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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 後編 -神殺し-】
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世界のロジック

「皇女様、お下がりください」

 アレウスはオーディストラの前に仲間たちと共に立つ。

「傍観者になんてさせない」

 魔王は迷いなく皇女目掛けて穢れた魔力の塊を放つ。国を統べる者を前にして一切の迷いのない一撃を誰も防ぐことはできず、直撃する。

「これで帝国はお先真っ暗」

「させはしない」

 魔力の塊が起こした土煙が晴れ、無傷のオーディストラが答える。

「私が存命中は帝国を闇に染めたりなどするものか」

 身に纏うは土の法衣。鎧のように(いか)めしくも布のように柔らかく、それでいて軽く見える。それらはオーディストラの前方へと集中することでさながらエルフの『衣』のように魔力の塊から身を守ったのだ。

「クールクース、許せ」

 しかし土の法衣はそのただの一度切りの防御によって砕け散り、オーディストラから『超越者』としての力が抜けていく。

「一度だけお主の愛している男の力を借りた」

「『初人の土塊』……まさか、貸し与えられていたというの……」

 信じられないという表情をしながらも、しかし目の前にある事実を魔王はすぐに受け入れる。

「一度だけなら」

「一度防いだならもうお前の攻撃は皇女様には届かない」

 リゾラとアベリアとヴェインの三人による強固な魔力障壁がオーディストラの前方に張られる。それを見て魔王はもはや自身の魔力で突破が容易でないことを悟る。


「勝て、アレウリス。そして勝ち得よ。この世界の一時の平穏を」

「仰せのままに」

 自身を纏う全ての炎を竜の炎剣へと送り込み、強い高揚感を深呼吸で沈ませる。魔王の干渉で世界がロジックを開くそのときまでに決着を付ける。それはきっと長いようで短い時間に違いない。刹那、一瞬、瞬間。そう思えるほどに時間という時間が圧縮される。そんな全てを注ぎ込む最後の命の奪い合いが始まる。

 誰一人として集中力を切らさず、誰一人として魔王に背中を向けて逃げはしない。


 全ては、

 この瞬間、

 この一瞬、

 恐らく、

 きっと、

 ずっと、

 待ち続けていた。


「行くぞ!!」

 アレウスの鬨の声に応じて仲間たちが魔王へと攻め立てる。

「全てを跳ね除ける。私は、神を殺すんだから!!」

 異常震域によって地盤すらも揺らぎ、大地が隆起してアレウスたちの足場を崩す。アベリアの『重量軽減』の魔法が飛び交って全員が軽やかな跳躍を繰り返しながら安定した地盤へと着地する。唯一、クラリエだけは空中で赤い魔力を集約させて、同時に幻影を魔王へと走らせながら短刀を投擲する。赤い魔力の爆発、そして幻影による襲撃を魔王は針の短剣で綻びを生ませ、最小限の鎧の損傷だけに留め、走り寄ってきた幻影を手で掴み、握り潰す。

 ガラハが地面を割るように三日月斧を振るって衝撃波が魔王に激突し、妖精の粉はスティンガーの指が成ると同時に炸裂する。鎧は汚れてもバランスを崩さず、自身に張り付いている衝撃波を力任せに押し退けて三日月斧を振り切ったままのガラハへと魔王は急襲する。

 針の短剣による一撃をヴェインが張った魔力の障壁で阻む。だがこれも力を込めて砕き、クラリエが尚も前進する魔王の足元に複数の短刀を突き立て、呪言で動きを制する。だがそれは一秒にも満たない停止で、すぐに魔王は前方を短剣で薙ぎ払う。とはいえ一秒にも満たない刹那の時間が二人の生死の分岐点であったことを表すように、本能だけで避けた二人は間一髪で短剣から生じた衝撃波をかわす。

 ジュリアンが向かってくる衝撃波を針の短剣で弾き、綻びを生じさせて消失させる。続いて辺りへと舞った穢れた魔力をヴェインが再利用することで祓魔の力を帯びた魔力に変換し、それを針の短剣に糸として通して魔王へと投擲する。魔王は一瞬、これを防ごうとしたがその対応が危険であると判断して手元に集めた魔力で弾く。針の短剣は地面に突き立つも、魔王の魔力に触れたことで(ほつ)れを起こさせ、魔力の編み方に綻びを生み出す。ノックスが背後から『削爪』で猛追し、その攻撃に対して魔王は反撃に移ろうとするが先ほどのジュリアンによって作られた魔力の綻びによって上手く手元で魔力を集中させることができず、爆発する。その爆発に呑まれる前にクラリエがノックスを白い魔力で引き寄せ、逆に黄色の魔力を爆発元の魔王へと送り込む。

