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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第2章 -大灯台とドワーフ-】
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立ち塞がるは魔物

 井戸の近くに死体が見える。だがその前に石畳を眺め、そして手で触れる。


「どう思う? それと、どう思います?」

 石畳のため、痕跡としては薄い。だが、足に土を付けたまま走り回った魔物たちの足跡であることは触れれば分かる。

「木々に登っている、って感じじゃなさそう」

「足跡からして井戸の奥からやって来て、こっちに駆け抜けて行った……って感じかなー。これなら大丈夫だと思うけど」

 シオンの意見を参考にしつつ、アレウスは石ころを拾って死体の近くに投げてみる。反応は無い。

「すっごい慎重だね。あたしが組んだパーティの中でもいっちばんの慎重さ。驚いちゃうよ」

「俺も最初は驚きましたよ。でも、この慎重さがアレウスの良いところです」

「無駄に褒めて来るのはやめろ」

「そして、性格が残念なのが短所です」

「セットで説明するな」

 ニィナとシオンが僅かだが笑みを零す。アベリアがニィナの手を握り、そのおかげか彼女の顔色が少しだけ元に戻る。


 心労に(こた)える場面でヴェインは安らぎを与えようとしてくれている。死体を前にして大笑いするのはさすがに行き過ぎているが、このような惨状は心を病まないように適度に表情を緩ませるべきなのだ。


「それじゃ、回収に行こうか。見通しが悪いから全員で動く。残した方が襲われたら元も子も無い」

 一歩、また一歩と歩を進めて死体に辿り着き、担ぎ上げる最中も細心の注意を払いつつ踵を返す。

「ここには居ないみたいね」

「あたしも、ここは大丈夫だと思うよ」

「だが、長くは居たくない。広場まで戻ろう」

 ヴェインがアレウスに協力し、死体の重みを分散させる。重い足取りではあれど、確かな進行で広場まで戻る。


「ちょっと休もう」

 これはパーティを支えるリーダーであるアレウスが言わなければならない。言わなければ、ニィナとヴェインがクルタニカに言われたことを忠実に守り過ぎる。使命感は強ければ強いほど良いが、それは休まずに働けという意味ではない。疲れているならば当然、そして精神的にも参りそうならばやはり休むことは必要である。それでも強すぎる使命感が先行してしまうため、「アレウスが休もうと言ったから」という理由を与えなければならない。

「水は飲めるか、ニィナ?」

「死体を触った手で革袋を取るのは、嫌ってところを除けば問題無いわ」

「問題ありだろ。使え」

 アレウスはまだ携帯していた布を何枚かニィナに渡す。それを手に巻いて、ニィナは革袋を取って、水を飲む。

「私が使って良かったの?」


「ヴェインがあとで“解毒”を唱えてくれるからな」

 そう答えてアレウスは鼻と口を覆っていた布を取る。それを手に巻き、自身の革袋を腰から外して水で喉を潤した。

「それに、僕とアベリアは慣れている」

 アベリアも同じように布を取る。

 臭いは元々、慣れている。ただ感染症予防のためにと二人は覆っていただけだ。しかし、長く活動すればするほど口から零れる息が布を濡らしてしまうため、それが逆に気になってしまったので取り払った。

「言っておくけど、真似して布を外そうとはしないで良いからな」

「真似したくても出来ないよ。俺のことは俺が一番よく分かっているからね」

「そうそう。出来ているならとっくにやっているわよ」

 リーダーの雰囲気に迎合しない。それは思考を停止させてただ付いて来ているわけはないという意思表示だ。体調という部分ではアレウスは二人の言葉や顔色からしか判断の付けようがない。本人が大丈夫だと言えば大丈夫なのだろうと思ってしまうし、たとえそれが無理をしていると見えていても自身にはその無理を押し止めるだけの言葉の力がない。ムキになられても困る。そのように悩んでいたが、こうして言い合いが出来るのならば心配はいらないのかも知れない。


 皮肉な話になってしまうが異界を知り、己の無力さを知ったが故に、ニィナもヴェインも無理なことは無理と言える心の余裕を手に入れたのだろう。ではシオンは大丈夫だろうかとアレウスは彼女の様子を探るが、疲れの色は見えてもニィナほどの辛そうにはしていない。彼女も言いたい時には言える性分だと勝手に判断する。


「そう言えば、クルタニカさん、だっけ? 一人だけ楽な仕事を取ったとか他の人が言っていたけど、私はあの役はやりたくないわ」

「純粋に自信が無い、だろ? 僕もそうだ」

「そうよね? たった一人で生き残った村人と馭者だけでなく、食料も馬も全て守るのよ? もし私が上級になった時に同じことをやるかって言われたら、絶対にやらない。魔物の一匹も見逃さず、重傷の村人の怪我を治すことにも目を向けて、更には馬の餌やりまで。上級ってことはこの依頼も一度は最低でもこなしているわけだし、死体を見たくないからって理由だけであんな役目は引き受けられないわよ」

