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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 後編 -神殺し-】
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一択

「魔物研究、クローン研究ってどこから始まっていると思う? 全部全部ぜぇええええんぶっ! 私から! ロジックの乗っ取りも寄生もなにもかも! 私のこのアーティファクトから始まっている!」

「アーティ……ファク、ト?」

「『距離感皆無(ノンデリ)』! それが私のアーティファクト! あなたが死んだあとに使われている言葉なんだけどノンデリの意味分かる? ノットデリカシーの略! デリカシーのない人間のこと!」

「のん……でり」

「距離感がバグってるんじゃない。元から私には距離感がプリインストールされてないの。距離感が無いならバグりようもない。そうでしょ?」

 そこまで得意げに語ることでもないことをそれはもう楽しそうに話す魔王はアレウスにリゾラが駆け寄ってくるのを見て、再び姿を消す。

「“ハイ・ヒール”」

 リゾラの回復魔法で抜け切りそうになっていた生命力が戻ってきてアレウスは両手両足を震えさせながら、強く筋肉に力を込めて立ち上がる。

「魔王は……」

「どこにもいない。目を離してないのにアレウスが背中から血を出して倒れたわ」

 そんな馬鹿なことがあるか、とリゾラの言葉が信じられないかのように周囲を見渡す。先ほどまで確かに感じた魔王の気配。それが暗闇が晴れてから徐々に希薄になって今は完全に消えている。

「ロジックに(はい)られている間しか見えないのか」

「それも刺される数秒前。こっちは気付いて振り返ろうとしているのに体が思うように動かなくて、でもあっちは普通に動いてる」

「反応速度以上の加速だ。向こうが加速しているから自分ごと世界が遅くなっているように思うんだ。時が止まっているような、時間の流れが緩やかになっているような……死ぬ間際にだけ感じるあの緩慢な時間を追体験させられてしまう」

 魔王は侵入したロジックの持ち主を傷付けるときしか姿を現さず、そのときにはどれだけ反応できても防ぐ手立てがない。こんなアーティファクトへの対処法はない。ロジックの抵抗力云々ではないのだ。勝手に侵入し、勝手に傷付けてくる。しかもどうやって侵入しているのかこちら側は全く分からない。今もアレウスのロジックに残り続けているのか、それともリゾラに移ったのか、はたまた他の仲間のロジックに潜んでいるのか。知る方法がなければ立ち向かうことさえできない。

「恐怖……恐怖か。恐怖の時代」

 どこの誰のロジックに魔王が潜んでいるか。分からないからこそ疑心暗鬼になる。ましてやロジックに侵入するくらいだから書き換えも行っているかもしれない。


 仲間すらも敵に見えてしまう恐怖。周囲の全員が自身を傷付ける存在になり得る状況。『勇者』のパーティのみならず、誰もが敵味方の区別を付けられなくなる。そんな恐怖を魔王は振り撒いたのかもしれない。


「でも以前の魔王がヴァルゴと同じアーティファクトを持っていたとは思えないわ」

「そう、だからヴァルゴによって魔王のアーティファクトが強化されている」

 どこまで強化されたかは先ほどまでのやり取りで推理できる。ロジックへの侵入と襲撃が本来の魔王のアーティファクト。それをロジックに侵入された対象以外が捕捉するのが困難になっているのは転生してきてヴァルゴとなった女の思想と思考による強化だ。

「対処法は?」

「思い浮かばない」

 だが今のところアベリアは無傷だ。回復魔法を唱えられるヴェインとリゾラを狙って、どうしてアベリアだけ襲わないのか。アーティファクトを発動するための条件を彼女が満たしていないのか、それとも彼女のロジックに侵入することで魔王にとって不利が発生するのか。

 一か八かの思考では駄目だ。確実性を見出さなければならない。しかし、魔王が時間を与えるとも思えない。次第にアレウスは焦燥感に苛まれる。焦ってはならないが焦っている。それは理性で分かっていても抑えようのない衝動で、同時に恐怖である。

