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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第2章 -大灯台とドワーフ-】
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二匹のオーク

「あれはオークだ。オーガほどではないが気性が荒い。なのに、ゴブリンやコボルトより頭が悪いんだ」

「なのに信じられないくらい痛みに鈍感で、切っても脂肪が邪魔になる。首元も頭も肥え太っていてあたしの短刀を突き刺した程度じゃ、絶命にまでは至らないよ」

「だろうな。オーガだって、喉元を狙ったのに生きていたからな」

 しかもロジックで一時的に強化していたにも関わらず、死んではいなかった。豚鬼――オークはオーガよりも脂肪の塊に見える。オーガが筋肉で絶命を避けたように、オークは脂肪で急所を狙われても必殺を避けられるのだろう。


「よくも俺の仲間を……仲間を、ぉおお……あぁああ、あああああ!」


 待て、と言う前に冒険者は飛び出してしまった。二匹のオークが剣を抜いた人種という敵を見て、醜い鳴き声を上げてあちらこちらに石の剣をぶつけながら振り乱し、冒険者の突撃など意に介さず、赤子の手を捻るかのように弄び、そして冒険者を転ばせたのち狂ったように石の剣を叩き付けて殺していた。

「頭が緩くなっていたんだよ。あれを普通の光景だと思っちゃっていたんだもん。慣れるのも良いことばかりじゃないよ」


 “あれ”とは、村の中心部に訪れた際に嫌な予感がして引き返した時に見ていた光景のことだ。壊滅した村ならば、どこにでもある普遍的な光景。そう思い、慣れてしまっていた。

 だが、血と肉が溢れんばかりに石畳を濡らしている光景など、到底、普遍的な光景ではなかった。それは惨憺たる光景と呼ぶ。だから違和感があった。だから足が止まった。なにかがおかしいが、なにがおかしいのかが分からなかった。土の付き方がおかしいとシオンは言っていたが、それも踏まえておかしいと思っても、おかしさの原因に至れないほど感覚が麻痺していた。


「オーク二匹……中級が一匹を相手にしてやっとってところだ。まずまともに二匹と戦うのは勘弁だよ」

 ヴェインに忠告され、小さく肯く。

「村の正門に行かせない。裏手に回るように右周りで誘い込む」

 既にオークはアレウスたちを捕捉している。豚なのかそれとも化け物なのか。そのどちらとも言えない鳴き声を発しながら、そして荒い呼吸を繰り返しながら石の剣を玩具のように振り回しながらの突進を見つつ、アレウスが最後尾になるようにヴェインとアベリア、シオンを通路に先行させる。


 振り下ろされる一撃を読み切って避け、続け様に来るもう一匹の一撃もヒラリとかわす。振り方には規則性は無い。二回、避けることが出来たのはたまたまである。次も同じようにはかわせないだろう。そう思いながらアレウスは下がりながら、前方に自身の血が入った小瓶を投げ付ける。地面で割れて零れ出る血液は『オーガの右腕』からの臭いが混じっている。そのため、オークが僅かにたじろいだ。しかしこれは時間稼ぎに過ぎない。それを表すようにオークは血を撒いた地点をしつこく何度も剣で振り回して、さながら目に見えていないオーガを叩きのめすかのようにその場で暴れ回る。


「臭いには敏感みたいだな」

「目でも見えているようだけど、豚と同じで嗅ぎ分ける能力が高いんだよ」

 やがてオークは、自身が血の臭いに惑わされていることに気付き、剣を振るのをやめて通路に逃げたアレウスを見て、汚く吠える。そして、剣を振ることもせずただなにも考えていないような速度で通路に入り、突進して来る。

「“火の玉、踊れ”」

 アベリアの火球が複数回、オークの腕を、体を焼くが突進をやめる気配はない。


「左だ」

 言われた通り、アベリアが左の小道に入ろうとする。

「駄目! そのままその通路を進み続けて!」

 シオンの声が高所から響く。

「撤回する。シオンさんの言った通りに動け」

 即座に自身の行く先を変更し、アベリアが全速力で道を走る。

「左から来る!」

「ヴェイン!!」


 左の小道――小道だったところを家屋や塀をただの突進で打ち壊しながらもう一匹のオークが突進して来ていた。ヴェインが鉄棍を構えて突進から繰り出される剣戟を受け止め、アレウスは先ほどから対応に追われているもう一匹のオークを短剣から剣に持ち替え、その突進に対して反撃するように縦の剣戟を繰り出すことでオークの本能に訴え掛け、強引に突進をやめさせる。