 穢れた魔力が再度編まれたことで展開された魔力の糸が黄色の魔力を断ち切りながらクラリエとノックスへと突き進んでいく。

 リゾラが迫ってくる魔力の糸を前方に展開した魔力の障壁で阻むも、綺麗に切り分けられる。しかしリゾラは動かずに正面の空間に干渉し、両手を重ね合わせる動作に合わせて迫る魔力の糸は圧縮されていき、彼女の両手が重なった瞬間に小さく爆ぜて消える。


 アベリアとクルタニカが飛翔しつつ交互に火球と氷晶のつぶてを降らし、複数回の水蒸気爆発も交えた激しく豪快な魔力の押し付けを行う。それらを憎むかのように魔王の魔力が手に握り締める針の短剣と同じ形となって二人へと射出される。氷の障壁が防ぎ、アベリアがクルタニカの腕を掴んで直下に移動して魔力を避けるが追尾して上空から押し寄せる。慌てずにクルタニカは自分たちを保護する半球状の氷晶を発生させて全てを遮る。そして氷晶が砕け散ると、中からアベリアが魔王目掛けて『赤星』を放つ。それに動じずに魔王はただ歩み、針の短剣を突き立てて魔力に綻びを生じさせ、複数回の火球を浴びながらも表情を一つも変えることなく突き立てた短剣で撫で切って破壊する。


 爆風を越えて、アレウスが頭上から魔王へと降る。落下の一撃を魔王は半歩下がって避け、着地したアレウスは止まることなく腕を振って竜の炎剣で追撃する。針の短剣でそれらを捌きながら魔王は歯を喰い縛りながら狂気に満ちた形相で凄まじい速度で剣戟を放つアレウスを見て僅かに動じる。


「そんなに私が憎い?」

「憎い」

「そんなに世界が大切?」

「大切だ」

「……そんなに! 転生してきたもう一人のあなたを騙したことが、」

「違う!」

 アレウスは応答しながら魔王と激しい打ち合いを――最初の接触とは比べ物にならないほどの速度と練度と足運び、重心の無茶苦茶な移動も含めて続ける。

「お前が魔王だから討つ。お前が僕の人生を狂わせたから討つ。もう一人の僕を騙していようがどうだっていい! だってそいつはもう僕が殺したんだから! あとはお前だけなんだよ! 何度も言わせるな! お前を殺してようやく僕の復讐は完遂する! お前が狂わせた人生に一つの区切りを付けられる!」

「人生を狂わせた? こんな世界に産まれ直して、生きている意味でもあった?」

「意味は死ぬまでに見つける」

「だから一度死んでいるでしょ!?」

「でも僕はここに生きている! 僕はこの世界で産まれ、この世界で生きている! お前はどういうわけか生きることを馬鹿にし続けているが、転生して『異端審問会』で人間を見てきて思わなかったのか?」

「なにを?」

「人は生きることに全力だ! 生きることに精一杯だ! どんなにつまらなくてくだらないと笑われて、吐き捨てられるような命であっても、僕たちは一生懸命に今を過ごしている。生き続けているだけで偉いなんて言いやしない。生産性のない生き方に意味があるとも思っちゃいない! でも、僕は生きている、生きているんだ。この世界で、こうして! 生きているんだ!」

 だから、とアレウスは炎剣で鎧を溶かすように切り捨てながら叫ぶ。

「僕は生きなきゃならない! 与えられた命を使い切らなきゃならない!」

「人助けをして代わりに死んで、二度目の人生なのに!?」

「二度目の人生だからこそ、命を大切にする! 人を救って、自分も命を繋ぐ! 産まれ直す前の失敗は二度としない!」

 人生なんて一度切りで十分だ。それは二度目の人生を歩いてきて散々にアレウスが想い続けてきたことだ。


 しかし、それでもう一度死にたいかと言われれば死にたくないとアレウスはすぐに答えることができる。


「お前だって死に直してこの世界にやって来たのなら、もう一度死のうと思えば死ねたはずだ。それをしなかったのは生きたいと思ったからじゃないのか?!」


 アレウスが引き、ガラハが攻め、クラリエが幻影と共に駆け抜け、ノックスが背後を突き、ヴェインが四人を『加速』の魔法で魔王からの反撃から逃れさせる。ハウンドに横乗りするリゾラが移動しながら水流を放ち、それをクルタニカが魔王ごと凍結させる。内部から氷を砕いたが、その砕けた氷を再利用して氷晶のつぶてとして全てを魔王へと再射出する。

