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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 後編 -神殺し-】
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人のフリをした化け物


 ピスケスの異界にそもそも存在していた魔物や、その魔物が鉄製の武器を所持した上で魔力が高められた尖兵。そして魔物と人間が合力によって繋ぎ合わされたキメラ。人の世では決してない王城の廊下をアレウスは駆け抜ける。障害になる魔物を全て倒す余裕はない。数が把握できていない現状で戦闘を継続してしまうと囲まれて対応が追い付かなくなって殺されてしまう。だからこそ、ほとんどを無視する。もしくは肉体の一部を切り裂き、痛みに動じているその横を擦り抜ける。絶命させた死体を尖兵たちに突き飛ばしすことで混乱を引き起こしてその場を去ってもいい。とにかく足を止めれば集団で攻められる。まだ貸し与えられた力は使い切りたくはない。なぜならこの先に『異端審問会』の元凶たるアヴェマリアがいる。シロノアを焼き払っても尚、胸に宿る復讐心が燻り続けているのはアヴェマリアを殺していないからに他ならない。たとえ異界獣のヴァルゴであったとしても、リオンと同じように片付けるだけだ。むしろ異界獣と判明して良かったのかもしれない。人間ならば殺すときに躊躇うかもしれない。しかしあのヴァルゴであるならそれらは無視できる。ただ討伐することに全神経を集中することができる。


 そこでようやくアレウスは止まることができる。ようやく落ち着くことができる。


「アベリア!」

 王城のどういった場所かは分からないが彼女の気配を追い掛けて辿り着いた部屋に向かって叫ぶ。

「アレウス!」

 魔力の糸で縛り上げられ、アベリアは身動きが取れないらしい。


「その子を咎めるのはやめてあげてね。ちゃんとあなたの言葉に従って、私からは距離を置きつつ魔力の痕跡を追い掛けていただけなんだから」

 部屋のどこにもアヴェマリアの姿は見えない。しかし声だけはしっかりと聞こえる。魔力の糸を貸し与えられた力で焼き払うこともできるが、それそのものが罠であったならアベリアに危険が及ぶ。

「へぇ? 意外と冷静。まぁそっか。異界を渡り続けてきたあなたはこんなことでもすぐに感情では動かない」

「どこにいる!?」

「私はアヴェマリアで、そしてヴァルゴだよ? 異界の全てを見ていて、異界の全てを掌握している。あなたの前に姿を現さなくても、あなたたちのことはちゃんと見えているし、どこでなにが起こっているかもちゃんと分かっている。ただ、」

 そう呟く。

「あのオエラリヌとかいうドラゴニュートは心底嫌い。ドラゴニアと一緒に消し飛んでくれたから清々したけれど、それ以前に私の大事な鎧の乙女もあいつに壊されてしまったんだから」

「異界……? この異界を掌握したのはドラゴニアだろう? どうしてお前が異界を掌握できている?」

「ドラゴニアは死んだからね。さっき大きく揺れたでしょ?」

 言われて、城内を走り回っていた際に強く揺れたことを思い出す。

「あの好き勝手していた王様は新王国の王女様たちに討たれたわ。全部全部、あなたが思い描いた通りに物事が進んでいるってわけ」

 声は落ち込み気味だったが、やがて我慢できなくなったかのように徐々に笑い声へと変わっていく。

「でも、私が思い描いた通りにも物事が進んでいるのよ」

 アベリアを吊るしていた魔力の糸が切れる。アレウスは彼女を抱き止め、無事かどうか表情で語る。彼女も同様にアレウスを見つめ返し、問題ないことを告げてくる。

「ドラゴニアが返り討ちにしたならその子を餌にしてあなたも返り討ちにするところだったんだけど、ドラゴニアが死んだんなら分が悪いからそれはやめにするわ」

「縋るべき全ては潰えた! もう逃げられないぞ!」

「縋ってきたのはそっち――人間の方なんだよね。シロノアとほぼ同一の存在だけど、やっぱり同じように馬鹿なのかしら。大人で馬鹿なのも困るけど大人になる前も馬鹿じゃ困る」

