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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 後編 -神殺し-】
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--終わってる--

 小さい頃、幼馴染みが滑り台から落ちて骨を折った。次の日から滑り台が使えなくなって、小学校を卒業する頃には撤去された。別にそこになにかしらの想い出があるとかないとか、そういうことが話したいわけじゃない。

 私はそのとき幼馴染みの傍にいて、痛がっている姿を見て体中の毛が逆立った。ビリビリと、ジンジンとするものが駆け抜けて言いようのない高揚感があった。だから大人を呼ぶ前にしばらく放心していた。大人は恐怖のあまり動けなかった、話すことができなかったって良いように解釈したけれど、そうじゃない。私は自分自身が感じている興奮をずっと長く味わっていたいから動けなかったし、話すことができなかったのだ。

 それ以来、人が苦しんでいるところを見るとゾクゾクする。


 運動ができないとか、

 勉強ができないとか、

 ピアノ教室の課題が難しいとか、

 仲が良かったのに喧嘩して雰囲気が悪いとか、


 どんなのだって良い。苦しんで、辛そうな顔をしているのを見るとたまらなく嬉しくなる。


 運動ができないならやれせてみたいし、

 勉強ができないなら難しい問題を解かせてみたいし、

 ピアノ教室の課題が大変なら実際に弾かせてみたいし、

 仲が悪くなったのならもっと悪くなれって心の中で祈ってる。


 でもそういうのって仲良くならないとみんななかなか話してくれないから私はいつも相手が引いた境界線を飛び越える。その相手にとっては意味不明な心の境界線の飛び越え方に対して苦しんでくれるだけでも満足だし、それで嫌われるのなら逆に嬉しいくらいで不満になることなんて一つもない。

 インストールされていなければ修正プログラムもアップデートもない。バグなんて起こらない。だから距離感がバグっているんじゃない。距離感が無い。


 そういう性悪さを隠しながら生きるのは大変だったから知らず知らずにSNSにのめり込むようになった。自分自身からはほとんど発信しないが、SNSには苦しいとか辛いとか、話したことも見たこともない人の心の叫びが、悲鳴が大量に詰め込まれている。今、私が生きている間にも数十人が数百人が数千人が、数万人が苦しい思いを吐き捨てているんだと思うと胸が高鳴って仕方がなかった。


 中二の夏に親に見つかった。スマホにそういった苦しさの詰まった文章をスクショとして保存していたから、家族会議が開かれた。私は心療内科を受診させられた。あれやこれやと話を聞かれ、私はこうこうこういう理由でこうだからこういう病気を持っているかもしれません。今は経過観察で様子を見ましょう。物に当たったり、また収集癖に収まらずに誰かに罵声を浴びせているようならすぐに連絡、受診してくださいみたいな話があったと思う。正直、あんまり憶えていない。と言うか、興味がなかったから聞いていない。聞いちゃいけない部分もあったと思うから、私に話せる範囲を医者は話して、あとは親が対応したと思う。


 経過観察って言葉がなんなのかはよく分からないけど、親が私に向ける視線が僅かに変わった。病気の人を見るような目ならまだ良かったけど、あれはおかしな人を見る目だった。街中で急に叫んだり、ボソボソと呟いていたり、なんかいかにも反社会的な風貌をしている人を見るときのような目。事情を知っていればそんな目をすることもなく接することができるんだろうけど、なんで親のクセに、それも事情を知っているクセに私にそういう目を向けるんだって思った。

 まぁ逆にそれはそれで良かったんだけど。だって私の興奮材料が親からの視線で供給できるんだから。こんなに嬉しいことはなかったし、こんなに生活しやすい時間もなかった。


 高校に入って処女を捨てた。なんか雰囲気だけイケメンの先輩が話しかけてきて流れるようにそういうことをした。なんかどうでも良かった。思っていたほどの痛みも、思っていたほどの感動もなんにもなかった。多分だけど恋でもなんでもしていればきっとそういうことはなかったのだろう。


 恋心は幼馴染みに捧げたとかそういうのは全くない。気付いたら幼馴染みは引っ越していたし、私は幼馴染みを好意的に思っていたこともない。なんか親同士の関係性のせいで面倒臭いなぁと思っていたくらいで、邪魔だったし。


 そう、初恋は潰れた。その子が死んだせいで。


 幼馴染みが滑り台から落ちる前くらい――小学三年生の頃、その子はマンションから降ってきた落下物が直撃して死んだ。あっさりと、私の世界からいなくなった。頭部の損傷が激しいから遺体と対面することもできなかった。

