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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 後編 -神殺し-】
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魂の総量

「得られます」

「ほう?」

「僕たちは『御霊送り』の真実を知らない。そしてあなたは『至高』の冒険者でありながら自らの身から出た錆を放置したままだ。それらを知らせ、そして終わらせることがあなたが必要であり存在する意味となる」

「……どうやら、ヤツガレについて少しは知っているようだ。だが真実とは時として酷なもの。知って君たちが動じないかどうかまでは分からない。かと言って、動じる君たちをここで観察しない理由もない」

 ユズリハはアレウスの瞳に宿る意志を砕こうとしている。だからこそ語られることへ身構える。


「『御霊送り』は今でこそ異界獣があちらこちらで“穴”を開いて住処としている異界――幽世に魂を送る儀式だ。幽世に送られた魂は輪廻から外れて二度と世界に産まれ直さない。だからエルフは古来よりこの『御霊送り』によって大罪人の魂を幽世へと送り込み、二度と世界に魂を戻させないという処刑方法を取っていた」

「異界獣に魂を献上していた?」

 アベリアが呟く。

「いいや、違う。恐怖の時代が終わってから異界獣が現れた。幽世が現世に穴を開くことなど頻繁にはなく、『御霊送り』だけが確実な魂の送り方だった。しかし時折は幽世に堕ちる者もいた。それがいわゆる神隠しと呼ばれる現象を引き起こした。だが、今の『御霊送り』はヒューマンの手によって本質が歪められ、正しく魂が輪廻に還るようになった。ある意味でエルフが歪んでおり、ヒューマンが正したともいえることだが、この歪んだ『御霊送り』が一般的な儀式となったことはヤツガレにとっても喜ばしいことだ。あんな儀式など非人道的であるからな。古の『御霊送り』が行われた記録はほとんどなく、しかしながらこのヤツガレが記憶している限りだと最近では初代国王ドラゴニア・ワナギルカンに対して行われた。その儀式もヤツガレが主体となって行った」

「は?」

 アレウスは口を開いて(ほう)ける。

「ドラゴニア・ワナギルカンは本当に恐ろしい男だ。幽世に魂が送られたというのに、魂のまま幽世から現世に舞い戻ったどころか降霊術によって自身という存在を仮初であれ現世に定着させた」

 初代国王の時代から生きていることも驚きだが、そこから『至高』の冒険者を目指したこともまた驚きだ。しかしそれ以上の事実がアレウスに情報の整理を求めさせるほどの困惑を起こさせる。

「さて、『異端審問会』はどちらの『御霊送り』を行っているのだろうな?」

 明らかな喧嘩腰のユズリハの態度はアレウスにさながら刃を振るってもらいたいようにすら思えた。

「だがそんなことは君に関係があってもヤツガレには関係ない。ヤツガレに存在する意味を与えられないのであればこれ以上は語らない」

「あなたは『至高』の冒険者でありながら南方の森へと追いやられている。その理由は、」

「錬金術で狼を人間に変えたことを咎められてエルフの森の深奥では暮らせなくなり、南方に追いやられた」

 アレウスが語ろうとしたことをユズリハは先に切り出す。

「それがヤツガレに意味を与える情報か? そんなものは機能しない。なぜならヤツガレが知っていることだ。その狼がヤツガレと同じく『至高』の冒険者と呼ばれていることも」

「狼を人間にって、獣人? それともワーウルフみたいな魔物?」

「『不死人』と同じ魔法生物とでも言っておこうか。狼にも人間にもどちらにでもなれる。ヤツガレはそのように魔法で肉体と魂の形を変えられるようにした」

「それは、」

「友が欲しかった。『至高』を目指しているとどうしても周囲から浮き、『勇者』がいるのに魔王討伐を目指すヤツガレはギルドの中でも疎ましく思われていた。だから友が欲しかった。いいや、ヤツガレに懐いていた狼を人間にして友にしたかっただけか」

 そこまで言ってユズリハは改めてアレウスを見る。

「まさかその『至高』の冒険者を討つことがヤツガレが存在する意味などとは言うまいな? 君たちが握っている情報がどこまでかは知らないが、ヤツガレについて多少の知識があったところでヤツガレの全てを知るわけではない。そうだろう?」