 なにを言っているのか理解が追い付かない。

「『異端審問会』のことじゃない?」

 アベリアに言われて、当初の目的もまた思い出す。

「そうだ、『異端審問会』の残党は……」

「全部、私が食べた」

「食べた?」

 アレウスは声を引っ繰り返らせながら訊ね返してしまう。それくらい現実感から程遠い言葉だったからだ。

「ええ、食べた。だって私は異界獣のヴァルゴだから。まぁ同時にアヴェマリアでもあったし、鎧の乙女を操る定点からの観測者でもあったんだけど、今はもうほとんどがヴァルゴかな。王女様とエルヴァージュ? だっけ? あと天使も馬鹿だよね。ドラゴニアを消し飛ばしたのに異界の権利を有するロジックが残っていることには気付かなかったんだから。それを私は拾って、晴れてこの異界も私の所有物になった。だからもう『異端審問会』はいらなくなったの。いらないのは食べちゃった」

 アベリアがアレウスの手を強く握り締めてくる。恐らくだがアヴェマリアの意図しない狂気に怖れているのだろう。

「人の姿ならアヴェマリアで異界獣の姿ならヴァルゴってところか」

「そんなところだけど、そういう理解はあんまり求めてない。元々、『異端審問会』がなんのためにあったか知ってる? 合力を持ち合わせていたせいで家庭環境が滅茶苦茶になっちゃったアレウリス・ノールード君」

 わざわざ『君』付けを強調してきたのは、自身はアレウスよりも偉いのだとでも言いたいのだろう。

「誰のせいでっ!」

「『異端審問会』はね、神を崇め奉っているように見せかけて、実際には神を殺すための組織なの。そういう風に私が仕立て上げたの。冒険者は異端で、古の『御霊送り』こそが正しい魂の送り方。そのように教え、先導した。ここで大切だったのは神の恩寵を受ける冒険者の始末。一定期間は使い物にならないとはいえ、冒険者は何度でも甦る。そんなの、一度しか生きられない私たちに比べてズルいじゃない? 異界獣の命だって一つしかないんだよ? 平等じゃないでしょ。だから異端ってことにしてひたすら『異端審問会』に殺して回ってもらった。ヴィオールやシロノアはその際、とても都合が良かった。あの二人は片方が神を心から信じていて、もう一方が心から神を恨んでいた。どちらも真逆の正負の意思を持っていたけど、向かうべき目的が『異端審問会』では見事に合致した。ヴィオールは私の導きに騙されていたんだけどさ」

「手柄みたいに聞いてもいないことをペラペラペラペラと」

 こんなところにずっと留まってなどいられない。アレウスはアベリアと手を繋いだまま廊下に出て、王城の脱出を試みる。


「あと、ヴィオールが異界の“穴”を動かしているように見えたでしょ? あれ、私がやっていたんだよね。“穴”をそれぞれ異界獣が特有の罠として使っているっていうのは私が考えて、彼らに与えた」

「与えただって……?」

 廊下に出てもアヴェマリアの声は聞こえてくる。異界を掌握しているのはどうやら本当らしい。

「私にもロジックに干渉する力があるから。異界獣たちのロジックを開いて“穴”の動かし方を学び、それを罠として使って効率的に人間を堕とす方法を与えたのよ。だからヴィオールが求めるなら“穴”を用意してあげたし、シロノアがロジックで“穴”を閉じたように思わせるために私が“穴”を塞いだ。だけど、一度だけ私の干渉を無視した出来事があった。それがあなたたちの干渉」

「私とアレウスがヴェラルドとナルシェに助けてもらって、世界からリオンの“穴”を閉じた」

「そう、まさにそれ。それこそが私にとっての想定外。あのときついでにリオンを外に出させて、どんな感じになるか実験がしたかったんだけど出来なくなっちゃった。まぁ出来なくて良かったとも思う。あのあともリオンは活動を続けて、あなたたちに討伐されるまで沢山の命を屠ってくれたから。でも、困るんだよね。私が偽装してどうこうじゃなく、本当の本当に“穴”を閉じることができる人間がいるのは」

 王城の出口が見える大広間まで出たところで天井から液体が落ちて、アヴェマリアとなる。

「アレウリス・ノールード、そしてアベリア・アナリーゼ。どちらも私にとってあり得ない存在。特にアレウリス、あなたのことはずっとずっと邪魔だった。『あれ()べからず』と私は産まれたらすぐに殺せとあなたの両親に伝えたけれど逃げた先で『あれ得るべき』みたいな名前を付けて、本当の本当に……ウザかったなぁ」

