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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 後編 -神殺し-】
704/705

【-Ending-】


「やぁあああああ!」

「一昨日より踏み込みに迷いがなくなった」

 稽古相手にアレウスは言いつつ、振り回される木剣を綺麗に打って凌ぐ。

「でも、まだ剣を振るうときに力んでいる」

 弾いて、逆に踏み込み、木剣の先端を稽古相手の首元へと迫らせたところで動きを止める。

「ありがとう、ございました」

 稽古相手はやや後退し、アレウスへと頭を下げる。

「どう……ですか? やっぱり、まだ、駄目?」

「いや、僕にここまで喰らい付くんならもう十分だとは思うけど」

 言いつつ視線はジュリアンに向く。

「あとは、あっちが首を縦に振るかどうかだな」

「どうだった!? 私、もうちゃんと戦えるでしょ!?」

「いーやまだまだ。僕は絶対に連れて行かないから」

「えー!!」

 稽古相手――エイラがジュリアンの答えにとても大きな声を発し、落胆する。

「ノックスはどう思う?」

「んー? ワタシが小さい頃はもっと剣を振るのは下手くそだったけど、それでもう魔物と戦っていたからな。ワタシは良いとは思うけどな」

「あたしもエイラちゃんの頑張りとやる気は問題ないと思うなぁ。だってアレウスが十分ってことは同世代の冒険者よりは強くなっているってことだから」

 クラリエもノックスに賛成する。

「そうやって甘やかすから駄目なんです。もっと強くなってもらわないと僕は認めません」

「なんでなんで!」

「だって認めたら君は僕より前で魔物と戦うことになる。分かっていると思うけど後衛は前衛が崩れる光景を見る。君が倒れるところを見るなんて耐えられない」

「私情じゃん」

 一言でリゾラが刺し、ジュリアンがキッと彼女を睨む。

「もっと素直になればいいんでしてよ。『僕の好きなエイラには傷付いてほしくない』って」

「そうなの? ジュリアン?」

「なんで実力じゃないところで僕は追い詰められなきゃならないんですか」

 ジュリアンは自身の心を読み解かれ、動揺してエイラから視線を外す。その様は普段は見られない狼狽であったためエイラは面白そうに彼の傍で顔を見ようと右に左にと顔と顔を合わせようと努力するも、ジュリアンも右に左にと首を振って抵抗している。

「ドナさんとの話は付いているんでしょ?」

「ああ。なんならフェルマータも付いて行きたいって言っていて、そこもドナさんから了承を得ている。絶対安全が条件だけど、前に比べて帝都までの道のりの魔物たちは大人しい方だし、鉄製の武器を持ったゴブリンたちが闊歩している目撃情報もない」

 ニィナは矢を作りながら軽い気持ちで訊ねたのだが、アレウスが事細かに説明するためキョトンとした顔で彼の言葉を右から左に聞き流した。

「ギルドの方で護衛も要請できています。ジュリアンさんが心配するほどのことはよほどのことがない限り起こらないとは思うのですが」

 過保護な対応を見てリスティが呆れている。

「なんならワラワも付いて行ってやろうか?」

「それは最終手段だ。リリスがいるとエイラは気を抜く」

 リリスという絶対的強者に守られていると分かれば彼女は緊張感を持って旅をしないだろう。

「どういう条件ならジュリアンは納得するんだ?」

「エイラよりも強い前衛と、僕よりも回復魔法が得意な後衛です。アレウスさんとアベリアさんがいてくれれば、」

「さっきも言ったけど、僕たちがずっと傍にいたら君たちの可能性を潰す。僕たちの強さにかまけて強くなろうとしない」

 その提案をアレウスは拒み、ジュリアンが項垂れる。


「だったらウチたちが適任でしょ」

「マルギットさん!」

 集会所に姿を現した女性にアベリアが声を掛け近寄る。

「お久し振りです。いつシンギングリンに?」

「二日くらい前かな。ね、オラセオ」

「あちらこちら旅をしている内にまた寄りたくなってしまってね」

 アレウスが近付いてくるオラセオが差し出した手を掴み、握手をする。

「さっきマルギットさんが適任と仰っていましたが」

「ああ、君たちの依頼は俺たちが受けた。まぁ、適任かどうかは分からないが」

「いえ、助かります。オラセオさんとマルギットさんなら心強い。ああでも、」

「ウチたちが強すぎると二人が気を抜いちゃう?」

「はい。でも護衛としての依頼ですからお二人が適任なのは間違いないです」

 出来ればもっとジュリアンやエイラに近しい実力の持ち主が望ましかった。しかし、それは次の機会に回すべきだろう。もしくは依頼内容をもっと精査すべきだった。護衛となれば彼らよりも実力が上の冒険者が引き受けるのは仕方がないことだ。