 その頃から伽藍洞になったのかと言われればそんなことはなくって、だけどその日を境に人が痛がる仕草に好奇心が向くようになった気は確かにする。


 雰囲気イケメンが私のことを言いふらして、気付いたら何人かと関係を持った。私は私の体はどうでも良くて、あと私自身の感情もほとんど死んでいる状態だったからなにをされてもどうでも良かった。

 どうせ死ぬし、もうすぐ。そんな感じ。高校卒業する前に死のうと思っていたから、学校にバレなきゃいいなぐらいしか頭の中にはなかった。

 ただ、段々と傲慢になっていくから腹が立って何度か痛い思いをさせてやった。私を飼っているつもりでいる連中はどいつもこいつもクソなので、精神的に、あと肉体的に痛い思いをするように仕組んだ。私と関係を迫った証拠をわざと残したりだとか、そんな感じ。


 体をどうこうされるのは飽きていた。その過程で私は心底、他人が傷付く様を見ることだけが楽しい人間なのだと学んだ。自身の体を雑に扱われることが嬉しいのではないのだと知った。だからと言って、自ら傷付きたいという願望を持つ相手とSMプレイをする気は全くなくて、段々と肉体的で粘膜的な接触をする回数は減っていき、あとなんか雰囲気イケメンな先輩連中は卒業前に退学することになっていて、私はその噂の煽りを受けて異性から避けられ始めていたのもある。


 自身の趣味嗜好が狂っていることはもう言い逃れの出来ない事実で、三次元で得られないなら二次元で得ようとし始めた。三次元のNTRとBSSはこれっぽっちも堪能できなかったけど二次元のそれは良い意味で脳を刺激しながら破壊してくれて、女性向け男性向け問わずに電子版を買い漁った。こんな資金を得られたのも雰囲気イケメンの先輩たちからお金を貰っていたからだけど、まぁ、気付けば底を尽いた。ただ、得られた物は大きくて、人生終わらせる前に一杯、頭の中がグチャグチャになったのは心地良かった。


 その日の帰りはSNSで苦しみ叫んでいる人たちの文章を漁っていた。人付き合いとかは全く無かったけど家の中だとスマホをいじっているのも親に監視されている気がして肩身が狭かったし、外なら気が楽だった。歩いていれば私がどんなものを読んでいるかなんて通行人は気付かないし、立ち止まっていると道に迷っているみたいに思われるのが癪だったから、歩きスマホはもういつもの日課になっていた。


 私は赤信号を渡ろうとした。これは無意識にではなく意識的に渡ろうとした。もうそろそろ高校卒業だし、入試も合格していて順風満帆だけどこの趣味嗜好を隠して生きるの大変だし、将来なりたいものとかないし、くだらないくらい生きるのに興味がないし。だったら高校入学当初に掲げていた目標に向かうのも悪くないかなと思ったのだ。


 最悪なことに、死ねたはずなのに死ねなかった。尚且つ、私のスマホが潰れて壊れた。

 カッとなった。気付いたら私はおじさんを突き飛ばしていた。


 その日、私の思考回路は完全に壊れた。



 それからまた死に直したんだけど、なんでか分かんないけど私は生きていた。

 生きていた上で、目の前になにかが転がっていた。それがなんなのかは分からなかったけど、多分だけど麦の穂だったと思う。いや、ただの麦の穂だったらなんにも思わなかったんだけど、麦の穂の形をしたなにかだってことは分かった。


 だから食べた。

 美味しそうと思った。

 食べたらどんな味がするんだろうと思った。

 私は死に直しているんだから、もう死後の世界でなにやったって良いんだって思った。


 で、


 私は、死に直したその日の内に転生して目の前に転がっていた魔王の一部を食べて、


 この世界でも化け物になったってわけ。唯一の救いだったのは死んできた世界の方では化け物であることを隠さなきゃならなかったけど、こっちでは隠さなくて良かったってこと。


 良いよね。


 人間同士が争い合って、殺し合うところ。


 楽しいよね。


 魔物同士が争い合って、どちらが強いかを生死で決着させるところ。


 私はそうやって苦しんで苦しんで苦しんで、やっと乗り切ったって顔をしている人間とか魔物を、


 食べるのが大好き。


 あなたは、アレウリス・ノ―ルードは『蟲毒』だとか言っていたけど違うんだよ。


 私は私がやりたいことをやらせているだけ。面白いことにそれがあなたたちにとって化け物がやることだったってだけ。


「さっさと神様を殺したいなぁ」

 呟きながら私は巨人を見上げる。

「すぐに動かしてもいいけど、死力を尽くしても倒せないことを知って絶望する人たちの顔が見たいんだよね」

 だったらちょっとぐらいは時間をあげようと思う。

 私の最高級の食材になってくれるなら、少しぐらいの熟成期間を与えることも必要だから。

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