 抑え切れずに貸し与えられた力を噴き出させ、アレウスはアベリアから手を離してアヴェマリアへと短剣を振るう。

「どうしてそんなことができる!? どうしてそんなことが言える?! 君だって、違う世界から来たんじゃないのか!?」

「だからさぁ、転生なんかしたくてしたわけじゃないんだって。未練もなにもないままに死にたくて死んだらここにいた。神様を恨んだよね。罵ったよね。でも、自分に死ぬ前にはなかった力が目の前にあったことだけは喜んだよね。それがヴァルゴとしての異界獣の力だった。これはきっと神様にとっても予想外で想定外。転生した者が異界獣の力を手に入れるなんて偶然でも神様にとっては運が悪いよね。おかげで私はこんな縁もゆかりもない世界を存分に壊すことができる」

 目が輝き、アレウスはアヴェマリアの見えない力場によってアベリアのすぐ傍まで吹き飛ばされる。

「シロノアもドラゴニアも死んだ。ヴィオールもシェスもイプロシアもクリュプトンも死んだ! あとはお前だけだ! 僕じゃなくお前が追い詰められていることを忘れるな!」

「一人忘れているよね」

 そう呟いたアヴェマリアの傍にルーエローズが現れる。

「な、んで……!」

「ははっ、安心してよ。ぼくはリゾラベートとアンソニーにちゃんと殺されている。だけどここは異界。魂の虜囚という怨霊としてぼくは存在できる」

「うるさい」

 アヴェマリアはルーエローズの胸部を腕で貫き、彼女が持っていた魔石をもう一方の手で奪い取る。ルーエローズは口をパクパクと動かし、この上ないほどの不快な笑みを浮かべながら白目を剥き、そして意識が喪失する。人としての姿形が曖昧となり、アヴェマリアが腕を引き抜いた頃には屍と呼べるほどの形を残さないまま、塵のようにして消える。

「ルーエローズも馬鹿だよね。シロノアが利用されているって分かっていながらシロノアを心酔するあまり、私のことを放置した。それでも異界獣だと看破したのは……アレウリス、あなただけ」

 魔石に付着している血を美味しそうに舐めながら、アヴェマリアは無邪気な笑みを浮かべる。

「なにをする気だ?」

「魔王を復活させる。いや、私自身が魔王になる。そのためには青騎士を召喚しないといけない。黒、赤、白、青の四騎士が持つ意味を知っている?」

「白は『勝利の上に勝利を』。赤は『戦火』」

 黒は『枯死』、そして青は――

「『絶滅』。人間を死に至らしめる者。白も黒も討伐されて、赤は私を裏切っているけれど、分かっているように白も黒も再誕させることは合力さえあれば簡単なこと。白騎士でそれは立証済み。リグみたいな使いやすい手駒がいて助かった。シロノアはリグを利用することを渋っていたけどね。あいつは老いや時代の流れに苦しむ者には手を差し伸べるけど、若さに嫉妬しているクセに若者を利用するのは嫌みたいだったから。それに青の召喚はあなたにとっても喜ばしいことだと思うよ」

 魔石を手で砕き、生じた膨大な魔力と負の感情がアヴェマリアの手元で激しく明滅を繰り返し、拡縮を繰り返しながらやがてそれは心臓の拍動となり、周囲の魔力を取り込みながら青騎士が産まれ落ちる。

