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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 後編 -神殺し-】
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書簡


 オーディストラ皇女の全面戦争はシンギングリンの住民にも衝撃を与えたが、国単位で考えれば帝国は既に連合と王国と戦っている。そこにハゥフルの小国や新王国、エルフが加わるわけだが普段の生活に変化が与えられるわけではない。シロノアの『国外し』を知っていればようやく盤面の変化に気付ける程度である。なぜなら皇女の宣言は皇帝の崩御に伴うものだ。それも国民には伏せられているものの、皇女が国を動かし始めたことから皇帝が病に臥せっている、或いは表に出られないほどに弱っていると勘付く者も相応にいる。

 それが戦争によってもたらされたものだとするならば、皇女が戦争を憎み、戦争を終わらせるために全面戦争という強い言葉を用いることにも肯ける。帝国を内部から破壊するために唐突に宣言したわけではなく、皇女の感情を汲み取るならば戦争の激化は仕方がないとすら考えることができる。事実と異なっていても、皇女の言葉には整合性がある。『異端審問会』はこの報をすぐに知るだろうが、その言動に不自然さを覚えることすらないだろう。シロノアたちは怪しむに違いないが、彼らは国を見ているのではなくアレウスたちの動向を見ている節がある。つまり、この宣言にアレウスが噛んでいるか否かを探るに違いない。

 だからアレウスは帝都ラヴァには足を運ばない。皇女と次に顔を合わせるのは王国に潜む首魁を討ち果たし、『異端審問会』を壊滅させたときだ。皇女の言葉にアレウスの入れ知恵があると思われてしまえば、この反撃の勢いは失速しかねない。


「僕が、ですか?」

 アレウスはニンファンベラに渡された書簡を受け取りながらも少し納得できないような表情で訊ねる。

「あなたが適任だと思いますのでぇ」

「適任と言われても……」

「うぁたしのロジックの確認も取らせていますからぁ。いえ、この書簡に関わる全ての人物のロジックについて確認を取っていますのでぇ」

「そこに不安はないですよ。不安なのは僕が届けるという部分です」

 特定の状況下においてのみ『勇者』をも超えるかもしれない『至高』の冒険者。その内の一人の居所が分かったため、書簡で召集令状を送る。全ては協力を約束させるためだ。だが書簡は誰が送り届けても同じで中身が変わるわけでもない。わざわざアレウスがこの役を担う必要性がないのだ。

「『御霊送り』に関係する『至高』の冒険者以外の居場所が掴めていません。かと言って、書簡を奪われれば水面下での活動に勘付かれてしまいます。ですので、アレウスさんが適任かと」

 リスティが補足する。

「でも僕はシロノアに見られている可能性があります。別の冒険者に任せるべきでは」

「そこはあまり気にしないでいい」

 アルフレッドがギルドの扉を開けてすぐにアレウスに答える。入ってくるなりこちらの会話が聞こえてきたのだろう。手元にはニンファンベラに向けた大量の書類が見える。

「ニンファンが召集すると言った以上、もうそれは『異端審問会』にも知られていることだ。今更、誰がどう動こうと変わらない。むしろその重要な役割をアレウスに任せないと怪しむ」

 全面戦争云々の話はカプリコン討伐直後でありオーディストラをその場に介さないアレウス独自の発言で現実味を帯びてはいなかった。なによりルーエローズは撤退してヴィオールは死んだ。この不測の事態によって構成員はシンギングリンから姿を消したに違いない。それでも情報を得ようとしたならば、分かったことはジュリアンの死とリゾラの介入程度。その先のリリスに憑依したアレグリアとのやり取りまで情報として回収できていない。あの場で聞き耳を立てている者がいたならばアレグリアのみならず、ほぼ全員の感知が働いていたはずなのだから。


 状態が落ち着き、シンギングリンのギルドが『至高』の冒険者に召集を掛けたことはきっと筒抜けである。ノックスやセレナ、カーネリアンと交わした内容もひょっとすると聞かれているかもしれない。だがそこにある情報には国家間の会議が開かれたといった内容は一つもない。カーネリアンの立ち位置、ドワーフの里長がどう対応するか。しかしそれらも王国にシロノアたち『異端審問会』が潜んでいるのならアレウスが攻勢に出たがっていると思っているだけに留まる。なにより、皇女と直接のやり取りが行われていないのなら語られる内容に信憑性はない。会議はリリスがアレグリアの夢へと誘われて行われたことを彼らは知らないのだ。そのため奴らが重視するのはニンファンベラが『至高』の冒険者を召集して、アレウスがなにかを頼み込もうとしているという雰囲気だ。

 なので、アレウスが書簡を届ける役割を担うことに不自然さも不可解さもない。それどころかアレウスが動くことの方が『異端審問会』からしてみれば妥当なことだ。ニンファンベラやアルフレッド、ギルド関係者といった人物のロジックに厳戒態勢を敷いている現状で奴らが干渉はできない。だからこそ妨害ではなく行く末を監視する。その程度に留めているだろう。


