クリスタリア
♭
「音だ」
ドラゴニアは自身のみが鎮座する謁見の間、その玉座で瞼を開いて呟く。
「良い音がする。奪還と掌握の音色だ」
唇が大きく割れる。
「しかして、それは破壊と破滅と表裏一体。その踏み込みに、その足並みに、その道程に……正しさはあるか? それは正義か? 振りかざす暴力は総じて悪の塊ではないのか?」
言いながら極まった感覚によって周囲を見渡す。
「私を悪だと断言するのならば、己が持つ正義を軽んじるな。迷い、惑い、困惑した者から我が手元にある刃によって屠られ、葬られる。さぁ、さぁさぁさぁ!」
剣先を座したままドラゴニアは床へと突き立てる。
「宴を始まりだ!! やがて散り行く者どもめ、どうか私の元に辿り着くまでに死んでくれるなよ? そんなつまらん戦を私は望んではおらんのだから!!」
高らかに叫ぶドラゴニアの笑い声を耳にしながら、初代国王の『王威』によって戦うことを命じられた者たちが次々と王城を駆け抜け、出撃していく。
「わざわざ現世に行ってまで戦いに行かなくていいのに」
その様を見てアヴェマリアは彼らの行動の無意味さに溜め息をつく。
「ジッとしていられない連中なのさ。幽世で待っていられないくらいに殺したいに違いないよ」
ルーエローズは窓から外を眺めながら笑みを絶やさずに呟く。
「ぼく? ぼくは行かないよ」
アヴェマリアの視線から「あなたも行くのでしょう?」というような意味合いがあったためルーエローズは否定する。
「現世でリゾラを殺したら輪廻に還ってしまうじゃないか。あの女は幽世で殺して永遠に魂が輪廻に還らないようにするのさ」
言いながら段々と彼女は不機嫌になっていく。
「でなきゃぼくを侮辱したその罪を償わせることができないからね。ふふふ、あははは、あはははははは」
王城ではどこもかしこも誰かが狂ったように笑っている。やっていられないとばかりにアヴェマリアは嘆息しつつ、廊下を歩いて私室を目指す。
王城、王都よりも彼方――今まさに王国へと牙を剥かんとする新王国の軍勢が帝国軍の衝突、そして冒険者たちの王都への突撃を観測し、戦太鼓を鳴らしながら彼の者たちもまた突撃を始める。
「魔物は冒険者たちに任せ、私たちは王城に潜むドラゴニア・ワナギルカンを討つべく突き進む!」
大きく大きくクルスは高らかに宣言し、自らが握る鎗を天へと突き上げながら馬を駆る。
この戦いにおいて魔物――キメラの対処は冒険者やエルフに任せる算段となっている。彼らの方が魔物との戦いに慣れており、また戦場においては人間と争えば制限が生じてしまう。だからこそのその制限のない魔物を狩ることを任せることでクルスたちは迷わずキメラに混じる王国軍を叩くことができる。ただし、一部の冒険者は異界へと突入するため全てのキメラを気にせず戦えるわけではない。幾つかの騎士団はそちらに回さざるを得ない。だが、騎士団は養成所時代から魔物討伐の訓練を受けている。数的優位さえ取り、各個撃破を意識すれば苦戦はしないはずだ。
ゆえに、苦戦するとすればやはり対人戦。それも異界の尖兵と化して人間と魔物の狭間を行き来しているような――それこそ亜人のような者と戦うこと。しかし、これもまたクルスの手でどうこうできることではない。信念、意志、そして意地で越えてもらうしかないことだ。
「クルス」
アンジェラが指差した方角から二頭の馬が走り寄ってくる。その背にはリスティとエルヴァを乗せている。
「思ったより早いわ」
「オルコス様が事前に王国の街を一つ占領してくださっていました。おかげでその街の『門』が使えて、アレウスさんたちを見送ってすぐに私たちも支度を進め、こうして合流することが叶ったのです」
「担当者が前線に出るとは聞いてないけどな」
「私以外の担当者は陣地を形成後、前線で魔物と戦う冒険者のサポートに移ります。ですが私の担当する冒険者のほとんどは異界へと飛び込むので、以降の支持は副リーダーの方とニンファンベラに移譲する手筈になっています」
