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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第2章 -大灯台とドワーフ-】
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戦線


 別にアレウスは言い訳をするつもりはないのだが、心の中で弁明をする。

 自分はそれほど、寝相が良い方ではない、と。

 なので早朝に目を覚ました際にアベリアにもたれ掛かり、シオンの体に手を伸ばした状態で目を覚ましたのは本意ではない、と。


「ケダモノの本能が勝手に女体を求めているんじゃないですの?」

「そうは思いたくないんですけど……いや、ホント……辛いところです」

「次に似たようなことをしくされば、アベリア・アナリーゼからの信用どころかシオンからも蔑んだ目で見られますわよ? 馬車で殿方が女性を襲うなど……まぁ、時折、見られる光景ですわね」

「そういう納得は求めていないです」


 食事の合間に謝罪を繰り返し、アベリアとシオンには許してもらったが、次の夜には馬車ではなく野宿をすることが許してもらう条件になった。アレウスも誤解を招くのなら、もう外で寝る方がマシなので、その要求を呑んだ。ヴェインは「男だったら仕方が無いこともあるけど、場合が場合だしね……」と言いつつも肩をポンポンと叩かれた。アレウスにとっては慰められることも、怒られることも、この件に関してだけで言えば精神的な痛みが強かった。


 その結果、馬車に乗り込む前にクルタニカに釘を刺されるという事態にまで発展した。どうやらアベリアが話してしまったらしい。人の口に戸は立てられないとはこのことだろう。


「それでも下賤な輩は戦闘や戦術においてはわたくしも評価しておりましてよ? 要は信用を落とすことだけ気を付ければ良いんですの。発散したいのでしたら、発散するべき場所で発散するんでしてよ。娼館とか」

「もうそれ以上はなにも言わないで下さい」

 異性に娼館だの、発散するだの言われるだけでアレウスは更に精神的に苦しむ。言わせてしまっている原因は自身にあるのだから尚更である。


 クルタニカと別れ、馬車に乗る。中の雰囲気は昨日より悪い――などということもなく、アレウスが条件を飲んだことでアベリアもシオンもすっかり水に流してしまったらしい。その分、申し訳なさだけがアレウスに圧し掛かっている。


「気にしていても仕方が無いよ。不慮の事故とも言えるんだ。君にはそれ以上の長所や魅力があるんだから、反省したんなら次に活かす。それだけだよ」

「ありがとう、ヴェイン」

「まー馬車も狭いから、こういうことはあると思ってから気にしないで。取り乱したあたしも悪かったと思っているし」

「要求はちゃんと飲みます。すみませんでした」

「それは何度も聞いた。もうそのことは良いから、アレウス……気を引き締めて」

 シオンはやや笑いながら許し、アベリアは今後のことを気にし始めた言葉をぶつけて来る。大きく深呼吸をして、アレウスは言われた通り気を引き締める。


「もうすぐギルドに指定された目的地に着きます。我々はそこでキャンプをして、生き残った村人を介抱しますので、冒険者の方々は村へ向かって下さい」

 馭者から指示が飛ぶ。

「……ちょっと良い?」

 シオンはそう言って馬車の屋根――(ほろ)の中心の紐を(ほど)いて開き、そこから外に出て骨組みに足を引っ掛けて自身を固定した。

「なにをなさっているんですか?」


「どうにも臭いが強すぎるよ。魔物の一部が目的地の近くまで移動している可能性がある」

 言われ、アレウスは横から身を乗り出し、馬車が向かっている方角をジッと眺める。


「僕の感知の範囲には居ない。目でも見えない。なにで感じ取ったんですか?」

「音」

「音……?」


 アーティファクトの『エルフの耳』は機能していない。ヒューマンとエルフでは寿命という点で体の構造が違うせいだろうとアレウスは踏んでいる。エルフの力を借りればひょっとすると機能するようになるのかも知れないが、同胞の耳を奪ったかも知れないヒューマンのアーティファクトに力を貸すエルフは居ないだろう。なので、シオンの言う『音』を素直には信じることが出来ない。