「だってもう一度、あなた自身と戦えるんだから」

「シロノ、」

 言い切る前に青騎士が剣を振って飛刃を放つ。アベリアが炎の障壁を張って弾いて防ぐ。

「俺は青白き者。人間を骸に変え、絶望を栄誉とする者」

 幽炎(ゆうえん)にも似た青白い炎を手元で操りながら剣に塗って、再び飛刃を放ってくる。再びアベリアが炎の障壁で防ぐも、弾き切れずに相殺されてしまう。

「まともに戦っちゃ駄目」

「だけどこのホールを抜けないと僕たちは」

「死んじゃうね。私がこの異界を崩すから」

 アヴェマリアはやはり無邪気に笑う。

「でも、青騎士と戦っても死ぬ。凄いね、どっちに転んでも死んじゃう。ふふ、ふふふふ♪ 楽しいなぁ、やっぱり。人を追い詰めて殺すのは楽しくて仕方がない」

「この世界に転生する前は僕と同じ人間だったはずだ。そんなことをどうして言えてしまうんだ?」

「死のうとしていた私を助けたおじさんを突き飛ばして死なせたからかな。あのとき、恐怖も勿論あったけど私は絶頂してた。性的興奮があった。でも知ってもいた。人を死なせておいて興奮するのは人間じゃなく化け物。ああ私はやっぱり化け物なんだなって再認識して、私は私を改めて終わらせたわけ。なのに神様は私をこの世界に連れてきた。こんな最悪な人間を連れてきた。それってもうさ、そういうことだよね。この世界を壊して、人を殺して、終わらせてってことでしょ?」

 解釈が捻じ曲がっていて、性格も狂っていて、感じるべき興奮材料が歪曲している。


 この女は人の姿をした化け物なのだ。なのにアヴェマリアなどという聖なる名前を自らに名付けている。『乙女』を象徴するヴァルゴの名を冠している。この世界にある歪みの全てがこの女に全て詰め込まれている。或いは、そうなるように自らを変えていった。

 邪悪の権化と言うべきか、それとも世界の宿敵と呼ぶべきか。もはやアヴェマリアなどと呼んではならない。この女は異界獣のヴァルゴであり、それ以上でもそれ以下でもない。


「シロノアにアレウリスを殺してもらうためにロジックを書き換えたのに、それを踏まえた上であなたは私の想定を越えてきた。自分のロジックで名前をアリスに一時的に書き換えて私の書き換えたテキストを無効化するなんて、私じゃ絶対に思い付かない。だから、私と手を組まない?」

「ふざけるな」

「悪い提案じゃないと思うんだよね。私と手を組んだらアベリア・アナリーゼは助けてあげる。他は助けてあげるかは分かんないけど善処はする。一緒に世界を支配して、恨んでいる神様を殺して、全部全部壊しちゃおうよ。もう一人のあなただってそれを望んでいた。あなたたちは今なら二人で同じ目的の元で戦うことができる。神様に挑みかかることができる」

「ふざけるなと言っている」

 震える声を必死に吐き出す。

「僕が神様を恨む原因になったのはお前たちだ。お前たちがいなければ僕は神様を恨んじゃいない」

「産まれ直されたのに?」

「その記憶だって曖昧になって薄まって、いずれはこの世界に適応するはずだった。それを全部全部、ぶち壊したのはお前たちだ」

「産まれ直す前よりも痛くて苦しいことばかりだったのに?」

「お前たちに異界に堕とされることがなければ僕はこの世界で不便ながらも暮らすことができていた。普通に生きて、普通に生活して、普通に人生を全うすることができたはずだ」

「魔物が蔓延る世界で? こんなにも薄情な世界で?」

「でもそれがこの世界の形で、この世界の定めだ。理不尽だと思うし、納得もしないだろう。でも、生きるとはそういうことだ。不確定な未来を見据えながら今を歩く。でもお前たちがやったことは違う。本来あるべき未来を変えて、突き落とした。多くの人の生き方を阻み、拒み、嫌い、否定した。そんなことは神様以外がやっていいことじゃない。人間じゃないお前がやっていいことじゃないんだ」

「……交渉決裂か」

 ヴァルゴは震動する異界を見上げ、満足したように瞼を閉じ、そして開く。

「殺しなさい、青騎士」

 水流に呑まれてヴァルゴは消える。青騎士は命じられたままに幽炎を纏った剣を携えて向かってくる。


 まともに相手をしてはならない。この炎を浴びれば、恐らく死ぬ。アレウスは青騎士との距離を適切に取りながらアベリアとの位置取りも気にしつつ、決して一振りも浴びないように心掛ける。


 ヴァルゴが消えたことでホールにいるのは青騎士だけ。上手く誘い込めば王城の出口まで駆け抜けることは難しくない。その場合、青騎士の対処を異界ではなく世界で行わなければならないが、二人で太刀打ちできる存在でないことは気配だけで分かる。

 なによりシロノアを媒介にした青騎士だ。アレウスがシロノアを打ち破れたのは嫉妬心に逆上していたからだ。そういった感情の一切が青騎士から失われているのなら、あのときは剣技で上回っていたが今もそうとは限らない。