クルスは帝国の冒険者たちの事情を知らないが、リスティが上手く事を進ませていることだけは言葉の端々から捉えることができた。
「あまり私事の心配をしている暇はございません」
マーガレットがクルスより前に馬を走らせて馬上鎗を抜く。
「先鋒はこの私が参りましょう。王女――いいえ、只のクルス様の道を切り開いてみせます」
そう言いながら既に迎撃に出ているキメラの一体が飛びかかってきた刹那、馬上鎗を華麗に振り回して貫き、腕力で死体を穂先から振り落とす。
「全軍! マーガレットに続きなさい! 私たちは必ず王国の闇を払う!」
キメラとの戦闘、そして人間と魔物の狭間とも言うべき尖兵の群れへと正面衝突する。それでも真っ向での戦いは行わない。一騎打ちなど応じず、ひたすらに数の優位性を活かす。相手もまた数の優位性を形成してくるがその場合は引いて状況を見極め、体制を整えてから騎士の支持を待って兵士が突撃する。
「数はそれほどでもねぇな」
馬の上で軽々と鈍器を振ってキメラや尖兵を打ち砕きながらエルヴァが呟く。
「新王国からの進撃を想定していないとは思えねぇが」
「私たちの勢力をさほどの脅威と捉えていないのかもしれません。クルス、この隙は逃さず突きましょう」
「ええ、任せて」
「“我が騎士団よ、傾聴せよ”」
どこからともなく聞こえる『指揮』にキメラと尖兵が反応する。なによりクルスの隣で同様に馬を走らせていたリスティの表情がみるみると凍り付いていく。
「“迎撃に集中せよ。我らは牙ではなく防壁。跳ね除けたのち雑兵を喰い破れ”」
騎士や兵士たちが戦っていたキメラと尖兵は彼らの剣や鎗を破壊するのではなく受け止めることに意識を傾け始める。そうして武器を掴み、引き寄せ、持ち主を別の尖兵が左右や斜め上方から襲い掛かる。各個撃破に対しての過剰なほどの防衛戦術。馬で薙ぎ払おうにも馬の疾駆を大型のキメラが阻むことで諦めさせている。
「驚いたな。生き恥も晒してみるものだ」
リスティが瞬時に馬から飛び降りる。ほぼ落馬に近いほどの緊急回避であり、同時に彼女が乗っていた馬の喉元が鎗で貫かれて、ゆっくりと速度を落として絶命する。
「大丈夫?!」
クルスが馬を反転させる。だが背中に禍々しいほどの殺意を感じ、彼女もまた馬から飛び降りる。やはり乗っていた馬の喉元が貫かれて絶命する。
「御免なさい」
死した馬にクルスは申し訳なさと至らなさを伝え、拳を握る。
「空間を超越するような踏み込みと刺突。馬を狙って剣ではなく鎗を用いた。まるでリスティの剣技みたいだった……」
地面との衝突に伴う衝撃を逃がすための着地はあまり綺麗な形ではなかったが、リスティはクルスよりも酷い落ち方をしているようだった。
「“癒やしを”」
リスティの右肩が外れ、左足が折れていながらも立ち上がろうとしている。しかしそれは戦うための意思ではなく、どちらかと言えば逃げるための動きに見えた。それでも回復魔法をクルスは唱えない理由はない。
「ありがとう、ございます」
「クルス様への狼藉! 一体何者か?!」
マーガレットが怒りの形相で尖兵たちへと威嚇するように叫び、攻め寄せてくるキメラを次から次へと薙ぎ払う。
「そうだ、強者はそのまま留めておけ。弱者は私が払い除ける」
築かれるキメラと尖兵の死体、そして新王国軍の兵士の死体をわざと踏み歩きながら手に握る鎗を捨てて細剣を抜いて男が一歩、また一歩とクルスとリスティに近付く。
「ちっ! マーガレットが動けねぇか」
舌打ちをしてエルヴァが仕方なさそうに馬から飛び降り、空馬に向かって口笛を吹いて後方に敷いている新王国軍の陣形へと帰らせる。
「“落上”」
エルヴァが詠唱し、マーガレットを覆い尽くさんとするキメラたちを地面から上空へと打ち上げる。その隙に彼女は一気に後退する。
「“落底”」
打ち上げられたキメラが今度は地面に向かって激しく打ち付けられて潰れていく。
