多くの支えによって
リスティが己が目を背け続けてきた家柄と向き合っている頃、アレウスたちは未だ王都に続く大橋を越えられずに苦戦していた。やはり一本道であるがゆえの突破の難しさ、防衛の高さ。これらを冒険者がキメラのみを攻撃しつつ通り抜けるには限界があった。アレウスたちがこの大橋を渡るにはクルスとエルヴァが一刻も早く合流するほかない。彼女たちの言葉一つで新王国軍は王国軍と衝突し、その隙に強硬突破が可能となる。その点は帝国軍であったり連合軍であっても構わない。とにかく王国軍――兵士と戦える軍隊を欲する。異界から現れる人間のようで人間ではない尖兵たちなら幾らでも相手にするが、そこに僅かでも真っ当な訓練を受けた人間が挟まれば途端に身動きが取れなくなってしまう。
「ヴェイン!」
「なんだい?!」
全体的に冒険者たちが後退を始めているため、アレウスたちも同じように大橋の突破を中断して後退する。状況を広く捉えなければならない。ひたすらの突撃では異界への侵入すらままならないのであれば、こちらはこちらで非常にもどかしいが機を待つ。
「そろそろ離脱してくれ」
「いや、まだ大丈夫さ」
「君が人を殺めることはあってはならない」
「……分かった。そうだ、俺は人を殺められない」
聖者であるヴェインが人間を傷付ければ神の恩寵が得られなくなるかもしれない。それだけでなく、神は人を導くべき聖者が人を殺すという矛盾をまたも抱えることとなる。それでも神はヴェインを見放さないだろうが、その事実はのちに彼とエイミーの生活に陰を落とすのは明白だ。
「あとは任せてください」
アイシャが震える手で杖を握り締めながらヴェインに告げ、彼は「頼んだよ」と言ってアレウスのパーティから離脱する。だが、これは一時的離脱だ。ヴェインには異界から帰ってきたアレウスたちの分まで魔物を退治してもらう役目がある。
「アレウスさん! 私たちが道を切り開きます! 気にせず突破を!」
エルフの隊を指揮するイェネオスが叫ぶ。
「可能な限り人間に危害を加えないようにと努めましたが限界です!」
その二言目こそがイェネオスの最も言いたいことであることは彼女の姿や顔を捉えずとも分かることだった。キメラ、人間の兵士、人間ではない尖兵。これら三種を見極めて戦うことは冒険者のみならず森で傍観を決め込もうとしていたエルフたちにとっても厄介だ。とにかく波風を立たせたくないエルフは人間と戦うことを望んでいない。この決戦において致し方ない犠牲を出すことを考慮していてもそれは彼らの中では百人にも満たないはずだ。百を越えれば遺恨を気にする。その遺恨がやがて森を焼く炎に変わることをイェネオスたちは怖れている。
「皆様方、下がるんでしてよ!」
クルタニカが心情を読み解き、アレウスより先に冒険者の隊を指揮する者として声を発する。
「現状、わたくしたちには制限がありすぎましてよ! 無理やりの突入、突破もできなくはありませんが仲間の屍を越える必要があります。被害を最低限、最小限に抑えつつ突破する方法はまだありますわ! 焦らず、機を待ちます!」
おおよそアレウスが言いたいことを全てクルタニカが伝えてくれたおかげでエルフと冒険者たちは迷いなく後退の選択を取り始め、大橋からアレウスたちも一旦離れる形となる。
水に覆われた王都から大きなうねりと水流が生じ、同時に強烈な耳鳴りを起こすほどの超音波がアレウスたちを襲う。
「何事ですか!?」
レジーナすらも聞いてはいられないとばかりに両耳を塞ぎ、無防備となった彼女を狙うキメラをエレスィが超音波に屈することなく一刀両断する。
「これは……共鳴?」
さすがにレジーナを喪うわけにはいかず、アレウスは彼女の傍まで馬を寄せながらエレスィの呟きを耳に入れる。
「違う。これは水中における仲間への信号だ」
「水棲生物の中には超音波や水上での鳴き声でコミュニケーションを取るものがいると聞いていますが、これが……? けれど、これほどに強烈な超音波となると」
「ああ」
アレウスは聞き覚えなどないが、生じ始めたこの異常震域については体が記憶している。