「態勢を立て直す」

 それでもまずはパーティの崩壊を防ぐことを優先する。常に魔王による不意打ちが行われる状況だが、全滅することはない。

「回復の優先順位はアベリア、ヴェイン、リゾラの三人。三人の内の一人が襲撃されたらその一人を回復。これをしばらく回し続ける」

 クラリエのポーションで起き上がったヴェインが自身に回復魔法を唱えて傷の縫合速度を上げる。ガラハも立ち上がり、クラリエはアベリアによって回復魔法を受けている。このパーティは前衛の責任を多くをガラハに担わせている分、中後衛は盤石である。むしろ回復過多にすら思えるのだが、それがむしろ魔王への抵抗に繋がっている。対処も対抗もできてはいないが少なくともアレウスたちが志半ばで力尽きることはない。

「せめて誰のロジックに入り込んでいるかが分かれば……分かれば?」

 アレウスはリゾラを見る。

「なんで僕に入っているって分かったんだ?」

「だってあの状況で魔王があなたを狙わない理由はないでしょ」

 あの状況――二人以外が背中から刺されて倒れている状況で魔王はアベリアとアレウスの二択でアレウスを選んだ。それはリゾラの直感であったのだろうが、魔王にとってはアレウスを狙うしかない状況だったとするならば――

 首を横に振る。アレウスの仮説はパーティを危険に晒す。襲撃対象を一人にまで絞らせること。それは即ち、パーティ全員が死にかけていなければならないのだから。


 だが、どうして魔王はパーティの立て直しを行っているアレウスたちを襲わないのか。そこの違和感は拭えない。いや、わざと待っているのだ。魔王の全てはヴァルゴが掌握している。あの女はこちらを弄んでいるだけに過ぎない。

 何度もあの短剣で背中を突き、何度も回復させ、また何度も短剣で背中を突く。その繰り返しの中でアレウスたちの心が折れさせようとしているのだ。


「アレウス君」

 リゾラとガラハを連れてアレウスは少し離れたところにいる三人の傍に寄る。クラリエの声は弱々しい。

「あたしたち勝てる?」

 その問い掛けにアレウスは素直に肯けない。

「勝てる」

 肯けないアレウスの代わりにリゾラが答える。

「要はロジックから引きずり出せばいいだけ。あのときと対処法は違うだろうけど」

 寄生している対象のロジックを開くことでヘイロンは外に出ざるを得なくなる性質を持っていた。だが魔王はヘイロンのような弱点を持っているとは思えない。逆にロジックを開いていくのは一時的に仲間たちの意識が飛ぶことから得策ではない。

「なにをそんな難しい話をしているんだい?」

 アレウスからブラッドポーションを受け取って飲み干したヴェインは軽い調子で返す。

「いつも通りさ。なにも変わらない、変わらないんだ」

 言っていることの意図が受け取れずにアレウスは首を傾げる。

「私たちはずっとそうしてきた。魔物でも異界獣でも、魔王でも一緒。ヴァルゴが元人間だったとしても、今は魔物同然」

 アベリアの言葉で頭の中の靄が晴れる。


 肝心な部分を忘れてしまっていた。

 肝心で、重要で、それでいて唯一のアレウスが持つ絶対的な自信を抱いている要素。そこを忘れていて魔王を討てるわけがないのだ。


「勝負をしよう、魔王」

『なに? 意味分かんないこと言わないでくれる? もう勝負は始まっているでしょ?』

「僕は本気じゃなかった。本気で戦っていなかった」

『どこからどう見ても本気だったじゃん』

 ケラケラと笑い声が響く。

「いいや、お前がさっきまで見ていた僕は本気じゃない」

 炎を纏い、竜の短剣の剣身を延伸させて剣とする。

「今から見せてやるよ。()()の本気を」

『フフフッフフッ♪ じゃぁ見せてみてよ! 私に攻撃できるんならね!』

 笑い声がやみ、魔王の声は周囲に響かなくなる。燃える炎と流れる風の音。静まった空気に殺伐とした光景。全員が身構え、同時に全員が監視する。誰が倒れ、誰のロジックに魔王が入り込むか。それを少しでも捉えることができたなら魔王を再び世界に引きずり出すことは不可能ではない。


