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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 後編 -神殺し-】
697/705

達成

 世界に震動、吹き荒れていた嵐。そのどちらもが晴れてさながら夜明けのように日の光が雲の合間から地上を照らす。

「嵐過ぎ去ればおれもまた過ぎ去るのみ。此度の嵐はおれが知る全ての嵐よりも――いいや、過去に一度だけ似たような嵐もあったか。あの日も確か、魔王が討たれていたな」

 空を見上げてライオネルは満足そうに呟き、自身の周りにある魔物の死体を見やる。死屍累々とはまさにこのことで、しかしライオネルの肉体には傷一つ付いていない。

「まだ死ねんか、おれは。しかし、『至高』の冒険者はおれだけが生き残ってしまったか」

 魔物の死体を踏み締めながら、血にまみれた戦斧を背負う。

「…………いいや、『至高』の冒険者は新たに誕生している。ならば過去の『勇者』を追い続けていたおれはそろそろ普通に生きてもいいのかもしれないな」

 自身の妖精を指先に止まらせて愛しそうに微笑む。

「自由に生きよう、スピール。もはやこの命、いつまで持つかも分からんが……最期ぐらいは穏やかでありたい」

 妖精はその問い掛けに肯き、ライオネルは自身を竜巻で包み込む。

「おれの言葉に集ってくれたドワーフよ! 誇りは失われず、そしておれたちは誇りを手に入れた! おれの言葉、そして大長老の言葉を聞いて最後の最後まで悩みつつも応じてくれたことに感謝する! お前たちが守り抜いた命は決して無駄ではなく! お前たちが築き上げた誇りも希望も決して惑うものにあらず! これからは山ばかりを見ず、世界を見ることを始めようではないか」

 同胞たちに呼びかけながらライオネルは妖精諸共、竜巻と同時に消えた。


「まったく……嵐のように現れ嵐のように去るとは。まさに二つ名、通り名に相応しいドワーフです」

 ライオネルの王都周辺に轟く呼びかけを聞き届けたリスティたちは溜め息をついて呆れる。

「こっちはまだそれどころじゃないと言うのに」

 冒険者たちは前に出てキメラ討伐に全力を賭している。そんな中で尋常ではない数のマーナガルムがアライアンス陣営へと押し寄せている。それはさながら最後の悪足掻き。魔王が追い詰められていることを魔物たちは察し、そして自分たちは生き残ろうと抗っている。キメラで手一杯な冒険者たちの間を擦り抜けて、リスティたちがいる陣へと侵入し、担当者たちが集っている場所まで肉薄している。

「各自、退避の準備に入ってください。退路はドワーフたちに任せてとにかく逃げるように」

 アライアンス陣営にはライオネルと大長老の命によって力を貸してくれるドワーフたちがいる。退路の確保に回しているため、正面突破を続けているマーナガルムの対処に割いている人数は少ない。マーガレットもキメラと戦っている新王国軍と戦っている最中だろう。手引きしても彼女には応じる余裕がない。

「来ます!」

 担当者の一人がリスティへと危機を伝えてくる。複数のマーナガルムが大テントの布を爪で引き裂きながら侵入する。

「逃げて!」

 リスティは覚悟を決めて剣を抜き、複数匹の魔物の群れへと飛び込む。被害を最小限に抑えるためには冒険者の経験がある彼女がとにかく複数の魔物を惹き付けなければならない。その責任は重大であると同時に命を捨てるにも等しい死地への突撃でもある。

 マーナガルムの喉を貫き、引き抜き、死体を掴んで投げ飛ばす。マーナガルムは群れの有利を活かすために決して突出せずにリスティの動向を探っている。力の差を測っている。リスティが僅かでも威圧的な態度を崩すことがあれば魔物たちは一斉に飛び掛かってくるだろう。

