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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 後編 -神殺し-】
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嵐、きたる


「皇女様、御支度は済みましたか?」

「済んでいないと申しても、もはや足を止めることなどできないのであろう?」

 アレウスたちと合流したオーディストラは深夜の内に作戦を聞き、それを受け入れた。その後、冒険者たちや兵士たちの小さな宴の席が設けられ、今生の別れのように注がれた酒を惜しんでいた。乱痴気騒ぎにこそなりはしなかったが何人かは抜け出して現実を忘れるために肉欲に溺れもしたようだ。そのせいかオーディストラから見る兵士たちは、どこか寝不足気味にも見える。

「そちらこそ青騎士を討ってみせよ。でなければ私たちは死ぬのみだ」

「必ず……」

 オーディストラから強く命令され、アレウスはひざまずいて忠誠を誓う。

「剣は私が死ぬまで手放しはせん。まずは爪を狙わせる。だが、そんな誘いにヴァルゴが乗るとも思えないが」

「いいえ、あの異界獣は必ず誘いに乗ります。なぜならあの異界獣にとって僕たちとの戦いは言ってしまえば盤上遊戯。世界を壊す前の一興程度としか考えておりません。だからこそこちらの打つ手に対して応じてきます。疑いこそするでしょうが、異界獣にとって児戯にも等しい私たちの策略にそこまで物事を考えはしません」

「そこまで言うか?」

「はい。なぜならあの女は」

 アレウスは立ち上がり、断言する。

「人の生死、そしてこの世界の全てを侮蔑し、下に見ており、自分こそが神を殺せると信じて疑っておりませんので」

「なるほど……驕りか。いや、その実力を持っているのであればもはや驕りではない。しかし、奴は私たちの意地を見ていないのだな? 人間の、底力。或いは世界の抵抗を」

 肯き、アレウスはオーディストラに形式に則った別れの挨拶をして天幕を出る。


「もう行った」

 アレウスが仲間たちの姿を探しているのを察してリゾラが呟いた。

「ガルダも魔王を討つために尽力するって。あとはドワーフだけど」

「まだ来ていないんだな」

 里長の言葉はこちらを惑わすだけだ。もはやドワーフは加勢してくれないと考えるべきだろうか。

「それより、ジュリアンとフェルマータなんだけど」

 リゾラが二人の名前を知っていることに驚く。

「エイラって子と約束したあとに調べたの。なんで二人が来ているの? 安全なところに連れて行けない?」

「オーディストラ皇女直属だから僕たちは手出しができない」

「そんな……私、二人になにかあったらエイラに会いに行けない」

「会いに行きたかったのか?」

「悪い奴はやっつけたって伝えるだけでもしておかなきゃって思っただけ」

 そこまで子供好きだったとは思えなかったために訊ねたが、割と冷たい言葉が返ってくる。

「大事なことに気付かせてくれたから、もう一度会いたいのに」

「フェルマータはともかく、ジュリアンは年不相応に頭が切れる。子供と侮ると意外なところで活躍する。ただ守られるだけの子供じゃない」

「……そう、だったらもし二人が死ぬようなことになったら私、あなたと一緒に死んでやるから」

「怖いことを一々言わないでほしい」

「昔から私はこんな感じだけど? アレウスが変わったんじゃないの?」

「ああ、そうかもしれない」

 リゾラが魔力で呼び出した二匹のハウンドにそれぞれ跨る。

「怖いでしょうけど、私たちを青騎士の元まで連れて行って」

 そう囁き、ハウンドは魔物というよりも狼のように小さく鳴いてから覚悟を決めたように雄叫びを上げ、アレウスたちを乗せて走り出す。

「ドワーフの英雄が来ていないのはどうしてなんんだろうな……」

「騙しただけじゃない? エルフよりも薄情なのが知れて良かったってことでしょ」

「いや、なにか見落としているん気がする」

 『嵐人』と呼ばれるドワーフ。仮にも『至高』の冒険者ならこの戦いに赴いていないとは考えにくい。この世界で一番の長老であるドワーフから願われたのであれば断ることもできないはずだ。