「アベリア」

「“赤星”!」

「獣剣技、群鳥!」

 灼熱の大火球が炸裂して数百の火球となり、そこに炎の鳥たちが混じって千の灯りとなって魔王へと落ちていく。

「「『合魔剣』、流星!」」


「そんな数だけの暴力で!!」

 魔王が目を見開き、空から降りしきる千の灯りを浴びながらも反撃の魔力の糸を編み出す。

「私は殺せない!」

「“束縛せよ”」

「っ?!」

 ジュリアンの魔力の糸が魔王の魔力の糸と絡み合い、そして互いに繋がる。

「!!?!?!?!?!!!」

 魔王が困惑し、思考回路を乱されたように全ての動きが緩慢になる。

「“さよなら(アスタ)(・ラ)告げる(・ビスタ)”」

 バトルドレスに綻びが生じ、魔王を包み込んでいた穢れた魔力が紐解かれていく。

「わた……し、の…………好き、だ……った?」

 魔王はジュリアンに手を伸ばす。


 その後ろでアレウスが炎剣を携えていることに気付いて振り向く。


「“軽やか”!」

 振り返りながらの魔力の展開が行われる前にアレウスの身がここ一番で最大の軽さを得て、炎剣が魔王の胸部を刺し貫いた。

「こ、の……私、が……?」

 魔王の内部が蠢き出すもガラハの斧刃が叩き付けられ、クラリエの斬撃とノックスの剣戟が左右から突き立てられる。

「どうし、て?」

「お前の敗因は僕に干渉するシロノアを止めず、僕を復讐者にしたことだ」

 でも、とアレウスは続ける。

「感謝している。僕はお前たちの企みによってヴェラルドに出会い、ナルシェに出会い、そしてアベリアと沢山の仲間に出会うことができたんだから」

「私……わた、し、あなたに……会いた、か、っ…………た」

 アレウスの言葉などほとんど聞こえていないとでも言いたげな、蒼白となっていく表情の中で彼女の瞳はただジュリアンを捉えて離さない。

「さっき言った。さよならと」


 魔王の魔力、そして気配が途絶える。アレウスたちが各々の武器を引き抜くと魔王はそのまま地面に倒れた。


「や、った……のかい?」

 ヴェインは問い掛けるようにしながらも異常震域が途絶えていないことに気付く。

「駄目だ、アレウス! まだ世界への干渉が続いている!」

「このままだと世界のロジックが開くわ。どうする? 私が破り捨ててもいいけど」

「それをするとどうなる?」

 物陰に隠れて、魔王の結末を見届けていたオーディストラが訊ねる。

「破り捨てたらそれこそ世界が崩壊するんでしてよ」

 クルタニカはリゾラの提案を却下する。

『アレウスさん! 状況を伝えてください』

「魔王は討ったと思います。でも、世界のロジックが開かれてしまいます。非常に不安定で、下手をすれば世界ごと全てが……」

 リスティに伝えるアレウスにアベリアが手を乗せてくる。

「私たちなら出来る」

「……そうだな」

 アレウスはアベリアの言葉の意味を察する。

「僕とアベリアで世界のロジックに干渉します。上手く行けばそのまま閉じることができるはずです」

「それは神に挑むことと同義じゃねぇのか?」

「神が世界に与えたロジックにアレウスが干渉する? それでアレウスは無事で済むのか?」

 ノックスとガラハが異を唱える。

「そんなこと出来るわけない! だって世界はエルフよりもずっとずっと太古から続いているんだよ!? アレウスとアベリアがロジックの負荷を分割しても、脳が耐えられるわけない!」


『……全員、そこを離れてください』


「リスティさん?」

『なにを言ってもアレウスさんもアベリアさんも止まらないのは分かっていることのはずです。ヴェインさん、あなたはサブリーダーとして決断を』

「…………アレウスとアベリアに任せて俺たちは離れよう」

 ヴェインはリスティの言葉に同調する。

「言っておくけど、君たちを犠牲にする判断じゃない。君たちがちゃんと帰ってくると信じて俺たちは下がるんだ。勝算があるんだろう?」

「ああ」


「まだ! まだわたくしたちは添い遂げもしていないんでしてよ!」

 涙を流すクルタニカの手をクラリエが掴んで走り出す。

「絶対に戻ってきて」

「死ぬなよ、アレウス!」

「皇女殿下はこちらに。オレが責任をもって守り通そう」

「頼む」

 ヴェインたちが魔王の生み出した薄暗い世界から脱出していく。


「死んだら私は世界を巻き込んで死ぬから」

 そしてただ一人、アレウスとアベリアの決断に対して辛辣に、そして同時に心中宣言をリゾラはしてヴェインたちのあとを追った。


「本当に勝算はあるの?」

「あるよ」

「良かった」

「だって僕たちはリオンの異界に干渉して、リオンの異界を閉ざすことができた。異界は元が幽世で、魂が一時的に留まる場所。つまり、世界と同じくらい太古からのロジックを抱えている」