「ニンファンベラ、早く!」

「うぁたしはこのアライアンスの責任者ですのでぇ! 皆さんが逃げるまでの時間を稼ぎます」

 それは与えられたギルドマスターとしての矜持であり、リスティと同じく責任を背負う者の言葉である。ならば彼女と共に時間を稼ぐ方法を、手立てを考えなければならない。

 しかし、意識を彼女へと向けたことでリスティへとマーナガルムが飛び付く。反応して即座に切り伏せるが、次から次へと波のように押し寄せる魔物の勢い、そして飛び付くその重量で押し倒されて雄々しき牙が首元まで迫る。


 そこで全てのマーナガルムの動きが止まる。牙を首に突き立てずにリスティから離れ、魔物たちは天を仰いでなにかを察し、自らが引き裂いたテントの外へと一斉に逃げ出した。


 荷物を抱え、或いは大量の紙束や資料を両手に掻き集められるだけ掻き集めて逃げ出そうとしていた担当者たちも何事かと立ち止まり、リスティは起き上がって剣を鞘に納める。


「一体なにが……?」

「こちら、ニンファンベラです。冒険者は各自、パーティの生存報告を担当者に行ってください。また被害状況も伝え、問題があれば近くの冒険者の協力を仰いでください。周囲の魔物の状況も伝えてくださると助かります」

 テーブルに置かれた大きな地図に担当者たちが集まって冒険者の位置取りを調べ、『接続』の魔法での連絡を試みている。ニンファンベラの声も恐らくは『接続』によってこの地に集った全ての冒険者に伝わっていることだろう。

「……もしかして?」

 ぬか喜びにはまだ早いが、リスティは感知の技能で周辺の魔物たちが遠ざかっていくのを読み取る。

「アレウスさんたちは無事ですか? うぁたしたちのことなど気にせず、戦い続けるように伝えてください」

 額に掻いた汗を布で拭き取りながらニンファンベラはリスティへと訊ねる。

「ええ」

「……どうしたんですか? 『念話』での連絡は?」

「まだ」

「だったら捜索させるように伝えましょう」

「いえ、問題ありません」

「本当に?」

 呆けているリスティにニンファンベラは若干の苛立ちを見せている。だが、それをそのまま態度や言葉としては見せない。マーナガルムの襲撃で命の危機に瀕したのだから思考が安定しないことへの理解を示す。

「ええ」

 リスティは空を見上げる。ニンファンベラもその視線を追って空を見上げる。

「空が晴れました」

「それはライオネルが去ったからでは? まだ確証がありません」

「私は信じています。いいえ、彼らは――アレウリス・ノ―ルードたちは魔王を討ち果たしたと」

 リスティは断言するように言う。

「根拠は? 根拠もなく理想を口にしてはなりません。うぁたしもそれで痛い目を見たのですから」

「そんなはずありませんよ。だって、」


『リスティさん? ヴェインと念話で伝えてほしいんですけど』

 根拠もないことを話そうとするリスティに根拠を与えてくれる『念話』が送られてくる。

『誰も指一本動かすことができなくって……悪いけど、僕たちを拾ってほしいと』

「では、魔王は?」

『討伐しました。ただ、捕縛してほしい人物もいるので注意しろとも伝えてください』

「分かりました、すぐにヴェインさんへと伝えます。あの……待っている間に死にません、よね?」

『今なら死んでもいいと思うんですけど、まだ心臓は生きたいと訴えかけているので……ああ、アベリアやジュリアンも無事です。なので本当に拾ってくれると助かります』

 リスティはアレウスとの『念話』を切る。


 振り返り、感極まりながらリスティは担当者たちに向く。

「私たちは『今』を勝ち取りました! 一時の、しかしながら待ち焦がれた世界の平和が訪れます! 私たちの、いいえ……世界の勝利です!」


 彼女の宣言によって担当者たちは一斉に湧き立ち、涙を流しながら喜びを表現する。持っていた紙束を放り投げ、互いを労うように肩を寄せ合い、抱き締め合いながら跳ねる。

「担当者からこの地に集う全ての冒険者、そして手を取り合った全ての方々に告げます! 黎明の時、来たれり! 黎明の時、来たれり!!」

 『接続』の魔法を維持していた担当者が強く高らかに人類の勝利を戦い抜いた者たちへと届ける。


 抱えていたありあらゆる仕事を放り出してしまいかねないほどの歓喜に満ち溢れた空気にニンファンベラも徐々に状況を理解して、得意ではない笑顔が自然と浮かび上がる。


「あぁ…………長きに渡った戦いの果てがようやく結実して……けれど、これから国としては大変です」

 笑顔を浮かべたまま彼女は現実的な話をする。

「帝国、連合、王国、新王国。そこにハゥフルやエルフ、ドワーフや獣人。ありとあらゆる種族が入り乱れての総力戦でしたのでぇ……こうなる前に色々と示し合わせて決定もしているとは思いますが」