「今回は初めての旅で、初めての依頼になる。だからジュリアンはともかくエイラには冒険者の雰囲気を感じてもらおう。次の旅でジュリアンの言うような仲間を探そう」

 アレウスはエイラとジュリアンに近付き、そう伝える。

「ジュリアンも、マルギットさんとオラセオさんなら文句はないだろ?」

「…………悔しいですが、文句の一つも出ません」

 本音はエイラに冒険者をやめてもらいたい。しかし彼女が決めたことをジュリアンは拒みたくない。だから彼女に非常に厳しい。それらは表情でアレウスはすぐに読み取ることができた。

「エイラ? ジュリアンがここまで心配してくれているのはパーティメンバーだからとかじゃない。仲間だから、そして人として君に無茶をしてほしくないんだ。分かるね?」

「うん」

「出来ないことは出来ないと言うこと。無理なことは無理と言うこと。後衛は前衛よりも全体が見える。だから戦っている最中も耳を貸す。魔物が隙を見せて下がろうものなら絶対に追いかけない。良いね?」

「ちゃんとアレウスの言う通りに魔物については勉強した。ほら、昨日のアレウスのテストでも全問正解だったでしょ?」

「アレウスの言う通り? 全問正解?」

 ニィナが首を傾げながらクラリエを見る。

「アレウスの言う通りかぁ」

「言う通りですか……」

 クラリエとクルタニカがげんなりしている。

「それって魔物の知識がアレウス並みってこと?」

「そういうことでしょ。なに弟子に素で怖いことしてるんだか」

 アベリアの問い掛けにリゾラが呆れながら答える。

「しかもワラワに夢で魔物相手に指導させておるからな」

「もはや鬼畜では?」

 リリスの暴露にノックスが怖そうに呟いた。

「まぁまぁ、皆さんの仰ることも分かりますが」

「分かる?」

 アレウスはリスティが纏めようとする部分に僅かに突っかかる。

「とにかく、今回に関してはそこまで不安はないということです」

 しかしその突っかかりを無視してリスティは言いたいことを言い切る。

「責任を持って二人を守り抜くよ。俺たちも成長している、任せてほしい」

「なんならリグも多分、その辺にいると思うし」

「リグさんが?」

 アレウスは気配を探るがリグの気配を掴めない。

「しばらく会っていないから純粋に話をしたいと伝えておいてください。伝えられます?」

「どうだろ、ウチたちの近くにいるのは確かなんだけど姿を現してくれないから」

「まぁだから安心してくれ。俺たちが魔物に負けようとも『至高』の冒険者が二人のことは守ってくれる」

 魔王討伐後、凄まじい勢いで冒険者として成長したリグは気付けばアレウスたちと並ぶ『至高』の冒険者に到達した。だからこそアレウスやクラリエの気配感知でも彼を見つけることができないのだ。

「……二人ではなく四人だと思いますよ?」

 アレウスは自分たちを抜いて話している二人に対し気付きを与える。

「そうだな」

「うん、リグがウチたちを見捨てるわけない」

「出発は明日となっているが、これから話し合いをした方が?」

「そうですね。ジュリアンとエイラの特徴や性格、あとは打ち解けられるように。まぁ、エイラはともかくジュリアンはかなり疑り深いので」

「急ごしらえのパーティなんてこれまでも何度かあった。慣れているさ」

「それじゃ、ちょっと休憩させてね」

「どうぞどうぞ」

 アレウスが許可を出すとオラセオとマルギットをリスティが集会所の中へと案内した。


「エイラ」

 アベリアがエイラに声を掛ける。

「なに?」

「これは私が冒険者見習いのときからずっとずっと持っていた護身用の短剣なの。作りは古いけど刃こぼれもしていないし、私が魔力を込めているからまだまだ使えると思う。あなたの護身用に持っていて?」