王都から圧倒的な体躯を持った魚の魔物が飛び出し、空中を水中のように高速で泳ぎ回って世界への降臨を喜ぶように天高くへと昇り、水面から飛び出すように跳ねて、そして沈む。すると決して水中ではないはずなのだが巨躯が水面を打ったことで生じた波紋、そして水中への衝撃波が魔力で編み上げられた現実の波となってアレウスたちに押し寄せる。
「ピスケス?! ドラゴニアに吸収されたのでは!?」
「異界の主としての概念を喰われたのち、服従させられたのでしょう。あれはドラゴニア・ワナギルカンの使役する異界獣です」
イェネオスの驚きに対してレジーナが答える。
「マズいです。私たちエルフにとってはたとえ魔力で起こされた水流であっても」
河川と滝壺しか知らない彼らの中で泳ぎを知る者は少なく、苦手とする。そのためエルフには押し流すほどの質量を持った水こそが特効となる。それはイプロシアが引き起こした世界樹の一件でも判明している事実だ。このまま魔力の波――津波を放っておけばアレウスたちはともかくエルフが全滅しかねない。
「いい加減に弱点があるのなら学んで克服ぐらいしてはいかがでしょうか?」
カプリースのイヤミな声が聞こえ、同時に押し寄せる津波を自身が起こした津波と衝突させて、一時的な均衡を起こす。
「欠点を備えているからこそ美しさは際立つと言うじゃろ?」
その均衡する二つの波の中心にクニアが降り立ち、水面をトンッと靴先で叩くと二つの衝突していた津波は弾け飛んで、辺り一帯に雨となって降り注ぐ。
「遅くなった」
「なり過ぎです。レジーナ様にもしものことがあったならどうするおつもりだったんですか!」
カプリースの軽い謝罪にイェネオスが噛み付く。しかし知らぬ存ぜぬという顔をして、それから溜め息をつく。
「個人的に先に済ませておきたい用事があったものですから」
「そうじゃそうじゃ、カプリの個人的な用事に付き合っておったら遅れてしもうた。カプリが悪い」
「僕のせいにするのは勝手ですが、あなたの後ろにはあなたの言葉に答えた気高き戦士たちがいることをお忘れなく」
言われ、クニアは自身の立場を思い出したように咳払いをする。
「我が言葉に信じ、従い、共に歩むと決めたくれた戦士たちよ! 我らが血脈、我らがハゥフルの気高き種として! 王国に潜む闇を払いのけよ!!」
いずこから現れるハゥフルの軍勢が雄叫びを上げ、空に幾重もの水流を描いてそこに飛び込み空中を自在に泳ぎ回る。
「ピスケスはわらわたちに任せよ。水中を自在に泳げん者たちが戦うよりはマシじゃろう?」
「ええ、ありがとうございます。お任せしました」
レジーナの返事にクニアが拍子抜けしたように足元の石ころに転びそうなリアクションを取る。
「もう少しイヤミを言われるとお思いだったのでは?」
「うるさい! 行くぞ、カプリ!」
抱いていた感情を暴露されやや恥ずかしそうに言いつつクニアは水流に飛び込み泳ぐ。
「僕たちのことは気にするな。前だけを見ろ」
カプリースはアレウスにそう言って、水流に乗ってクニアを追い掛ける。ハゥフルたちの姿はみるみると遠ざかり、やがてピスケスの周りで激しい戦いが生じる。
ひとまずは状況に変化があった。好転したとは言いにくいが対処はハゥフルたちによって出来ている。
「“森の火よ”」
次にどうするべきかと思案しているところに魔力の炎が飛んできたためアレウスはレジーナを庇って炎を受け、吸収する。
「誰ですか!?」
この詠唱はエルフが用いるもの。それを即解し、レジーナが怒る。
「今、内輪揉めをしている場合では決してな、い……」
そして徐々に怒りの表情が蒼白へと変わっていく。しかし逆に冷静だったイェネオスの表情が段々と怒りの形相へと変わっていく。
黒騎士――漆黒の鎧を纏い、黒い篭手をしたエルフの男が立っている。瞳は虚ろで意識はない。しかし敵意だけがある。
「どこまでも……どこまでもどこまでも! 私たちエルフの血を愚弄するか! ドラゴニア・ワナギルカン!! 『異端審問会』!!」
イェネオスの怒りは自然とエレスィやアレウス、クラリエにまで伝播する。だが娘の怒りであるにも関わらず、目の前の漆黒の騎士は顔色一つ変えることなく、臨戦態勢を取る。
「キトリノス様の魂を弄ぶなど……!」
「奴らはガルダの遺体もマクシミリアンの遺体も利用している。魂云々をどうこう言ったって無意味だ」
怒りをこらえながらアレウスはせめてエレスィだけでも冷静になるようにと諭すように言う。