「誰かが負けて、誰かが苦しむ。戦争の終結とは誰もが勝利では終わりません」

「乗り越えられると信じなければなりません。しかし、うぁたしたちはどういうわけか乗り越えられると信じる前に思っている」

「勇気を貰ったからでしょうか。私たちはこの戦いで、この最終決戦でまさに現実を越えるほどの夢を見てしまったのかもしれません」

「復讐の果てに魔王を討つ……欲望だけで世界を救った冒険者、ですか」

「けれど、結局のところどうなんでしょう。復讐するために戦い続けた果てに魔王がいたのか。復讐した勢いのまま魔王を討ったのか」

「……ですが、うぁたち人間は結局のところそこに行き着くのかもしれません」

 リスティは首を傾げる。

「全ての人間が清廉潔白なわけではなく、誰もが心に欲望の火種を抱えている。それを正しく燃やせるか否か。燃やしたとて、大成するか否か。欲望の炎が大きければ大きいほどに邪悪に飲まれてしまいますが、もしも正しく燃やし続けることができたなら」

「アレウスさんのようになれる?」

「人はそれぞれ違いますから、同じようにはなれないとは思うのでぇ」

 ニンファンベラは自身の言葉に自信がないためかリスティをはぐらかす。

「でも、私たちも知ることができました」

 彼女の言いたいことをなんとなく把握し、胸に刻み付けながら言う。

「どんなに正しい欲望があっても、それが巨悪や邪悪に立ち向かう強さになっても、こうして誰かは傷付かなければならず、誰かは死んでしまう。ずっと前にそんなこと分かっていたつもりなんですが……多くを喪いました。私たちの言葉、或いはアレウスさんの言葉を信じて戦った多くの種族の方々にお礼を言わなければ」

「……手を伸ばせば無償で手に入るもの。それが平和だと誰もが夢見て、誰もが思い、誰もが願う。なのに現実は誰かが犠牲にならなければ一時の平和すら手にすることができない。平和は常に遠くにあって、追い掛けても追い掛けてもずっと遠くにあって、捕まえたって気付けばまた手から離れてしまう。うぁたしたち人間はそれを永遠に繰り返しています」

「今回は偶々、王国に『異端審問会』が隠れただけ。次に巨悪が成ったとき、そこが帝国であったとしても私たちは今回と同じように立ち向かえたら……よろしいのですが」


 未来を捨てて今を手にした。そのことはリスティも理解している。しかし今を最良にし続けていれば平和を維持することは可能なのではないかと夢見てしまう。

 そう、夢なのだ。平和な夢はいずれ覚め、いずれ未来は明るさを失って暗くなる。

「それでも私たちは、未来は明るいんだと子供たちに教え続けることになる」

「未来で子供たちが絶望するかもしれないのに、意味もなく未来が希望に満ち溢れていると語ってしまう」

「自分たちが無理やり手にした平和から生まれる新たな火種から目を逸らしながら……まさに『異端審問会』が平和のためにと信じて行い続けてきた所業がアレウスさんという復讐の炎に焼き尽くされたように、私たちも気付かぬ内に誰かの怨嗟の炎に焼かれてしまう」

 でも、けれど、とリスティは願う。

 可能ならばその瞬間はもっとあとで、と。これもまた未来を犠牲にする言葉だ。今を優先して未来を捨てている。しかし今を大切にしなければ未来もない。

 この現在と未来の関係性を紐解くことはきっと誰にも出来ない。誰とも語り合えない。『過去』は既に全員が抱えているもので、だからこそ誰もが自分自身の信じる『現在』や『未来』を信じて生きている。