「いいの? えっと、いいんですか?」

「うん。あなたの旅を私たちはちゃんと見守っているから」

「……アレウスさんはああいうのないんですか?」

「淑女の短剣を渡しただろ」

「あれは封印に使ってもらっています」

「うーん……竜の短剣は僕以外が持ったら大変なことになるし。ああ、そうだ」

 アレウスは思い出したように懐に手を伸ばし、そこから手帳をジュリアンに渡す。

「手帳?」

「僕はね、異界から脱出したあと、ヴェラルドって人の手記で様々なことを学んだんだ。あの人の手記があったから僕はまず最初になにをしなきゃならないのかを知ることができた。君のとって僕の手記なんて、ただのボロボロの手帳に過ぎないだろうけど。でもそこに込められている文字や想いは確かなもののはずだから。まぁ、いらないなら捨ててくれて構わない」

「いえ……ありがとうございます。すいません、なんか、せがんでしまって」

「僕たちはエイラだけを特別扱いなんてしていないよ。ちゃんと君も特別扱いしている。ジュリアンにとって初めてじゃないこともエイラにとっては初めてなことだらけだ。ちゃんと支えてあげるんだ。オラセオさんやマルギットさんでは見つけられない彼女の些細な心の変容をちゃんと気にするんだ」

「はい」

 ジュリアンはアレウスに笑顔で答え、手帳を自身の懐に収めた。


「このあとってヴェインが来るんでしたっけ?」

「ほんのちょっとだけだけどな」

 クルタニカにそう答えるとリゾラがパッと表情を明るくする。

「エイミーさんも? 子供も一緒?」

「どうだろ。ヴェインと今後どうするかの話をして、それで終わるかも」

「なぁんだ」

「エイミーなら今日ここに寄るって言ってたよ、リゾラさん」

「本当? なんかやる気が出てきた」

 エイラの確かな情報からリゾラが元気を取り戻す。

「それじゃいつも通りの週末の大掃除をやって、ヴェインとエイミーさんの子供の相手をしてから帰ろっと。アンソニーも家で待っているだろうし。エイラ、一緒にちゃちゃっとやっちゃおう」

「はい!」

 背伸びをしてリゾラは機嫌良さそうにエイラと集会所へと入っていく。

「今日はみんなで夕食会って話になっていたと思うんだけどねぇ」

「ああ見えて一番自由だよな。ワタシもあれくらい自由に振る舞いたい」

 クラリエはボヤくものの、ノックスはリゾラの奔放さに一定の評価を見せる。それを隣にいた狼が同意するように鳴いた。

「……なんじゃ? ワラワに凄い視線が集まっておる。ええい、ワラワと奴を比べるでない。これでも相当、ワラワも丸くなったはずじゃぞ。少なくともそこの博徒に比べれば!」

「思わぬ流れ弾でしてよ!? いえ、待ってください! 別に博打うちは悪くありません! そう、負けているわたくしが悪いだけなんでしてよ! 博打は悪くない! 博打は悪くない!」