「では……救う手立ては一つしかないと?」
「魂を輪廻に戻すしかない」
即ち、殺すこと。口にはしなかったがエレスィは理解し、イェネオスと同じく前に出て傍に立つ。
「イェネオス、怒りに我を忘れて悪道に堕ちてはならない。降霊術を使われたというのなら、正しく父君を輪廻に還してあげよう」
「……はい!」
「アレウスさん、エルフの事情はエルフで解決致します。他の者には変わらずあなた方を支援するように『森の声』で伝えますが、ここは私たちに譲ってはいただけませんか?」
肯くしかできない雰囲気を作り出しながらその質問は卑怯だとアレウスは心の中で思いつつも、やはり肯くことを選ぶ。
「このままだと余計に大橋を渡れなくなっちゃうねぇ」
戦力が分散させられている。ハゥフルやエルフたちの力を借りられるとはとてもではないが言えない状況となってしまった。
対処はできているが、やはり好転ではない。こうやって各々が抱えるしがらみによって戦力が削がれていけば、異界に突入する術をアレウスたちは失ってしまう。
「どうする?」
「どうするって……言われても」
アベリアに訊ねられてアレウスは頭を掻く。彼女は恐らく指揮を執ってもらいたいのだろうが、自身にはその能力はない。軍隊のように大所帯を操る術は学んでいないし学ぶつもりもなかった。それは兵法であって冒険者には必要のない知識だからだ。しかし、こうなってしまえばクルタニカに頼るのではなくアレウスの意思が介入した方がいいのではないか。アベリアはそう意見している。
「僕は、」
言おうとした瞬間、刀の閃きが迫る。だがその一閃よりも更に速い煌きの一撃によってアレウスは命を救われる。
「使ったな? 『異端審問会』?」
アレウスを守ったのはエキナシアだったが、天からはカーネリアンの声が響く。そして弾かれた太刀を引き寄せて死人のガルダが跳ねながら後退する。
「待っていたぞ、ガルダを愚弄するその瞬間を」
空から降り注ぐ炎という炎を死人のガルダが華麗に避け、そして死人のガルダに従うように現れた機械人形が炎を受け止め、魔力として吸収する。
空を見やれば、幾重の水流の隙間という隙間にガルダの姿が点々と、鳥の群れのように見える。
「ガルダに非介入を念押ししてきたのはそちらだが、死人であってもガルダを戦場に出すのであればその念押しに私たちが屈服することはない」
火炎を翼で払いながらカーネリアンが降り立つ。
「この瞬間、我らガルダは王国を敵として討つと決めた」
そして、と彼女は続ける。
「クォーツ・ビジェの遺体を速やかに私たちガルダへと返上せよ。これ以上、我らが種族を弄ぶことは断じて許さない」
「カーネリアン!」
クルタニカが馬から降りて、彼女に抱き付く。
「待っていましたわ」
「私たちは理由や理屈を必要とする。介入するための屁理屈がどうしても必要だった。だから待った。クォーツを未だ奴らが手元に置いていることから、また弄ぶであろうその瞬間を」
アレウスにとっては命を取られかねない斬撃だったが、カーネリアンにとっては待ちに待った一瞬でもあった。
「我らが同胞を弄び続ける王国に天罰を。だが民草は殺すな。我らは虐殺に来たのではなく、『異端審問会』とそれに連なる者たちを討つために来たことを忘れるな!」
カーネリアンの言葉に応えるようにガルダたちが一斉に空からキメラや異界の尖兵たちへと攻撃を開始する。
「アレウス!」
エルヴァの声がし、そしてクルスとこちらに走ってくるのが見えた。
「馬をやられちまった。ここまで全速力だったが、手遅れじゃねぇよな?」
「馬ならありましてよ。新王国に鍛えられた馬には見劣りするかもしれませんが」
クルタニカが自身の乗っていた馬とアレウスが降りた馬を視線で伝える。
「優劣などありません。私たちにとっては共に戦い抜くための大切な命です」
クルスはそう言ってすぐさま二頭の馬を手懐け、エルヴァとそれぞれ飛び乗った。
「許してほしいんでしてよ、アレウス」
アレウスがアベリアの馬に乗ったところでクルタニカは小さな声で言う。
「わたくしはあなたたちと共に戦いたいと思っていましてよ。でも、それでも、カーネリアンを置いてはいけないんでしてよ」