 なにかが足りない。なにか要素が足りていない。『赤い月』のように『御霊送り』のように。

「ダムレイ」

 呟き、空を見上げる。

「そうか、ダムレイが来ていないんだ。天候が荒れていない」

「それがなにか?」

「多分だけど『嵐人』は天候が荒れていないと出てこない」

「はぁ?! 面倒臭い!」

 リゾラが珍しく怒りを露わにする。

「どういう状況でも手伝うって約束しているんなら来なさいよ!」

 恐らくそういうルーズな、もしくは自身にとって有利な環境でないと姿を現さないという方針が気に喰わないのかもしれない。

「いいわ、ムカつくけど天候が荒れれば来るのね?」

 言いながらハウンドに走らせたままリゾラは詠唱し、空を指差すと魔力の塊が天高くへと放たれる。

「“レイジング(暴れろ)”」

 雲がどんどんと濃くなっていき、日差しを覆っていく。

「まさか魔法で無理やり天候を荒れさせるのか?」

「そうじゃないと手伝ってくれないんならそうするまで」

「……え、こわっ」

 どうやらリゾラは天候すら左右できるらしい。

「なに? なんか言った?」

「言ったけど言わなかったことにできないか?」

「しないけど。私を怒らせたら駄目だって学べて良かったじゃない」

 もしかして、早まったか。アレウスは自身の前日のリゾラとのやり取りを思い出し、少しえずく。

「女を独占にするってことはこういうことだから」

「どういうことなんだよ」

 ただただリゾラが怖い。


 だが、思えばリゾラが怖くなかったことなど一度もない。産まれ直す前ですらもビクビクと接していた。だから、世界や名前や姿形が変わりはしても性格まではそこまでお互いに変わっていないようだ。

 考え方、生き方は変えざるを得なかったものの、根本的なところはリゾラと繋がっている。アレウスからしてみればそれはとても嬉しいことだ。


 巨人は夜の内に更に縮んでいるが、それでも巨人と呼べる大きさをしている。ヴァルゴは恐らく近くにいる。ひょっとすると同化しているかもしれない。そこの辺りを意識しなくていい。そして、着々と魔王となりつつある巨人が足を動かし、移動を始める。方角はオーディストラがいる天幕だ。


「言っておくけど、本当に五分ってアンソニーには伝えているから。私が五分って言ったらあの子、本当に五分で介入してくるから」

「分かってる」

 ハウンドの疾走が早まる。

「人生で二度、並行世界の自分と戦うのはどんな気持ち?」

「煽ってるのか?」

「どんな気持ち?」

「嫌に決まっているだろ。でも、だからってシロノアを戦わないまま殺さずに放置することなんてできなかった。もう一人の自分が僕の絶対に復讐しなきゃならない相手だったんだ。そして、青騎士になっても変わらない。と言うか、殺したのに甦ってきているからムカついているよ」

「……そう。私も嫌だったから安心した」

「安心?」

「二度、並行世界の自分が好きになった人が死ぬところを見なきゃならないのは(だる)いでしょ」

 むしろそれが一番やるせないかもしれない。

「嫌なら、」

「でも私が好きなのはアレウスで彼じゃない。あなたが背負う業を私も背負う。そもそもそのつもりでアベリアじゃなくて私を青騎士との戦いで選んだんでしょ?」

「いや、」

「違わなくないでしょ。あの子と戦うのは魔王を討つとき。青騎士との戦いで疲れさせるわけにはいかないもんね。良いんだよ、それで。私はあなたを高みに跳ばすための踏み台。ちゃんとその役目は果たす。以前の私はこんな役目、絶対に担わなかったけど」

 リゾラは前方に気付いてハウンドから飛び降りる。それを見ていたためアレウスも自然とハウンドから飛び降りていた。二匹のハウンドは前方に立っている青騎士が放った幽炎の刃によって一刀両断され、塵となって消える。

「“レジスト・ポイズン(耐毒)”」

 アレウスとリゾラの体を毒気や瘴気を弾く魔力の膜が覆う。


『我は絶えず滅する者。この世の生命を断ち切り、殺し切る者』

「シロノア!」

『我の糧となった者の名を口にする者よ。汝を温床として、この世に死の病を蔓延らせてみせよう』

「なんでも思い通りになると思ったら大間違い」

 リゾラは複数匹のオークを呼び出し、突撃させる。

「先に言っておくと幽炎の反転はできない。四騎士の力は全部無理だと思う。実証済みなのは魔法攻撃と物理攻撃、あとは死の魔法だけ」

「ああ」

 貸し与えられた力をアレウスは解放し、炎を纏う。青騎士は呼応するように鎧の隙間から幽炎――蒼い炎を噴出させてオークを剣の一振りで断ち切ってから動く。


 赤と青の炎が激突する。降り始めた雨すらも蒸発するほどの勢いで――



 その頃、オーディストラたちもまた抵抗を始めていた。



「馬を走らせよ」

 リオンの爪を乗せた荷馬車が誰も乗せずに走り出す。魔王の進む先はオーディストラではなく、走らせた荷馬車へと向かっている。だが天幕に残り続けていては移動の最中に魔王に剣も取り込まれかねない。だからオーディストラは近衛兵と共に馬に乗り、爪を乗せた荷馬車が駆け出した方角とは真逆――東ではなく西へと向かう。