「この博徒、これで神官長なのが私は今でも信じらんないんだよね」

 ニィナがクルタニカのこれまでの日常を経ての印象の変化に未だ戸惑っている。

「夕食会は絶対必要。でないとリゾラとアレウスの式の日程が」

「ああ、それが分かっているから帰りたがっているのか」

 自身が主役となる夕食会がリゾラは嫌なのだ。アレウスはようやく彼女の真意を悟り、納得する。

「でもこれで本当に最後? 最後じゃなかったらあたしたちちょっとアレウスの女誑しに呆れちゃうよ?」

「こやつのことじゃ。まだ一人二人手籠めにしているとも限らん」

「そういう誤解を生むようなことを言わないでくれ。詰められてももう白状するものはないからな」

 そう、もうほとんどは済み、過ぎ去った。あとはアレウスが責任を持ってこの生き様を走り抜けるだけだ。


「魔物の数が物凄く減っても、まだいなくならないのって?」

「そうだな」

 リゾラに続いてクラリエたちが集会所へと入っていく中でアベリアだけが残ってアレウスに問い掛ける。

「魔物が魔物同士で繁殖している可能性がある。そういう風に壊してしまったから。今のところ人との接触で増えたなんておぞましい話もないから、そこは安心なんだけど」

「でも魔力の残滓から生まれるよりはずっとマシなはず」

「ああ、だから僕たち冒険者は、冒険者という仕事が必要なくなるまで魔物退治を続けるだけだ」

「それがアレウスがこの世界に産まれ直した意味?」

「……僕が産まれ直したのは、君と出会うためだよ。そうじゃないかもしれないけど、そう思いたい」

 そう伝えるとアベリアは嬉しそうに笑顔になり、更に頬を紅潮させつつアレウスの腕に抱き付いた。

「だーい好き!」

「ああ」

「アレウス? 私、幸せだよ? 幸せになれたよ? あなたのおかげ、そしてヴェラルドやナルシェのおかげ」

「僕もだよ。だから最期まで幸せでいよう。いつまでも、いつまでも」

「うん!!」


 アレウスは万感の思いを胸に、竜の短剣の柄に手を置いて願う。


 この世界が今だけでなく、未来もずっと平和であることを――


 そして、


「行ってきまーす!」

 新たな冒険者たちの旅が始まる。




*絶えることなく 『アレウリス・ノールード』

・『欲望のために魔王を討伐した男』、『ハーレムを作りたいがために世界を救った男』などと後世ではネタとして呼ばれることもあるが正式には『次代の至高の冒険者』にして『魔王討伐者』、そして『異界渡り』。魔王討伐にまで至る道は決して簡単で気楽なものではなく、様々な思惑や様々な想い、そして『異端審問会』による妨害といった沢山の障壁があった。そういった一切合切を跳ね除けて彼は『至高』へ登り詰めるだけでなく、世界が人間たちを縛っていたロジックすらも壊してしまった。


・彼は決して『聖者』のように、そして人として大成するような性格の持ち主ではなく、むしろ個人的な感情で自身の人生を壊しかねない危ういものを持っていた。それはリスティやヴェインと出会い、多くの種族と交流を重ねていく内に段々と正しい方向へと導かれていき、なにをするのが良いのか、自分になにが出来るのか、自分ならなにをされれば喜ぶのか。そういったことに目を向け、自分自身で解決できることは些細なことであっても、なにかの導きになるのならと常に悪意ある相手と戦う道を選んだ。自ら首を突っ込むこともあったが、基本的には巻き込まれ体質。だが、巻き込まれたからと無視せずにしっかりと考える辺りの成長はあった。


・自らの復讐のために生きてきたが、その復讐を終えたのち自らの中にあった目標や目的が喪失していくのが感じられた。アーティファクトはそれを敏感に読み解き、彼が『種火』として終わろうとしているのだと勘違いを起こし、度々、彼を炎で焼き尽くそうとした。これをアレウスは自らが抱く欲望を魔王を討伐したのちに目標として置くことで拒み、そして世界のロジックに触れた際に魔王が取り込んでいたリオンのロジックからナルシェとヴェラルドの力が介入する。ナルシェのアーティファクトとアベリアの外套が呼応し、その力がアレウスへと流れ込む。そのままではただ『種火』の燃料に過ぎなかったが彼の合力によってその力が彼の一部として認識されたことでロジックが補完され、『種火』は彼がまだ生きたいことを認識してその身を燃やし尽くすことをやめた。


・魔王討伐後、その功績の多くをアレウスは語ることも肩書きとして背負うこともしなかった。魔王の力を得たヴァルゴ――女性はエルフの書庫の地下へと封じられている。それはつまり、魔王こそ討伐できたものの悪意は殺し切ることができず、また自身の復讐が完遂されていないことを意味する。生きていることがその女性にとっての苦痛であるため、そのことこそが彼の確かな復讐であるのだが、世間的に封じるまでに留めていることが知られれば、アレウスとその仲間たちに向けられる視線は耐え難いものになる。だからこそアレウスのみならず、アレウスが率いたパーティは手柄を求めず多国籍と他種族の軍隊によって征伐されたという形へと事実は置き換わっていく。


・アレウスはリゾラを見つけ出し、自分の傍へと連れて帰ったのちに女帝から与えられた特例を用いて複数の女性と婚姻関係を結んでいる。その順番についての詳細は一部不鮮明ではあるが、一番目の妻をアベリアとし最後の妻をリゾラとしたことだけは分かっている。

