過酷な現場
「馭者の皆さま方は森に入り、村人を救援後、キャンプのご用意を。僭越ながらクルタニカが止めている馬と食料、その他荷物の監視をさせて頂きますわ。冒険者の皆さま方は手押し車を組み立て、死体の回収のため村へ向かって下さいませ」
指示を出されて、他の冒険者と協力してキャラバンが運んで来た荷物から加工された木材を降ろし、それらを組み立てて大きな手押し車にする。雑な扱いにはなってしまうが、ここに村に残っている死体を積み上げ、全員が力を合わせて運び出すという手筈らしい。
「村で各々がパーティとして散るまでは斥候や痕跡の感知が出来る者が前衛ですわ。魔物の痕跡と合わせて死体の位置を特定し、危険を安全に塗り替えながらお進み下さいませ。ただし、死体を前にしても手に負えない魔物からは逃げる。これだけは徹底しなさい。無理に運ぼうとすれば、死体に執着した魔物が延々と追い掛けて来てしまいますわ」
クルタニカの忠告を全員で共有しつつ、アレウスも手押し車を後ろから押して、前方で引いている戦士の負担を減らしながら街道を進む。ニィナとシオンはそれよりも先に進み、魔物やその痕跡の感知を徹底する。アベリアとヴェインは戦士に『軽やか』を唱え、手押し車の進行速度を上げる。ただし、掛け過ぎは良くない。なので周囲の魔法職と順番を決めての詠唱である。これで魔力の消費量も平均して少なく済む。
「見えて来たな」
戦士の一人が言う。アレウスは手押し車に体重を掛けつつ、少しだけ辺りを見回す。手押し車が邪魔で村は見えては来ないが、きな臭さが鼻についた。そして街道沿いに植えられている花々は魔物に踏み荒らされている。
「ここに止めよう」
村の正門前で手押し車が止められる。アレウスは滲み出ていた汗を拭い、肩と腕を労わるように手でマッサージを行う。気を紛らわせる程度でしかないが、腕の怠さは少しだけ解消された。
「行きましょう。見た限りでは、かなりヤバいわ」
前方で斥候を行っていたニィナがアレウスの元に戻って来る。
「ねーアレウス君。あたしも一緒に行っていーかな? あたしも独りぼっちだからさー」
「パーティを組んでいないとは思いませんでした」
「やー、なかなか言い出し辛くって。駄目?」
「遠距離から攻撃できる人が増えるならありがたい限りです。隊列は二列ですが、中央にアベリアを置きます。よろしいですか?」
「うん、オッケーオッケー」
シオンさんと話をしている内にアベリアとヴェインもやって来る。
手押し車の横を通り、崩れた村の正門を潜る。焼け落ちた家屋、壊された柵、潰れた花々。未だに火は燻っているらしく、あちらこちらで煙が見える。
「ヴェインは『解毒』の魔法は習得しているのか?」
「一日休ませてもらった間に覚えたよ。元々、早めに覚えたいと思っていたからね。あと少しってところだったんだ」
「なら、村から出る時に全員に掛けて欲しい。感染症を予防したい」
「そうだね。死体を持ち運ぶなら尚更、気を付けないと」
「焦げ付いた臭い……なにか、嫌な感じ」
アベリアが袖で鼻を塞いでいる。
「嗅いでいれば慣れるだろうけど、どうしようか、アレウス?」
「シオンさんみたいに布を口元で覆うのが良いと思うわ。魔物と接敵した時に邪魔になるならすぐに外すこと前提でね」
「その案に賛成だ」
アレウスたちは持っていた布をマスクのようにして鼻と口元を覆い隠す。腐乱臭には慣れているが、積極的に嗅ぎたいわけではない。そして、死体から滴る液体が口や鼻に入らないように阻止するためなら、ニィナの提案が一番だった。
「死体の数は分からないから、安全を確保してから手当たり次第に運ぶ。取り敢えず、他の冒険者たちと揃って手押し車に運びやすいように門の前の広場に集める」
まずはすぐ近くにあった焼け落ちた家屋から調べる。梁は焼けても尚、屋根を支える土台となっているが、それ以外は燃えてしまって形を成していない。
「大黒柱……だったんだと思う、その柱の下に一人。タンスが倒れて動けなくなって、そのまま屋根が崩れて潰されたのが一人……ってところかしら」
「崩壊の危険がある。ヴェインと僕が入る。予兆があったら大声で伝えてくれ」
