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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 後編 -神殺し-】
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大切な時間


「シンギングリンを燃やそうとしちゃったことは謝るよ。御免なさい」

「そんな軽い感じで謝ってはいけないぞ。もっと重く感情を込めて」

「お父さんウザい」

 グリフが会話に混ざろうとしたことに対して冷たく言い放つとヴィヴィアンはすぐにクラリエに向き直る。

「本当に御免なさい」

「仕方がないよ。だってガラハが死んだだの殺されただの吹聴されていたんでしょ?」

「うん、この里の全員が信じてしまうくらいには」

「ドワーフの同胞への気持ちって強いんだねぇ。でも、それはどんな種族でも一緒か」

 誰か一人が傷付けられれば、それの仕返しを行う。そうやって負の連鎖は続いてしまう。断ち切ろうにも断ち切れない。延々と続いてしまう因縁は誰も望んでいないのに争いを生み出し続ける。そのことはクラリエもよく分かっている。しかし、今回の因縁は偽りの因縁であって解消するのは難しくなかった。

 あのとき、あの場所でガラハが生きていることを証明する。ただそれだけで良かった。アレウスがアルテンヒシェルを見捨てて引き返していなければ他種族同士での争いが起こっていたところだ。そしてそれは帝国憎しの感情を呼び起こしかねなかった。

「嘘だとは思わなかったの?」

「嘘だと思わなくなるくらいには嘘が本当になってた。誰もがみんなそれを信じて疑わなかった」

「俺でさえガラハは死んだもんだと思ってしまった。だからこそ真偽を確かめるために娘と山を下りたわけだが……娘は真偽云々を通り越して焼き払うことしか考えていなかったけどな」

「だから話に入ってこなくていいって」

 面倒臭そうにヴィヴィアンはグリフに言う。それを聞いて彼は「少しはお父さんにも話をさせてくれてもいいだろうに」と呟いていたが彼女は無視する。

「ガラハは?」

「シンギングリンに留まってる。アレウスがちょっとシンギングリンを出なきゃならなくなったからガラハとヴェインが警戒を厳重にしてくれているんだよ。あたしもここに来ちゃっているし」

 『門』を通ればすぐに帰れるとはいえ、シンギングリンを離れることに変わりはない。そこを再び『異端審問会』に突かれてはならない。自警団から頼られるガラハと住民から信仰を得られるヴェインがいることが彼らを寄せ付けないどころか跳ね除ける力にもなる。

「そっか、元気なら良かった」

「顔を見せてくれないから落ち込んでる?」

「ちょっとだけ。怒っているんじゃないかって」

「ふっふっふ、そんなことだろうと思った」

 元気も覇気もないヴィヴィアンにクラリエは手紙を見せる。

「ガラハからのヴィヴィアンへの手紙を預かってきました」

 ハッと顔を上げて彼女が手を伸ばしたのでクラリエはサッと手紙を後ろへと引いた。

「これが欲しい?」

「欲しい!」

「そっかそっかこれが欲しいかこれが欲しいのか」

「欲しい欲しい欲しい!」


「我が娘がガラハからの手紙でそんな風に……お父さん、ちょっと悲しいぞ」

 横目でヴィヴィアンが必死にクラリエから手紙を取ろうとしている様を見てグリフがなにか呟いているが二人は気にせずにこの幼稚な遊びを数分続けた。


「さすがにプライベートな内容だと思うから中身は見てないよ。読むのは鍛冶の仕事が落ち着いてからにしたら?」

「うん、そうする。ありがとう、クラリエ。あ、クラリェット様って呼んだ方がいい?」

「クラリエでいい。あなたの方がずっとずっと生きているんだし」

「生きている時間と偉さは比例しないよ」

「それはそうだけどねぇ」

 礼儀は通さなければならない。先ほどまで無礼講とばかりに二人で遊んでいたことから目を逸らすようにクラリエは思う。

「で、里長のところに行っても良いかな?」

「クラリエは『門』を直してくれているし、こうして里に入っても守り人が止めにも来ないから多分だけど大丈夫なんじゃない?」

「誰かが付いてこなくても?」

「監視役かぁ」

 スーッとヴィヴィアンの視線はグリフに向く。

「そうかそうか、お父さんが必要か。だったら仕方がない。お父さん頑張っ、」

「私が付いていくよ。お父さんは私の分の鍛冶をやっておいて」

 待ってましたとばかりに腕の筋肉を見せつけていたグリフにやはり冷たく言い放ちながらヴィヴィアンはそそくさと支度を進め、ガラハからの手紙を大事そうに外出用の鞄へと収めてクラリエに目で促して一緒に鍛冶屋を出る。