 アベリアとリゾラは時折、帝都へと赴いて女帝と密会を行っている。このことについてアレウスは知ってはいるが、そこで話されている内容について深く求めず、彼女たちの自由にさせた。彼女たちの密会はさながら親子のようで、もしくは姉妹のようだったとも記録されている。それはどの妻にも言えることで、どこに出かけようとも彼は決して詮索はしなかった。そのため全ての妻との夫婦仲は円満であったようで、また誰もアレウスに愛想を尽かさず、不貞行為に走ることもなかった。あの『不死人』のリリスですら彼以外を相手にしなくなった点について、アレグリアは「弄ぶのに飽きた結果」だろうと言葉を残している。


・クラリエはレジーナによって森とヒューマンの世界、そのどちらでの生活も許されたものの大半をアレウスたちとの日々に費やすこととなる。ハーフエルフたちの差別は解消に向かったもののハーフエルフ且つダークエルフでもあるクラリエからしてみれば、周囲から向けられる視線はさほど変わってはおらず、レジーナと懇意にしていると純血たちから彼女が反感を買うことを怖れての判断である。『次代の至高の冒険者』であれど、エルフたちが外へと開く過程においてその肩書きはさほども効果を及ぼさなかった。

 シンギングリンで生活を送る中で特使としてやってくるイェネオスやエレスィをもてなし、最終的にその苦労は報われるのだが、このときに小難しい話を彼女は二人としていたわけではない。むしろイェネオスを連れ出してはシンギングリンの店を見て回るのが恒例となっていた。だが特使や勅使といった重たい責務を担っていたイェネオスはむしろこうして連れ出されることで緊張感を薄れさせ、冷静に、エルフとヒューマンの架け橋になることができた。

 歳月を経て、クラリエはかつての親友であるエウカリスの墓を訪れる。忘れそうになっていた様々なことを墓前で語り、魔王討伐後から今に至るまでの過程を話し尽くし、最後に「あたしはあなたのために幸せになるよ」と告げ、彼女の帰りを待つアレウスのいるシンギングリンへと帰った。


・リリスは『不死人』としての責務を果たすのではなく、テュシアのように人として生きるわけでもなく気ままに生きることを決めた。その過程でアレウスに妻として娶ってもらうという判断を下すのだが、当然のごとく彼はこれを拒否したため一週間ほど夢に現れてひたすらにアレウスを性的な意味で襲い続けて、無理やり承諾させるという荒業に出た。このことについて他の妻にアレウスもリリスも語ることはなく二人だけの秘密であった。

 しかしながら、勝手気ままに生きているというよりはある程度はアレウスの言うことを聞き、またリゾラや妹であるテュシアの言うことも比較的聞き入れることが多かった。それとは別にハゥフルの女王であるクニアに度々、影武者を頼まれることがあり、リリスは面白そうという理由でこれを受け入れる。そのせいでカプリースにアレウスはクニアが城を抜け出すたびに文句を言われることになるのだが、リリスはリリスで「窮屈な世界から抜け出せてやっているのだからワラワのせいではない」と一点張りだった。アレウスもリリスの言い分は一部認めはしたが「一国の女王が傍付きもなく出歩くのは死にに行くようなものだ」と何度も伝えることになる。それでも二人は出歩くのも影武者もやめることがなかったため、最終的にアレウスとカプリースが互いの苦労を話し合うだけでなく、魔王討伐当時よりも親交を深めることとなった。

 なににも縛られていないように見えてアレグリアのことを気に掛けており、彼女が他の『不死人』と違って自由を求めたのは大聖堂から外へと出ることができない彼女のために外の景色を見せ続けたかったため。テュシアはアレグリアから意識的に視覚情報を切り離されている、通常は『養眼』を用いれば『不死人』の視覚をアレグリアに共有できる。彼女の見せる景色はクレセールやプレシオンが見せる景色よりもずっとずっとハラハラドキドキさせるような内容が多かった。

 『不死人』たちが歴史の中で姿を消したかどうかは一切不明で、実はどこかで静かに生活しているとも噂されているが、クレセールとプレシオンはともかくとしてリリスやテュシアについてはアレウスと共に生きたこと以上の記録は見つかっていない。


・アレウスのパーティが集合住宅として利用していた建物は彼自身のハーレムのための家になった――わけではなく、アレウスに関わりの深い人物たちが気軽に利用できる集会所として利用形式が変わった。アレウスとアベリアは同じ家に住んでいたが、残りの妻たちはシンギングリンに家や部屋を借り、思い思いに生活を始め、一日に数回はこの集会所でお茶会や食事会を開くようになった。妻たちの間ではアレウスとアベリアが同じ家で過ごすことに否定的な意見は出なかったようだ。