「城が!」

 アベリアの声がして一瞬だけ背後を見る。王城が少しずつ拉ぎ、そして揺らぎ、崩壊し始めている。退路が段々と断たれている中で突破口をどうしても見つけられない。


 いや、その心配はいらなかった。アレウスは迫る気配を感知して逼迫した状況の中での微かな転機へと身を投じる。


「まったくお前は、無茶ばかりをする」

 アレウスに集中していた青騎士の背後でガラハが戦斧を横凪ぎに振るい、叩き飛ばす。

「やっと見つけた! 急いで!」

「エルヴァたちは?」

「さっき謁見の間で分かれて、今はどこにいるか分かんない。とにかく王城を出れば、」

 青騎士の幽炎がアレウスたちを囲い込む。

「その炎は邪魔です」

 クルスの声と共に鎗が振られ、衝撃波が魔を払い飛ばして幽炎を消し飛ばす。

「まだそんなところにいたのか」

「ほら引き返して正解だった。私の勘もたまには当たるんだから」

 エルヴァとアンジェラの姿も見える。

「『緑』は私を世界に帰らせてくれた友情の色。好きも嫌いも共有して、あるべき場所へ帰してくれる『翡翠』の力」

 クラリエの緑色の魔力が一筋の線となり、異界の出口までの道標となる。

「行こう!」

 アベリアに言うべきことを言われてしまったが、そこに反対意見は存在しない。アレウスたちは青騎士を放置してホールから王城を出て異界獣の尖兵たちが蔓延る王都を緑色の魔力を頼りに走り抜ける。


「言ったよね? 私は異界獣だって。この異界を壊すとは決めたけど、掌握しているのは私自身。あなたたちがどこに行こうとしているのか手に取るように分かる。最終感知エリアを深層に用意していて正解だった」

 水流と共にヴァルゴが現れ、アレウスたちの前に再び立ちはだかる。

「殺せって言ったのに逃げられるとか。まだ肉体と力が馴染んでいないのかな」

 そして青騎士への愚痴を吐き捨てる。

「「邪魔だ」」

 エルヴァとガラハが問答無用でヴァルゴに攻撃を仕掛ける。

「あはっ、あははははっ、あはははははははははっ!!」

 二人を笑いながらヴァルゴは魔力の障壁で阻み、更には無数の棘が障壁から発せられて二人の体に突き刺さる。

「そのままスコルピオの毒で死になさい」

「“解毒せよ(アンチドート)”!」

 血を吐き、全身が土気色に変わっていくさなか、二人の体を侵す毒が排除される。エルヴァは鈍器を力強く振って障壁を砕く。

「ただの『解毒』の魔法でどうしてスコルピオの毒が?」

「もうその毒はギルドが解析を終えているから」

 オラセオが侵され、マルギットが肩代わりしたスコルピオの毒はその後、ギルドによって解析され『解毒』の魔法は要素を加えて強化された。異界獣の猛毒はもはやアレウスたちにとって脅威になり得ない。

「面白い! でもね、私はともかく魔物だってあなたたちと戦い続けて知識を得ている!」

 尖兵の手に握られた鉄製の武器がそれだと言わんばかりに辺り一帯から亜人が飛び出し、アレウスたちは対応に追われる。

「私の前で苦しんで、私の前で死になさい。私はあのときに感じた絶頂をまた感じたい!」


 狂っているのはもはや分かり切っているが、やはり言っていることが道徳から外れすぎていて当初は恐怖を感じていたが今や嫌悪に変わっている。たとえヴァルゴとしての力を得る形で転生せずとも、この女はどこかで人の形をした化け物になっていた。

 人はこんな風に化け物にもなるのか。アレウスは同じ人間としてもはやヴァルゴの価値観を知ることすら放棄してしまう。


「化け物になりたくてなったわけじゃない。化け物になる過程が化け物なりにあったんだ」

 そんな中でエルヴァだけが僅かばかりの理解を示す。

「だが、間違った解決法だと分かってやった俺と、ただ興奮を得たいがために人が死ぬところを見たいと言っているテメェとでは化け物のレベルが違う」

 エルヴァの産まれ直す前の記憶はアレウスも垣間見たことがある。彼はあの行いを死ぬまで正当化していたが、この世界に産まれ直してからそのことを一度たりとも正しかったとは思っておらず、そして語ってもいない。だからヴァルゴに対して向けている感情が話しているときに出ることがないのだろう。