「魔王を討って、そのあとにアレウスさんはどうするんでしょうか」

「それはアレウスさんからあなたが聞き出せばいいことです。重要なのはこれから先にあります。私たちは彼らが魔王を討ったこの地、この場所にいましたが、世界の大半がここにいるわけではありません。魔王討伐の話は風の噂で果てまで届き、語られるたびにその内容は変容していきます。もしかするといわれなき言葉が彼らを襲うこともあるでしょう。担当者として支えてあげてください。これはギルドマスターとしての命令です」

「了解しました」

「そしてここからはギルドマスターじゃないニンファンベラとしての言葉になるのですがぁ」

 言いながら彼女はリスティと手を合わせる。

「早くアルフレッドのところに帰りたいので手早く仕事を済ませていきましょう」

 リスティへと向けていた笑顔をスッと戻してニンファンベラは担当者たちに向き直る。

「仕事を放り出していないで急いでくださぁい。急がないと給料を出しませんのでぇ」

 究極の鶴の一声によって全員の歓喜が鎮まり返って、放り出した紙束や仕事へと戻っていく。

「ああ、でもリスティは仕事を放り出して構いませんのでぇ」

 体を捻ってニンファンベラは告げる。

「早く迎えに行ってあげてください。あなたの到着もアレウスさんは待っていると思いますのでぇ」

 言われ、リスティは肯いて迷いなくアライアンスの陣営から外へと飛び出し、走り出す。


「おや? どこへ行く?」

 外で待っていたマーガレットが分かっていることを聞いてくる。

「迎えに行きます。馬に乗せてほしいのですが」

「それはそれは、丁度良いところに。私もまさにクルス様をお迎えに行くところだ。その道中までなら付き合おう」

「お願いします」

 リスティは馬に跨ったマーガレットに拾い上げられ、彼女の背に身を委ねる。

「やりましたよ、兄上。これで王国は真に生まれ変わります」

「そういえば、ドラゴニアが討たれた王国はこれからどうなるのでしょうか」

「担当者のあなたが心配することではない。王国の民草は今もまだ、周囲で起こっていた状況を理解できていないまま。しかし、確実な変化は起こる。人任せ、祈るだけ。そのように罵られた民草たちにも意思が宿る。これからの王国は変化の苦痛に苛まれるが、私たちは必ずその苦痛を乗り越えて国を新たな形へと変えてみせる。まぁ、変えるのは私ではなくクルス様とエルヴァージュたちだが」

 マーガレットは『未来』を切り開こうとしている。ならば『現在』に拘ったリスティはなにも言えなくなる。

「分かるとも。未来を捨てたことぐらいは」

 リスティからの返事がないことからある程度を察したのかマーガレットが声を零す。

「しかし、捨てた物を拾ってはならないわけではない」


 リスティは唐突に視界が開けたような、澄み渡った世界の景色を見た。


「そうです。その通りです。捨てたものをもう一度拾ったって誰も文句は言いません。私たちは今を安定させるために未来を捨てた。でも、その未来を安定した今のあとに拾ったって、全然これっぽっちも困らない」

