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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 後編 -神殺し-】
703/705

【-epilogue1-】


「ありがとうございます」

「いえ、これぐらいで感謝されることでは」

「どうしても、どうしてもこの花を母に見せたかったんです。探しても探しても見つからなかったこの花……! 今ならまだ、間に合います!」

「でしたらこうして話している暇もありません。急いで母親の元へ」

「はい! あの、このお礼は必ず! だから今しばらくこの街に留まっていてください!」

 娘は花を両手に握り締め、リゾラに深く頭を下げてから大急ぎで走って行った。


 病に臥せり、明日明後日の命と言われている母のために子供の頃に一緒に見つけて花瓶で飾った綺麗な花。それをせめて、長らく外へと出ることも出来なかった母のためにと彼女は探していた。その足は街を出て、魔物の巣窟にまで及び、リゾラが気付いていなければその命は魔物によって刈り取られていただろう。


「異界獣が消えて、魔物の数は減っているはず。なのにまだ魔物が世界に遺り続けているのは……最初の魔物が世界に現れたとの同じように、世界の歪みから生まれ落ちているから……?」

 恐怖の時代以前から冒険者は魔物を討伐していた記録がある。つまり、魔物は魔王が産まれるよりも以前から世界に現れていたのだ。異界獣の代謝物から誕生する仕組みが出来たのはむしろ魔王が十二に分かたれ、その力が異界で巣を作るようになってから。そうなると魔王はもしかすると『勇者』によって討伐される直前に世界のロジックに触れた可能性がある。恐怖の時代が終わってから、魔物がそのような存在と定義付けられた。だが、改めて魔王は討たれた。ヴァルゴは生きているが、魔王という力の根源は完全に消滅した。

 だから魔王が触れた世界のロジックは以前の状態に戻りつつあるのかもしれない。

「だとしたら、いつまでも冒険者の仕事はなくならない。アレウスの願いは達成されないのかも……」

 どこかで今日も魔物退治に明け暮れているのだろうか。魔王を討ってもう二年は経つ。まだ二年という表現も的確だが、二年もアレウスに会えていない。この間にオーディストラの戴冠やらなんやらと記録に残されないように仕事をしてきたが、一向に彼が自身を見つける気配はない。

「やっぱり難しかったかな……」

 しかし、約束を違えてまでアレウスの元に行きたくはない。そこは譲らない。そこは絶対に捻じ曲げない。それがリゾラの信念であり、これまで生きてきた全てだ。


 かと言って、自身がやってきたことを正当化するためには罪滅ぼしも続けなければならない。些細なことでも、小さなことでも、それが誰かの幸福に繋がるのであればリゾラは協力を申し出た。冒険者でもないのに魔物退治に赴き、冒険者でもないのに依頼を引き受けて、冒険者でもないのに多くの街で多くを尽くした。


「まぁた、お礼を言われる前に立ち去るんですかぁ~?」

 甘ったるい声を出すアンソニーが訊ねつつも溜め息をついた。

「なにか文句ある?」

「別にありませんけど、尽くしたことに対して得られる報酬とちゃんと向き合うべきじゃないですかぁ?」

「でもこれは罪滅ぼしだから」

「罪滅ぼしが無償でなければならないなんて神様以外に仰いませんよ。でもあなたは神様を心の底から信じてはいないはずです」

「でも『聖女』として」

「『聖女』としての気概なんて、ずっと前からないじゃないですか。私も、あなたも」

 普段なら神を信仰していない者たちへの制裁にはなんとも思わないはずなのだが、アンソニーが珍しく自身の罪について語っている。

「あなた、私になにを言わせたいの?」

「片意地張らずに贖罪と好きなこと同時にすることはできませんか?」

「できない。私、そんなに器用じゃないから」

 アンソニーが再び溜め息をついた。そんなに呆れることを言っただろうかと考えながらリゾラは街中を歩く。

「それより、あの商人が奴隷を扱っているっていうのはホント?」

「はい、確かな情報筋です」

「情報筋?」

「自分で捜査したんですよ~。注意深い人でしたが、私に気付くことはなかったですねぇ」

「だったらすぐに始末しよう」

「始末ってあれですよね? 自警団に引き渡すことですよね?」

「そうだけど?」

「昔のリゾラさんに戻っちゃったかと思いましたよー」

 自分自身の手で奴隷商人たちを殺して回っていた。テッド・ミラーとヘイロンなら確実に追い立てて殺し続けた。


 手は赤く染まっている。この汚れた手を、あんなにも立派なアレウスの手と重ねることなどあってはならないのではないか。リゾラは贖罪を続けてはいるが、感じる罪はむしろ段々と重くなっている。それはつまり、奪ってきた命の重みと等しい。あんなクズであっても命があった。クローンであっても命を持っていた。それを奪ったことは倫理と論理に反してしまう。