「さぁどちらに向く? まず爪か、それとも剣か?」

 どっちでもいい。オーディストラの心の内には“出来ればこちらが後回し”などという後ろ向きな気持ちは一切ない。とにかく魔王に手間を掛けさせる。爪も剣も一石二鳥で手に入るようなことはさせない。爪の回収は割とすぐに済むかもしれないが、剣となればオーディストラは死ぬまで抗い続けるだけだ。

 それでも魔王が爪を優先していることに安堵してしまう自分自身をオーディストラは心の中で侮蔑する。これから女帝として帝国を統べ、導く者が襲いきたる脅威から僅かな時間だけ逃れていることに安堵してどうするのか、と。猶予が与えられただけで根本的解決は出来ていない。このままで本当に帝国を導けるのか。

 変わりたい、変わらなければならない。

「必ず、必ず!」

 変わるのだ。そう胸に刻みながら馬をひたすら走らせる。愛馬は連れてきていない。この騎馬は帝国で最も優秀な馬だ。乗り手の気持ちに応え、しっかりと力尽きるまで走り切ってくれる。こんなにも素晴らしい馬をこの戦いで潰さなければならないと思うと歯痒さもあるが、囮として足の速さはどうしても必要だった。申し訳ない、申し訳ない、申し訳ない。そう何度も心の中で、時には呟き続けた。この馬の未来をこれから自身が潰す。自分自身が抗うために潰す。儚い一生を与えてしまう。


 人の上に立つ者として、人の命を預かる者として知っておかなければならないこと。それは大切な命を使い潰すということ。それを知らないまま生きてきた。だからどの国の、どの種族の代表よりも自分は見劣りするのだ。覚悟という言葉が自分のときだけ軽く、浅いのだと思っている。


「だが!」

 それでも付いてきてくれている者がいる。まだまだ至らない皇女に手を貸し、支えてくれる者たちが沢山いる。側近、近衛、侍従、臣下――数えれば数えるほどキリはない。

 なによりも民草。皇女というだけで信じ仰ぎ、国を繋いでくれている民草こそが今のオーディストラの心の支えである。

「私は皇になる。こんな世界にも未来はあるのだと示すために」

 そう決意したオーディストラを乗せた馬がゆっくりと速度を緩め、足を止める。

「なんだ……どうした?」


 見れば周囲一帯を魔物たちが取り囲んでいる。

「魔王の魔力を感知して世界中から魔物たちが集まっているんです」

 オーディストラの馬に追い付いたジュリアンがフェルマータを振り落とさないように馬の手綱を操りながら説明する。

「魔物を統べる王の復活を魔物たちは心待ちにしているはずです」

 そう言ってジュリアンは杖を馬上で構える。しかしその手は未だ弱々しい。『衰弱』から目覚めて一日も経っておらず、本調子でもない子供がオーディストラよりも先に戦う意思を示している。

「……剣を持ってこの魔物を掻い潜れるか?」

 オーディストラは天秤の意匠が彫られた剣を鞘ごとジュリアンに投げて寄越そうとする。

「ちょ、お待ちください!」

「その歳で冒険者なのだろう? 私よりもずっと魔物の生態には詳しいはず。逃げ延びれるのはどう考えてもお前たちだ。だから、私が先駆けとなって突破口を作ろう。ふっ……戦場で戦ったことなど一度もないが、魔物たちも餌として興味ぐらいは惹いてくれるだろう」

「だから、そのようなことを仰らないでください!」

「迷っている暇などない! 皆の者! ジュリアン・カインドを援護し、必ずやこの魔物の群れを突破せよ!」


 自己犠牲はオーディストラが一番嫌うところだ。レストアールもオーディストラが呼ばれるはずだったところを「私が」と押し通し、そして白騎士の実験にされてしまった。エルミュイーダもクールクースのために命を張った。そうやって自分を犠牲にすることで、誰かを救い、守る。