・魔物の数が急減したのち、完全に世界から消えるわけではなく緩やかな減少傾向に留まった点からアレウスは魔物同士での繁殖能力を得たのではと推測している。それは世界の縛りを壊した彼だからこそ思い付く発想で、しかしながら異界獣の代謝物から無尽蔵に生み落とされていた頃に比べればマシな方で、しかしながら魔物たちが及ぼす危害はあとを絶たなかったため、結婚後もアレウスたちはなにかと冒険者として駆り出されていたようだ。


・エイラはドナからの許しを得て、冒険者となった。アレウスに鍛えられ、ジュリアンとフェルマータと共にオラセオとマルギットの助力を得ながら初めての旅に出た。その後ろでは『至高』の冒険者となったリグがしっかりと付いており、五人の帝都までの道のりをしっかりと見守っていたという。その後、エイラとジュリアンは二人で旅が出来るようになると少しずつ冒険者の依頼をこなし始め、無理なく無茶せず沢山の人々の手助けをした。


・フェルマータは帝都に到着後、シンギングリンにはなかった様々な景色を見るだけでなく、絵画を初めて目にする。自身の見た景色を形として残すことに感激し画家を目指すことを一大決心し、帝都の有名画家に弟子入りする。その有名画家とはオーネストが奴隷と称して連れて歩いていた男性であった。彼女の絵は最初期こそ子供の落書きとまで言われ笑われるものだったが徐々に才覚を表し、今では過去の美しい景色を描いた貴重な資料的価値と歴史的価値も付随してどれもこれもが高額な値が付いている。普通の風景画のみならず人物画もあり、その中でも特に彼女にしか見えていないとしか思えない独特な風景描写は多くの当時の画家を唸らせ、一部の貴族の画家は断筆すらしたという。画家フェルマータは全国に名を馳せるが、その活動拠点は帝都ではなく最終的にはシンギングリンであった。彼女のアトリエはドナ・ウォーカーの家で、エイラがいないときはフェルマータが、フェルマータがいないときはエイラが必ず家にいる生活をのちに築き、ドナには決して寂しくなることのない日々を過ごさせた。アンソニーはシンギングリンの修道院で働いていたがフェルマータが弟子入りしたことを聞いて住まいを帝都に移し、彼女の保護者としてその活動を見守った。度々、リゾラがアンソニーの元に訪れたが「私がいなくて寂しくなったんですかぁ~?」と煽っては「そんなんじゃないし」と仲の良い口喧嘩をしていたという。


・魔王となった女性は封じられても尚、アレウスへ負けを認めることはなく生き続けていた。それはアレウスが死んでしまえば勝ち負け関係なく自分自身が外に出られると踏んでいたため。だが、地上に出る術のない彼女にとって時間の経過を知る術は無いに等しく、魔力すらも制限される強固な空間の中でアレウスが死んだかどうかすらも分からないことを悟り、徐々にその心は弱ると共に彼への敗北を認め、息を引き取った。だが、そのことを地上の者は誰一人として知らず、まだ彼女が過ごした地下空間には怨念とも呼ぶべき異常なまでの魔力溜まりが発生してしまっているため、封印は今も尚、解かれることなく続いている。


・帝国国籍ではあるが、オーディストラ女帝に限らず王国や連合にも顔が利き、全ての種族にとっての橋渡しであったことから彼の意見を求める場面が多々あり、引く手数多だったが本人は決してシンギングリンから生活拠点を変えることはなかった。彼はご意見番のような立ち位置を嫌ってか、徐々に表舞台に出ることはなくなっていく。その頃には家庭環境も大きな変化が起こり始め、それは国や種族よりもずっと身近にある幸福をいかにして維持するかに集中する時期の訪れを意味していた。


・『継承者』と『超越者』はその力を無闇に使うことはなく、振るわれるのは魔物に対してのみだった。また、それらのアーティファクトはその後に訪れる激動の時代の中で喪失してしまっている。記録として具現化して、世界に形として与えられて安置されたことまでは分かっているが、その安置された場所がどこかまではどれほどに記録を漁っても見つけることができていない。