「そんなこと分かってる。親友も、仲間も、大好きな人も、みんなみんな大切なことは分かってる」
アベリアは申し訳なさそうにしているクルタニカに檄を飛ばす。
「だから負けないで。あなたが負けないなら私たちも負けない。親友のために全力を尽くして」
「……はい!」
クルタニカは勇気付けられて死人のガルダと向き合ったカーネリアンの後方に立って支援の構えを取る。
「行きましょう」
クルスが言って、エルヴァと一緒の馬を走らせた。
「結局、僕はアベリアの背中か」
「嫌?」
「僕が手綱を握っているならなとは思うけど、この形が僕たちにとって自然なのかもな」
「そうそう。アレウス君はそれが一番合ってるよ」
クラリエの慰めの言葉はどこか笑いをこらえているようで、どうにも素直にアレウスの心には入ってこなかった。なにか言い返してやろうかと思ったが、既にアイシャとニィナの馬はクルスを追っており、クラリエの馬を走り出した。そして悩んでいる内にアベリアも馬を走らせたので有耶無耶になってしまう。
「“全ての者たちに告げます!”」
クルスが鎗を天に掲げる。
「“王都へと私たちを導け!”」
『指揮』によってアレウスたちの後方から追ってきていた新王国軍がアンジェラを筆頭として猛進しクルスたちを追い越して冒険者たちにとって厄介な王行軍兵士を相手取って戦い出す。
「ヴィヴィアン郵便からアレウリスへお届け物だよ」
それでも巨躯のキメラが大橋の進行を阻もうとしていたが、空から降ってきたガラハの三日月斧による一撃で肉塊となって吹き飛んだ。
「落とすな」
「その方が面白いじゃん」
火竜のヴィヴィアンを見上げながら文句を言うガラハをクラリエが馬の上から拾おうとしたものの失敗する。
「御免、やっぱ無理。ドワーフは重すぎる」
「そう言うだろうと思った」
期待はしていなかったようでガラハは自力で走り出す。大橋上ではまともに馬を疾走させることはできてはいないので彼の足でもアレウスたちに追い付ける。しかしこんなところで前衛の体力を減らすのはどうなのだろうかと若干の迷いがあった。
「通さん!」
前方を剣で切り払い、剣圧だけで新王国軍と冒険者たちを男が押し退ける。
「誰一人としてここは通さぬ! 通りたければ俺を殺してみせよ! 次代の冒険者どもよ!!」
黒い狼の毛皮をマントのように羽織り、赤い目をギラギラと輝かせながら切り掛かる一切合切を一蹴しながら男は叫ぶ。
「では、ヤツガレが先鋒となろう」
景色に溶け込んでいて一切の気配が感知できなかったユズリハが現れ出でて、男の剣を正面から古刀で受け止める。
「ユズリハ……!」
「ヤツガレのことを憶えていてくれたとは光栄だ、友よ」
「ああ憶えているとも! この俺を人間に変えた憎き男のことを忘れるわけがない!!」
男の意識がユズリハに向いたことでクルスが無理やり押し通ろうとする。
「通さんと言ったはずだ!」
「他者を気にしてヤツガレを屠れると思っているのか? ルナウルフ」
「ぐっ!」
古刀で弾かれて男が憎々しそうにしながらもユズリハとの対面を受けることを決め、激しく剣戟を放つ。
「そうだ、ヤツガレだけを見ていろ。ヤツガレのみに集中しろ」
「挑発など俺には届かん!」
ユズリハとの鍔迫り合いを力だけで押し込んで飛ばし、横を通過し掛けていたクルスに飛刃が放たれる。
「させねぇよ」
アレウスの背後から前方に跳躍したノックスが爪で飛刃を弾き飛ばす。セレナが狼を回り込ませて彼女をその背に着地させる。
「獣人ごときが!! 俺の剣を止められると思うな!」
瞬時に移動し、男が二人の乗る狼を両断する。
「同胞を殺しましたね?」
セレナの瞳に怒りが宿る。その殺気は強烈で男さえ引き下がらせるほどだった。血に塗れた二人の獣人の姫君は互いに死した同胞に感謝するように鳴き声を上げる。
「まったく、ワタシたちは弱い。犠牲を出さずに突破できればそれが一番だった。でも、ワタシたちが弱いせいで犠牲を出さなきゃ突破も、そして同胞を集わせることも叶わなかった」
「獣人の群れ……それも沢山! 一気にこっちに来てる!」
ニィナの広すぎる視野が彼女たちの鳴き声によって生じた戦場の変化を捉え、アレウスに伝える。
「元より死なせることが狙いか」
男は剣を振って血を払う。
「獣人はたった一匹であれ同胞を殺されれば全力で復讐を行うと聞いたことがある」