「こっちは俺が見る。クルスとリスティを頼む」
「任せたぞ、エルヴァージュ」
確かな信頼からマーガレットはエルヴァに場を任せてクルスの傍へと馬を走らせる。
「一人……知らぬ騎士がいるな。いや、騎士ではない……? それとも、騎士に至る家系ではない者、か?」
呟きながら男はエルヴァを一瞥し、続いて嘲る。
初老の男性。しかしながら重鎧ではなく軽鎧を身に纏うその肉体は壮健であり、一切の弛みは見られない。手甲、鎧、先ほどまで男の顔を覆っていたのであろう兜。その全ては白銀であり、それらが傷を残したままであるため日の光は乱れるように反射し、まるで透き通るように輝いて見えた。
「騎士養成所で騎士にすらなれなかった連中が、騎士のように振る舞う。随分と滑稽だ。そうは思わないか、マーガレット・ピークガルド……裏切りの騎士。貴様が裏切らなければウリル・ワナギルカンも死ぬことはなかっただろうに」
「私の主はクールクース・ワナギルカンただ一人。兄上がそう決めたのであれば私もまたこの方の王道を見守るのみ。この道を嘲ると仰るのであれば、あなたの爵位から品が失われようぞ、白銀の騎士」
その答えに男がやはり笑う。
老獪な男といえばスチュワードをクルスは思い浮かべるが、彼は前線に立つというよりは統率する者。一騎打ちにおいても技巧は冴え渡っていたが、老いによるものかどうかまでは分からないが足運びにはクルスが付け入る隙があった。それがあったからこそスチュワードを討つに至れたのだが。
目の前にいる初老の男からは微塵も隙を見つけられない。目に見えるもの全てだけに留まらず目に見えない背後すらも見通しているような立ち居振る舞いをしている。
「いやなに、その信念を笑っているつもりはない。その信念は貫くべきものだ。クールクース・ワナギルカンは相応しき騎士を傍にお仕えしているとお見受けする」
しかし、と声量を落としながら細剣が立ち上がったリスティに向く。
「そいつは別だ。その者は相応しくない。貴様はここにいるべきではない」
クルスは再度、リスティへと視線を向ける。これほどに怯えている彼女をクルスは知らず、ならばその恐怖の対象は誰なのかを考える。その思考はすぐに解答へと至り、男を睨む。
「そう怖い顔をしないでくださいませ、王女様。いや、期間限定で王女ではないのかな」
紳士のような振る舞いを見せるが、足元の死体はひたすらに踏みにじっている。表面上の取り繕いであり、この男の精神性は正しく邪悪であることが分かる。
そう、正しく邪悪なのだ。クルスは『正しい』と感じ取った。それは即ち、自身にとっては邪悪で巨悪にしか見えずとも反転し、男の方からこちら側を見れば、同じようにクルスが正しく邪悪であると捉えられているということだ。ただこの一点だけで、この男が王国を守るための騎士であることが一目で窺い知ることができた。だからマーガレットも敬意を、或いは皮肉として「白銀の騎士」と称したのである。
「リスティーナと同じ剣の閃き。駆ける馬の喉笛を正確に貫く技。驚きましたよ、私は没落したと聞いておりましたが」
「没落したのではない。没落させられたのだ、そこの娘に」
瞬間、男が空間を超越するような踏み込みで接近し、リスティの胸元を穿たんとする。それを上空から落下してきたアンジェラが盾で防ぐ。
「ほう、『天使』ですか。果たして『天使』が守るほどの価値がそこの愚女にありますかな?」
「リスティはクルスの親友。だったら私にとっても守らなきゃならない人間。その人に剣を向けたあなたは、私にとっても敵」
「敵……? 敵、ですか。はははははははっ、笑ってしまいますな。であれば、私があなた方の敵になったのはそこの愚女のせいであることをお忘れなきように」
「なに……? リスティとあなたに一体どんな関係が」
「グランツ・クリスタリア」
震えるリスティが呟く。
「私の……お父様。ご存命、だったのですね」