「すいません、こちらで奴隷を扱っていると聞いたのですが」

 そう訊ねると商人は静かに肯く。

「ここでは人目に付きます。誰もいないところへ行きましょう」

 商人はリゾラたちをそのように導く。どんな状況、場所であっても問題はない。これまでもこういったタイプの奴隷商人はいて、そのたびに全てを覆してきた。だからこそ商談には乗る。乗るが、そのまま成立まではさせない。力で黙らせ、自警団に突き出し、捕まっている奴隷たちを解放するだけだ。

 街中から歩いて、そのまま街の外へ出る。随分と注意深いが、外に出れば魔物に襲われる可能性もある。それとも襲われない自信でもあるのだろうか。疑り深く、リゾラは商人の出方を窺う。


「鬼ごっこは楽しかったかのう?」

 そう訊ねられた瞬間、リゾラは過去に感じた『不死人』の気配から反射的に片手に魔力を収束させて作り上げた刃を商人に突き立てる。

「ぐっ……! ほれ見よほれ見よ! 騙せばただではすまんと言ったではないか! ワラワでなければ死んでおったぞ!?」

 魔力の刃を爪で断ち切り、夢幻で覆い隠していた正体を晒しながら『不死人』――リリスはリゾラから距離を取るように大きく飛び退いた。

「この気配の消し方は」

 言いつつリゾラが振り返ると背後に短刀を握ったダークエルフが迫る。アンソニーが拳で短刀を受け、そして打撃で下がらせる。

「うーん、これでも駄目とか驚く」

 ダークエルフ――クラリエは短刀を握り直してアンソニーと対立する。

「なに……? みんな、私を捕まえに来たの?」


「リリスが言ったでしょ。鬼ごっこなんだから捕まえに来るのは当たり前」

 リゾラの前にアベリアが立っている。リリスの作り上げた幻影との位置交換だろう。それにしても数年で随分と大人らしさを手に入れたようだ。美しさは更に磨きが掛かり、性差を問わずに誰もが見惚れるほどだ。

「綺麗になったね、アベリア」

「リゾラだって」

「私? 私は汚れたままだよ」

「そう。でも、鬼ごっこだっけ? 追いかけっこはもうおしまいだから」

 杖を構えてアベリアは火球を中空に留める。

「アベリアがここにいるってことはアレウスも?」

「アレウスはまだ別のところを探している最中。私たちの交戦に気付いてすぐに駆け付けるだろうけど」

「そう、だったら……」

 リゾラは杖を空間の歪みから取り出す。

「あなたたちを追い払って、まだ逃げることはできるってことか」

「その杖……」

「ジュリアンって子に渡されてからずっとずっと使えなかったアニマートの杖よ。本当に重たくって、杖というより鈍器に近いんだけど私の魔力にこの杖だけは耐えてくれる」

 火球に対してリゾラは金属の球体を魔力で作り上げる。

「私の魔力は常に反転する」

 言いながらアベリアが火球を放つと同時にリゾラも金属の球体を放つ。

「属性が反転するってことは金は火に勝るってこと!」

 炎の熱で溶けることなく金属の球体は火球を砕き、その衝撃で熱を纏う金属片となってアベリアへと降り注ぐ。

「火と金! さぁ! どうやって凌ぐ!?」

 アベリアは冷静に詠唱を続け、杖で正面の空間を掻く。そうして生み出される木の根が絡まった土の障壁が熱を纏った金属片を全て防いで塵のように消える。

「木と土属性で防ぐ。正解よ、アベリア。でも普段とは属性が反転するからあなたは常に思考しながら私と戦うことになる。その思考は必ずあなたの詠唱を遅らせる。だから私はあなたには負けない」