「さすがに……この一撃は、たまったものじゃないよ」

「“癒し”!」

 崩れ掛けたヴェインだったが、アベリアの回復によって骨が繋がり、筋肉の縫合が開始されて持ち直す。鉄棍に力を込め、オークの剣を弾く。いや、むしろ弾かれることでヴェインは追撃から逃れ出た。癇癪に触れたのか、オークは執念深くヴェインを追い掛けようとするも直後に降って来る複数の短刀をその身に浴びて動きが一旦ではあるがに止まる。

「さぁ、お前はどうする?」

 そうなると本能的に剣戟を避けて来たオークへの優先的な対応が求められる。とは言え、ヴェインはもう一匹のオークから目を離せはしない。シオンもそちらを見ている。自身とアベリアでこっちはどうにかしなければならない。

 ならないが、アベリアに対してアレウスは全幅の信頼を寄せている。だから自然と笑みが零れ、半歩前に出る。瞬間、オークが吠えながらアレウスに接近する。

「“沼に、沈め”」

 半歩前に出た体を今度は一歩、後退させる。局所的な泥沼にオークは足を取られて、前のめりに倒れ込む。

「二つ三つ、脇道があるところまで後退する」

 前のめりに倒れ込んだは良いが、オークは泥沼から足を持ち上げて、すぐにも体勢を立て直そうとしている。その際にオークが吠えたことで、それがもう一方の動きを止めていたオークに届き、同じように吠えて辺りの塀を破壊しながら襲撃を再開する。それを見てヴェインがアベリアのところまで下がった。


「一つ、豚の習性を忘れていた」

 後退しつつ、アベリアにアレウスはボソリと呟く。

「あいつらは泥で皮膚病を予防する。泥で動けなくなるわけがない」

 泥沼からオークが這い出す。左から来ていたオークと合わせて二匹は汚く吠えて、音色を共鳴させ、続いて石の剣で地面を打つ。

 自分自身で言った通り、後退する。ただし全力疾走で逃げるわけには行かない。この村の構造は知らない。行き止まりにでも至ってしまったら背水の陣を敷かなければならない。そうならないように通路のある地点で止まって、必ずオークとの距離を測る。それを繰り返して二度目のところでアレウスは次の戦闘地点で足を止める。


 アベリアが魔法の準備に入る。


 耳を(つんざ)くほどの猛々しく、しかし汚らしさの残る雄叫びを二匹のオークが上げる。


「“火の球、踊……”?!」


 二人の言霊が途中で止まる。どうしたのかとアレウスは後ろを見る。アベリアは言霊を発しようとしているが、声にはならないでいる。本人もなにが起こっているのか分かっていないらしい。


「さっきの雄叫びが声帯を麻痺させたんだよ。言霊を唱えようとしたら声帯が響かなくなる。普通に話す分には大丈夫だけど、魔力が載った言霊は無理な状態」

 シオンが壊れた家屋から飛び降りて来て、アレウスに状況を説明する。

「あー……あー。ホントだ、普通には話せる」

 アベリアは自身の喉に手を触れさせながら、呟いていた。

「彼女はこのままだとお荷物になる。だから、もうあたしたちが見えなくなるところまで下がらせた方が良いよ。そこのヴェイン君も一緒だと思うから」

「……いや、心配には及ばない」

 アレウスは二匹のオークに剣で地面を打ち、威嚇しながら答える。


 ロジックを開いたからこそ知っている。ヴェインには『純粋なる女神の祝福』がある。


「“緩和せよ(ルゥースン)”」

 鉄棍から弾ける光の粒がアベリアの体に降り掛かる。

「嘘……麻痺を無効化して、麻痺解除?」

「“火の球、踊れ”……もう一度、要求する。もう一度、踊れ」

 驚いているシオンの横に出て、アベリアが言霊を紡ぐ。

 火球が複数個、アベリアの周囲を漂い、更に同じ数だけの火球が生み出される。それら全てをオーク一匹に対して集中的に浴びせる。もう一匹は依然としてこちらを捉え続けているが、大量の火の球を浴びた一匹は肌を焼く痛みに悶絶し、石の剣をぶん回して火を払い飛ばしている。