 その考え方は高尚なのかもしれないが、残された側には虚無しかない。分かっているのにオーディストラは二人と同じ道を進もうとしている。そうはならないでおこうと心に誓ったというのに、心にもないことを決意してしまっている。


「まったく……この土地にダムレイが訪れるのはあと三日後だというのに……」

 オーディストラを乗せる馬が自発的に止まる。彼女が正面を見やると、仁王立ちして雨を身に浴びているドワーフの姿があった。

「揃いも揃って生き急ぐとは……しかし、恵みの雨だ」

 水気を皮膚から吸収したかのように痩せこけていたドワーフは筋骨隆々となり、斧を握り締める。

「残り少ない命……枯れるように生きて少しでも(なが)らえさせたかったが、やはり神はおれに死に場所はここだと伝えているようだ。スピール、どうか見届けてくれ」

 ドワーフの懐から弱々しく妖精が顔を出し、しかし雨水を受けて妖精も生命力を得たように飛び回る。

「帝国を統べる者はいつも死にたがる。なぜそうやって簡単に身投げする?」

 そうオーディストラが問い掛けられた直後、肌に着いた雨粒が、起きた突風に全て吸い寄せられていく。続いて正面に見えていた魔物たちが吹き荒れる強風によって薙ぎ払われ、その風の中心でドワーフは斧を振り回し、起きた飛刃は突風に煽られた全ての魔物を切り裂いていた。

「どいつもこいつも国のために死んでいるのか、それとも人を想うがゆえに死ぬのか。おれには分からんことばかりをする」

 再び斧を振り回し、生じた竜巻が魔物たちを再び巻き上げ、その周囲を舞うように踊った妖精の粉が爆発し、火炎が混じった旋風がやがて全ての魔物を焼き尽くして鎮まる。

「天候があまりにも穏やか過ぎた。おれは風が荒れんと戦えんのでな。ひたすらに待つことしかできなかったわけだが」

 そこかしこの魔物を同じように潜んで“時”を待っていたドワーフたちが急襲する。

「オーディストラ皇女殿下、ご安心を。おれの命を燃え尽きさせてでも殿下とその子供を守ると約束しよう。ドワーフたちよ、遂に時は来た! どいつもこいつもおれたちを頭が悪いと馬鹿にしてきたが、そんな奴らの鼻っ(ぱしら)を折るときが来た。おれたちドワーフが美味しいところを持っていこうではないか!」

 雨風など関係なく、土の柔らかさにも足を取られることなく、ドワーフたちは現れる魔物たちをひたすらに薙ぎ払っていく。

「どうやら僕が剣を持たなくても良くなったみたいですね」

 投げて寄越そうとして、そのまま固まっていたオーディストラにジュリアンが言う。

「あなたは人の上に立つ者。国を統べる者。言うなれば天下人です。簡単に命を捨てる選択を取らないでください。でないとあなただけでなく国が、人が困ります」

「……そうだな。そういうこと、か」


 『嵐人』が一際大きな雄叫びを上げて起こした巨大な竜巻が周囲を取り囲んでいた魔物たち全てを巻き込み、上空で妖精の粉が擦れ合ったことで引き起こされた爆発で肉塊となって辺り一帯に降り注ぐ。

「魔物どもよ、怖れよ。このライオネル! 『至高』に登り詰めるために屠った魔物の数は『勇者』よりも多いと知れ!」

 あまりにも力強く、あまりにも歴然とした力の差を魔物に見せつけながら、ライオネルは暴風を引き起こし斧を振り回しながらオーディストラたちが逃げるための突破口を開く。

「進め! 皇女殿下よ! 足など止めずに走り続けよ! その道は皇に至る道! 統べる者だけが進める道! だが頂に立つ者が簡単に身投げなどするな! 心得よ、人の上に立つ者とは民草たちの屍の山を見届けたそののち、最後に身を切るのだ! 人のためではない! 国のために死ぬ覚悟を持て!」

「……感謝する」

 ライオネルにそう告げて、オーディストラたちは彼らが作り出した突破口から魔物の群れを脱出する。


「さぁ押し寄せよ! おれの命に懸けて、この周囲を一掃してみせよう! 同胞たちよ、おれに付いては来るな! 屍に()る道などおれだけに踏ませよ! 同胞たちは世界のために全ての種族と協力せよ! その足掛かり! 無論、このおれが務めよう!」

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