「お父さん、あんな感じでいいの?」

「いいよ。いつもいつも過保護だから。でも、おかげで助かっているところもあるけれど」

「そっか……私も両親の関係が複雑でさ、親代わりがいるのがちょっとだけ羨ましいんだよ。だから冷たい対応しちゃって大丈夫なのかなって思っちゃって」

「そっか。でも、その親子の関係を今は恨んでないんでしょ?」

「うん、誇りに思えるようになった」

「結局のところ、そこが一番大事なんだよ。親が酷くて、子供が酷くて。絶縁してお互いにどこにいるかも分からない。そんなこと世の中には幾らでもあるけどさ。大事なのは自分自身を誇りに思えるかどうかだから。価値観の相違って親子間の方が拒絶反応は激しいからね。血脈云々じゃなく、やってきたことに後悔せずにむしろ清々(せいせい)するみたいなさ」

「あーなんか分かる。分かるけど、それも極端な話だよねぇ?」

「そうだよ。だから胸の中にストンッと落ちないんなら浅く受け取るだけでいいから。私みたいに長生きしている人の言葉が絶対的に正しいなんてこともないんだから」

 ヴィヴィアンは言いながら鞄を何度も何度も触る。ガラハからの手紙を読みたくて読みたくて仕方がないといった様子にクラリエは思わず笑ってしまう。

「乙女だねぇ」

「こういう感情を持ったことってほとんどなかったからさ。もうドキドキしっ放しだよ。竜狩りの一族や空を追われていた頃よりずっとドキドキしてる」

 それはそれで肝が据わっている。しかし今のヴィヴィアンはただただ恋に落ちている女性でしかない。その二面性はギャップとして愛らしさを生み出しはしないが、喜怒哀楽があるのだと考えさせられる。

 どんなに種族を隔てても、人間であることには変わりないのだ。

「暖かくなってくれて私は動けるようになったし、エルフから貰った石のおかげで当面の間、寒さには困らなさそう。お礼は改めて言いに行くって伝えておいて」

「分かった」

 エレスィの機転はヴィヴィアンにとっての悩みを少しだが解消する手助けになっているようだ。


 里を歩き、一番大きな屋敷に入ってヴィヴィアンが守り人と話をしてクラリエは中へと通される。


「古き森の民よ――いいや、クラリェット・シングルリードよ。よく来てくれた」

 大きな大きな椅子に大きな大きなドワーフが腰掛けて、長い長いヒゲに触れながらクラリエへと語り掛ける。

「此度のいざこざ、全て仔細に聞いている。ドワーフの刃がエルフを傷付けることがなくて本当に良かった」

「それはあたしたちエルフも同じことです。エルフがドワーフを傷付けなかったからこそ、今こうして顔を合わせられているのだと思っています」

「シンギングリンに関してならば、本来なら詫びを入れるのはこちら側。遅くない内に遣いを走らせようとも思っていたが、どうにもこうにも」

「……『異端審問会』ですか?」

「さよう。嘘を言いふらしたドワーフを探しておるが、この私の声が届く山の果てから果てまで探させたが姿が見えん。どうやらドワーフの姿をしてはおったが、ドワーフではなかったようだ」

 一瞬だけ視線はヴィヴィアンに向いたが、そのことを咎めるような気配はなく、むしろ彼女のような方法でドワーフとして里に紛れ込んでいたのだろうとクラリエに推理させたかったらしい。

「里長――大長老様」

「どちらで呼んでもよい。そのどちらの呼称にも拘りはない」

「ドワーフは、どちら側に付く予定ですか?」

「…………難しい話だ」

 難儀とばかりに里長は深い溜め息をついた。

「付くだの離れるだの、そういったことにドワーフは関わらん。山と共に生き山と共に死ぬ。そして山に骨を(うず)める。そのように思っておったが、昨今はそのようにもいかなくなった。外へ出たがるドワーフが増え、私はそれを咎めはせんかったが、そのせいで他種族に傷付けられることもあれば傷付けることまであると聞く。悩ましい…………悩ましいのだ」

「……大長老? 悩んでいるフリをしてもう心の中で答えは出しているんでしょう?」

 ヴィヴィアンがそう訊ねると里長は小さく笑みを浮かべたのち、再び悩ましげな表情を作る。

「しかし、難しい。私は帝国領においては最高齢のドワーフ。私の声一つでドワーフは一丸となる。ああ難しい、難しい、難しい。そんなことを私がしてしまえば、里の者たちにまで不幸が降りかかるやもしれない。ああ、悩ましい」