「だから俺が言ってやる。その興奮は、その思想は、その生き方は正真正銘の化け物だ」

「ありがとう」

 感謝の言葉をヴァルゴは嬉しそうに零す。

「良かった、化け物で。こんなのが人間だったら私でも怖い。そう、私は化け物。あっちの世界でも、こっちの異世界でも、そのどちらでも化け物と呼ばれる存在。だからこそ、あなたたちの言葉は一つも私の胸を打たない。届かない、聞こえない、響かない、繋がらない」

 ヴァルゴの指が滑るだけでアレウスたちは一瞬で魔力の糸に拘束される。

「あと少しなのに!」

 クラリエは緑色の魔力を束にして魔力の糸を断ち切ろうと試みているが成功しない。彼女のみならずアレウスも、そして全員も持ち合わせている力で糸を断とうとするがしかしどうにもならない。

「こうして化け物が勝つ。化け物は魔王と呼ばれ、そして神を殺す。それが私のストーリーで私の物語、そして生き様。もう決まっているんだよね、最初から! この世界に転生したその瞬間から!」


『その糸は断つのではない。(ほど)くものだ』

 腰元――鞘に納めていた淑女の短剣から炎が発せられ、魔力の糸の一部が焼かれる。そこを始まりとして糸は一気に(ほつ)れて、

アレウスを解放する。

『我の知っている魔力の糸はそうやっていつも(ほど)けていた』

「……そうか、これはジュリアンの……」

 ジュリアンが扱う魔力の糸と同質なのだ。そして彼はこの魔力の糸を駆使して魔法を、魔力を持った存在を(ほど)くことで倒すことができる。

「獣剣技、群鳥(むらどり)

 異界の崩壊に伴い、水中であるという特性は既に失われている。そもそもヴァルゴが自身の自由を優先するのならこの周辺に水中の要素はないとアレウスは踏んだ。ヴァルゴの魔力の糸を淑女の短剣で掻く。炎が駆け巡り全員の拘束の一端を焼き、解き放つ。

「私を知っている存在があなた側に立っているのは不愉快ね」

 迫ってくる女にアレウスは二本の短剣を巧みに用いて対抗し、その襲撃を凌ぎ切る。

「崩壊する世界で化け物に付き合っている暇はない」

 炎の飛刃を連続で放ち、ヴァルゴに命中して爆発する。防御されてしまったが周囲一帯を煙が包み込んだ。

「あははっ♪ 分かってないね! 私にはまだ観測する尖兵がいるんだよ?! こんな目晦ましで私があなたたちを見逃さないと、で、もっ!」

 煙を払ったヴァルゴの前にアレウスたちはいない。

「嘘、この私があなたたちを見逃した?!」

「オロバスならもう死んでいるぞ」

 ヴァルゴの背後でアレウスはそう呟き、竜の短剣を振るう。瞬間的な反応を見せ、女は避けたが僅かに刃が脇腹を掠めた。そのことに気を取られている内にアレウスは緑色の魔力を頼って走り、異界の出口とも言うべき王都の正門から脱出する。




「あぁ、あぁ、やっぱりあなたは面白い♪」

 ヴァルゴは呟きながら脇腹の血を手の平に塗り、そして自分で舐める。

「あなたを殺したら私、何回ぐらい絶頂できるのかな♪」

 遅れてきた青騎士の兜を手で掴み、ひび割れさせる。

「次に逃がしたらあなたは私が始末するわ。それが嫌なら人間たちを絶望させて、絶滅させなさい」

 言われるがままに青騎士はアレウスたちのあとを追う。

「……さぁ、魔王になりましょうか。待っていて、神様? もうすぐ殺しに行ってあげるから。今から待ち遠しいわ。アレウリスを殺す楽しみくらいの興奮がきっとあなたにもあるんでしょう?」




 ね?


 神様?


 私を見ている神様?


 神様は、


 私に、







 殺されたいから私をこの世界に呼んだんだよね?







 そっちに行くよ。







 もうすぐ、ね。

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