「それを開けて、閉じることができた私たちなら」

「世界のロジックに触れることなんて造作もないことだ」

「ふふっ」

「怖いか?」

「ううん、全然」

 二人で地面に近い中空で指を滑らす。


「「“開け”」」


 二人が世界のロジックに干渉し始めた瞬間、消え去っていたはずの魔王の気配と魔力が再び宿る。起き上がり、紅の煌きに無情を宿しながら針の短剣を手に口が裂けるほどの笑みを浮かべる。


「無理無理無理無理! 人間が世界のロジックを開いて耐えられるわけがない!」

 アベリアがアレウスにもたれ掛かり、意識を朦朧とさせる。

「ほら! やっぱり耐えられない!」

 刹那、アベリアの外套が『原初の劫火』の力で燃え上がり、彼女が失いかけていた意識を回復させる。

「やっぱり……(こた)えてくれた」

 さすがのアレウスにも彼女に起こったことへの理解が追い付かない。

「ナルシェ……!」

「っ! そうか……! ナルシェとアベリアの外套は!」

 ナルシェの外套は自らの魔力を込めた紙片で出来ていた。自身の始まりと終わりを記したアーティファクト。それはアレウスたちの手で終わらせることになったが、アベリアはアーティファクトとしてではなく彼女を真似て新たな外套に魔力を込める日々を過ごすようになった。

 魔王は異界獣を取り込んでいる。リオンもまた例外ではない。つまり、リオンのロジックに記されている二人の冒険者についても。

「あなたの体内で、ナルシェが私に力を貸してくれている……!」

 アベリアの外套と魔王のロジックに記されているナルシェの魔力が反応し、世界のロジックに二人の干渉の力が届くようになったのだ。


「でもそこからあなたたちは動けないよね?!」

 魔王がアレウスとアベリアの背後に迫る。それでも世界のロジックへの干渉は止めない。たとえ体を貫かれることがあっても、この手を止めることはない。

 その覚悟に呼応したかのように魔王の腹部から剣が突き出た。体内からの攻撃に魔王の足が止まる。

「ヴェラルド!!」

「構うな! 意志を貫き通せ! お前の欲望は世界に届く!」

 腹部から突き出された剣を魔王が両手で握り、圧し折る。

「リオンの異界で死んで、尖兵になってアレウリスたちに殺されてもまだ意識が残っていたとでも!?」

 言いながら魔王は腹部の傷を塞いで止めていた歩みを再開する。

「でも、私をもう阻むことはできない! 私はあなたたちに届く!」


「いいや、お前は絶対に届かない」

 ジュリアンが針の短剣でアレウスとアベリアの背後に迫る魔王に突き刺し、引き抜いた。針の先端には麦の穂を手にし、握ることで潰す。

「お前の中から異界獣の断片を抜き取った」

 

 集中を切らせば世界のロジックから拒まれるため、後ろでなにが起こっているかは耳に頼る以外にない。

「隠れていたのか」

 聞いて分かった情報だけで振り返らないままジュリアンへと声を投げかける。

「逃げなかったことを叱りたかったところだけど、それもできない。だから、僕は君に『頼む』としか言えない」

「分かっています。そう言われたいがために僕はここに残ったんです」

 魔王の穢れた魔力は綻び、所々が崩れていたバトルドレスは完全に砕け散る。バリバリと皮膚のように纏っていた魔王の部分が剥がれ落ちて、ヴァルゴ――化け物の女性だけとなる。


「もう既にヴァルゴは人間に屈している。だから麦の穂も僕の手で潰すことができたんだ。そして世界に縫い付けたヴァルゴの力はお前から消えて、その力に頼っていた肉体も消えるだけだ」

