重力を受けて降りて行く体を捻らせながら、振り切った腕を戻すようにして次は真下へ短剣を振り抜いた。二度の剣戟を受け、オークが呻き声を上げながら後退する。後退して、虫の息となっているもう一匹のオークに足を引っ掛けて、仰向けに泥沼へと倒れた。


「鼻……そっか、オークの鼻は臭いを拾うために豚と同じように感覚器官の中で最も発達しているから」

「最も敏感で、沢山の神経を抱え込んでいる。そこを切り裂かれたから、もうあのオークはまともには動けないはずだよ」


「兎の耳と同じ理屈ってこと? そこを掴んで持ち上げたなら、兎は弱って死んでしまうから」

 シオンが降りて来て、アレウスに訊ねて来る。

「どうだろうな。相手は魔物だから豚の理屈は通らないかも知れない」

「けどまぁ、想定外なことは起きても一匹は倒して、一匹は動きを奪ったってことで良いんじゃない?」

 ニィナが右腕をわざと叩いて来る。痛みにアレウスが悶え、それに気付いたアベリアがすぐさま駆け寄って来る。

「なんで言わなかったの? “癒し”」

 アレウスの右腕の筋肉が繋がり、傷は縫合を開始する。

「言ったら、オークがそっちを狙うかも知れない」

「そんなの気にしなくて良い。なんのために俺が居るんだい?」

「いや、それも考えたけど……ちょっと一回、ミスをしたし不安があった」

「ミス?」

 アベリアが首を傾げる。


「オークの股の間を抜けた時のことでしょ? 私、あの時はさすがにカバーに入った方が良いのか考えたわ。アレウスが気付いてすぐに位置取りを戻したから、安心したけど」

「あーあれね。泥沼に落とすためにわざとそうしたのかと思っていたんだけど、違ったんだ?」


 ニィナとシオンの言葉に追い詰められる。

「次からは気を付ける。だからもう言わないでくれ。あの選択で、パーティが半壊し掛けていたんじゃないかと思ったら……怖くなる」

 剣を拾い、短剣の次にそれを鞘に納める。

「それはパーティを信用しなさ過ぎだわ。あなたのミスはパーティの誰かがちゃんと埋める。仲間ってそういうものでしょ? 一匹は仕留めた。けれど、結果的に二匹になったわね。最高の結果じゃない。最悪の結果を考えて怯えるより上手く行ったことに喜びを感じるべきよ」

 そう言って、ニィナはシオンを見る。


 オークの腹に飛び乗り、ヴェインはアレウスが切り裂いた腹に鉄棍を突き立て、シオンはオークの首を数度切り裂いた。やがて二匹のオークは呼吸を止め、全く動かなくなった。そして、ヴェインはオークの首に掛けてあるアミュレットを短剣で切り取って、二匹分手に入れる。


「手慣れた冒険者ならオークの牙や爪なんかを取るんだろうけど、息をしなくなったからって死んだかどうかは俺たちも、まだ怖くて出来ないからね。戦果としてはこれで良いんじゃないかな。魔物が身に付けている装飾品はエルフやドワーフに限らず、ヒューマンにも売れるからね」


「疲れた……」

 アレウスは呟き、アベリアに微笑んでから安堵の息をつく。

「戻ろうか。死体は僕たちが戦っている間にも運んでくれていただろうし……まだ少なそうなら、ちょっと休んでからにしよう」

 そう言って、アレウスは仲間を連れてその場をあとにした。

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