「はははははっ、そうだ。私たち人間は欲深い。捨てたものを勿体無いと言ってなにが悪い? 勿体無いから私たちは拾うのだ」

 新たな境地をマーガレットによって(ひら)かれる。


 クルスたちが前方に見えたためマーガレットが馬を止め、リスティを降ろす。


「無事だったのね、マーガレット!」

「この身、クルス様が思い描く見果てぬ夢にどこまでも付いて行く所存です」

「リスティも――いいえ、リスティは早く帝国の冒険者のところへ。私がさっきまで乗っていた馬に乗って」

「ありがとう」

「リスティ」

「なに?」

 馬に乗って先を急ぐリスティをエルヴァが呼び止める。

「アレウスに伝えてくれ。お前たちは偉業を成し遂げた。特例を得ても誰も文句を言わない絶対の評価を得た」

「そんなこと伝えなくてもアレウスさんは分かっていると思うけど」

「よくやった」

「なんて?」

「よくやったと言ってやってくれ」

「まぁ最初から聞こえていたんだけど」

 二度言わせたかったためにリスティはエルヴァを引っ掛けた。

「ちっ! なんだその駆け引きは! さっさと行け!」

 心底、面倒臭そうに言いながらもエルヴァの表情にはどこか晴れ晴れとしたものが見えた。ようやくクルスへと向けている殺意の行き着く先を見出したのだろうか。もしそうなら二人の殺し合いを見ずに済むかもしれない。だが、これがリスティのただの勘違いである可能性も十分にある。

 今はまだ、多くを訊ねはしない。それよりもリスティはすべきことがある。


 馬を走らせ、やがて荒野を駆ける。


「聞こえますか、ヴェインさん」

 『接続』の魔法でヴェインに語り掛ける。

「馬を一頭、そちらに届けます。恐らく動けないアレウスさんとアベリアさんを乗せて私たちは徒歩での帰還となります」

『こちらでも一頭確保しました。魔王を討ち果たした二人を乗せましょう』


『なにを言っているんだ?』

 アレウスの『念話』が聞こえてくる。

『二人じゃない。僕やアベリアだけじゃない。みんなで魔王を討ったんだ。誰か一人でも欠けていれば成せなかった。僕、アベリア、ヴェイン、ガラハ、クラリエ、クルタニカ、ノックス、リゾラ、ジュリアン、そしてリスティさん。十人で果たした大命なんだ。僕はこの功績を二人占めになんてしない。いや、もしかしたらもっと多く、沢山の支えがあった。カーネリアンやニィナ、アイシャも足せば……だから、』

「それ以上は仰らないで待っていてください」

 リスティは彼の言葉を切る。

「私たちはちゃんと分かっています。あなたがどんな人で、どのような生き様を歩んでいるのかを。あなたが自分たちで独占なんてしない冒険者であることも」

 荒野の中心に倒れているアレウスたちが見える。そしてヴェインたちも馬と共に駆け寄っている。

「あなたは理想に届いたんです」

 ヴェインの手によって起こされるアレウスにリスティは感無量で伝える。

「あなたの中にあり続けた理想の冒険者。その姿に、あなたは到達したんです」

「……そう、ですか? 僕はまだよく分かっていません。だって僕の中のヴェラルドやナルシェはもっともっと大きくて、ルーファスさんやアニマートさんの足元にも及んでいないと思ってばかりなんですけど」