「……甘い!」

 化け物の女性は叫びながら自身の背中に針の短剣を突き刺し、腹から先端を掴んで貫通させてから地面に突き立てる。

「私という存在を世界に縫い付けちゃえばいいだけ!」

 その言葉を証明するように化け物の女性が消える兆しは一向に見えない。


「でも私が死んだフリをしているってなんで気付いたの?」

「感動や皮肉、感傷や後悔に浸るような性格でないことも分かっていた」

「だから?」

 化け物の女性は言いながら針の短剣を地面から引き抜き、逆手で動かしてジュリアンを刺そうとする。

「死に直してこの世界に転生したお前を、死んで終わらせたりなんかするものか。お前にとって得する最期なんて与えるものか」

 しかし、刺す目前で針の短剣の先端が折れる。

「お前にとって最大の苦しみは生き続けること。人間じゃなくなったことでほぼ永遠の命を得たお前がどんなに死にたがっても死ねなくすること」

「そんなことあなたにできるわけがない!!」

「僕に出来なくても」

 化け物の女性に刺さっている針の短剣が糸を紡ぐ。

「世界がそれを可能にする」

 糸から送り込まれる魔力に化け物の女性は大きくえずき、そして驚きながらも短剣を無理やり引き抜いてジュリアンを突き飛ばす。

「なに……? 私になにを流し込んだ?!」

「僕は知らない」

「知らないものを流し込めるわけない!」

「だったら、世界がお前に正しい罰を与えるためのものを糸を通して送ったんだ」

 化け物のヴァルゴは小さく「“開け”」と呟き、自らのロジックを意識を失わないままに展開する。

「…………っ! バシ……レウス!」

「ははっ」

 ジュリアンはその名を聞いて笑う。

「ノックスさんから冒険を聞いていたんで思わず笑ってしまった。だってその名前は今も地下で封じられている神代の時代より生き続けている唯一無二のハイエルフの名だったから。世界はどうやらお前に生きる罪をお与えになるらしい」

「そんな、私が……私が……ハイエルフに定義付けられて異界獣じゃ、なくなっていく……そんなことが!」

 動揺する化け物の女をジュリアンの『束縛』の魔法が絡め取る。

「異界獣でないなら僕の魔法でもお前を縛ることができる。ハイエルフにになったことで魔力の使い方も変化した。お前にこの魔力の糸は千切れない」

「でも私は自分で自分を殺すことができる!」

 そう言って化け物の女性は自ら針の短剣で喉元を貫く。

「できない」

「う……そ」

 喉を貫いたが化け物の女性は苦痛を感じることもなく、そして声すらも普通に発することができる。なにより命が消えていく気配すらない。

『馬鹿が! 自分で自分を世界に縫い付けた以上、貴様は貴様の意思では死ねない。貴様の生死は世界に委ねられた。そして世界はお前に死を与えることを拒んでいる。恐らくお前の意思が敗北を認めていないからだろうな』

「……え、ヤダ……嫌だけど? 嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ!! やりたいことができないなら死なせてよ! 神様を殺せないんだったら殺してよ!! ねぇなんで? なんで? ねぇどうして? え、待って、待ってよ! このままずっと死ねないままだったら私は!」

「だったら負けを認めればいい。」

「は? 意味分かんない。私は負けてないでしょ!? 私の言っていることもやっていることも間違ってはいないでしょ!? だって私は一度も論破されてない! 私は一度も言い負かされていない! 一度も屁理屈以外で黙らされてない!」

「……心を壊さないように壊れたフリをし続けて、もうその防衛本能を捨て去ることもできないのか。でも、それで構わない。僕が抱いている虚しさも辛さも、いずれ忘れる代物。お前だけが忘れられずにずっとずっと苦しみ続ける」

「僕のように、そしてシロノアのように」


 後ろで起こる事態を聞きながらアレウスは己が命とは関係ない部分でかつて抱いた絶望を呟く。その意味を化け物の女性は十分に理解したようで膝から崩れ落ち、顔を上げることもできずに(こうべ)を垂れて動かなくなった。


 アレウスとアベリアは手を重ね合わせる。彼女を片手に抱き、世界のロジックは遂に開かれて膨大な情報が脳へと流れ込む。だが、ナルシェの遺志とアベリアの外套の反応によって辛うじて死なずに済んでいる。




 神の絶叫をそのとき、アレウスは聞いた気がした。




「全ての種族が、自分の命に誇らしく生きられるように。蔑みも差別も無くなることはなくても、その種族で産まれたことに後悔して嘆き悲しむことがない世界を」

 ただ、それだけを望む。その欲望だけをアレウスは口にしながら魔王の干渉によって乱れているテキストを書き直す。

「「“閉じろ”」」

 いつの間にかこちらを見ていたアベリアが言葉を重ねる。今にも死んでしまいそうなほどに蒼白な表情を互いに向け、見つめ合う。




 世界は白み、

 暗闇は晴れる。




 世界の震動は鎮まり、

 辺り一帯の草花は枯れ果て、荒野の中心に四人が知らず知らずの内に意識を失い、崩れ落ちた。

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