 アレウスよりもずっとずっと演技が下手なのでさすがのクラリエも里長がわざと自身に答えを出そうとしていないことに気付く。


 全ては緻密に、そして計画的に。なによりも気取られることがないように。


「約束はできませんか?」

「しようと思えばいくらでも。しかしそれを破ることもいくらでも」

 仕方がないのでクラリエも里長の演技に乗らなければならない。

「そう、ですか……よい返事が聞けると思って伺ったのですが……残念です」

「申し訳ない、古き森の民よ。私にも立場がある。私にもドワーフを束ねる責任がある。そして種を繁栄し維持しなければならない」

「……分かりました」

 クラリエは翻る。


「ああ、古き森の民よ」

 屋敷を去ろうとしたクラリエを里長が呼び止める。

「次のダムレイはいつか分かるか? 我らドワーフも星詠みはするのだが、大概は上手く行かん。山の天気ならばいつでも当てられるのだが平地に至っては誠に難しい」

「えっと……あたしもちょっと」

「そうか……ならば告げておこう。(じき)に訪れるダムレイに、『(あらし)(びと)』が現れるだろう。その者は我ら大陸のドワーフの誇りであり、唯一無二の冒険者だ。しかし、決して近付いてはならない。私の下す決定がお前たちにとっての吉報であるとは限らんのだから」

「心得ました」

 ヴィヴィアンと目配せをして一緒に屋敷を出る。


「大長老も下手だなぁ」

「そんなこと言ったら怒られるよ」

「普段から言っているから大丈夫」

「普段から言っているんだ……」

 彼女の度胸にクラリエが驚愕する。

「でもこれで覚悟は決まった?」

「決まったというか元から決まっているというか」

「そうだね。どんな対応をされてもクラリエたちはもう止まれない」

 そのように言われてクラリエは足を止める。

「ううん、止まるときは止まるよ。坂を転げ落ちる石や岩じゃないんだし」

「……そっか」

 同じようにヴィヴィアンも足を止める。

「無茶なことはしないし出来ないこともしない。勢いだけで全てなんとか出来るとは思ってないし、雰囲気に呑まれて全てが上手く行くなんてそんな生き様を歩いてきたこともない。だからあたしたちはしっかりと見極めるよ」

「……復讐は?」

「それはねぇ、止めらんないかなぁ」

「ふふっ、だろうね。私も同意。というか止めちゃ駄目」

「あんなことされているのに復讐するなはちょっと言えない」

 アレウスのことを想い、クラリエは心情を吐露する。

「止まってほしいとは思うけど、それはあたしが同じような目に遭ってないから言えるだけで……いや、ちょっとは言った方がいいのかな。あたしもアレウス君に言われなかったから、止まれなくなってしまっていたところがあるし」

「そう思いなら言うだけ言っておいたら? どんな結果になっても悔いは残さない方がいいよ。自分への言い訳は用意しておいた方がいい。駄目って言う人も多いかもしれないけど、それが自分の心を守ってくれることだってあるんだから」

「ありがと、そうしとく。やっぱ言っておこっかな。言うだけ言っておかないとアレウス君は復讐以外のところにも感情を向けちゃいそうだから」

 再びクラリエは歩き出し、彼女の歩調にヴィヴィアンも合わせる。

「そこの辺りはガラハにも似てる」

「似てるかなぁ?」

「港町での復讐以降もずっと付いて行ってるでしょ? それってそっちに感情が向いたってことだもん。だから、悪い方向から悪い方向に更に向かうかもって思うよりは、悪い方向から良い方向に修正するかもって思いなよ」

「さっすが、長生きしているだけあるねぇ」

「これは長生きは関係ないよ」

 ヴィヴィアンはクラリエに軽くぶつかり、クラリエも同じようにヴィヴィアンにぶつかる。幼稚な幼稚なぶつかり合いをしながら二人で笑う。


 どんな相手にも同じように、変わらずこうして(くすぐ)り合うような幼稚なやり取りが出来ればいいのに。


「あたしさ、お父さんもお母さんも偉大な冒険者だったけど……あんまりそれで良いことばかりじゃなかったんだよねぇ。エリスも叔父さんも死んじゃって、なんでこんなことばかりって思ったこともあったんだけど」

 手は固く、決意の拳を作る。

「それだけ悪いことが続いたんだから、これからはずっと良いことばかりだって信じてる。いいや、良いことばかりにしてみせるよ」

「なら、私もその意気に乗ってあげようかな。ああでも、大長老が駄目だって言えば駄目なんだけどね」

「駄目かぁ」

「駄目駄目だねぇ」

 そんなことを呟き、鍛冶屋に着く。グリフは信じられないほどにヴィヴィアンを心配したが、たった二十分ほどの外出でここまで過保護だと彼女が普段から鬱陶しそうに、それでいて冷たい態度を取るのも分からなくもないとクラリエは思った。


 しかし、そうやって冷たく見える対応もグリフにとっては親子のやり取りで、ヴィヴィアンにとっても大切な時間であることに変わりはない。彼女たちは無駄に時間を費やしているのではなく大切に時間を消費しているのだ。


「早くアレウス君とそういう風に過ごせるようになりたいなぁ」

 願望をポロッと口から零しつつも、クラリエは「よし!」と意気込んで帰り支度を始めた。

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