「さぁ、どうするか……」

 二匹を相手取っても、片方の動きを必ず止めている。そうして擬似的に一匹と戦っている状況を続けているが、これがいつまで続けられるかは分からない。どこかで歯車がかみ合わなくなれば、一気に崩れてしまう。


 鏑矢の音色が響き渡る。


「遅いな」

「ニィナのことだから魔物の数を把握してから使ったんだと思う」

「そうだろうなとは考えた。ただ、遅く感じたから口にしてしまっただけだ」

 彼女を責めるつもりはないが、思わず口から出てしまった。それをアベリアが聞いて、ニィナを擁護した。その一連の会話だけでも時間が勿体無いと感じてしまう。オークは冷静さを取り戻したように――そもそも冷静さの欠片もない動きをしていたのだが、ジリジリとアレウスとの距離を詰めて来る。突進して来るわけではなく、石畳を踏み締めながら、明らかにこちらの動向を意識して歩いている。本能のままに猛り狂うだけではアレウスたちを殺し切れないと思ったのだろうか。もしそうなのだとすれば、時間稼ぎには丁度良いが、もしそうでないのなら問題も生じる。

「鏑矢の音がしてから、慎重になっていないかい?」

「なんでだろうな。あの音のした方向に行くわけでもないし、僅かでも気を逸らすわけでもないし」


「脅威度の問題でしょ。ニィナちゃんは先に離脱したから脅威度が分からない。でも、あたしはさほど攻撃していないからそうでもないけど、アレウス君たちは確実にオークたちにとって脅威になっている。さっさと始末したいけど、その衝動だけでは殺せないと分かったから、慎重ぶっている。あいつらに慎重なんて言葉、あるわけないのに」

 シオンは言いながら四本の短刀をアレウスの前方の石畳に、線を引くように均等に突き立てる。


 それが契機だった。オークは一斉に加速する。


「我が名において宣告する。“走ること(あた)わず”」

 二匹を一挙に相手取るのは難しいためアレウスが下がる。シオンが突き立てた短刀のラインをオークが跨ぐ。刹那、二匹の体から力が抜けたかのように棒立ちとなり、走り出して間もないというのにすぐに足を止めてしまった。それからもがくような動きを見せ、諦めたかのようにゆっくりと歩き出す。


「シオンさんは呪言を使えるんですか?」

 確かめるようにヴェインが訊ねる。その間、アレウスは剣から短弓に持ち替えて、矢をつがえる。

「鈍足の呪いを掛けたよ。あたしが投げた短刀への魔力供給を止めない限り、オークは走れない。でも」

「オークか、シオンさんのどちらかが短刀から離れれば離れるほど効果が薄まる。」

「よく知ってるね。その通りだから、有限であることを頭に入れておいて」

 忠告されつつ、アレウスは矢を放つ。歩いているだけのオーク、そしてこの距離であればアレウスの矢も彼の者の右目を射抜く。すぐさま矢をもう一本つがえて、もう一方のオークの右目も射抜く。


 脂肪で覆われている分、急所を狙えない。目玉は攻撃を防ぎにくいところではあるが、オークほどの体躯であれば射抜いても絶命してはくれない。これが人種であったならすぐに傷の処置をしなければ死に至り、深く突き刺さったならやはり死ぬというのに、片目を潰された程度ではオークは悶えるだけ悶えても死なない。吠えて、石の剣で辺りの壁を薙ぎ払いながら、ただただアレウスへの怒りを募らせている。


「両方の目玉を潰すしかないか……?」

 だが、そこでアレウスはオークを観察し、ふと気付く。

「もっと良い方法があった」

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