 犠牲と呼ぶか、それとも代償か。誰も傷付かない勝利が魔王との戦いで起こるわけがない。誰かが悲鳴を上げ、誰かが傷付き倒れる。それを越えなければ辿れる糸もない。

 ずっとそうしてきた。ずっとそうだった。ただ、それを感じさせないくらいに仲間が強かった。思い出さなければならない。強さに胡坐を掻いたことで忘れてしまっていた境地を。


「アレウス!」

 ガラハの大声で振り向き、クラリエが再び背中を刺されて倒れているのが見えた。

「だい、じょうぶ。こんなことぐらいで、あたしは死なない……!」

「“癒やしよ、一方より集まり給え”」

 鉄棍が地面を打ってクラリエに魔力を多めに消費しつつもヴェインが回復魔法を唱える。そのとき、先ほどまで見ていたガラハの気配が希薄となったため振り向き直す。やはりガラハは背中を刺されて倒れている。

「“ハイ・ヒール”」

 リゾラの回復魔法が飛ぶ。

「このままだと、また……!」

「気にしなくていい」

 落ち込み気味のリゾラをアレウスは勇気付けながら一歩、前に出る。

 自身も含めて四択。しかし魔王はアベリアを狙わない。


 狙わない理由は彼女の『原初の劫火』にあるとずっと思っていた。思っていたが、それは外れていた。狙われない理由はもっと別のところに、それも分かりやすいところにあった。


「アーティファクトが強化されたと思っていたけど、隠密能力が高められた分、弱体化した部分もあるみたいだな?」

 アレウスは炎の飛刃を軽く放ってリゾラとヴェインの左手を僅かばかり切り裂く。

「なんで仲間に!?」

「意図がある。アレウスは無策で俺たちに刃を振るうわけがない」

「あなたは彼を信じてあげて」

 アベリアが慌てて回復魔法を唱えようとするがヴェインとリゾラがそれを遮る。

『狂っちゃったの?』

「来い」

『え~どうしよっかなぁ。誰を刺そうか悩んじゃうなぁ』

「悩む理由なんてどこにもないだろ」

 アレウスは竜の炎剣を握り締めながら、返事を待つ。

『魔法が面倒臭いからやっぱり後ろからかなぁ』

 後方を意識する言葉を促される。だからアレウスは振り返る――ように見せかけてその場で一回転する。


 その回転の最中――半回転から更に半回転に移る最中にヒタリヒタリと、暗闇という(とばり)を落としながら魔王が迫る。だが前回と違ってアレウスは自身の後方を意識した動きに入っているため、動作は緩慢であれ体が動いている。魔王の視線も、その姿もなにもかもを捉えられている。


 捉えたならば問題ない。目と目を合わせられるならばなにも問題はない。

 なぜならアレウスは、“間”を盗むことができるのだから。


 緩慢だった体は加速して魔王の動きと同じ速度となり、魔王が短剣を構えたところで竜の炎剣を振り抜く。その思いもよらぬ反撃を浴びて、魔王はアレウスに短剣を突き立てる前に暗闇を解き、世界に再びその姿を晒す。


「出てきた」

「私にも見える」

「ああ、俺にも見えている」

 リゾラが驚き、アベリアとヴェインが魔王を捉えられることを互いに報告し合っている。


「なんで!!」

 身を焦がす炎を穢れた魔力で消し去りながら魔王は言う。

「どうして!」

「“間”を盗んだ。お前のまばたきに僕は動きを合わせた。お前は加速していたんじゃない。虚を突いていただけなんだ。僕たちは虚を突かれればいつだって全ての動きが鈍ってしまう」

「そんなことじゃない! なんで私があなたを狙うと分かった!?」

「一択に絞ったからだ」

 言いながらアレウスは復帰したクラリエとガラハに炎の飛刃を軽く放って左手に軽い切り傷を与える。

「あの状況だとお前は僕しか狙えなかった。そして今もまた、僕しか狙えない」

「まさか」

 ガラハはアレウスが自身に傷を付けた意味を察する。


「こいつは傷付いている人間のロジックには入れない」

 アレウスは竜の炎剣の切っ先を魔王に向けながら仲間に伝える。

「そうだろ?」

 そして確認とばかりに魔王に訊ねる。


「……一言も言っていないのに、いつ気付いた?」

「ついさっき」

「ついさっき!? 嘘を言わないで! 仲間を傷付けた時点で気付いていたんでしょ!?」

「いいや、そのときは確証じゃなかったし可能性だけだった。アベリアが狙われない理由を探した結果、一番単純な部分に行き着いたからもしかしてと思って試した。そしてお前が僕を狙った瞬間にこの可能性は確証となり、事実となった」