「その言葉は私を怒らせようとしているのかな、リスティ? 貴様が帝国でなにをやっているかなど私が知らぬわけがないだろう。そして貴様も私が生きていたことなどとうの昔に知っていたはずだ。なのにその問いはさながら周囲に『知らなかった』と言い訳をしているようにしか聞こえない。そんな風に躾けたつもりはない」
「どういうこと? なんでリスティの父親がまだ王都に?」
「そしてクールクース様も酷いことを仰る。それとも……まさか、聞いておられなかったのですかな? そこの騎士は過保護が過ぎるようだ。隠し、語らず、真実を包み隠した。そこの愚女のように目を逸らして知らないフリをしているのではなく純粋に知らなかったのですから、それほどタチの悪さはないですがな」
「クリスタリア家は娘が帝国に渡って冒険者稼業のみならずギルドで働いていることが判明し、王国に逆賊認定されて没落しています」
マーガレットが事情を語る。
「しかし、グランツ・クリスタリアはその責任から没落後に処刑されるはずでした」
「はず……?」
クルスは息を呑んで答えを待つ。
「グランツ様――いいえ、グランツは妻と祖父母、更には息子であった二人の騎士の首を持って現王ではなく前王と謁見し、その後に去勢手術を受けることで処刑を免除されたのです」
「っ!!」
あまりにも惨たらしい事実が出て来て、唐突な吐き気にクルスはえずいた。
「クリスタリア家がこれ以上発展しないことを王に示さねばならなかった。クリスタリアの血は当代である私でもって終わる。そのように分かりやすく伝えなければならなかったのだ。全てはそこの愚かな娘のせいだ。だからこそ、我が手で終わらせなければならない。リスティーナ・クリスタリアという化け物を」
「実の娘を化け物扱いだなんて!」
アンジェラが声を荒げる。
「ならば私のことも化け物扱いしないでいただきたい。見なさい、リスティ」
震えながらリスティがクルスの手を離し、グランツの前に誰よりも出る。
「剣を抜きなさい。決闘をしよう。なぁに、昔の稽古と変わらない。変わるとすれば…………どちらかが死ぬ、という点ぐらいか。はははははっ、それぐらいの変更点は気にしないはずだ、貴様は」
言われるがままにリスティは剣を抜き、構える。それに満足してグランツは剣礼を行う。
「思えば、貴様まで騎士になりたいと言い出したその願いを叶えてやろうと思ったことは私の人生で最大の失敗であり、汚点となってしまった。だからこそ分かっているはずだ。貴様の剣が私に届くことはないことを」
一瞬の迷いを目の動きから捉えたグランツが驚異的な距離を踏み抜いてリスティへと刺突を打ち込む。抜いた剣では防げないとリスティは判断し、自らの姿勢を逸らして鎧で受けることで凌ぐが、人体に伝わる衝撃ばかりは止めることができず吹き飛んで、地面を転がる。
「知らないわけもあるまい。貴様という愚女が騎士を目指すキッカケとなったこの私の剣技を忘れたとは言わさんぞ? いいや……忘れたわけではないのか」
グランツは倒れている娘が立ち上がるのを待っている。
「所詮は我が子。自らが備えている能力が己が持つ才能によって培われたと勘違いしているだけの愚かな娘。さぁ、立ちなさい」
フラフラとリスティが立ち上がる。そしてグランツへと同じように空間を踏み抜くほどの速度で刺突を繰り出すが、こちらは男の細剣によって易々と制される。
「その全ては私の剣技を模倣しただけ。私を目指した貴様が私に敵うわけもない。その剣の冴え、閃き、そして踏み込み。どれもこれも私にすら到達していない。我が物顔で振るうその亜流の剣技。本流たる私が見ていて気持ちの良いものではないな。知れ、己が積み重ねてきた愚行を」
細剣での激しいやり取りもグランツが優勢であり、リスティは次第に防戦一方となる。
「学べ、己が無力であることを。そして、我がクリスタリア家を地に落とした狂人として死ぬのだ」
グランツの刺突がリスティの喉を突き破らんとする刹那、隆起した岩が二人の間を遮る。