・『原初の劫火』に連なるアーティファクトはどこから生じたのか。神から与えられた『二輪の日天』など、五大属性から派生したアーティファクトはノア・フロイスが最初の魔物を生かすために与えたものだと推測されている。この世界に現れた魔物は世界の理に反していたがゆえに虚弱であり、『魔物研究』の過程で与えられた。それが魔王を生み出す要因になってしまったのだから、ノア・フロイスは混沌の中で冒険者のロジックを生み出した偉人と讃えることもできるが、同時に世界に恐怖をもたらした大罪人という見方もできてしまう。しかしそれは正義と悪という二極化する全てに言えることであり、ならば重要なのは彼の行動がのちになにをもたらしたかではなく、意志が正道であったか否かに注目すれば、ノア・フロイスは魔物と戦う人間たちにとって間違いなく一筋の光であったと言える。



ーーーーーーーーーーーーー



「今年の冒険者は豊作ですか?」

「ええ、お母様。ですが、問題児が二人ほどと聞いています」

「ギルドではそう呼ばないようにと言っているはずです」

「御免なさい、つい」

「……二人」

 娘を咎めることをやめ、その言葉を聞いて女性は思うところがあり、僅かに笑みを零す。

「ギルドには?」

「もう部屋の前までお連れしています」

「では、通してください」

 女性がそう伝えると担当者は扉を開く。少年と少女が慎ましく――ではなくかなり不遜な態度のまま部屋に入り、間近にあった二つの椅子にそれぞれ腰掛ける。

「名前を聞きましょう」

「それ、答える意味ありますか? そっちに私たちの情報はあると思うんですけど」

「ギルドマスターに楯突くのはやめた方がいいんじゃ」

「うるさい、私はあんたのために二年待たされてんの。って言うか、なんで私があんたの御守りをしなきゃならないんだか」

「名前を聞きたいのですが?」

「……アリア・ノ―ルード」

 少女は女性と目を合わせず、舌打ちをしてから答える。

「俺はノア・ノ―ルードです」

「ノ―ルード! では『異界渡り』の? でしたら、今年からですか? やはりまだまだ冒険者の未来は明るくなりそうですね!」

 担当者が家名を聞いて一人で盛り上がる様を見て、少女は更に舌打ちをして大人しそうに見える少年もあからさまに嫌そうな顔をする。

「お二人とも、冒険者を目指した理由は両親に憧れてですか?」

「違う」

 言い切って少女は足を組む。

「私が憧れているのはエイラ・ウォーカーさん。憧れが両親とか――特にママとか絶対に無い」

「俺もお父さんはともかく、あんな無口で普段、なにを考えているか分からないお母さんに憧れることは絶対にありません。ジュリアン・カインドさんが俺の憧れです」


「どうやら問題児というのはこの二人のようですね」

 ヒソヒソと担当者は女性へと伝える。

「全部聞こえてるんだけど? ギルドマスターとギルド関係者が内緒話とか新米冒険者になる私たちからしてみれば不安でしかないからやめてくれない?」

 最初に見せた敬語を使うことすらやめて、少女は不遜な態度を取り続ける。

「母親のことは嫌いでも、父親のことは認めている……と」

「認めてませんよ。俺から見たら、どこがどう偉いんだか分からないですし」

「ダッサくてあっさい下半身事情しかないのに、私がパパを認めているとか本気で思ってんの?」

「……では、冒険者になったのは憧れの人に近付きたいからですか?」

「それはあります。お父さんはジュリアンさんがいなかったら魔王を討つことはできなかったって言っていましたから」

「私もパパからはエイラさんがいなかったらジュリアンさんもフェルマータさんも連れてくることができなかったって聞いてる。だから偉いのはエイラさんの方だから」

 二人は視線を重ね合わせて睨み合う。

「でも、あなた方はもう憧れの方々と同じ冒険者になりました。目標達成では?」

「いいえ、違います。俺が冒険者になった理由は他にあります。それは――」

「私が冒険者になるのは当然のことで、大切なのはその先にあるの。それは――」


「「『魔界』を壊したいから」」


 自分たちの意見が合って言葉が重なったことに二人が顔を見合わせて驚く。

「『魔界』……『異界』が消えつつあるのに魔物を根絶できないのは、魔物が新たに『異界』に変わる空間を支配したからと言われている……まだ、どこの誰も発見も検証も、研究だって届いていないというのに」

「だから行きたいんです」

「だから壊す」

「「この世界の未来のために」」


~End~

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