「率先して受けていると言っていたな」

「伊達に上級を名乗っているわけじゃないわ。あの人の強さには、いつ届くか分かんないけど」

「一番キツい役割を担っていると分かっているんなら大丈夫じゃないか? それだけで目先のことしか見えていないし考えていない冒険者じゃないって言えるわけだし」

「そうだと良いけどね」

 ニィナはその場で足の曲げ伸ばしをして、筋肉を労わる。


「そろそろ休憩は終わり?」

「運んだ数で優劣は決まらないけど、傍から見られてサボっているなんて言われても嫌だからな」

 アベリアの質問にアレウスはそう答える。

「さっきより、人通りが激しかっただろう村の大通りに行こう。他の冒険者とも協力して死体を運び出せる」

「りょーかーい」

 シオンは気軽そうに言いつつ、アレウスの隊列に戻って来る。

 五人で大通りを進み、死体を運ぶ冒険者と擦れ違いつつ、村の中心部に出る。中央にはなにかしらの偉人の石像でもあったのだろうが、それは倒されて崩れてしまっている。人種の造った物は丈夫である。そのようにアレウスは思っていたが、こんなにも容易くなにもかもが壊れてしまうものなのかと呆然としてしまう。だからこそ「壊滅」と言われるわけだが、中央広場はより強く自身に、至らなさを痛感させて来る。

 自身のせいでこうなっているわけではないのに、さながら自身がなにも出来なかったからこうなった。そんな酷い思い込みをしてしまいそうになる。アレウスにとっては死体よりも、壊された日常の景色の方が心に来るものがあった。

「大丈夫かい?」

「……吐きはしないけど、な。悔しさが強くなる」

「背負うものは分け合おう。一人じゃ背負えないことも複数人だったらなんとかなることだってあるんだから」

「ありがとう」

 ヴェインの頼もしい言葉に素直に感謝し、アレウスは抜けかけていた力を全身に巡らせ直し、一歩を踏み締める。

 が、その一歩でアレウスは違和感を覚える。


「アレウス君」

「なにか、嫌な感じがするわ」

 シオンとニィナに言われ、アレウスは手で進行を制止させる。

「後退だ」

 そしてゆっくりと後ろ足で下がる。視線は前方の壊れた大きな建物――恐らくは役場か元ギルドだった場所か。そこを注視したまま、下がり続ける。

「なにかおかしいところでもあった?」

「土の付き方がおかしかったよ。なんだろ……歩いたり走ったりするような痕跡じゃない」

 アレウスに訊ねて来たアベリアにシオンが代わりに答える。

「ニィナ、弓矢は構えておいても良いが、走って逃げられるか?」

「両手で弓矢を持ちながら走るぐらいどうってことないわ」

「そうか……ならそのままの状態を維持しておいてくれ。アベリアも、気を抜くなよ」


 後退するアレウスを尻目に複数の冒険者が走って全員の横を過ぎ去る。


「死体にビビったか? まだ子供だもんな、無理はするな」

「いや、待って下さい」

「大丈夫だ。ちょっとは休め」

 そんな気遣いの言葉は、今のアレウスには必要ではない。

「だから、そっちはなにか嫌な感じが」


 晴れていた空に影が差す。

 アレウスと話していた冒険者は足を止めていた。だがそのパーティは勇み足なのかは知らないが走って大きな建物へと向かっていた。ここまでは良い。ここまではよく見る光景だ。しかし建物の左右。焼け落ちた家々を石の剣で打ち壊しながら二匹の豚の頭を持ち、醜く肥え太った体を持った魔物が飛び出し、豚のような鳴き声を吐き出しながら二人の冒険者に襲い掛かり、狂ったように剣を叩き付け、最後に尊厳を踏み(にじ)るかの如く、冒険者だった“もの”を足で蹴り飛ばしてどこかへと転がした。


 一人、立ち止まっていた冒険者は大きな悲鳴を上げる。無理もない。自身の目の届く範囲で仲間が死んだ。甦ると分かってはいても、仲間が殺される様を見てしまった。それは初めて立ち寄ったこの村の人々の死体よりも生々しく彼に『死』と『冒涜』、そして『恐怖』を見せ付けたのだ。


「ニィナ!! 壊れている家屋でも良い。高所で射って、音を鳴らせ」

 アレウスはニィナに鏑矢を投げて渡し、短剣を抜く。

「音でこっちに来るわよ?」

「構わない。引き付ける。音でこっちに来たなら、ニィナはそのまま姿を隠しても良い」

「馬鹿言わないで、あれを村の入り口まで連れて行ったら折角、運んだ死体を蹂躙されてしまうでしょ!」

 そう、ここですべきことは撤退ではない。戦闘である。

「音さえしたら他の冒険者も集まって来てくれるかも」

 アベリアの言う通り、それこそが狙いなのだが、同時に他の魔物も反応しないかどうかの不安も残る。

「射ればあとには引き返せない。どうするかはニィナが決めてくれ」


 答えは待たない。ニィナはアレウスたちから離脱し、高所を目指して移動を開始する。

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