「そんなことはありません。あなたはあなたが憧れる冒険者に並び立てています」

「だったら、嬉しいですけど」

 そう言いつつアレウスの視線はアベリアに向く。

「次にやりたいことはある?」

「次?」

 アベリアの問い掛けにアレウスは首を傾げる。

「そう、次だよ。沢山、目標を立てなきゃ。私たちは魔王を討って、それで終わりじゃない。そうでしょ?」

「……ああ、そうだった。僕の欲望の火種はまだ燃やさなきゃならない」

 アレウスは忘れかけていたことを思い出し、大きく息をついてから肩を貸しているヴェインに身を委ねる。

「でもしばらくはぐうたらさせてくれ。ずっとずっと止まっていなかった人生だったから」

 早足か駆け足か。人から見ればどんどんと先へと突き進む生き様をアレウスは回顧し、当面の休息を求めた。

「リゾラ…………?」

 そのまま瞼を閉じたくなるような睡魔に苛まれながらも、駆け寄ってきた仲間たちの中にリゾラがいないことに気付いて抗うように目を見開く。


 もう行ってしまったらしい。


 別れの言葉も告げないで彼女はいなくなった。それはつまり、アレウスとの約束の始まりでもある。

 自分の傍に留めるためにアレウスは彼女を見つけなければならない。

 追い越したはずの彼女をまた追い掛ける。これまでのようにリゾラから接触してくれることはないだろう。

 しかし、悲観はしない。どこか自信があった。

 必ず見つけられる。そんな自信が。



「アレウリス・ノールード一行(いっこう)が魔王を討ち果たしました」

 両目から血を流しながらオルコスは静かに、自身の目の前に立つ『異端審問会』の構成員に伝える。

「もはやあなた方に戦う理由はなく、争う意味もなく、そして帰るべき場所もありません」

 カランッと剣が落ちる。

「神は……私たちをお見捨てになられた」

「いいえ、違います」

 剣を恐る恐る手に取り、オルコスはそれを遠くへと放り投げる。

「神はただ争いに非介入であっただけ。あたしたちの醜い争いをただ見ているだけ。人と人が争い合うときに、どうして神の加護があるとお思いで?」

 構成員はなにも言い返さず、膝から崩れ落ちて項垂れて動かなくなる。オルコスを守るために城内へと戻ってきた騎士たちが構成員を捕縛して地下牢へと連れていく。

「ゼルペスで攻防する敵味方全てに告げます」

 すかさず『接続』の魔法でオルコスはゼルペス全体へと声を送る。

「この世に蔓延る魔物の王が冒険者の手によって討ち果たされました。かつて恐怖の時代は冒険者の手によって終結され、そしてこの度、再来しかけた恐怖の時代もまた冒険者が止めたのです。あたしたち人間は恐怖の挑むことができ、そして打ち勝つことができます。ゆえにこの戦いにもはや意味はなく、『異端審問会』に所属する全ての者に投降を促します。投降さえすれば即座に命までは取りません。その後の処罰に身を委ねるもまた神の(しるべ)だとあたしは信じています」

 オルコスは流れる両目からの血を拭い、回復魔法を掛ける。『灰眼』の過度な使用によって視力が不安定となっていたが、徐々に血の赤で染まっていた世界が元通りの色を取り戻していく。

「あなたが目で見えるようになって、あたしが目で見えなくなってしまっては元も子もありませんからね……」

 そう呟きながら安堵する。そして親友とのお茶会に胸を馳せる。

「終わりましたね」

 城の窓から内部へと飛び込んできたパルティータが話しかけてくる。

「なかなかに難しい戦いだったが、同胞はオレの願いに答えてくれました。さすがに無傷のまま捕らえ、抑え込むことはできませんでしたが」

「いいえ、あなた方の健闘に感謝します。それに、あなたの傷を見れば難しい戦いであったことは一目瞭然です」

 オルコスは全身に切り傷を抱え、今も尚、血を流し続けているパルティータにも回復魔法を唱えて傷を癒やす。

「ヒューマンたちが落ち着くまで獣人のオレたちは城に身を潜めます」

「お心遣い感謝します。傷付いた方々を一ヶ所に集めてください。神官と僧侶たちに回復させます」

「分かりました。では同胞にも傷付いた騎士や兵士を連れて城に向かうように伝えます」

 そう言ってパルティータは窓の外へと咆哮を上げる。それに応じるように獣人たちの鳴き声がゼルペスのそこかしこから聞こえ、満足したように彼はオルコスに向き直る。

「それでは、王族のエルフ」

「ひざまずく必要はありませんよ、キングス・ファング。あたしはオルコス・ワナギルカンと申します。あたしたちは対等――いいえ、むしろあなたの方が(くらい)は高いのですから」

 そう言ってオルコスはパルティータに格式高くスカートの裾を摘まんで礼をする。

「そういった小難しいものに縁がありません」

「これはあたしなりの配慮ですからお気になさらず。それでは、急ぎましょう。まだゼルペスの混乱を鎮められてはいないのですから」

「はい」

 オルコスは騎士と兵士に指示を出し、パルティータは騎士たちに案内されて城の奥へと通される。

「…………? なにか、変な感覚がありますね」

 歩きつつオルコスは呟く。


 頭の中のなにかが抜け落ちたような。引っ掛かり続けていた観念の錠前が外されたような。


「ヒューマンの呪いが――ミーディアムの特性が薄まって……いや、まさかそんな。でも、もしかすると……」

 そのように推測を脳内で広げつつも騎士たちに急かされてオルコスは走り出した。

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