「一匹じゃねぇ、一人だ。数え方を間違えんなよ」
ノックスは骨の短剣を抜き、身構える。
「悪いな、アレウス。一緒には行けなくなった」
「ジブンたちがいなければ同胞たちは誰を、どれを対象に復讐すればいいか分からないままです」
二人をパーティから欠くのはかなりの痛手であるが、それで獣人たちを味方に付けられるのであれば全体的にはありがたい話ではある。
「まだ僕はお前の本音を聞いてない。生きてちゃんと聞かせてほしい」
キングス・ファングと戦ったときから現在に至るまで、彼女の好意は彼女自身の口から聞かされていないままだ。
「はっ……! そんなことに未練を感じてんのかよ。だったらちゃんとテメェと二人切りのときに耳元で囁いてやる」
状況に合っていない言葉を聞いてノックスは呆れ、セレナは場違いなほどに笑う。
「ヤツガレと友の戦いに水を差すような真似は、」
「うるせぇな。ワタシとセレナも加わらないとアレウスたちが通れねぇんだよ!」
ユズリハの意見を一蹴してノックスとセレナが男へと駆け出す。同時に停滞していた突破をクルスは再開し、まず通過する。続くアレウスたちに男は問答無用で飛刃を放ち、更には馬を切り殺さん限りの勢いで剣戟も放ってくるがユズリハとノックス、そしてセレナがその全てを阻み、最後尾のガラハも負傷せずに通過する。
二人に掛ける言葉はなにかあるだろうか。迷っている内に時間は過ぎ、もはやその余地はない。
「あんたは前を向きなさい。でないとノックスたちがユズリハさんに加勢した意味が無くなるでしょ」
ニィナに発破を掛けられ、どうにか迷いという名の思考の澱みを振り払った。
「待って、正面に!」
城門前に大蛇が鎮座している。クルスがそのことに気付いて反射的に視線を逸らす。コカトリスではなくバジリスク。どちらにせよ目が合ってしまえば石化してしまう。アレウスも意識的に視線を逸らす。
「ほらほら、見てください。こういうときに人徳が役立つんです。普段からありがたぁく人々を敬い続けることでこんなにも大それたことすら可能にしちゃうんですよぉ」
「うるさい」
大橋から城門に至る陰からリゾラとアンソニーが現れる。バジリスクはまずリゾラを睨むが、それに対して彼女はお構いなしに睨み返す。視線に込められた石化の魔力は彼女の体を駆け抜けるがすぐに反転して彼女の魔力として跳ね返りバジリスクの体を石へと変える。アンソニーがグルグルと腕を回し、「えいっ♪」と可愛らしく言いながら拳を打ち込み、石化したバジリスクが粉砕される。
「あんな人すら……?」
「化け物め」
「それは私のこと? それともアレウスのこと? もし私のことだったんなら言われ慣れてるから」
クルスとエルヴァの良い意味での皮肉をリゾラは軽く返しつつ、やって来たアレウスを見て分かりやすいほどに明るさと高揚感を表情にする。
「待っていてくれてありがとう」
「決戦の地で、って言ったでしょ」
「あいにく、君を乗せる馬がない」
「大丈夫。アンソニーを馬にするから」
「なぁんですかぁそれぇ! 私はぜったいぜぇーったい嫌ですからねー!」
さすがのアレウスですら意味不明なリゾラの返事だった。
「問題ないわ。ここから先、馬で行くわけにはいかないから」
クルスが馬から降りるところを見て、アレウスも思考から零れ落ちていたことを思い出す。城門を潜れば異界である。もし馬を通してしまえば、世界に帰す余地があるかどうかは分からない。ここからは己自身の足で進むべきなのだ。
「私たちはドラゴニア・ワナギルカンの元へと向かうわ。あなたたちは『異端審問会』をお願い」
「分かりました」
城門は閉ざされておらず、さながら通ることを求めていたかのように開かれている。
「アイシャ、水の中だったらお願い」
「はい」
ニィナがアイシャに『酸素供給』の魔法を忘れないように伝えている。
大橋を抜けるまでに沢山の冒険者が、そして新王国軍が支えてくれた。その支えを無駄にしないためにも、異界となった王都をクルスたちは通り抜けて王城に。アレウスたちは王都、もしくはやはり王城に潜んでいるやもしれない『異端審問会』を。
各々の目的を強く強く胸に抱き、凛とした確固たる意志で城門をアレウスたちは通り抜けた。