「気にするべきはお前がこれから書簡を届ける冒険者だ」

「ああ……その言い方をするってことは」

「性格に難がある……聞いた限りだが」

 アルフレッドの言い方からアレウスは大体を察する。しかし察しが良すぎたために彼の表情からは申し訳なさのようなものが受け取れた。

「俺やニンファンが行きたいところだが、この言葉をお前の前では言いたくないんだが……まだ死にたくない」

「そう思うのが当然なので構いません。むしろ死なれると困るのでシンギングリンに籠もっていてください」

 シンギングリン復興における両翼である二人を喪うことの方が影響が大きい。手痛い失敗をしてしまったからこそ汚名返上とばかりに二人を狙ってこないとも限らない。

「さすがに冒険者の名前と所在地は教えてください」

「大陸の中心から真南にある森です。クラリエさんやイェネオスさんたちが住まう森とは繋がっていません。なので道案内も難しいと思われます」

「エルフの森から切り離された森ですか」

「不思議な話です。『御霊送り』の冒険者が主要なエルフの森に住んでいないなんてぇ」

「アレウスさんはニンファンの疑問についてどう思われますか?」

 リスティはあまり不思議がっておらずアルフレッドも住んでいる場所に違和感を覚えていないといった顔をしている。

「以前――イェネオスとキトリノスさんがエルフの森の外でキャラバンを率いていた頃に聞いたことがあります。『御霊送り』はエルフが最初に始めたもので、あとになってヒューマンが真似たものだと。その際に本質が歪んでしまったと。イェネオスはどう歪んだのか教えてはくれなかったんですが、もしその話が事実であるのなら『御霊送り』において『勇者』を越える強さを持つ冒険者がどうしてエルフの森で重用(ちょうよう)されていないのかは疑問です。そして、冒険者としての実力が確かなものであるのなら、恐らく僕が書簡を届ける人物は本当の『御霊送り』を知っていて、理解していて、行うことができるんだと思います」

「本質から外れていない本物の『御霊送り』を行えるエルフが――いや、まだエルフとも断定はできないか。だがほぼエルフと仮定するとして、その人物が中心部に住んでいないのはおかしい話だな。そういった血筋、血脈を重視しているのにどうして南方に住むことを許すのか。なによりイプロシアが見逃していた理由も不可解だな」

「イプロシアを越える魔法使いだった――とも考えましたが、それはあり得ません。神になろうとして、本当に神になりかけた『賢者』の暴走を止めなかったのは力が及ばないと分かっていたから。でも、だったらイプロシアが手を出さない理由が見当たりません」

「難儀な性格をしているのが響いているのかもしれません……いいえ、それでも疑問は拭えませんね」

 リスティは冗談半分の答えを出してみたが、全員の反応が薄かったために即座に撤回して喉の調子を整えて誤魔化した。しかし、アレウスもその線は考えた。イプロシアすらも手を焼く性格の持ち主ならば、もはや無視したかったのではないか。或いは自身の計画を遂行するにおいてこの人物が邪魔にならないと分かっていたのかもしれない。

「エルフじゃないにしてもエルフに関わる森に住んでいるのなら僕じゃなくクラリエやイェネオスの方が適任なんじゃないですか?」

「私たちはアレウスさんの繋ぐ力を信じていますのでぇ」

「そうだ、俺たちは信じている」

「信じています」


 気分を良くさせて行く気にさせようとしている。ニンファンベラの魂胆は見え見えで、更に二人が被せてくるので大げさとなり言葉に込められている意味が軽くなってしまった。

 アレウスはジト目で三人を見るが、誰も言い訳をしようとしない。


「分かりました、行きますよ。でも、僕が書簡を届けている間に皇女の言葉が形として現れてしまうかもしれませんよ?」

 全面戦争の開始とは即ち、王国を一気に叩く策略の開始となる。書簡を届けている間に始まってしまってはアレウスは遅れて向かうこととなり、その遅れが手遅れを呼びかねない。

「さすがにそうなったときは呼び戻しますのでぇ」

「呼び戻すと言われても、ずっとリスティさんに『接続』の魔法で繋いでもらうわけには」

「アレウスさん? こちらには『天の眼』を持つ聖女がいらっしゃることをお忘れですか?」

 堅苦しい言い方をしてはいるが、リスティさんがアレウスになにを言いたいのかはすぐに分かる。

「……多分ですけど嫌だと言われますよ?」

「ですのでニィナさんを付けますぅ」

 おまけのように付属されるニィナにアレウスは不憫に思う。だがアイシャにはニィナを『天眼』で観測するように伝えておけば、あとはそこから『接続』の魔法は繋げられる。実際にボルガネムにおいてはレジーナがイェネオスを経由して『接続』を可能としていた。エルフが『森の声』を使っていたとはいえ、ヒューマンにはできない芸当ではない。アベリアも『森の声』と『接続』の魔法を繋ぎ合わせての念話を成立させていた。その応用と思えば、傍に彼女がいるだけでアイシャも可能かもしれない。