 魔王の動向を探る。言葉を交わしている間に動き出そうものなら会話を切らなければならない。

「だから偶然にもあの瞬間、僕しか狙えなくなる一択をお前に課したことになる」

 クラリエとヴェインが倒れ、リゾラとヴェインに切り傷を付けた。アベリアは魔王との戦闘前から草の葉で手に切り傷を付けている。その後、一度も回復魔法を受けていない。だから全員が背中から刺される中で彼女だけが狙われなかった。

「偶然? 偶然なんてものあるわけない。必然を私に課した。そうでしょ?」

「さぁ? でも僕はお前が『後ろから』と言った時点で僕を狙うと確信したし、仮説が正しいものだと実感した」

「なぜ?」

「勘だよ」

「そんな曖昧なもので!」

「曖昧だけど、僕は魔物との戦いで働いた勘を一回しか外したことがない。その一回は白騎士だったから直近で最も苦い経験だ。だから勘に頼らないようにしていたけど仲間が僕にその勘を頼ってきた。だから僕はもう一度自分の勘を信じたんだ」

 あともう一つ、とアレウスは付け加える。

「お前のアーティファクトは負傷している人間を襲えない上に、全快している冒険者――いいや人間を殺し切れない。お前は傷付いた人間が苦しむ様を見るのが好きなんだろう? 刺し殺してしまったら苦しんでいる様を見ることができないからな。きっとそこが魔王のアーティファクトと――真の恐怖と違う点だ」

「殺し切れないアーティファクト、か」

 リゾラが鼻で笑う。

「そうだと分かったならなんにも怖くない。さっき刺された分はきっちり返させてもらうから」

 優位性を得た瞬間の強気の態度。それは魔王からしてみれば呆れるほどの転身であるが、アレウスたちにとってはヴェインの前向きな言葉と同等の鼓舞となる。

「……はぁ~あ、お遊びはおしまいかぁ。さっき本気を出していなかった宣言をしただけのことはあるかなぁ」

 魔王はたまらないほどにつまらないといった感情を言葉に乗せている。

「殺さないで遊べないならもう殺すしかない」

 魔力の糸がアレウスに向かって放たれる。


「皆様方、お待たせしましたんでしてよ!」

 氷風で糸の流れを歪ませ凍結させる。その始発点たる魔王にまで凍結は迫るが、糸を断たれて防がれる。

「そのまま凍っちまったらよかったのに」

 ノックスが魔王の背後に忍び寄って骨の短剣を突き立てようとするも穢れた魔力によって弾かれ、アレウスの元まで飛ばされる。だがすぐに立ち上がって、近くにあった氷の破片で自ら腕に掠り傷を付ける。クルタニカも迷うことなく自身の氷の破片で太腿を僅かに切り裂く。

「さっきの話は全て聞いていたんでしてよ」

「聞いていたのはワタシで説明したのもワタシだけどな」


「二回戦かぁ」

 気だるげに魔王は言う。

「数も増えて面倒臭さだけが増えたかな。やっぱり数の暴力は否定しないよね、あなたたち大人は」

「だったら聞くが、お前は一度だって数の暴力に逆らったことがあるのか? その性格、その性分。どれもこれも包み隠して数の暴力に潜んで生きていたんじゃないのか?」

「ウザい」

 即答される。

「お前もシロノアと同じで分かりやすいな」

 図星であったらしい。

「あぁ、あぁあああぁあ。ウザいウザいウザいなぁもう。大人のそういう感じ、イライラする。一回じゃ済まない。沢山死んで?」

 魔王の穢れた魔力が起こす暗闇の(とばり)が落ちていく。

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