「どっちにしても、ここから魔物を捕捉しても攻撃できません。居る可能性があると教えて下さっただけありがとうございます」

「魔物を見つけ次第、あたしは攻撃する。それでいーい?」

「それは同意しかねます。他の冒険者と足並みを揃えないとキャラバンが崩壊します。冒険者の中でも射手、狩人の辺りが同じように魔物を感知して出て来るまでは待機です。特にクルタニカさんの指示をこう言った場合は待つのが良いと思います」

「はーい」

 馭者が馬の足を加速させる。シオンは屋根に上がった切り、降りて来る気配は無い。恐らくはすぐにでも攻撃に移れるようにしているのだろう。それでも振り落とされないのは、シオンがニィナのような射手、或いは狩人としての技能を持っているからとしか思えない。

 どちらにせよ、キャラバン全体の馬の速度が上がったということは、一番前を走っている馬車に乗るクルタニカがなにかを察知したからだ。

「アベリア、ヴェイン。準備を」

「“満たせ”」

「“集まれ”」

 杖の輝きが、鉄棍からの光の粒がアベリアとヴェインの衣服を循環し、魔力に満ちる。


「僕にも見えて来ました! ここからでもハッキリと見えます。隠れ()にガルムとコボルトが向かっています」


『全員、聞こえまして? 聞こえているかどうかを確認している暇はありませんわ。前方、目的地に魔物を捕捉。一々、数えてはいられませんわ。射手、狩人並びに遠距離から戦える者は動いて下さいませ。魔法職は待機ですわ。隠れ処は森にあります。どの属性であっても生き残った村人を巻き込みかねませんわ。ここは素直に我慢して下さいませ!』


 魔法で自身の“音痕”を残し、通過した後ろの馬車に乗る全ての冒険者にクルタニカの通達が届く。それはアレウスたちも例外では無い。


「“金属の刃(リッパー)”」

 左手の指を鳴らしたシオンが魔法を唱える声がした。

「シオンさん、魔法はまだ!」


「あたしの魔法は良いのよ。結果的に魔法での攻撃って言うよりは遠距離攻撃になるから」

 左手の指の間、その全てを使って計四本の短刀を握っている。その内の一本を右手で取って、見えて来た魔物の群れに向かってシオンが投擲する。投げた短刀は見事にガルムの横から首元に命中し、その一回の投擲で動かなくなった。

「あたしが使えるのはこうやって短刀を呼び出す魔法だけ。それ以外の魔法は全然これっぽっちも使えない。でも、投擲に関しては誰にも負けない自信がある。そりゃ狩人や射手には劣ってしまうけれど、でも、変に武器を持ち運ばずに済むから、良い点もあるの」


 矢に混じってシオンの短刀が飛んで行く。四本を使い切ったならばまた四本の短刀をどこからか手に取り、投擲を続ける。


「少し荒めに馬を止めます。しっかりと掴んでいて下さい!」

 馭者が言った直後、馬車がグワンと遠心力を受ける。シオンが馬車から飛び降り、三人は椅子に掴まって衝撃を凌ぎ、それから閉じていた(ほろ)(ほど)いて外へ飛び出す。


「森と魔物の道を断つ。アベリアは魔物の導線が切れたら森の方にではなく、魔物が続いている街道の方へ魔法を」

「うん」

「ヴェインは一緒に来るんだ。数を減らしつつ、前衛の回復もしてもらう」

「ああ」

 アレウスとヴェインが駆け出し、シオンが続く。アベリアが馭者の力を借りつつ馬車の屋根に上がったところまでは確認し、降りて来たニィナと合流する。

「出来るだけ魔物に近いところで木に登れ。そこから数を報告しつつ矢で迎撃」

「任せて」

 冒険者がぞろぞろと馬車から出て来て、魔物への攻撃を開始する。アレウスも短剣を抜き、ヴェインを森の方へと入り込ませたのち正面から飛び掛かって来たガルムの牙を受け流し、その首元に短剣を突き刺し殺す。引き抜いた直後にコボルトが数匹、押し寄せて来るが木に登ったニィナの矢が足に突き刺さり僅かだが隙が出来た。そこで後退して、短剣から剣に持ち替えながら前方を薙ぐ。戦士が数人、アレウスの代わりに前衛となってコボルトの攻撃を受け止め、剣で切り裂いて行く。