「ニィナは確定として、あとのパーティはどうしますか? 僕が選んだ方が?」

「フェルマータを再び狙ってこないとも限りません。実力のある冒険者は置いておきたい。それに、人数を増やしての大げさな訪問は向こうに警戒心を抱かせかねません」

「ならニィナとアベリアですね」

 『原初の劫火』を使う事態はほぼ無いとは思うが、もしもの時のために使えるようにはしておきたい。そうなるとアベリアは外せなくなり、最低限と言われてしまえばその二人を加えての三人での活動となる。そこにアイシャが『天眼』で見るとなると四人だろうか。

「では、アイシャさんの『接続』の魔法の補佐はクルタニカさんに任せましょうか」

 常に念話できる状態にはしないが、いつでも念話できる状態にするためにはアイシャだけでは不安が残る。だからこそ魔の叡智に高い適性を持ちつつ実力も兼ね備えているクルタニカが適任となる。

「女四人に常に監視されるようなものか、辛いな……」

「なにがですかぁ?」

 アレウスの気苦労にアルフレッドが理解を示すがニンファンベラはその横で首を傾げている。

「下手なことはするなよ」

「しないですよ。なんでするかもしれないって思われているんですか」

 しかしアルフレッドの心配もどこかズレていたようで、共感してくれたことへの感動は一気に薄れた。


 話の筋が逸れそうになったところをリスティが手を叩くことで集中力を戻させ、そこから書簡を届けるまでの道のりについて話を詰めていく。三十分ほど掛けて詰め終わり、アレウスがアベリアに、リスティがアイシャに出発予定を伝える。


「もう少し悠々自適な生活をしたいって思っていたのにぃいいい~」

 そしてアベリアと二人でニィナに伝えると彼女はとても気持ち良さそうなフカフカの枕を抱えながら嘆いた。この様子だとアイシャに伝えに行ったリスティも同じようなことを言われているだろう。

「冒険者の仕事だよ」

「それはそうだけど」

「なら頑張ろ」

 淡々とアベリアは伝える。

「すぐに切り替えられないって。つい先日、疲れる戦いを終えたばっかりなのに」

「じゃ向かっている最中に切り替えて」

「ちょっとは優しくしてやってくれ、アベリア」

 ニィナのことを思ってアレウスはアベリアの淡々な言い方に待ったをかける。

「最近ちょっと似てきたよね」

「誰に?」

「そりゃあなたでしょあんた。あなた以外にいないから」

 アベリアの言い方が自身に似てきたとは全く思えないが、他のみんなも同じように感じているのだろうか。だとしたら態度や言い方を改めなければならないかもしれない。

「だからみんな僕への反応が冷たいときがあったのか」

 自分だけでは分からないこともアベリアを通して自身を見てみれば、随分と冷たさが滲み出る。冷たい対応をすれば冷たい反応もされる。これは一種の学びであった。

「で、ついでなんだけど」

「ここでどうしてついでの質問ができるのか分かんないけど聞いておいてあげる」

「『不死人』のロジックと人間のロジックはほとんど一緒なのか?」

「多分ね。そこの辺りは私はよく分かんないよ」

「じゃぁ、記憶とロジックは必ずしも同一ではないと思っているんだけど、これに対してはどう思う?」

「……そうね、多分その通り。記憶には無くてもロジックには記されているとか、ロジックには記されていても記憶には無いみたいなことはあるんじゃない? あとは記憶にもロジックにも無いけど記録としてはあるとか」

「だよな、そうじゃないとおかしいんだよ。僕とアベリアが自分たちのロジックを開けば出生を知ることなんて難しくないはずなのに、なぜか僕たちはロジックで知ることができていないし恐らくロジックに記載はない。僕自身、或いはアベリア自身が知って初めてロジックにその項目が浮かび上がるんじゃないかって」

 そしてそれはアレウスやアベリアに限らず、この世界に生きる全ての人間に言えることでもある。

「それが聞きたかったこと?」

「ああ。おかげである仮説も立てられた」

「仮説? 一応聞いておいてあげる」

 項垂れながらニィナがアレウスの言葉を求める。


「ロジックはイプロシアの師匠が作ったものだけど、元から人間の目には見えていなかっただけで存在していたのかもしれない」


「へぇ、面白い? なんて言うと思ったかバーカバーカ!! そんな複雑な話、私が答えられると思ってんの?! 出発予定日は分かったし支度もするからそれまで私に難しい話をしないで!!」

 半ばキレながらニィナは言うだけ言って扉を閉ざした。

「もっと自由を満喫したかったみたい」

「だな」

 皇女の赦しが出たとはいえ、自由は束の間かもしれない。だからこそ味わいたかったのだろう。それを奪いにきたのだから罵声を浴びせられるのは当然かもしれない。

「いや、当然か?」

 自身の出した結論にアレウスは疑問を浮かべた。

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