「くっだらねぇことを言われたまま黙ってる女じゃねぇだろうがよ、テメェは」
「騎士ですらない人間が騎士道精神の花形とも言える決闘を邪魔するとは、」
「テメェが自分で言ってんじゃねぇか。騎士ですらねぇから知らねぇよ、そんなもんは」
エルヴァは鈍器で地面を打つ。その衝撃がリスティの体を伝わり、ビクッと強く震える。
「今、テメェがなにを考えているのか分かる。俺に付いて行ってしまったことに後悔してんだろ? 当然だ、テメェはテメェの意志ではなく成り行きで帝国に渡っちまったもんな」
そして呟く。
「悪かったよ。テメェの人生を滅茶苦茶にした。そのことは俺もずっとずっと後悔している」
「エル……ヴァ?」
リスティの戸惑い、揺れていた瞳が徐々に安定していく。
「奴を阻んでいた我が精鋭どもは…………っ、どいつもこいつも使えんな」
グランツは背後を見やり、エルヴァが築き上げた尖兵の死体の山に対して侮蔑の言葉を吐く。
「でも、今更戻れねぇぞ?」
「……そう、だ。そうだった」
リスティはゆっくりと呼吸を整える。
「今更私は、あの頃に戻れない」
闘志が宿る。
「いいえ、戻りたいなんて思わない」
意志が戻る。
「決闘をしましょう、お父様。お父様の大好きな騎士道精神に基づいた、一騎打ちを」
剣を強く振ってリスティは剣礼を行う。
「なんで相手の土俵に立つんだよ」
「先に行って」
クルスとエルヴァに言いつつ、グランツから彼女は視線を外さない。
「ここであなたたちを立ち止まらせてはいけない。あなたたちはドラゴニア・ワナギルカンを討たなければならない。私が捨てた家の事情に付き合わせられないわ」
ドラゴニアはクルスとエルヴァが討たなければならない。あくまでアレウスたちは『異端審問会』を潰すだけ。王国を取り戻すその最期の一振りは王族でなければならず、アレウスが殺せば王国を取り戻すことができても彼は王族殺しの罪で処刑されてしまう。だからこそ二人がこの場で留まり続けることをリスティは拒む。少しでも、一分でも早く彼らはドラゴニアの前に立たなければならない。なにせあの初代国王はどのように動くか想像が付かない。二人の到着を待たずしてアレウスたちと対面してしまうことさえ可能性としてあるのだ。
「あとで追い付くから、早く行って!」
もはやなにも言わず、クルスとエルヴァは視線だけで会話を交わして走り出す。アンジェラは迷いつつもリスティに「あなたに神の加護がありますように」と告げてから飛翔し、彼らを追う。
「あなたも、」
「いいえ、私は残らせていただきますよ。騎士道に基づくのであれば、決闘には見届け人が必要です。準備期間など一切飛び越えてしまってはいますが、そこは譲りません」
マーガレットは断固として動かない。
「見届け人が手を貸すなどというつまらない展開はよしたまえよ?」
「侮らないでください。唇を噛み切ろうとも、握り拳の指先、その爪先が手の平に喰い込もうとも動きはしません。ゆえにあなたもつまらないことを考えないでいただきたい」
「良かろう」
その一声で周囲の尖兵たちはリスティたちを狙わず他の兵士たちへと向かっていく。
「では宣誓を」
「我が名はグランツ・クリスタリア。私はこの剣にクリスタリア家当主としての責任を」
「我が名はリスティーナ・クリスタリア。私はこの剣にクールクースその人を王へと至らせるための願いを」
「そのどちらの宣誓にも我が意思は宿らず。我が意思は勝者が掲げた剣のみに。見届け人はクールクース・ワナギルカンの臣下であるマーガレット・ピークガルドが務める」
再度、互いが剣礼を行う。
「裏と表しか知らぬ硬貨よ。彼らに等しく裁定を。どちらが表か、どちらが裏か。どちらが勝者となり敗者となるか。その瞬間を与えたまえ」
マーガレットが硬貨を親指で弾く。硬貨は流線形を描き、倒れ伏している兵士の鎧へと落ち、二人にとってはどんな騒音よりもけたたましく聞こえる金属音として鳴り響いた。