「負ける負けないじゃない」

 アベリアは火球を複数生み出す。

「あなたがいないとアレウスがずっとずっと探し続けちゃうから!」

「ははっ! だったらこれが私なりの復讐なのかもね。あなたには復讐しないと決めたけど、胸の中でモヤモヤした気持ちばっかりはずっと晴れなかった!」

 火球を避けながら魔力の塊をリゾラは射出する。

「だから! あなたを困らせる。このぐらいの復讐なら可愛いものでしょ?!」

 炎の障壁が魔力の塊を防ぎ、アベリアがリゾラへと接近する。それを読んだ上でリゾラは鈍器のように重い杖を振り下ろす。爆ぜるように起きる彼女の内部から放出される炎が自身を吹き飛ばす。体内から放出する魔力で生み出したガルムに体を受け止めさせ、態勢を立て直しながらリゾラはアベリアを視界へと再び収める。

「あなたがいないと私もずっとずっと! 探し続けちゃうから!」

「それはアレウスが探すからでしょ?」

「違う! 私はリゾラにはもうどこにも行かないでほしいの!」

「そんなのは嘘!」

「嘘じゃない! 離れたくない! どこにも行ってほしくない! 私を助けてくれたのはアレウスだけじゃない! リゾラもだから!」

 確かにあのとき、リゾラはアベリアを逃がそうとした。しかしそこには自分自身も逃げたいという気持ちもあった。そして同時にアベリアはあの時点で可愛さが際立っていたた。目立つとしたらアベリアで、自分は身さえ隠していれば奴隷商人の魔の手から逃れられるという考えがあった。

 善意だけでやったのではない。自分自身が逃げたいがためにやったことだ。結果的にアベリアは逃げられて、自身に感謝するようになっただけ。

「私は!」

「分かってるよ! 私だって馬鹿じゃない! 私だってリゾラが目立てば私だけ逃げられるって思った! あのとき、私たちはどっちも同じことを考えてた! だけど神様はどっちにも微笑んではくれなかった!」

 魔力を込めた杖での打ち合いを行う。炎が爆ぜ、水が蒸発する。

「私は奴隷商人の手で穢されて、あなたは異界で五年を乞食として過ごした。そうだね、私たちに訪れたのはどっちにとっても不幸だった。分かるよ、私も」

 そこには差はない。どちらも不幸であり、どちらも運が無かった。穢されたことも異界での乞食としての生活も、どちらがより不幸でどちらがより下かなどない。そこが最下限だ。底の底にどちらもいた。

「だけどあなたは誰も手に掛けていない! あなたには幸せになる権利がある! 私には無くても、あなたにはあるの!」

 だから、とリゾラは続けながら魔力を高める。

「私のことは忘れて幸せを掴んでよ! アベリア!!」

 放つ金属の塊をアベリアは逃げず、高め切った魔力で同じように炎の塊を生み出す。

「私の言うことを聞いていなかったの? 私の属性は全て反転する! だからその炎じゃ私の金属は溶かせない!」


 しかしリゾラの言葉とは反対にアベリアの炎の塊は金属の塊を溶かしながら突き進んでくる。


「この熱は! この炎は! 全部あなたに向けたもの! リゾラが私にくれた全て! 私がリゾラに思い続けてきた感謝の気持ち!」

「属性を……越える、と言うの……?」

「避けてリゾラ! 私はこれを止められない!」

 放ってから気付く大いなる間違いにアベリアは動揺しながら叫ぶ。

 だが、リゾラは動かない。

「私のことは忘れていいんだよ、アベリア」

 これがアベリアの気持ちであるのなら受け止めるべきだ。リゾラは障壁を張ることもせず、迫る炎の塊に身を委ねる。


「やっと見つけた。ようやく見つけた。どうにかこうにか見つけた」

 リゾラの前にアレウスが立つ。貸し与えられた力を解放し、彼は迫る炎の塊を両手で受け止めそれら全てを魔力として吸収して消し去り、こちらへと向き直る。

「アレ……ウス……?」

 放心するリゾラにアレウスは構わずその肩に手を置いた。

「捕まえた」

「なん……で……? アンソニーは?」

 アベリアと戦っていたリゾラは魔力を練ることに集中して周囲が見えなくなっていたが、いくらクラリエと戦っていたからといってアンソニーがアレウスの接近に気付かないわけがない。