「行こう、アレウス」
二人で焼け落ちた家屋内に入り、中腰で進んで、崩れた屋根を一つ一つ取り払い、倒れていたタンスを起こす。内臓が潰れたのだろうか、絶命しているヒューマンの死体を見て、思うところはあったがすぐに肩を入れて持ち上げ、開きっ放しの瞼を閉じさせる。家の玄関口でニィナたちに預け、次に大黒柱をヴェインが鉄棍を使っててこの原理で持ち上げている間に引っ張り出す。右から半分が潰れていて、左半分は潰れていない。アシンメトリーな死体を見て、やはり思うところはあったがヴェインと共に運び出す。
五人で死体を二人、まずは広場に降ろす。
「……う、ぇ……っ!」
ニィナがえずいた。アベリアが背中を擦る。口元の布を解き、彼女はその場で吐瀉する。
「ヴェインは大丈夫か?」
「気分はとても悪いよ。でも、まだ大丈夫。駄目な時は頼むよ」
「ああ。ニィナ、動けるか?」
「動けなくても動くわよ」
ニィナがアベリアの腕を借りつつ立ち上がり、それから一人で動けるようになるまでしばし待った。
「足手纏いになってしまって悪いわね」
「思っちゃいない。誰だってそうなる」
布を口元に当て直したニィナは顔色は悪そうだったが、まだ目は強い意志を持っていた。なのでアレウスは彼女を下げつつ、ヴェインと二人で先ほどの場所まで前進する。
「魔物の痕跡……か」
「左から来て、右に行った……多分、あそこの人を噛み殺したんだと思う」
シオンが痕跡を辿った先、畑で首元を噛み切られてうつ伏せに死んでいる男を指差す。
「一緒に行けます?」
「いーよ」
畑は作物がどれもこれも荒らされて見通しは良い。だが逆に、潜んでいる魔物たちが居るのなら目に付きやすくもある。家屋のように崩れたところにわざわざ忍んで、人種が訪れるのを待つのはどちらかと言えば非効率的だ。
だから斥候の技能を持っているのであろうシオンと共に行く。ニィナとなら連携は取れるだろうが、彼女の精神的な負担を減らしたい。かと言って、シオンを過小評価はしていない。ただ、会って一日しか経っていない彼女とはやり取りで齟齬が生じやすいところが気掛かりなだけである。
「なにかとってもやーな感じ」
シオンの言葉を耳にしつつ、アレウスは死体を担ぎ上げる。
「……来てるよ、走って!」
言われるがままにアレウスは担ぎながら精一杯の全力疾走を開始する。
「全部で五匹! ガルム!」
「“沼に、沈め”」
どこからともなくやって来たガルムの群れは逃げるアレウスたちの背後を追い掛けて来ていたが、アベリアの唱えた“沼”の魔法が彼の者たちの足を捕らえる。ニィナが弓に矢をつがえ、一匹ずつ確実に射抜いて仕留める。
「あまり無理はするなよ」
「無理出来る内に無理をして、駄目な時は助けてもらうわ。まだ狙撃が乱れている感じはしないし」
強がりであるのは分かっているが、そこを否定しては彼女の性分を折ることになってしまう。
「やれるって言うんなら信じる」
「ええ、ありがと」
魔物の襲撃があったので死体は一つだけだが慎重に広場まで運んで降ろし、また同じ道に戻る。これからあと何回繰り返すか分からないが、作業とは往々にしてこういうものだとアレウスは自分自身に言い聞かせる。
「魔物に一斉に襲われても、冒険者が居たらどうこうなりそうなものだが」
「人数に寄ると思う。私とアレウスの二人だけで、村一つを押し寄せて来る魔物から守れる?」
「……無理だな」
「僅かな隙に殺されて、基点で甦る間に村は滅ぶ。冒険者の過去の死体は魂が新たな体に宿り直せば、すぐに土に還るけど」
「村人はそうじゃない、か……」
アレウスも村人と同じように死ねば、それまでだ。死体を残して村を出なければならなかった人々、愛していた、友人だった者たちが突如として命を奪われたその苦しみは、自身にはまだ分かりそうもない。そして分かる場面など訪れて欲しくないと思う。
その後も死体の運び出しと、時折、飛び出して来るガルムやコボルトを倒すことを繰り返す。ニィナとシオンが一時的に力を貸してくれているため、パーティが崩れるということは無かった。それでもヴェインは一度吐いてしまったし、シオンも僅かだがえずいていた。