「森に何匹入った?」

「ガルムが四匹!」

 シオンさんの声が響く。ここに見えないということは彼女も森のどれかの木に登っていると考えられる。

「ニィナ、シオンさん、頼む。みんながカバーしてくれるだろうけど出来れば一人二匹ずつ!」

「難しい注文をするわね!」

「やってやれないことはないかな」

 後ろは見えない。

「“傷を三方より癒せ(ヒール)”」

 ヴェインが三人分の癒しの魔法を唱え、前衛を務めている戦士が受けた傷の縫合が始まる。


「二匹仕留めたよ」

「私もよ!」


「クルタニカさん、導線は切りました!」

 遠距離攻撃によってコボルトとガルムの脅威度がこちらに向いたのが功を奏した。おかげで森の中へと入り込もうとしていた魔物の導線に割り込んだ上に、四匹だけで抑えられた上に、その四匹も仕留めてもらえた。

「クルタちゃん様と呼びなさいと言ったでしょう! ですが、皆さま揃ってさすがですわ! ここからはわたくしたち、魔法職の出番でしてよ!」


「“蔓よ(バインド)”」

「“火球よ、踊れ”」

 (ツル)が捉えた複数の魔物をアベリアの唱えて飛んで来た火球が焼き、蔓という燃料も相まって強く火柱を上げる。

「“暴風よ、踊れ(エアライズ)”」

 そこにクルタニカの風の魔法が合わさり、酸素を供給された火柱は炎の竜巻となり、それは魔物の列に向かって突き進み、有象無象を一気に焼き払う。

 合わせて、これまで待機していた冒険者の魔法が次々と飛び交い、コボルトとガルムが散り散りになり、数匹は来た道を引き返して逃げ出した。残った魔物はそのままクルタニカの魔法が蹂躙し切り、全てが掃討される。


「っし!」

「ガキが一番に突っ込んで行ったのは、戦士の名折れだな。でも、おかげで勇ましく有れた。感謝する」

 グッと拳を握って一人で成功の喜びに浸っていたところでアレウスに戦士が賞賛を送って来る。

「後ろに前衛の皆さんが控えているので、素早く飛び込める僕がまず最初に注意を引かなければと思いました。けれど、居なければあんなにも猪突猛進気味には走れませんでした。こちらこそ感謝です」

「この調子で、村の方にも気を引き締めて向かおう」

「はい」


「癪だけど相変わらず悪くないわね、アレウスの指示」

 木から降りて来てニィナは言う。

「今後も異界以外なら依頼を手伝って上げても良いわよ?」

「僕も異界以外なら君が受ける依頼を手伝っても良いけど」

「なら、帰ったあとで話は進めて行きましょうか」

「そうだな」

 ニィナはガルムとコボルトに突き刺さってもまだ使える矢を引き抜き、矢筒に収める。

「シオンさんも助かりました」

「よくあたしが高所に登ったって思ったね」

「馬車の屋根に飛び乗れる軽やかさがあるなら、そうするだろうと思いました」

「まぁ、馬鹿じゃなくてもそう思ってくれないと困るんだけどねぇ」

「回復するのに神経を使っていたから、魔物を通らせてしまったよ……」

「仕方無い。前衛の僕が通しているんだ、ヴェインに非は無い。次はお互いに上手く機能出来るように、この反省を活かそう」

「朝の意趣返しのつもりかい?」

「そう言ってくれたおかげで、僕は気を引き締められたんだ。それとも、こういう励まされ方は嫌いか?」

「いいや、おかげでやる気になれた」


「クルタニカの魔法、強すぎ」

「あなたの火球を見た瞬間に思い付きましたのよ。あと、木属性の魔法も良い味を出していましたわね。燃料と火と酸素。絶妙なバランスでしたわ」

 だが、その大半は炎の竜巻へと変えた風の魔法が成していた。相変わらず、上級の魔法は見ているだけで清々しいほどに強い。


「下賤な輩? 今回は問題は無かったようですけど、死体の回収の際には突出するような行動は控えるんですわよ?」


「見通しが悪い分、一人で囲まれたら命が無い……ですか?」

「分かっているじゃありませんの。『体が勝手に動いた』や『気付いたら走り出していた』みたいな言い訳は通じませんのよ。特に、それが原因でパーティが崩壊でもしたのなら……笑えませんわ」

「気を付けます」

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