「いやーさすがはクラリェット様ですー。『衣』を使わずしてこの強さ。これじゃ周囲の状況には気付かないですねー」

 棒読みが過ぎてリゾラは呆れる。

「全部……仕組まれていた?」

「だってリゾラさんには幸せになっていただきたいですし」


「最初はあたしが商人役をするって言ったんだけどリリスが刺されるぞって言うから怖くなったんだよねぇ」

「実際、刺されたぞ? やはりワラワの言うことはよく当たる」


「私以外みんな敵だったってこと」

「違うよ。みんなリゾラの味方。味方だから、あなたを探してここまで来たし、あなたのためにここまれ来られた」

 アベリアは杖を落とし、炎を消し去りながらリゾラへと抱き付く。

「いなくならないでよ、離れないでよ、私たちは同じぐらい不幸だったところから這い上がってきた。だからもう、良いんだよ。幸せを掴んだって、良いんだよ。リゾラの罪は重いかもしれないけど、贖罪し続ける気持ちがあるのなら……私たちは全部を受け入れることができるから」

「ギルドに大量の登録されていない冒険者によって救われたっていう話が国を越えて幾つもあった。全部、リゾラだろう? 奴隷商人から解放してくれた女性がいて、救われたって話も沢山あった。リゾラのアンソニーがやってきたんだろう?」

 アレウスは優しくリゾラへと語り掛ける。

「僕と君の間にあった約束は無しにしよう。確かに僕は君を今、捕まえた。だからあのときにした約束通りなら君は僕から離れないことになるけど、約束で君の生き方を縛りたくはない。だから僕はリゾラに聞きたい。君はどうしたい?」


「そんなの……」

 感情が溢れる。

「そんなの、決まってるでしょ。一緒にいたいよ……アレウスと、アベリアと一緒にいたい。あなたたちの信じている人たちの傍にいたい。だけど、でも、私は……私は悪いこと沢山して、一杯……一杯迷惑を掛けて」

「悪いことならワラワも沢山しておるぞ?」

「でもリゾラさんは、アンソニーさんは魔王を倒すために力を貸してくれた。その想いは、その願いは世界のために人のためにあった。あなたが魔王と違うのは、ちゃんと罪と向き合っているところ。自分自身の悪いところを認めているところ。違う、そうじゃないって否定しないところ」