 むしろアレウスが知っている情報以上のことをユズリハは語ってみせた。


 狼人間が『至高』の冒険者であり、更にはアレウスたちと敵対する可能性がある。つまり、三人の内の一人は王国側に付いてしまっているのだ。


「恐らくだがその事実を聞いた君はヤツガレに友を止めろと言うのだろう? 友であるのなら止める道理があると。しかしヤツガレは思う。そんな道理はない」

 ユズリハは手を空へと伸ばす。

「そう、誰にもそんな権利はない。人間は自由であり、誰にも縛られない。友が犯した罪を誰かが償う必要もなければ、友の行う所業にわざわざ口を出す意味もない」

「それは違います」

「どう違う?」

「あなたの考え方は人間が個として完成している場合にのみ抱けることです」

「個として完成していないと?」

「少なくとも統治者を求め、国を作り、政治を自分自身ではなく誰かに押し付けることで幸福感を得ようとしている程度には」

「……なるほど完成しているのであれば人間が人間に命じる今の体制が作られるわけもない」

「あなたには友人を止める道理はなくとも、あなたが友人を止めなければならない責任はある」

 論理ではなく感情。そこにアレウスは訴えてみるがユズリハの瞳に意志が宿る様子はない。

「責任だけで動ける人間は少ない。ヤツガレはそこに該当しない」

「ユズリハさん! 僕は『産まれ直し』です」

「それがどうした? 『産まれ直し』など幾人か見た。珍しくもない話だ」

「古の『御霊送り』が『異端審問会』の手によって行われているとするならば、この世界は非常に危うい状況にある。古の『御霊送り』を知っているのならば、あなたはそれを阻止しなければならない理由を作り出すことができませんか?」

「話にならない。君が『産まれ直し』だからなんだと言うのだ?」

「魂の総量が減っています」

 まだ察せられないようなのでアレウスは答えを言う。本当ならユズリハ自身に気付いてほしかったのだが仕方がない。

「なにを馬鹿な。魂の総量が減る? だったらこの大陸のみならず世界中の――!」

 ようやっと答えに行き着いたらしく、ユズリハは目を見開く。ようやく瞳には驚きの感情が見えた。しかし、それ以外の感情はやはり感じ取れない。

「『産まれ直し』はヤツガレが言ったように珍しくない現象だ。大半の『産まれ直し』は過去の記憶をゆっくりと失い、この世界に適応するかのように普通の人間となる。当たり前だ。幼少期に持っていた記憶など成長と共に埋もれていく。人間は過去よりも現実の方が重要で、それでいて未来を妄想することで過去を消し去ろうとする」

「だけど、ごく稀に僕のような過去の記憶を想い出と認識し、薄れさせつつもしっかりと憶えている『産まれ直し』が生じる」

「『産まれ直し』の魂を呼び込むのは神の行いだ。神は魂を寄越し、過去の記憶が消えていくようにロジックに細工を施す」

 ユズリハは指を滑らし、なにやら大量の文字を空中に書いていく。

「これは通常ならば『神官の祝福』によって読む分においては露呈しない。開いても見つけることができない。だが、君のような存在のロジックには黒く塗り潰されて露呈する」

「ねぇ? さっきからなにを言っているの? 分かりやすく私たちにも教えてよ」

 ニィナが我慢できず、無知を承知で説明を求めてくる。


「僕のロジックには読めない部分が二つあって、片方はシロノアやリゾラと項目が重なっているせいで読めない部分。でももう一方は神が施した産まれ直す前の記憶を消去する項目だ。これが黒く塗り潰されているから僕たちは過去の記憶を保持することができている」

「即ち、神の施しを拒んだ者たち。黒く塗り潰されているがゆえに神の施しは機能不全を起こし、消えるはずの記憶が消えずに残っている。恐らくそれは自身を『産まれ直し』と自覚する者たちのロジックがたった一人にしか開けない理由にも繋がっている」

 ユズリハは空中に書いた文字を指先で塗り潰す。

「一見してこれは『産まれ直し』が世界に生じる解答。それそのものに意味がないように思えるが」

 視線がアレウスに向く。言葉の先を言うように促されている。


「古の『御霊送り』を『異端審問会』が行うことによってこの世界における魂の総量が減り、その弊害としてこの世界にとっての異世界から神が魂を運んできている。異界獣が幽世を我が物顔で好き放題していることで、幽世に堕ちた者たちの分も神は補充している」


「なにそれ…………異界が魂を束縛して、異界獣がその魂を喰ってしまったら二度と世界に戻らないから? だから神様は他の世界で死んだ人間の魂を持ってきているってこと?」

「世界とまでは言わないけれど、この大陸だけかもしれないけど……魂の――人口を一定量に保つために?」

「人間とは男が女を孕ませて誕生する。しかしその誕生する命に与えるべき魂が足りなくなってしまっては困る。なるほど……なるほど、だから神は制限を施したか。ミーディアムが産める子供の数を限らせて、種の繁栄を一定の水準で止まるようにしている」

「でもミーディアムの問題はこの世界にミーディアムが誕生してからずっと抱え込んでいることじゃない。この世界における元々の原理と考えたっておかしくない。なのにな……!」

 自身で与えられた情報を整理している中でニィナが気付く。

「まさか、その大罪人の魂を幽世に送る儀式って、『異端審問会』が行う以前から……ユズリハさんが記憶している以前からひっそりと、こっそりと行われ続けてきていたって、こと……!?」


「神は均衡を好む。天秤を持つ神の彫像が遥か以前より出土しているほどだ。平均、平衡、均衡、バランスとは神にとって完璧の状態であり維持することこそが命題なのだ。この世界の魂の総量が減っているのなら、この世界よりも魂が溢れている世界から持ってくる。たとえその世界が崩壊していても、輪廻転生を経る魂がこの世界より溢れているのなら均衡維持のために送り込む」

 ユズリハは空中に書いた全ての文字を指先で叩き、それらは質量を持っているかのように地面へと落ちて砕けて塵となった。


「『異端審問会』の狙いはなんなの? もしかして分かっていてやっているの?」

「いいや多分、分かってない。古の『御霊送り』を行って魂の総量を減っていることなんて考えていない」

「なら、なにをしたいの?」

「それは僕にも分からない。ドラゴニア・ワナギルカンのやろうとしていることを考えると、世界征服とかか……」

 ニィナとアベリアの問い掛けにアレウスは答える。


「なんだ? 知らないのか?」

 そんなことも、と付け足しそうなほどにユズリハはアレウスを蔑む。

「『異端審問会』が目指しているのは世界の浄化だ。冒険者のような甦ることのない命の平等だ。つまりは……冒険者の駆逐。世界から『教会の祝福』などという異常な奇跡を消すこと。全ての命は平等に死を迎える。それを拒む冒険者は異端でしかなく、処刑されなければならない。『異端審問会』発足当時は沢山の冒険者が構成員となっていた。異端者を始末する。その表にしか飾られていない目標を信じ仰ぐ者もいたというわけだ。冒険者の中には異端――要するに神に背けし者たちを粛清したいがために入信する者も少なくなかった。だが、大抵は真の狙いを知らされないまま処刑されていった。もはや使える逸材しかあそこには残っていない」

「処刑…………処刑?」

 アベリアは呟きながらアレウスの顔を覗く。


 自身が今、どのような顔をしているのかアレウスは自分ですら想像することができていない。しかしアベリアがとても怯えている点から、よほどの形相をしているに違いない。


「僕が合力を持っていたからだけじゃない。僕の、僕の両親は……」

 『異端審問会』に属する冒険者だった。

 そして恐らく、ユズリハの語っていることに気付いて逃げ出したのだ。そう考えるしかない。だが、思考が狭窄してしまっていて自身が行き着いた答えが間違っている可能性もある。だからこそアレウスの視線は自然とアベリアへと向く。


 さながら救いを求めるように。そんな表情をしていたのだろう。先ほどは激昂寄りの感情から彼女を怯えさせていたはずだったのだが、そんな数秒前のことなど無かったかのようにアベリアがどのように自身に言葉を向けるのかを待つ。しかし、ただジッと見つめるだけに留め、優しく微笑みかけることも険しい顔をすることも彼女はしなかった。


「なにそんな弱々しい顔してんのよ。より一層、アレウスが『異端審問会』を潰さなきゃならない理由が出来ちゃったってだけでしょ」

 ニィナのその言葉はアレウスにとってもアベリアにとってもありがたいものだった。思考が常に悪い方向へと働きがちで二人して負の感情に振り回されやすい中で、物事を短絡的ながらも単純明快に語る彼女がこの場にいてくれていることに胸の中で感謝する。

「……ユズリハさん」

「ヤツガレは『異端審問会』のやることに興味などない。それはヤツガレがせずとも誰かが止めること。だが……『異端審問会』にヤツガレの友が関わっているのであれば、そこを切り取るはヤツガレの宿命なのかもしれない」

 そう言いながらユズリハは小さく笑う。

「くだらん話だ。今、ヤツガレは己自身の感情に振り回された。おかしなことを言った。ヤツガレの友などヤツガレでなくとも殺せるだろう。ヤツガレがわざわざ相手をすることもない。だが、やらなければならないと思ってしまった。宿命などと言ってしまった。この言葉を容易く撤回することなどできはしない」

 破り捨てた紙はユズリハの指先の魔力一つで元通りになって、改めてその書面を彼は読む。

「ヤツガレは友しか相手にせん。これはずっと言っていることだ」

「はい」

「だが、友が君たちに危害を及ぼす前にヤツガレが阻みに行くことだけは保証しよう」

 言って、ユズリハは振り返って自身の家を見つめる。

「世界にとって不必要なヤツガレが、ほんの一時、必要になった。そうと決まれば、もはやこの家を好き放題にしている草木は刈らねばならないだろうな…………再びここに訪れることなど、無いだろうが」


 ボソリと最後に付け足した言葉は冷たく寂しく、そして虚しさが込められていた。

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