 クラリエは短刀を鞘に納め、アンソニーと共にリゾラの傍へと駆け寄る。

「あなたは化け物じゃない。あなたは人だから」

「そうですよー、私だって人なんですからぁ」

 忘れようとしていた。忘れられればどれほどに幸せか。そのように思い続けた日々もあった。


 けれどずっとリゾラは捨てられなかった。


「産まれ直す前から、産まれ直したあとも、ずっとずっとあなたが好き。あなたと、アベリアの傍にいたい。離れないでいいなら、私はあなたたちと一緒に生きていたい」


「最初からそれを言えばワラワも刺されることはなかったぞ」

「アベリアちゃんもあんな自分でもどうしようもないくらいの炎の塊を撃たずに済んだのに」

「僕が必死に止める必要もなかったな」

 多くの言葉を向けられる中でアレウスがリゾラの髪に触れる。


 頭に触れられるのも髪に触れられるのも吐き気がするほどにリゾラは嫌いだ。しかしどういうわけか、アレウスに触れられることと撫でられることは受け入れられた。


「ほら、帰ろう」

 アベリアが手を差し伸べる。リゾラはその手を掴む。

「ヴェインとエイミーさんの間に子供が産まれたんだよ。すっごく可愛くて、リゾラも見たいでしょ?」

「私、そんなことしていいのかな。子供に悪い影響、与えないかな」

「二人が良いって言った」

「言ったか?」

「言ったもん」

「駄目だよ、アレウス君。アベリアちゃんの言うことはもっと信じてあげないと」


「……アンソニー?」

 リゾラは涙をこらえながら、そっと離れようとしているアンソニーに声を掛ける。

「いやぁ……だって、私はもういらないでしょう?」

「アンソニーがいなかったら私、ここまで逃げることできなかった。あなたがここでいなくなるなら、今度は私がどこまでもあなたを探し回るけど」

「それは……それは、とても、怖ろしいですねー。あはは……リゾラさんに追い掛けられるのは、ちょっと」

 溜め息混じりではあっても呆れてはおらず、むしろ嬉しさが込み上げて言葉に詰まっている。

「私たちは一緒でしょ、どこまでも」

「どこまでもは一緒にいたくはないですけど」

 取り敢えずは、と言いながらアンソニーは立ち去ろうとしたその足をこちらへと向けて歩く。

「本当にもう疲れた。もう二度と鬼ごっこなんてしない」

「帰ってからも大変でしょ? リゾラを見つけたんだから、やっと結婚の話を進められるんだから」

「結婚。本気でするんだ?」

「リゾラもだけど」

 平気な顔をしてアベリアは言う。

「…………はぁ、もう好きにして。でも私も何番目でも構わないからアレウスと結婚するから」

 我は通す。


 この想いは産まれ直す前からずっとあったものだ。

 だから、この世界ではアベリアに完敗してしまったが想いの強さでは負けない。

 これから先、どれだけの不幸に見舞われようとも、その不幸全てを喰らって幸せになる。そうリゾラは決意するのだった。




*鬼ごっこ

・アレウスと約束した鬼ごっこはその後、二年に渡って続いたもののリゾラが負けることとなった。その間にリゾラとアンソニーは贖罪の旅を続けており、冒険者でなければ危険とも言える沢山の善行を積み重ねた。己の罪としっかりと向き合い、苦しみながらも人助けをする中で、ギルドには彼女たちの助けによって救われた人々の声が集まり出す。奴隷商人からの解放、危険な魔物の討伐、街を虐げる貴族の改心。大きなことも多くあったが、子供のために水を汲みに行った、子供の母親のために花を採取しに行ったといった本当に小さなことまでどれもこれもリゾラとアンソニーは自分たちに出来る限りのことをし続けた。その情報やオーディストラ女帝の情報なども加えてリスティはリゾラのいそうな場所を割り出す。そこにアレグリアやレジーナの星辰、クニアやカプリースの海からの情報、王国の手引き。果てには獣人やドワーフ、ガルダも交え、とにかく大陸中が彼女たちを見つけ出すために躍起となった。それらは全て、魔王を討つことに貢献した人物が罪の重さに潰れて消えてしまわないようにという願いである。


・とある街でいつものように善行を積んでいた最中に奴隷商人の話を聞き、リゾラとアンソニーは自警団に突き出そうとする。しかしそれはリリスの変装であり、そしてアンソニーがリゾラへと向けたせめてもの救いであった。これらはアレウスを除いたアベリア、クラリエ、リリス、アンソニーの間で計画されたもの。それを悟ったリゾラはアベリアに抱いていた黒い感情を曝け出し、尚も逃げようと試みるが反対にアベリアからの言葉に胸を打たれてしまう。だからこそ自分自身はいなくなるべきだ。そう思ったリゾラを守ったのは全てを知らないままに魔法を受け止めたアレウスだった。状況を察して彼は誰を咎めるでもなく、ようやく見つけ出したリゾラに優しく声を掛けた。


・アンソニーはリゾラが幸せになることを見届けたのち、静かにその場を立ち去ろうとしたが彼女のたっての願いによって歩く先を彼女と同じものとした。自身が犯してきた罪の重さにはアンソニーもまた耐えられないものがあり、それをリゾラと分かち合うことで気分を紛らわしていたため、アンソニーにとっても彼女の申し出はありがたいものだった。二人はシンギングリンへと身を落ち着かせたあとも教会に属することはなかったが、人々の小さな悩みから些細な困りごとまで聞いて回ったという。しかしそれらは彼女たちの裁量によって正しいかどうかが見極められ、間違った悩み、間違った困りごとであったなら決して力を貸すことはなかった。


・アベリアとリゾラの抱えていた不幸、そして当時の互いを利用とした気持ちは全く同じもので、それらを共有することで二人はようやく互いを認め合い、そしてリゾラは彼女へ向けていた不完全燃焼のままだった復讐心を放出し切った。状況で、謝罪で、場合で、仕方なく互いを受け入れていた二人はようやく本心で語り合うことができるようになった。アベリアは決してアレウスへの愛情の大きさでは譲らなかったが、逆にリゾラはアレウスへの愛情の重みに関しては譲ろうとしなかった。


・産まれ直しの果てで実った愛情をリゾラは最初は煙たがり、シンギングリンでの生活もどこか自分の居場所ではないのではという気持ちがあったが、それらはエイラとの交流で一気に払拭され、徐々にいつも通りの――アレウスが産まれ直す前に追い掛けていたリゾラへと戻っていった。

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